第10話 立ちこめる暗雲


 「グリッターフォーメーション!!」


 ヒカリオン達の五種類の武器が合体し巨大な大砲が完成した。

 以前、採石場跡でヤミージョである俺を葬ろうとしたヒカリオンの必殺技だ。

 あの大砲グリッターキャノンから放たれる虹色のビームはあらゆるものを焼き尽くし、蒸発させてしまう恐ろしいものだ。

 だが弱点がある、攻撃までのプロセスが複雑で時間が掛かるのだ。

 そしてもう一つ……。


「ダークチェンジ!!」


 俺は走りながら左腕のダークチャンジャーの変身ボタンを押す。

 すると俺の身体を漆黒の闇が包み込み、それが掻き消えた時には既に女王様スタイルのヤミージョに姿が変わっていた。


「させるかーーー!!」


 既にグリッターキャノンを担いでいるヒカリオン達の背後に駆け寄り、右手に握りしめた鞭でキャノンの右側を持ち上げているヒカリイエローの尻目がけ渾身の力を籠め叩きつけた。


「あたーーーーーっ!!」


 身体を海老反らせキャノンから手を離し尻を抑えるイエロー、そのせいでグリッターキャノンは大きく傾いてしまった。


「何が起きたの!?」


 ヒカリピンクは突然の事態に激しくたじろぐ。


「レッド!! すぐに発射を止めるんだ!! このままでは!!」


 いつも冷静なヒカリブルーまでもが慌てふためいている。


「無理だ!! もう発射態勢に入っている!!」


 何とか体勢を立て直そうと堪えるヒカリレッドであったが、五人でやっと持ち上げることが出来るキャノンを持ち直す事は出来なかった。


「皆の者!! 退避でござる!!」


 ヒカリグリーンの一声でヒカリオン達はグリッターキャノンを放棄、その場に放り出しそれぞれに走り出した。

 俺もすかさず踵を返しなるべく遠ざかる様に飛び退いた。


「うわあああああっ!!」


 直後にビームが放たれアスファルトの道路に向けてビームを発射するグリッターキャノン……強烈な衝撃波が放射状に広がり当たりの物を無差別に吹き飛ばしていく、それはヒカリオン達も例外ではない。


「うううっ……」


 地面に倒れうめき声をあげるヒカリオン達。

 俺はいち早く近くの車の後ろに隠れたので事なきを得た。

 そう、これがもう一つの弱点、グリッターキャノンは背後や側面から攻撃されると成す術が無いのだ。

 ヒーロー物に於いて変身途中と決めポーズ中と必殺技中は攻撃してはならないという暗黙のルールを破る外道にもとる行為は特撮好きな俺としては些か罪悪感を感じる。

 しかし今はそんな事を言っている場合ではない、この世界の謎を解くまでの俺の当面の居場所を確保する為なのだ、許せヒカリオン……彼らに対して手を合わせる。

 おっと、こんなことをしている場合ではない、あいつは、猫怪人はどこ行った?


「ウニャニャニャニャ……」


 いた、こいつも爆風に巻き込まれて目を回していた。


「ほら行くよ!! 今の内に撤退する!!」


「はっ!? ニャミージョ様!?」


「さっさと立ちなさい!!」


 俺は猫怪人の腕を掴み強引に立たせた。

 そして帰還用のカプセルを握り締めダークマター基地を思い浮かべる。

 次の瞬間俺たちはその場から消え、基地へと帰還した。


「申し訳ありませんニャ、ニャミージョ様……」

 

 転送カプセルのある部屋、猫怪人は正座をしてうな垂れている。


「ニャミージョではない、ヤミージョだ!! まったく何てお粗末な作戦だ、幼稚園バスをジャックするなんて昭和の特撮か!!」


「昭和の特撮?」


「あっ、いや今のは忘れろ……」


 こいつらに特撮なんて言ってもきっと伝わらない、なにせその特撮が架空では無く本当になってしまっている世界なのだから。

 いっそ今起こっていることが全て特撮の撮影だったらどんなに良かっただろう。

 シーンをカットするカチンコさえなってしまえば日常に戻れるのだから。


「あっ……」


「どうしましたニャ、ニャミージョ様?」


 俺、いま物凄い事を思いついたかもしれない。

 猫怪人が俺の顔を覗き込むが構わず考え込む。

 日比野さんも言っていた通りこの世界が造られたものだと仮定しよう、では造ったのは誰だ? 月並みだが取り合えず神とでもしておこう。

 そしてこの世界は特撮番組が現実化した世界である、ならその特撮の世界を造ったのは誰だ? それは……あれ? おかしいな、答えがすぐここまで出かかっていたはずなのだが急に分からなくなってしまった……鮮明だった思考に急にもやが掛かったようで気持ちが悪い。

 そう、何を言おうとしてたかと言うと、この特撮の世界を造った存在にカチンコを鳴らさせればきっとこの世界から抜け出せるのではと思ったんだ。

 だからその存在は……くそっ、やっぱりそこで分からなくなる、これはもしやその存在からのこれ以上の詮索を俺にさせないための妨害なのではないか?

 なるほど、それならそれで結構……いつか必ずそいつの正体を暴いてこの世界を元の世界に戻してやる。


「ニャミージョ様?」


「うわっ!! びっくりさせるな!!」


 俺の眼前に猫怪人の愛くるしい顔がドアップで迫っていた。


「さっきから呼んでいるのに反応してくれないからニャ」


「何だっていうのよ!?」


「ダークマスター様がお呼びですニャ」


「ダークマスター様!?」


 そうだった、まずは俺ことヤミージョの身の潔白を証明しなければならないんだったな、3号は一体どういう報告をしたのだろう、それ如何いかんによっては状況は大きく変わる。

 意を決し俺はダークマスター様がいる玉座の間を目指し歩き出した。





「お呼びでしょうか、ダークマスター様」


 蝙蝠のレリーフに対して跪く。


『良く戻ったなヤミージョ』


「はっ」


 謁見は二度目だがやはり緊張するな……極力余計な事は言わずに聞かれた事だけを答えるようにしなくては。


『聞けばヤミージョ、お前は昨晩無断外泊をしたそうだな、何故だ?』


「はっ、以前発見しましたヒカリオンの基地を再び探って参りました、慎重に慎重を期して行動しました故、日を跨いでの行動となってしまいました事をお詫び申し上げます」


 少なくとも嘘は言っていないぞ、半分くらいしか……実際あの安アパートには足を運んだ訳だし。

 それに嘘がばれないようにするには半分本当の事を混ぜるのが良いとどこかで聞いたことがある。

 

『そうか、それで首尾は?』


「はい、我々に基地の所在を掴まれたからか、奴らの基地は既に移動をしていました、現在の位置は分かりかねます」


『うむ、ご苦労であった』


 あれ? これで終わり? もっとこう俺を断罪するような展開になると思っていたのに。


『時にヤミージョよ』


「はっ、何でしょうか?」


 あっやっぱりそうか、これから追及が始まるんだな……ここからが正念場だ。


『外泊をするなら事前に基地に連絡を入れなさい、皆心配するであろう?』


 俺は内心ズッコケそうになった、何その娘の外泊を心配する父親みたいな物言い。


『宿泊費や食事代は領収証は貰ったのか? 無いならレシートでも……』


「いいえ、此度は自分の落ち度です、そこまでして頂く謂れはありません」


『そっ、そうか……次から気を付けるのだぞ』


「ははっ、ありがとうございます」


 例えレシートがあったとしても提出するわけにはいかないなぁ。

 行った場所を知られたらそれこそ自分の首を絞めるようなものだ。

 それであっさりと報告は終わってしまった……何だかなぁ。

 その後、俺は自分の部屋に戻り、ベッドの上に寝転んだ。

 これで取り合えず何かしらの処分を受けることは無いと思いたい。

 あっ、そうだ、3号はどうしているだろう。

 何のお咎めが無いという事は3号は誰にも俺がヒカリオン陣営の日比野さんと会っていた事実を報告していない事になる。

 なぜ俺を庇ってくれたのか……当然基地には戻っているだろうからここに呼んで話を聞いてみよう。


「3号、いるか?」


「はっ、何か御用でしょうか?」


 うん? このダークマン、3号じゃない? 声も体型も彼とは明らかに違う。


「お前は何号だ?」


「はい、56号です」


 やっぱり。


「3号はどうした?」


「申し訳ありません、その事についての発言権は私にはありませんのでお答えできません」


「なっ、どういう事だ!?」


「申し訳ありません、その事についての発言権は私にはありませんのでお答えできません」


 56号は先ほどと全く同じ文言をオウム返しする。


「じゃあ私が許可します、教えなさい3号はどこ!?」


「申し訳ありません、この機密情報をお知りになる権利をヤミージョ様はお持ちになっておりません」


「なっ、なんですって!?」


 幹部クラスの俺でさえ知ることが出来ない機密情報だって? 一体どういうことだ?

 

「じゃあ誰ならその情報を知る許可が出せるってのよ!?」


「はい、昨晩赴任されました最高幹部アンコック将軍です」


 はっ? 何者だ? 


「ヤミージョ様がお出かけ中にこの基地に来られた将軍様です、それに伴いヤミージョ様とタソガレ様は一段階級が下がりましたのでお伝えします」


「何故!? 何故そんな事になっているの!?」


「何故とおっしゃられましても……」


 俺は56号の両肩を掴み激しく揺さぶった。

 階級が下がるという事はこれまでの様な自由に外出することが制限される可能性があるからだ。

 こいつを問いただしたところで無駄なのだろうがそうせずにはいられなかった。


「それは俺が説明してやろうか?」


「誰!?」


 聞き慣れない男の声……いや違う、この声には聞き覚えがある。

 俺は声がしたドアの方に顔を向けると、黒マント姿の男が立っている。

 何とその男は英徳さんではないか。

 ただ以前の黒髪では無く髪は真っ青に染め上げられ、顔は黒い隈取の様な化粧をし、頭の両側から水牛の様な大きな角が生えている。

 そして棘の付いた肩パッド、軍服風の衣装の胸には数多の勲章がぶら下がっている。


「これはアンコック将軍様」


 56号が跪き首を垂れる。

 何? こいつが、英徳さんがアンコック将軍だって?

 

「まずは初めましてだな、俺はアンコック、ダークマスター様の信頼篤き闇の使徒である」


 見下すような値踏みするような視線で俺の姿を舐め回す……いやらしい奴。

 

「私は……ヤミージョよ」


「ああ知っている、噂に違わぬ美しさだな」


「んんっ……!?」


 アンコックは俺の顎を何の断りも無く勝手にクイっと指で持ち上げ俺の顔をじろじろと眺めると次の瞬間、俺の唇を奪ったではないか。

 嫌悪感、全身に鳥肌が立つ。

 いくら見た目が俺が尊敬する英徳さんだとしてもこの男の行為は許しがたい。

 

「何をするのよ!!」

 

 俺はすかさず右手で平手打ちを食らわせようとしたがアンコックに手首を掴まれ阻まれてしまった。


「おお、おっかないね、そう睨むなよ……だが強気な女は嫌いじゃないぜ?」


 ヘラヘラと薄ら笑いを浮かべるアンコック。

 畜生、こんな奴に俺のファーストキスを奪われるなんて最悪だ。

 唇を拭ったせいでルージュが伸びてしまい顔が汚れてしまった。


「まあこれから仲良くしようや、お前たちは既に俺の部下なんだからな」


「説明を求めるわ、何でそんな事になっているの?」


「それは勿論、お前らダークマター日本支部の連中がいつまでも結果を出せないからだ、それで俺がやって来たって訳だ」


「それは……」


 それはそうだろう、以前は知らないが俺がヤミージョとして活動してから碌に侵略行為をしていないのだから。

 そしてこれは特撮番組でいう所の【テコ入れ】と言うヤツだ。

 番組の人気、視聴率が低迷すると敵味方に限らず新キャラクターが投入され番組を再び盛り上げるのだ。

 このアンコック将軍に至っては番組後半のストーリーが終盤に差し迫った頃のラスボス的立場に相当するキャラクターだろう、見た目からしていかにもな強キャラ感が漂っているからな。


「これからは全て俺の命令に従え、一切の妥協は許さん、完膚なきまで人間を蹂躙せよ……わかったな?」


 こんな奴にいいように使われることになろうとは……悔しいな。


「………」


「何だその反抗的な目は? いくらお前がダークマスター様のお気に入りだとしても俺に従わないというのなら覚悟せよ、俺はこの基地の全ての指揮権をダークマスター様から委ねられたのだからな」


「分かりました、将軍様に従います」


「そうだ、それでいい……まあお前が使い物にならなくなった時は俺のペットとして置いてやってもいいがな、ハハハハッ!!」


 こいつ、やっぱり最低だ。

 高笑いしながら去っていくアンコックの背中を、視線で穿けるんじゃないかと思える程強烈に睨み続けた。



「あ~~~もう!! 何あのよアイツ!!」


 一人になった俺は盛大に地団駄を踏んだ。

 だが良い悪いは別にして事態が動き出したのは確かだ。

 あのアンコック将軍の登場で俺の行動は制限される事だろう、それはこの流れの中で俺はどう動くべきかをしっかりと考えなければならないということだ。

 さっきも思った事だが俺がこの世界の真相に迫りそうになったことで何者かが妨害してきている気がするのだ。

 すなわち俺がこれまでして来た事、考えた事はそいつにとって都合の悪いものだったという訳だ。

 だからと言ってそれを止めるという選択肢は選べない、何とか秘密裏に行動を起こさなければ……そのためにはアンコックに従う振りをしてでも奴から信頼を勝ち取り、権限を取り戻す。

 ならば簡単な事、俺が手柄を立てればいいのだ。


「おい56号、猫怪人を呼べ」


「はい、差し出がましいようですがあの方には【ネコキャット】様というお名前がありますが」


「そう、じゃあそのネコキャットを呼んで頂戴!!」


「はい、只今」


 当分不自由な思いもするだろうが俺は諦めないぞ、必ずこのおかしな世界から脱出してやるからな。

 俺は決意を新たにするのであった。

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