第12話 ヒカリとヤミの狭間で


 俺の身体を眩い光が包み込んでいく。

 

 腕、脚、身体にと次々に紫色のスーツが装着されてゆき、最後は頭がヘルメットに覆われる。


「新たなる紫のヒカリ!! ヒカリヴァイオレット!!」


 無意識のうちに口上と決めポーズをとっていた俺。


「これは……ヒカリオン?」


『そうよ、ヒカリヴァイオレット……あなたの為に新たに造られたスーツよ

 結果論だけどあなたがチェンジャーを持っていてくれて助かったわ、データとしてそちらにスーツが転送できた訳だし』


 ああ……とうとう俺、正義の味方になれたんだ……こんなに嬉しい事は無い。

 でもあれ? ちょっと待った。


「日比野さん、このスーツ、女物じゃないですか!!」


 腰回りに女性ヒーロー特有のミニのラップスカートが巻かれているのに気づく。


『何を今更、あなたはいま女の子なんだから当然でしょう?』


 そうだった、ヒーローになれたことで舞い上がり現実を見失っていた。

 ちょっとだけがっかりしてしまった。


『そんな事より早くみんなの応援に行ってあげて!! 相手は強いんでしょう!?』


「そうでした、今行きます!!」


『そのスーツはみんなのと違って攻撃力と耐久力が50パーセント増しになっているからそれなりに闘えると思うわ、頑張って!!』


「はい!!」


 今まで敵対していたヒカリオンの手助けはどこか複雑な気分だが、それ以上にアンコックをどうにかしたい衝動が俺を突き動かす。

 俺は決戦場に向かって走り出した。


「うわあああああっ!!」


 衝撃により吹き飛ばされ地面に叩きつけられるヒカリオンの5人。


「ハッハッハッ!! この程度かヒカリオン!!」


 アンコックの高笑いが辺りに響き渡る。


「くそっ……何て強さだ……」


 弱々しく立ち上がるヒカリレッド、脚はガクガクと痙攣している。


「さてお遊びはこの辺にしてそろそろ止めと行こうか……」


 アンコックが両手で天を仰ぐとその上空に巨大な隕石が現れた。

 あんなものが落下したらこの街は跡形もなく吹き飛ぶ。


「やめなさいアンコック将軍!!」


 俺はありったけの声で空に浮かぶ奴に向かって叫んだ。


「何者だ?」


 アンコックは眉を顰め俺の方に視線を移す。

 自分の強さを誇示していた所に水を差されご機嫌斜めの様だ。


「私はヒカリオン第6の戦士、ヒカリヴァイオレットよ!!」


「ヒカリヴァイオレットだって!?」


 ヒカリオン達に動揺が広がる、どうやら日比野さんはこの事を彼らに話していない様だな。

 それでいい、追加戦士は突然現れて味方のピンチを救うのが最高のカタルシルなんだ。


「ほう、そのヒカリヴァイオレットやらが今頃出て来てどうするというのだ?」


「決まってるわ!! お前を倒すために来たのよ!!」


 俺は右の腰のホルスターからヒカリバスターを抜くとアンコック目がけて引き金を引いた。

 すると今まで見てきたヒカリオンのヒカリバスターより太くて派手なビームが発射されアンコックを撃つ……差し詰めスーパーヒカリバスターといった所か。


「グアッ!? 何故だ!?」


 奴の身体が纏っているオーラを突き抜けダメージを与えた、イケる。

 俺は矢継ぎ早にスーパーヒカリバスターを乱射した。


「グウッ……調子に乗るなよ!!」


 手でビームを払っているがそこから煙が上がっている、それでも防ぎきれないと見るやアンコックは遂に地上に降り立った。

 奴の手の甲に装着されたガントレットから鋭い爪が4本づつ両手に生えた。

 長く鋭い爪が不気味に光る。


「こうなれば俺の暗黒の爪で貴様を串刺しにしてくれるわっ!!」


 両腕を振りかざし襲い掛かって来た。

 俺も左の腰に下がっているヒカリソードを右手で抜く、抜いた刀身を見るとこれも明らかに他の物とは違う、虹色の光りを放っていた。


 ガキイイイン!!


 金属同士がぶつかった耳障りな音が響く。

 

「おらっ、どうしたどうした!! 接近戦は苦手か!?」


 くっ、流石に早い……アンコックの猛攻をソードで受けるので精一杯だ。

 この辺は剣を振るう役に当たった事が無い俺の経験不足からくる体たらくだ。

 そして撮影はもちろん本気で武器を振るったりしない、特にパンチやキックはカメラの角度で当たっているように見せているだけで、本当は寸止めや間が開いている場合が殆どだ。

 だがそれなりに身体が付いて行っているのは俺の身体がダークマターにより改造さえているからに他ならない。

 いくら鍛えていたとしても普通の女の子にこんな動きは到底出来っこないからな。


「くっ!!」


 強めの攻撃を受けた事で後ずさるが何とか持ちこたえる。

 しかしこのまま続けていてはスタミナが尽きるのは俺の方が早いだろう。

 それを察してかアンコックが薄ら笑いを浮かべる。


「俺様の攻撃に耐えたことは賞賛に値するが、あの隕石は徐々に落下しているのを忘れるなよ?」


 そうだった、戦闘に夢中でそれどころでは無かった。

 奴が言う通り隕石は先ほどより大きく見える、地表に近付いてきている証拠だ。

 それより日比野さんはどうした? もう持たないぞ。


『お待たせヴァイオレット!! 到着したわ!!』


「もう、待ちくたびれましたよ!!」


 チェンジャーから日比野さんの声が聞こえ一気に安堵感が押し寄せる。

 直後、風を切る音と共に上空に小型ジェット機の様なマシンが現れた。


「はっ!!」

 

 そのマシンから誰かが飛び降りてきて俺の横に降り立つ。

 その姿は明らかに俺のスーツの色違い、紅色の戦士だった。


「新たなるくれないのヒカリ!! ヒカリマゼンタ!!」


 決めポーズと口上を決める新戦士、そして聞こえてきた声は間違いなく……。


「しっ、ヒカリマゼンタの正体はまだ秘密よ……」


 ヘルメットの口元に人差し指を立てるヒカリマゼンタ……まんま日比野さんじゃあないか。


「また新しく現れやがって!! いい加減うんざりなんだよぉ!!」


 荒くれたアンコックの胸の鎧から高速の暗黒球が乱射された。

 俺とマゼンタはソードで全て弾き落す。


「ヒカリオン!! そのヒカリフェニックスに乗って隕石を破壊して!! 

 アンコック将軍は私たちが引き受けるわ!!」


「ああ、分かった!! 頼んだぞ!!」


 マゼンタの指示で倒れていたヒカリオン達が立ち上がり、全員がひとっ飛び上空に待機している深紅のマシン、ヒカリフェニックスとやらに乗り込む。

 そして高速で飛行し上空の隕石目指して飛び立っていった。

 いいな、あんなカッコいいマシンに一度でいいから乗ってみたいものだ……だけどあれは特撮ではなく本当に空を飛んでいる上に剥き出しで跨っている、高所恐怖症の俺には無理かな。


「させるかーーー!!」


「お前の相手は私達よ!! はーーーーっ!!」


 ザシュッ!!


「ぐわぁ!!」


 ヒカリフェニックスを追いかけようとしてよそ見をしたアンコック目がけ、俺とマゼンタのソードによる同時攻撃がヒット!! 両肩に傷を負わせることに成功する。


「ヒカリブラスター発射!!」


 ヒカリフェニックスの機首が開き現れた大砲からプラズマを発生させながら強力なビームが隕石に向け放たれた。

 ビームは見事命中、巨大隕石は木っ端身微塵に爆散したのだった。


「うぬぅ……おのれヒカリオンめーーー!! この屈辱は忘れんぞーーー!!」


 実に模範的な悪役の捨て台詞を吐き、アンコックは肩を押さえながら飛び去って行った。


「やった……」


 事が終わり一気に緊張感が抜けた俺はアスファルトにへたり込む。


「やあ君たち!! 助けてくれてありがとう!!」


 レッドを先頭にヒカリオン達が戻ってきた。


「ヴァイオレット、退散するわよ」


「えっ? あっ、はい!!」


 マゼンタの呼びかけで我に返る。

 そうだった、このままヒカリオン達と接触するのは確かにまずい。

 根掘り葉掘り色々聞かれる上に俺の正体がばれてしまうからだ。

 ヒカリオンが下りた後のヒカリフェニックスに俺とマゼンタは飛び乗りそのままその場を後にした。

 下でヒカリオン達が何か叫んでいたがすぐに聞こえなくなった。




「何とか上手くいったわね」


「はい、助かりました」


 フェニックスの上でマゼンタこと日比野さんと作戦の成功を分かち合う。

 流れ的に仕方なかったとはいえマシンに乗ってしまった、高速で空を移動するのはやはり怖い。

 だがすぐにあの場を離れる必要があったため我が儘は言ってられない。


「これから俺はどうするべきなんですかね、こんな超展開、まったく予想してなかったので……」


「またヤミージョに戻ってしれっとダークマター基地に帰ればいいのよ」


「それでバレませんか?」


「大丈夫よ、逆にオドオドしてる方が怪しまれるものよ」


「そういうものですか」


「そう、そう言うものよ……今戻ればあのアンコック将軍の悔しがる姿が拝めるんじゃないかしら、いい気味だわ」


「それもそうですね」


 アンコック憎きで動いていた半面今になって少し後悔している。

 性格はどうあれアンコックの身体は明らかに英徳さんだった、アンコックを倒すという事は英徳さんも倒してしまうという事。

 今日はあの程度のダメージで退いてくれたがこれからも戦闘が激化していく事を考えるといつ何が起こっても不思議ではない。

 そう、最悪の事態も……。


「じゃあここでお別れね、上手く立ち回るのよ」


「はい、ありがとうございます」


 人気のない空き地に俺は降ろされすぐさまチェンジャーを使いヤミージョの姿に戻った。


「ニャミージョ様? 今のは一体?」


 俺は背後から突然声を掛けられ心臓が破裂しそうなほど驚いた。

 ゆっくりと振り返るとそこには満身創痍のネコキャットが蹲っていたではないか。

 どうやら逃げる途中でたまたま出くわしてしまったの様だ、なんと間の悪い。

 だが見られてしまった以上下手な言い訳は不要だ。


「見たわね? 私の秘密を……」


「ひっ……!!」


 凄んだ俺に対して脅えた態度を見せるネコキャット。


「いい? 今見たことは他言無用よ……もし誰かにバラそうものなら……」


 目を見開いて更に詰め寄る。


「はっ、はい!! 誰にも言いませんニャ!! 神に使うニャ!!」


 悪役が神に誓うとはなんと滑稽な。


「ならいいわ、さあ基地へ帰るわよ」


「はいニャ!!」


 俺とネコキャットは瞬時にその場所から消えた。




「ええい、忌々しい!! 何なのだあの二人組は!! あいつらさえ来なければヒカリオンを一掃できたというのに!!」


 基地内、作戦室のそこら中の物を蹴飛ばし荒れ狂うアンコック。

 近くに居たダークマンたちも恐れ慄いて震えている。


「どうですアンコック将軍、ヒカリオンは強かったでしょう? あなたが手傷を負わされるのですから私たちが手こずる理由がお分かりいただけましたか?」


 わざと煽る様に厭味ったらしく言葉を吐く俺。


「ええいうるさい!! 俺は自室に行く!! 暫く声を掛けるなよ!?」


 乱暴な足取りでアンコックは部屋を出て行った。

 いい薬だ、これで暫く奴も大人しくなるだろう。

 さて俺も体中が痛い、自室に戻って休むとするか。




「いつつっ……」


 コスチュームを脱ぐと身体のあちこちが打撲や擦り傷でいっぱいだった。

 左胸の膨らみにも薄っすらと跡が付いている、これはヒカリレッドの一撃を貰った時に付いたものだ。

 以前美術の新田さんが言っていた、ヤミージョのコスチュームは高額ゆえ火花を起こす火薬を仕掛けられないと……だがあの一撃で実際に火花が舞い、胸に熱い痛みが走ったのを俺は忘れない。

 あの痛みまでとは言わないがみんな撮影でそれなりに痛い思いをしていたんだと思いにふける。

 さて今日の行動で果たしてこの世界にどのような変化が訪れるだろうか。

 恐らくやミージョである俺がヒカリヴァイオレットになってしまうなんて謎の存在には想像も出来なかったのではないだろうか。

 番組によっては悪から正義側に寝返る所謂【光り堕ち】と呼ばれる展開はあったことはあった。

 しかし完全に寝返らずどっちつかずに立ち回る役は殆ど無いはずだ。

 

 メタな話、こういう展開はおもちゃの販促としてはどうなのだろうな、そもそも女性戦士のおもちゃは子供相手にはあまり売れない様で商品展開も殆どない、辛うじてソフビの人形が作られるくらいだ。

 今のご時世ならメーカー直販の通販サイトで大きなお友達向けにコアな商品を展開するくらいだろうか。

 この世界を造ったと思われる謎の存在もその所はよく心得ているはず、だからこその今までは王道的ストーリー展開だ。

 それを出演者であるところの俺たちが壊した、そろそろ何らかの介入が起こってもおかしくない、王道展開へ軌道修正するための介入が。

 今の所はその気配が無いからあまり気を張っていても仕方がない、こちらは常に受け身だからあちらが動かなければ対処不能なのだから。

 取り合えずシャワーを浴びてもう休みたい。


「フンフンフン~~~」


 ああ、よく動いて汗を沢山掻いたから優しく身体にあたるお湯が心地よい。

 そういえばタソガレはどうしたのだろう、今日の戦いには参加してこなかったが。

 今になって思うが俺はタソガレについてあまり深く考察してこなかった事に思い当たる。

 元々特撮番組ではタソガレ役はスーツアクターの佐次さんだった。

 兜を外す設定が無いので中身がどんな顔をしているか分からないし、人であるかどうかも分からない。

 そしてこちらの世界でダークマンの3号が佐次さんと瓜二つだったことを考えると、今のタソガレの中の人が誰なのか気になる所ではある。

 何せ彼の声はエフェクターで加工された声なのでそこから誰なのかを予測するのは不可能に等しい。

 だがいずれは強引にでも正体を探らなければならない場合があるかもしれないな。


 正体が気になる存在としては我らが首領ダークマスター様もその一人だろう。

 こちらも元の性格と違い過ぎる、こちらではただのヤミージョを猫可愛がりするパパみたいになっている。

 こちらも声だけの出演だから実態が分からない、こちらも追い追い調査が必要だな。


「ふう……」


 シャワーを終え真っ白なバスローブを纏った俺はバスタオルで髪を拭きながらベッドに腰掛ける。

 本当に今日はいっぺんに色々な事が起こり過ぎた。

 疲れがピークに達し、いつの間にか俺は静かにまどろみの中へと落ちていくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る