第14話 いきなりウエディングパニック
俺は永田監督の控室のドアをノックする。
「はい、どなた?」
「どうも……」
ドアを開けた監督は俺の顔を見た途端、一瞬驚いた顔をしたがすぐに平静を取り戻す。
「どうしたのひろみちゃん、やっぱり体調が悪かった?」
「いえ、その事では無いんですけどお話しが……」
「ささっ、入って入って、散らかってるけど」
「お邪魔します」
部屋の中に入って驚いた、散らかっているは誇張でも謙遜でもいなく本当に部屋中絵コンテ紙が散らばっていて足の踏み場が無い。
絵コンテとは映像作品の撮影前に用意されるイラストによる表で、監督の頭の中にある映像のイメージを具現化し、スタッフに指示をするための謂わば作品の設計図にあたるものである 。
「いや~~~、ひろみちゃんみたいな可愛い子がヤミージョ役のオファーを受けてくれて良かったよ、お陰でどんどんイメージが湧いてきてね、この有様さ」
「はぁ、それはどうも……」
可愛いと言われて身体の芯が微かに疼く、以前は嫌で嫌でたまらなかったのだが、このゾクゾクするこそばゆい感覚を心地良く感じてしまう。
俺もかなりこの女の身体に馴染んできてしまったのだろうな。
「それで話しって何? 折角来てもらって悪いんだけどあまり時間は無いんだ、もうすぐ撮影だしね」
「はい、じゃあ単刀直入に言います……世界がおかしくなったのは永田監督、あなたの仕業ですよね?」
「えっ? 何それ? ひろみちゃんがそんなシュールな冗談を言うなんて……」
訳が分からないといったきょとんとしたリアクションの永田監督。
まあそれは白を切るよね、最初から素直にこちらの話しに応じるとは思っていない。
じゃあこれではどうだ。
「私、いえ俺は男なんですよ、何故か今は女の身体ですけど」
「えっ!? それは初耳だな!! ひろみちゃんて性転換してたんだ!? 知らなかったよ!! やっぱり身体の性別に違和感とか感じちゃったのかな?」
「いいえ、望んでなったんじゃないですよ、気が付いたらこうなっていました」
「それは不可解だな、朝起きたら女の子になってましたとかいうヤツ!? それとも曲がり角で男の事女の子がぶつかって入れ替わる奴!? まさかさらわれて無理矢理性転換手術を!?」
やはり色々知っているな、ますます怪しい。
じゃあとっておきを。
「俺は元居た世界を除いてこれまでに二つ、世界を渡り歩いてきました……一つは特撮が、ヒカリオンが撮影では無く本当にダークマターと戦っている世界……もう一つは今いるこの世界、男だった俺が女になった元の世界と似ていながら全く別の世界です」
「驚いた、それは面白い設定だね、君も脚本家志望なのかな?」
全く動じない永田監督……俺の予想が外れた? 本当に監督が元凶ではない? もしかして早まった?
いや、まだそうと決まった訳では無い、一応根拠だってある。
「俺たちが暮らす世界って誰が造ったんでしょうね、やっぱり神様でしょうか?」
「まあ月並みだがそうだろうね、みんなそう答えると思うよ、創造神って言葉があるくらいだから」
「じゃあ聞きますが特撮番組としてのヒカリオンを造ったのは永田監督、あなたで間違いないですよね?」
「企画の段階から関わってるし僕の意見がかなり脚本に反映してるからね、僕一人って訳じゃないけどそう言う事になるかな」
「なるほど、あなたはヒカリオンの創造神って訳ですね」
「大袈裟だなぁ」
「ヒカリオンの創造神であるあなたなら世界を特撮の設定どおり造り替えるのは造作もないのでは?」
我ながら奇妙な事を言っていると思う、しかし俺にはそうとしか思えないのだ。
「何でそう思ったんだい?」
「わざわざヤミージョ役をデザインを変更してまで顔出しにしたうえ女顔の俺をキャスティングした事ですよ、それがずっと引っ掛かっていた……悪役の女性の顔出しは長い特撮の歴史の中ではそう珍しい事ではないけど、それは普通に女性が配役されますよね?
アクションシーンなどは役の女性がどうしても無理だった場合のみスーツアクターがその時だけ代役を務め、顔が見えづらい角度などを計算、工夫して撮影するでしょう?
だから男が女役を演じるのが珍しくない世界とは言え通常の演技までやることはほぼ無いはず
ではそれは何故? 考えたくは無いけど永田監督、あなたは俺に執着しているのでは?
女みたいな見た目の俺に女役を演じさせ戸惑い恥じらっている俺を見ながら自分の性的欲求を満たしている、そうですよね?」
言っちゃったよ、これでもし永田監督が全くの無関係だったら俺の芸能人生は終わってしまうだろうな。
なんたって失礼この上ない事を番組のトップである監督にぶちまけてしまっているのだから。
「ふふっ……あはははははっ!!」
不安げな表情で顔色を窺っていると、永田監督は急に大声で笑い始めたではないか。
「あははっ……悪い悪い……おかしくてつい我慢できなくなっちゃってね!!」
何だ? この反応はどう受け取ったらいいんだ?
「ずっとしらばっくれていても良かったんだけどさ、まさか僕の力の支配から抜け出す存在がいたのには驚いたよ!! それもまさかのひろみ君、君だとはね!!」
「それじゃあやっぱり……?」
「ああそうとも、君の推理はほぼほぼ当たりだよ!!」
何てこった、自分で言っておきながら半信半疑の仮説だったのだがまさかの大当たり。
「どうしてそんなことが出来たのです? まさか本当に神様になったのですか?」
「言って信じてもらえるか分からないけどね、これは突然僕に宿った力なんだよ
両手足の指で数え切れないほど特撮番組を作っているうちにどうやら僕は特撮の世界を実際に作り出す事が出来るようになっていたらしい
唐突に何故だか自分にはそうできると自覚できたんだよ、だから早速いま撮影しているヒカリオンで試したんだけど予想以上に上手くいってね!!」
「そんな……」
何てことだ、こんなことが実際に起こっていたなんて。
「そして君が言った通り僕は君を愛している、君を初めて見たとき僕は運命を感じたね……男の身でこんなに美しく可憐な存在がいるなんて
女装させて女を演じさせたら……僕の力で本当の女の子にしたらどんな反応が見られるだろうと、想像するだけで果てそうになっていたのさ!!」
永田監督の狂気の告白を聞き俺の背筋に冷たいものが伝い、あまりの嫌悪感に全身総毛立つ。
こいつ、本物の変態だ。
もう監督なんて呼んでやるものか。
「ひろみちゃん、さっき渡した脚本は読んだよね? あれにはレッド役のコウが君と恋仲になるように書いてあったけどあれは変更しよう……今から君は僕のお嫁さんになるんだよ」
「えっ!?」
そう永田が言った途端、俺の身体を煙幕が包む。
それが晴れると俺はフリフリのフリルを沢山あしらった純白のウエディングドレスを纏っていたのだった。
「なっ、何だこれは!?」
「何って、これから僕と君はそこの教会で結婚式を挙げるんだよ、ほらっ!!」
いつの間にかウエディングドレスを着た俺と白いタキシードを着た永田が教会の中に立っていた。
天井付近に美しいステンドグラスがはめ込まれている立派なチャペルだ。
「おめでとう、二人とも!!」
「綺麗よひろみ!!」
教会の椅子にはずらりと式の参列者が座っており、その中には着飾った芳乃や青葉さん、岩城さん、英徳さん達スーツアクターの先輩方、美しいドレスを纏った女性の方の日比野さんがいた。
みんな一体どこから湧いて出たんだ?
「さあ、これから神に誓いを立てて二人で幸せになろう!!」
「止めてくれ!! こんなのおかしいだろう!? 俺は男だぞ!!」
永田が俺の腰に手を回してくる。
抵抗しようとするが身体に力が入らない。
「どうしてだい? 僕はずっと君を見て来たけど、君自身女の子になった生活を楽しんでいたじゃないか……おしゃれもしたし甘いものも食べた、男性キャラクターにドキドキしたりしていただろう? そして一番驚いたのはあんな混乱した中でもちゃんと君はヤミージョを演じていた事だね、普通あそこまでしないよね、やっぱり君には女性になりたい願望が心の奥底にあるんだよ」
「そっ、それは……」
否定できない……永田の言っていたことは概ね事実だ。
でも俺が実は女になりたがっているって? そんな事がある訳ないだろう、そんな筈は……。
「それなら僕のお嫁さんにもなれるよね? 誓いの言葉は省略、誓いのキスさえしてしまえば僕たちは晴れて夫婦になれるよ」
「馬鹿野郎!! 俺にその気は……」
口を突き出した永田の顔が俺の唇に迫る、このままでは俺のセカンドキスまでもが男に奪われてしまう。
こいつ、ありえないほど物凄い力だ……誰か、誰か助けてくれ!!
『ちょっと待ったーーー!!』
頭上のステンドグラスが割れ、破片と共に影が舞い降りた。
「タソガレ!?」
何と、現れたのは暗黒騎士タソガレではないか。
一体どうなっているんだ? ここは特撮の世界じゃないぞ?
だが驚いた永田の手から力が抜けた、チャンス!! 俺は咄嗟に距離を取った。
「貴様、どうやってここに来た!?」
永田が動揺している、どうやら奴にとっても予想外の事態が起こっている様だ。
『貴様にヤミージョは渡さん!! こいつは俺のものだ!!』
「えっ!?」
胸が高鳴る……まさかタソガレの奴、俺の事を?
『捕まってろ!!』
タソガレが俺の背中と膝の裏に手を回して持ち上げる、所謂お姫様抱っこの体勢だ。
言われるがまま俺はタソガレの首に手を回ししっかりとしがみ付く。
直後、登場する時に割ったステンドグラスの窓目がけて飛び上がった。
「うわわっ!?」
窓の外は極彩色蠢く不気味な空間だった。
タソガレにしがみ付く腕の力がより一層強くなる。
『臆するな、大丈夫だ』
すると前方に明らかに質の違う光が差し込む穴が見える。
『あれをくぐれば元の世界に戻れる』
タソガレに抱かれたままその穴を通り抜けるとそこはダークマターの基地の中だった。
なるほど、ここは特撮の世界か、取り合えず戻って来れたんだな。
なんなら一番最初の元の世界に戻れたらよかったのに。
「ご無事でしたかヤミージョ様!!」
ドクター真黒以蔵以下、ダークマンたちが出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、ところでそのお召し物はどうなされたので?」
「こっ、これは何でもない!! 見るな!!」
俺は急に恥ずかしくなり顔を手で隠した。
「タソガレもいい加減私を下ろしてくれ!!」
『分かった』
自分の足で地面に立つことが出来、俺はやようやく人心地つく事が出来た。
冷静になると疑問が次々と俺の頭に中に湧いてきた。
「ねえタソガレ、これは一体どういう事!?」
もうちょっとやそっとでは驚かないぞ、世界を構築できる存在まで出て来たんだからな。
『声が聞こえたんだ、お前の助けを求める声が……』
「声?」
『そうだ、声がしたあと突然、空間に穴が開いた……そこに飛び込んだらお前の居る場所に出た……』
「なんて無茶を……」
確かに永田にキスされそうになった時、心の中で助けを念じてはいたがまさかあれが聞こえたのか?
それにその空間の穴に飛び込んで無事で済む保証はないのに……タソガレの奴……。
「じゃあ私の事を俺の物だって言ったのはどういう事かしら?」
『あれは……言葉の綾だ……』
なんとも歯切れの悪い返事だ、あの時の事を思い出すと胸が熱くなるのは何故だろう?
でも何でタソガレはあちらの世界でなんの影響も無しに行動できたのだ?
永田が造り出した世界の中では奴の意識に支配されてしまうのではないのか?
乱入したタソガレを見た時の永田の取り乱し様は?
また分からないことが増えてしまったな。
しかしそれ以上に大きな収穫があった。
色々大変な目にもあったがこれでこのおかしな世界が出来上がった原因とその元凶が判明した訳だが、ここで重大な問題が一つ。
こちらの世界での永田の居場所が分からない。
先ほどまでいた世界は現実に近い世界であったために撮影が行われ、永田も存在していたが、困ったことにこの特撮の世界にはあの男は存在していない。
あの永田をどうにか出来ればもしかしたら俺たちは元の世界に戻れるかもしれないというのに。
いや、どこかに居るのかもしれないが、特撮というフィクションがノンフィクションになっている関係上、それに関わっていた撮影スタッフには今のところ遭遇していないのだ。
仮に再び永田に会えたとして、利己的で独善的な性格が判明した奴が俺の話しを聞き入れて世界を元に戻してくれる可能性は限りなく低い。
せっかくここまで原因を特定したってのにこのままでは先に進めない。
しかも相手は本気を出せば世界をどうとでも改変、創造することが出来るのだ。
この特撮の世界もいつ永田の都合のいい世界に変えられてしまうか分かったものではない。
もしかしたら俺は最も手を出してはいけない相手に喧嘩を売ってしまったのかもしれない。
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