第9話 孤独な遊戯


 「3号……お前、何故ここに?」


 日比野さんとの密会のため、3号には声を掛けず外出したはずなのに何故彼がここに居るんだ?

 まさか俺が直前にばったり会ったタソガレに聞いたのか?


「ダークマスター様からヤミージョ様の護衛と監視を命じられているので常にお側に控えてるんすよ」


「何?」


 迂闊だった、呼べばすぐに現れるのは便利だと思っていた半面、裏を返せば常に俺の近くに待機していると考えるべきだった。

 当然いつ声を掛けられるか聞き耳も立てている訳で、俺の独り言や夜のあんな事やこんな事も全て見聞きしていたという事になる。

 あっ、当然着替えや寝言の事を言っているから勘違いするなよ?


「さっき会っていた女性、ヒカリオンの関係者っすよね?」


「ちっ、違うわよ!! あれはプライベートのお友達だわ!!」


 何だよプライベートの友達って、苦しまぎれにも程がある。

 世界征服を目論む組織の構成員に人間の友達が居るわけがない。


「俺、聞いてたんすよ、何だかチンプンカンプンな内容でしたけどヒカリオンって言葉はしっかり聞こえやした」


「うむむっ……」


 やはりだめか、まさか喫茶店内の会話まで盗聴されていたとは……これ以上の言い逃れは却って悪手だ。

 それならば……。


「聞いて3号、これには深い訳があるのよ!!」


「何すか? 俺を納得させるだけの訳があるなら聞きやしょう?」


「物凄く突拍子もない話しだから心して聞いてね……?」


 俺はこうなってしまった経緯を全て3号にぶちまけた。

 ここで3号の信頼を失って組織に拘束などされようものなら全てが終わってしまう。

 今の状況は特撮番組のお約束なら裏切った者は処刑、若しくは洗脳されて意のままに操られるパターンだからな。

 どちらにしろ俺に生き残れる選択肢は無い。

 なら逆に3号を味方に付けられれば今以上に動きやすくなる。

 それに3号は恐らく佐次さん本人だと俺は思っている、何らかの力で洗脳か記憶を書き換えられてダークマンの役を演じさせられている可能性があると。

 これは一種の賭けだ、日比野さんに相談もせずに実行してしまったのはまずいと思うが今の状況を乗り切るにはこうするしかなかったのだ。


「う~~~ん……」


 3号が頭を抱えて蹲る……無理もない、恐らく彼の今までの常識を、世界を根本から覆す事実を突きつけてしまったのだから。


「じゃあ何すか!? 今の俺たちの戦いを芝居として演じている世界があるってことですか!? それに俺は佐次って名前のあなたの先輩でタソガレ様役で、それであなたの精神は蜂須賀ひろみっていう男だっていうんですか!?」


 3号は立ち上がり、今度は俺に掴みかかり矢継ぎ早に質問してきた。


「うん、信じられないかもしれないけどそうなんだ……」


「それが本当ってどうして言い切れるんすか!?」


「俺自身の記憶がそうだったから、と言ってもお前は信じないだろうね……でもさっき俺があっていた女性朝倉さん、いや彼女も精神は日比野って名前の男なんだけど彼も俺と同じく元の世界の記憶を持っていた……こんな偶然がそうある訳がない」


「そんな……」


 3号は茫然とし、視線が定まっていない。


「お前も当事者の一人なんだ、もしかしたら何かの切っ掛けで佐次さんだったころの記憶が甦るかもしれない……実はいつこの事をお前に話そうか迷っていたんだけど、言えてよかったよ」


「全然よくないっすよ!! こんな事、知らなければよかった!!」


「あっ、おい!!」


 3号は踵を返すと勢いよく駆け出して行ってしまった。

 まあそれはショックだろうな、いきなりこんなこと言われても困惑するだけだ。

 だがこれでまた新たな変化が起こる事だろう。

 しかしこのまま基地に戻った3号がどういった行動をとるか予想が出来ない。

 もしいま俺が伝えた事を基地内で広めてしまった場合どうなるだろうか?

 あれ、ちょっとこれはまずい事になったのでは……このまま俺が基地に戻るのは物凄く嫌な予感がする。

 取り合えずこの事は日比野さんに報告しておこう。

 スマホをハンドバッグから取り出し、日比野さんにメールを送った。

 するとすぐに返信が来た、どれどれ?




『 早速のメールありがとう。


 あたしもそちらに行きたのだけれど出かけたばかりですぐに戻るのはちょっと無理があるわ、ごめんなさい。

 確かに今はダークマター基地には戻らない方がいいわね。

 基地に戻ったとして良い事は一つも無いと思うのよ。

 ここはタイミングを待った方がいいわ。

 どこかで時間をつぶしていて頂戴。

 何かあったらこちらからもメールするわね。

 

 それじゃ、愛してるわ。』




 最後の愛してるわは要らない……。

 やっぱりそうなるよな、時間をつぶすにしても喫茶店を出たばかりでまた飲食店に行くわけにもいかないし……そうだ、本屋に行こう。

 向かったのは伊勢国屋いせくにや書店……日本屈指の蔵書を誇る書店チェーンだ。

 店構えは店舗全面が総ガラス張りで、明るい店内の一階二階が同時に視界に入る。

 外側から見ただけで物凄い数の本棚とそれを埋め尽くす書籍の数々、読書好きでなくても心躍る物がある。

 早速ファッション誌のあるコーナーへ行く。

 女性ファッション専門誌【ナンナン】、女性向けファッショントレンドを知りたいなら外せない雑誌だ。

 今どきの書店は本がビニールに包まれていることが多いが、試し読みように一冊だけそのままの本がある場合が多い、その例にもれずここにも立ち読みできるものがあった。

 

 (うわっ、みんな可愛いな……)


 ページを捲る度に心の中でため息が漏れる。

 モデルはみんな自信に満ちた表情で着ている洋服を最大限目立たせ魅力的に見えるポーズをとり微笑んでいる。

 美を追求するのは常に自己肯定と承認欲求VS他者評価のせめぎ合いだ。

 それには研ぎ澄まされた美的感覚と他者の心を掴む柔軟でいて強固な意志が必要だ。

 その為には常に流行りのリサーチや体型維持、メイク技術向上など惜しみない努力を続けられる者だけが最前線で戦える。

 女の子になったばかりの俺が思い付きで選んだコーデなどたかが知れているのだ。


(女の子って大変だな……)


 そっと本を閉じる、今の俺にはあまりにも眩しすぎる代物だ。

 あれ? 何で俺は迷わず女性向けファッション誌のコーナーに来ているんだ?

 しかも知ったかぶりなモデルの心得えみたいな講釈紛いの妄想までして。

 始めはアニメや特撮を扱った【ネオタイプ】を立ち読みしようと思っていたのに。

 やっぱり本屋では時間つぶしに限界がある、この店だってあと一時間も営業時間が残っていない。

 かといって女一人で飲みに行くわけにもいかないし……そうだ、二十四時間営業の遊戯施設があったな、そこへ行こう。

 

「あった、ファイナルラウンド」


 特に飾り気のない角ばった店舗形状に赤青の派手なカラーリングが施された店舗。

ここはカラオケ、ボウリング、ゲーム、スポーツ施設などを内包する総合アミューズメントスポットなのだ。

 入場だけなら特に料金も掛からない。

 少し休みたかったので俺はカラオケを利用することにした。

 今どきは【ひとカラ】と言って一人でカラオケを楽しむのは特におかしい事ではない時代だ、ボックスに案内され取り合えずドリンクだけ頼んでソファに寝転ぶ。


「はぁ……疲れたなぁ……」


 薄暗い部屋の中、少し瞼が重くなるがせっかくカラオケに来たんだ、何か歌ってみよう。

 カラオケを利用する際に使う端末を持ち適当にページを流し見する。


「あっそうか、今なら俺、女性ボーカルの曲も歌えるんだ……」


 撮影の帰りなどみんなで飲みに行ったあと二次会のカラオケで実は女性の曲を歌ってみたいけど俺の容姿から揶揄われるのが分かっているからわざと男らしい曲を歌っていたが、今は違う……周りに誰もいない上に今の俺は女だ。

 今ならどんな曲だって原曲キーで歌えるのだ。

 兼ねてから歌ってみたかった女性ボーカルの曲を入力すると程なくしてイントロが流れ始める。

 ドキドキの瞬間……歌詞の字幕の色が変わるタイミングで俺は歌い出した。


「……良かった」


 夢心地に天井を見上げる俺……歌うってこんなに気持ちの良い行為だったんだな。

 俺の、いや梨月ももこの声だが俺の喉から発生する声のなんと心地よい事か。

 生まれてこの方、男同士でしかカラオケに行ったことが無い俺には実に新鮮な体験であった。

 いや違う、どこかでその考えを否定する自分がいる……そう、俺の身近には文句を言いつつも俺に付き合ってくれた女性が居たはずなんだ。

 もしかして日比野さんが言っていた瀬川芳乃という同期のスーツアクターの女性だろうか? 必死に思いだそうとするが頭が締め付けられるように痛む。




「あれ?」


 いつの間にか眠ってしまった様だ、スマホを見ると翌日の朝6時だった。

 結局当日中にダークマター基地に帰る事は無かったな。

 あれから3号はどうしただろうか……そして俺の居場所はまだあそこにあるのだろうか。

 取り合えず料金を支払い店外へと出た。

 さすがにまだ寒いな、日は登っているがまだ暗い。

 このまま基地に戻れなくなったらどうしよう、いっそヒカリオンの基地にでも置いてもらおうか?

 ヒカリオン基地で思い出したが俺が偶然ヒカリオンの基地に潜入できてしまったために基地の位置がダークマターに知れ渡っているはずだ。

 そうならあの安アパートを模したカムフラージュはどうなっているのだろう?

 気になって俺の足は自然にそのアパートの方向へと向かっていた。


「まだ普通にあるじゃないか……」


 アパートはこの前来た状態でそこにあった。

 階段の錆も薄汚れた壁もそのままだ。

 恐る恐る204号室、麻実ちゃんと葵ちゃんがいた部屋のドアノブに手を掛ける。

 

「あれ、鍵が開いてる」


 二人は普通の民間人を装ってここで生活していたはずだからこんな早朝に、しかも鍵を掛けずに出かけているはずがない。

 俺はそのままドアを開け中に侵入する。


「………」


 息を押し殺し室内を見る、しかし人の気配はしない、もぬけの殻だ。

 そして問題の押し入れの襖……ここを開ければスライダーになっていて基地まで行けたはず。

 ためらわず襖を開ける、すると何の変哲もない布団が畳んで納められていた。

 布団を引っ張り出しても奥は普通に壁となっており、例のスライダーは見つからなかったのだ。

 これは彼らがここを放棄したとみるべきだろう。

 それも当然、敵に抑えられた秘密の出入り口をそのまま使い続ける訳が無いからな。

 もしかしたら地下にあったグリッターベースもどこかに移動した可能性すらある。

 こうなってしまっては俺がここにいる意味はもう無い、多分移転場所を日比野さんに聞いたとしてもこればかりは教えてくれないだろうな。

 外に出てドアを閉めた瞬間、どこからともなく子供たちの悲鳴が聞こえた。

 俺は慌てて階段を駆け下りるとその声がした方へと駆けだす。

 大通りに人垣が出来ていたので掻き分けて前に出ると、そこには黄色いマイクロバスが止まっており、中には数人の幼稚園児と猫の被り物をしたような怪人とダークマン数人が中に立てこもっていた。


「うわあああん!! 怖いよーーー!!」


「パパーーー!! ママーーー!!」


「ニャハハハッ!! この幼稚園の送迎バスは俺たちダークマターがハイジャックしたニャ」


「ニャ?」


 思わず俺の口からもそのおかしな語尾が出てしまう。

 怖いというよりどこか可愛らしくてユーモラスな猫怪人がバスの窓から顔を出し息巻いていた。

 そう、あれこそが特撮における一話きりのやられ役。

 予算の都合上、頭の被り物だけ挿げ替えて衣装は使い回すのはざら、下手をすると地方のドサ回りのショーにいつの間にか卸されてしまう哀れな存在。

 しかしこちらの世界では本当に人間を改造して造られた怪物なんだよな。

 見た目からはこれっぽっちも緊張感は伝わってこないがこれは由々しき事態だ。

 だがここまで目立つ事件を起こしておいてタダで済む訳がない……そう、奴らが来る。


「そこまでだダークマターの怪人!!」


 そらおいでなすったヒカリオンだ。

 4人揃って腰に手を当て仁王立ち……って4人? ヒカリブルーがいない様だが。

 どこまでもお約束の展開、戦隊ものはこうでなくては。

 しかし相手は人質を取っている、果たしてどうする?


「ヒカリボール!!」


 ヒカリピンクがピンクのボールを取り出し高々と天に掲げる、おいまさか……。

 案の定ピンクはそのボールを道路の上で転がした、徐々に遠ざかっていくボール。


「ニャニャニャニャ!!」


 猫怪人はバスの窓から飛び出し一目散にボールを追いかけたではないか。

 猫の狩猟本能が刺激されたのか?

 そしてボールを捕まえた後は自ら地べたに寝転びながらボールで遊び始めた。


「よし今だ!! ブルー!!」


「おうよ!!」


 ヒカリレッドの合図でヒカリブルーが物陰からスナイピングを開始、バスの中に居たダークマンを一人二人と打ち抜いていく……もうバスの中には敵はいなくなった。


「ニャ!! しまったニャ!!」


 ボール遊びに興じていた猫怪人は我に返るが時すでに遅し。


「後はお前だけだ!! 覚悟しろ!!」


「ニャにを!!」


「どっせい!!」


「ギニャーーーーーッ!!」


 ヒカリイエローが猫怪人と組みあう……柔道の技、大外刈りが炸裂、猫怪人は地面に叩きつけられる。

 このままでは後はグリッターフォーメーションで止めを刺されて終了の流れだな。

 でも待てよ、これはチャンスだ……ここで俺が猫怪人を助ければヤミージョは裏切っていないと証明できるのではないか?

 よし、ならば行動するしかない、俺は左手の袖をまくりダークチャンジャーを露にした。

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