第13話 虚構と虚構


 「……きて……起きて……」


 う~~~ん、誰だ? 俺が折角気持ちよく眠っていたっていうのに。


「ほら、もう起きないと遅刻するんよ!!」


 えーーーと、このおかしな語尾には聞き覚えがあるな。

 徐々に覚醒していく意識、目を開けると俺はどこかの家の中に居た。

 ここはどこだ? 整理整頓された清潔な部屋、俺が寝ていたベッドにはパステルカラーの妙にファンシーなクッションやぬいぐるみがある。

 取り合えず身体を起こしベッドに腰掛ける。

 視界に入った座卓の上には乳液や化粧水、マニキュアなどの小瓶、化粧品がずらりと並んでいる。

 明らかに女の部屋だ。

 キッチンのある方に目を移すと一人の女性が何やら調理をしている後姿が見える。


「やっと起きた、トーストとスープだけでも食べちゃって」


「う、うん……」


 その女性が俺の所にトレーに載せて皿に載った焼きたてトーストとミネストローネ風のスープの入った器を置いていく。

 誰だっけ、見覚えはあるのに名前が出てこない。

 視線を移す際に卓上の鏡にショートカットの俺によく似た女性が映し出される。

 タンクトップの胸の膨らみを視認した、やっぱり俺は女なんだな。

 目が覚めたら全て元通りだったらどれだけ良かったか。


「うっ……ううっ……」


 急に情けなくなってポロポロと涙がこぼれだす、止めようとしてもお構いなしだ。


「あら、どうしたのひろみ!? どこか痛いの!?」


「いや、何でもない……」


 女性が俺の顔を至近距離で覗き込み心配そうな眼差しを向けてくる。

 そしておでことおでこを合わせてきた。

 急激に上昇する俺の体温。


「何でもない事無いでしょう!? 顔も赤いし凄い熱よ!? 今日のお仕事お休みにする!?」


「本当に大丈夫……」


 近くにあったボックスティッシュを手に取り何枚かまとめて引き抜き目を拭い鼻をかむ。

 しかし一体どういう状況なんだ? 目の前の料理を眺めながら俺は考える。

 確か俺は昨晩戦闘の汚れと疲れを取るためにシャワーを浴びてから自室のベッドで横になったはず。

 それが目覚めたらどうだ、この至って普通の一般女性の部屋で寝ているなんて。

 だが落ち着け、今の状況も元の世界から特撮の世界に来てしまった状況と似ているではないか……きっと何かしらの登場人物として俺は設定されているはずだ。

 そして又しても前の記憶を俺だけが持っている状況に違いない。

 まるで夢を見ている途中でこれが夢であると気付いてしまう覚醒夢と言うヤツだな。

 そうなるとこれも依然同様今置かれている自分の状況を見極めるための作業が必要になって来るのか、面倒な事だ。


「私の今日の仕事って何だっけ?」


「やぁね、まだ寝ぼけているの?」


 まずは寝ぼけたふりをしてこの女性に探りを入れてみる、相手は俺が寝ぼけていると取ってくれるので我ながら上手い手だと思う。

 伊達に同じ状況を二度も経験して来た訳じゃない。


「今日のひろみのスケジュールは私と一緒に八時までに東画スタジオに行ってヒカリオンの撮影でしょう?」


「ああ、そうだった……わね」


 なるほど、この世界でも俺はヒカリオンの撮影に参加しているのか、しかも目の前のこの女性と一緒に。

 どちらかと言うとこれは二つ前の世界に近い状態の様だな、俺が女になっている事を除いて。


「分かったらさっさと食べて着替えちゃって、私は先に行ってあんたが体調が悪いってスタッフに伝えておくから」


「悪い……わね」


「いいって事、鍵を掛けたらいつも通りポストの裏に置いといて」


「分かった」


 女性はウインクしながら親指を立て玄関から出掛けて行った。

 さてと、あまりあの女性と会話を重ねるとボロが出る、ここは部屋の中から情報を収集してみよう。

 まずはヒカリオンの台本を探そうと思う、そうすればヒカリオンの配役が判明するし、スト-リーはどんな展開を迎えているのかを知ることが出来る。


「あった!!」


 ご丁寧に本棚に一話から順番に台本が収めてある。

 この几帳面な所はあの女性のお陰だろう。


「どれどれ……」


 最新話、いや今日の撮影が最新だとするとこれは一つ前、24話か……2クールを終えてここから急展開を迎えることが多いよな。

 クールとは『流れるもの』、『期間』を意味する言葉で、テレビ局などは一年を四つに分けて番組を編成している。

 要するに1クール=三か月である。 

 映像業界はこのクールごとの区切りでスケジュールを組むのが普通だ。

 ヒカリオンは4クール、一年の放送枠だから2クールは半年、ほぼ半分の撮影が終わっているという事だ。

 

 24話の台本を本棚から引っ張り出しページを捲る。

 まずはキャスト欄だ。

 え~~~と、ヒカリオン五人は元々のキャストだな、特撮の世界の様にぐちゃぐちゃにシャッフルされてはいない様だ。

 恐らくこのヒカリグリーン役のスーツアクターが今まで俺と一緒に居たあの子だろう、顔出しの変身前の女性キャストは二人だけ、アイドルの百瀬麻実と若葉葵だ、消去法でそういう事になる。

 なるほど、あの子の名前は瀬川芳乃って言うのか。

 

 そして俺が知る限り以前の撮影時には無かった役所、朝倉めぐみ。

 特撮の世界では女体化した日比野さんが演じていたというかそう言う名の女性として生活していた訳だが、この台本に記述があるという事は展開上登場予定があったのだ。

 あっ、アンコック将軍のクレジットもある。

 こちらの世界の方が撮影が進んでいるのである種のネタバレを見ている気持ちになる。

 ヤミージョは当然俺、ただ一つ違うのはアテレコも俺が担当している所だな。

 それはそうか、今の俺の声はヤミージョそのものであり、別人に声を当てさせる意味がない。

 そうなるとこちらには梨月ももこは存在しないのだろうか?

 気になってスマホで検索を始める、いや彼女はモデルとしてしっかり活動しているな。

 なら今の俺が梨月ももこと顔を合わせたりしたら驚くだろうな、なにせ俺と彼女は瓜二つなのだから。

 おっと脱線してしまったな、この回のストーリーはどんな風に進んだのだろう。

 



 『日本侵略が遅々として進まない事に業を煮やしたダークマスターは海外の全ての国の侵略に成功したアンコック将軍を呼び寄せた。

 そのアンコック将軍の強大な力に敗北するヒカリオン、彼らに再び立ち上がる力はあるのだろうか?』


 要約するとこんなあらすじだ。

 そうか、こちらでは一度ヒカリオンはアンコック将軍に負けてしまうんだな、そして次回に引く訳だ。

 特撮の世界では俺がヒカリヴァイオレット、日比野さんがヒカリマゼンタになって乱入してこの筋書きとは違う展開にしてしまった。

 この時点で謎の存在の書いたシナリオに背いたことになる。


 なるほど、読めて来たぞ……俺が今この新たな世界に居るのは謎の存在ヤツの思い通りの展開に世界を修正するためだな。

 だがそうは問屋が卸すかよ、何故だか分からないが俺だけはどれだけ世界を変えられても記憶を維持できている……誰がお前の思い通りになんぞになるものか、最後まで抵抗してやる。

 その為には少しでも先の展開を知っておきたい。

 ヒカリオンの監督、永田さんは直前まで台本をキャストに渡さないので有名だ、何故か、それは台本をあまり読み込まれて芝居にわざとらしさが出るのを嫌うかららしい。

 そういう事で最新の話は現場に行くまで分からない。

 なら答えは簡単、撮影所まで台本を取りに行けばいいのだ。

 早速俺はハンガーに掛かっていたネイビーブルーのジャンパースカートを頭からするりと被り着替えを終えると、スープを飲み干しトーストに噛り付くと玄関の扉から飛び出した。

 おっと戸締りを忘れる所だった、鍵を掛けポストに鍵を……ってあれ?


「ここは……」


 ドアの外側に掛かるプレートを見て驚いた、203号室……ここは俺が住んでいた安アパートじゃないか。

 内装があまりに女の子然としていたから気づかなかった。

 表札にも驚いた、俺と芳乃の名前が並んで掛かっている、俺はあの子と同棲しているんだ。

 いや同性だからシェアハウスというべきか。

 じゃあ隣の204号室は、ヒカリオン基地へと繋がっていた麻実ちゃんと葵ちゃんが住んでいると偽装していたあの部屋は? 

 慌てて表札を確認するが人の生活の形跡が感じられない……今度はこちらが空き室だった。

 通算三つの世界の情報が俺の頭の中でごちゃ混ぜになって混乱してきた。

 これは目的を絞って行動した方が良さそうだ、出来ればの話しだが。


 


 電車に乗り取り合えず東画スタジオに着いた、勝手知ったる俺の家からのルートだったので迷わず辿り着く事が出来た。

 スタジオの入り口には芳乃が立っていた。

 もしかして俺を心配して待っていてくれたのか?


「良かった、無事に来られたんだねひろみ」


「ごめんね芳乃、心配かけたね」


「ううん、じゃ控室にいこう」


 芳乃が俺の手を取り一緒に歩く。

 恥ずかしいと一瞬思ったが、女の子同士は大人になっても手をつないで歩いているのを見る事があるしこれが普通なのだろう。


「やあ、ひろみちゃん、具合が悪いって聞いてたけど大丈夫?」


「永田監督、ご心配をおかけしました、もう大丈夫です」


 廊下でばったり会った監督にお辞儀をする。

 永田監督に会うのは物凄く久しぶりな気がする。

 特撮の世界ではヒカリオン関連の全ての事柄が本当の事だったから監督はいなかったもんな。


「はいこれが今日の台本、今後の展開は凄い事になるから期待して」


「ありがとうございます」


 そうそう、これが欲しかったんだ。

 監督と別れ俺と芳乃は控室に入った。


「さあチャチャっと着替えちゃおうか」


 芳乃が何の躊躇いも無く服を脱ぎ始めたではないか。


「ちょっ、ちょっと待った!! 俺の前でよく恥ずかしげもなく服をぬげるな!!」


「えっ? 何を言ってるんよ? こんなの何時もの事じゃない……顔が赤いけどもしかしてまだ熱があるん?」


「大丈夫だって!! 顔を近づけないで!!」


 またおでこで熱を測ろうとする芳乃を押しとどめる。

 そうだよな、同性な上に同じ家に住んでるんだ、お互いの裸に欲情するなんてありえない。

 落ち着け、特撮の世界ではちゃんと女を演じられていたじゃないか、それを思い出せ。

 何故かこちらの世界で俺はどちらかと言うと男性的な面が表に出ている気がする。

 そもそも俺は男なんだから当たり前ではあるがどこか変な感じだ。

 それはさておきとにかく俺も着替えてしまおう。

 何の細工もせずに自分でこのヤミージョのコスチュームを着るのは新鮮だな。

 以前は胸とかお尻を造るだけで結構な手間だったから。

 芳乃は既にヒカリグリーンへの着替えを完了していた、まだヘルメットだけは被っていないけど。

 俺も着替えが終わったので早速台本に目を通す……何々?


『アンコック将軍に敗北を喫したヒカリオンだったが装備を修理した以外にすぐに打つ手を用意できなかった。

 しかしそれ以降アンコック将軍は現場に出て来る事は無く、今まで通りヤミージョとタソガレが街を侵略していたのだった』


 フム、やはりヤミージョがヒカリヴァイオレットになったり朝倉がヒカリマゼンタになったりはしないか。

 お披露目戦闘で圧倒的な力を見せつけた割にはアンコック将軍は出てこなくなるんだな、まあそこでヒカリオンを見くびってしまうのも悪役っぽいといえばそうか。

 そしてそこそこの戦力を逐次投入、徐々に戦力を減らし最後には滅ぶんだ。

 これもメタな発言だが、悪の組織は一年間活動してそれでお終い、滅多な事で次の別のシリーズに組織を引き継ぐことは稀だ。

 そう考えると儚いよな悪の組織。

 特撮の世界には必ず期限があるんだ、では続きだ。


『ヒカリオンサイドはスーツの性能を強化、以前の五割増しの性能を発揮、ヤミージョとタソガレを圧倒する。

 そして因縁の対決、ヒカリレッドが遂にタソガレを打ち取り、倒したヤミージョを捕獲することに成功する。

 記憶を失ったヤミージョは自分が誰か分からず戸惑うが、レッドこと紅コウの優しさに触れお互いに惹かれ合っていく』


 うわっ、何これ……ヤミージョとレッドって付き合っちゃうんだ?

 っていうかこれを演じるのって俺じゃんか。

 子供番組と思って侮っていた、まさかこんな色恋沙汰があるなんて。

 しかもここで異性を演じている弊害が出た、男の俺が同じ男であるレッドに惚れた演技をしなければならないのだ。

 困ったな、これはハードルが高いぞ、流石にキスシーンは無いだろうが、恋焦がれた顔で男と抱き合うシーンは大いに考えられる。


 これは早めに行動した方がいいな、そう、これまでの俺の考察の中に既にこの世界から抜け出すヒントがあった。

 恐らくこの世界だけでなくあの特撮の世界からの脱出のためのヒントでもある。

 逆にこの世界に飛ばされたことが幸いしたぜ、特撮の世界では思考にまで制限が掛かっていたからな。

 確かにこれから試すことが絶対に成功するとは限らないが試す価値はある。


「あれ、ひろみもう行っちゃうん? まだ撮影まで時間があるわよ」


「ああ、俺じゃなかった私、監督に話しがあるんだ」


 どういう訳か記憶から欠落していた芳乃に会えて良かった、きっともうこの世界で会う事は無いだろうけど絶対に忘れない。


 俺はそう心の中で誓いつつ芳乃がいる控室を後にした。

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