第8話 秘密の女子?会


 「さてと、今日はどの洋服を着ていこうかしら?」


 再び朝倉さんと会うために俺は着ていく服の選考に入った。

 3号を伴ってお店から買ってきた大量の洋服をベッドの上に並べ一人で首を捻る。

 いくら相手が女の人とはいえこの前と同じファッションではセンスを疑われてしまう。

 特に朝倉さんの中の人、日比野さんはオネエ時代から女性ファッションには思う所があるようでよくファッション誌を見ては文句を言っていたものだ。

 でも女の子の服ってどうしてこんなに可愛くてバリエーションが豊富なのだろうか……男のファッションとは比べ物にならない。

 男物は周りの空気を読まないような奇抜なファッションを除けば凡庸な組み合わせしか存在しない。

 望む望まないは別として今の俺は女なんだ、折角の機会を生かさない手は無い。

 目一杯ファッションを楽しまないとな。

 洋服を二着、交互に胸に当てて鏡を見る。


「あっ……」


 ここで突然ふと我に返る、俺は一体何をやっているんだ?

 俺はこれから遊びに行くわけではない、朝倉さんに会って正体が日比野さんかどうか確認した後、このおかしな状況をどうにかするために行動しようとしていたのではないのか。

 それがいつの間にかデート前の浮かれた少女のようになってしまっている。

 まさかとは思うが俺、どんどん女性化が進んでいないか?

 身体に精神が引っ張られているのかもしれない、このまま時間が経ってしまったら俺は本物の女性になってしまうのか?

 そして更には今の俺の記憶も消え去りヤミージョそのものになってしまう可能性だってある。

 いや俺は男だ、こんな見た目だが男なのだ……特撮ヒーロー役になるという夢を叶えるためには男であり続けなければならないのだ。

 これはのんびりしていられないぞ、一刻も早く手を打たなければ。

 だがやはりそれなりに衣服には気を使ってしまう。


「よし、これでいい……似合う似合う」


 頭にリボンをあしらった黒のカチューシャ、トップスはオフホワイトのタートルネックフィシャーマンセーターにベージュのポンチョコートを羽織り、ボトムスは同色の三段ティアード膝丈フレアスカートを合わせた。

 秋が深まってきたこの時期に相応しいコーデだろう。

 鏡に移る自分に微笑みながら部屋を出た。


「あっ……」


 暫く廊下を歩くとタソガレが壁にもたれて立っていた。

 そういえば前も似たようなシチュエーションがあったな。

 もしかして俺を待っていた? いつ部屋から出て来るのか分からないのに?

 それかもしかしたらこの前の事を俺に問いただす気とか?

 そういえばあれから俺はタソガレとまともに顔を合わせていなかったっけ。

 少し緊張しながら彼の前を通り過ぎようとしたその時、タソガレが口を開く。


『今日も出掛けるのか?』


「ええ、もう少しだけお休みを頂こうと思って、それじゃあ」


『待て』


 呼び止められ内心ドキリとする。


「何かしら?」


 平静を装うがうわべだけ、手が微かに震えている。


『ヤミージョお前、組織に内緒で何か良からぬ企てをしているのではあるまいな?』


 俺の心拍数が一気に増える、やはり怪しまれている?


「なっ、何よ良からぬ企てって……」


 ダメだもう持たん……緊張感でもう限界だ。


『俺の気のせいかもしれないがお前、この前の戦闘後から少し変わったな』


 中々鋭いなタソガレ、気のせいでは無いその通りだ。

 そう、中の人は別人で性別すら違う。

 少し派手に動き過ぎたか? 時間的猶予が無いのは間違いないだろうが、もし怪しまれて行動に制限が出てしまっては元も子もない。


「何を言うかと思えば、私のどこが変わったって言うのかしら?」


 こう切り返してしまったが却って深みに嵌るかもしれない、なるべくなら会話をしないのがボロを出さない秘訣だというのに。


『いや、気を悪くしたのなら謝罪するが、変わった事自体が悪いとは思っていない』


 うん? タソガレが何だかおかしなことを言い出したぞ?

 これは想定外だ、もっとこう尋問をしてくるものだと思ったのに。


『その服装、良く似合っている……この前のもそうだったが……言いそびれてしまってな……』


 実に言いづらそうに、口ごもりながら言葉を発するタソガレ、俯いてこちらから目を逸らす……恥ずかしがっているのか?

 

「そっ、そう……ありがと……」


 何だこの空気は? 顔が熱い、こっちまで恥ずかしくなってきたぞ。

 

『くれぐれも無茶はするなよ? お前に何かあったら俺は……いや何でもない!!』


 そう言い残しタソガレはそそくさと去っていった、この何とも言えない空気に耐えられなくなったのだろう。

 こちらとしても助かる、いつの間にか俺の心は恐怖のドキドキから恋愛のドキドキに変わっていたからだ。

 もう、何だってこう今の俺の身体はこういった事に敏感なのだろう。

 だがこんな事に時間を費やすわけにはいかない、すぐに朝倉さんとの待ち合わせ場所に向かわなければ。

 俺はこの気持ちを振り払うように早歩きで転送装置のある部屋へと急いだ。




 街へ来た。

 人通りの多い本通りの一本はずれに待ち合わせ場所がある。


「ここね」


 落ち着いた雰囲気の喫茶店【エトランゼ】、俺はその店の扉を開けた。


「いらっしゃいませ」


 扉に備え付けられた客の訪れを告げるカウベルが鳴る。

 店内はやや暗めのムーディーなランプの明かりで照らされている。

 そして一番奥の席に彼女はいた。

 俺は軽く手を上げ彼女の対面の席に着く。


「こんにちは」


 そういって朝倉さんは俺に微笑みかける。

 ブラウスにミニのタイトスカートとOL風ファッションに身を包み、黒ストッキングを履いた美しい御身足を惜しげもなく晒し脚を組んでいる。

 特に警戒などはしていない様だが、さて……。


「お洒落なお店を知っているのね、梨月ももこさん……いえ、ヤミージョさんと呼んだ方がいいのかしら?」


「ももこでいいですよ、ここでその名前は目立ちますから」


「それもそうね、ところでどうやって私の携帯の番号を知ったのかしら?」


「これを見てください」


 俺は袖を捲り左手首のヒカリチェンジャーを朝倉さんに見せる、今はダークチェンジャーンジャーに変わっているが。


「あなた、それをどこで……」


 さすがに彼女の顔色が変わる。


「まあ色々とね、来て正解だったでしょう?」


「……ふぅん、なるほどね」


 動揺したのは先ほどの一瞬だけ、朝倉さんは口元に笑みさえ浮かべているではないか。

 この余裕は一体どこから来るんだ?

 何事にも動じないところはやはり俺の知っているあの人によく似ている。

 

「ご注文はお決まりでしょうか?」


 ポニーテールの可愛らしい女性店員が注文を取りに来た。


「じゃあこのパンケーキを」


「私も同じものを頼むわ」


「はい、かしこまりました」


 なるほどこの髪型も可愛いな、お辞儀をし去っていく女性店員の後姿を目で追いながらそう思う。

 今の俺はセミロングだから出来ないが髪を伸ばして是非やってみたい。

 いやいやどうしてそういった思考になるのだ、自分が自分で無くなっていく感覚に肝が冷える。

 この不安を払拭するためにも単刀直入に本題に入らせてもらう。


「来てくれて嬉しいですよ朝倉さん……いえ、日比野さんと呼んだ方がいいですか?」


 さっきの意趣返し、案の定朝倉さんの表情から笑みが消え、表情が険しくなる。


「あなた、何でその名前を知っているの?」


「否定しないんですね、それは肯定と捉えていいんですね?」


「私の質問に答えなさい、あなた本当は何者?」


 先ほどまでの柔らかな物腰は影を潜め、静かながら物凄い圧が彼女から感じられる。


「あなたと同じですよ、こんなおかしな状況になる前の世界を知っています」


 更に朝倉さんの顔色が変わる。

 これからは都合上彼女の事を日比野さんと呼ぶことにする。

 今は敢えて俺が蜂須賀ひろみである事の公言は控えようと思う、まだ何が起きるか分からないのだから。


「そう、私以外にも居たんだ……情報交換って訳ね、いいわよ」


「話しが早くて助かります」


 日比野さんのこの口ぶりからヒカリオン陣営に俺たちの様な元の世界の記憶を持った者がいないと推測できる。

 何故かって? 

 もし記憶を持っている者が他にいた場合『私以外にも居たんだ』とは言わない、『私達以外にも…』と言うはずだ。

 逆に記憶を持っている者がいた場合、すでにお互いの正体を明かしてこの状況を打破しようと動いているだろう。

 仮にそうならば俺が基地に行った時に見た特撮番組の設定に則った役を演じる必要がそもそもない。

 もちろん俺と同じようにわざとそうしている可能性もあるが、それは俺の側が悪の組織であるから仕方なくやっている。

 もし俺が真実を仲間であるダークマターの連中に告げた場合、俺の生命に関わる事態が想定されるから。

 だけど正義の味方の場合はその可能性はほぼないと思われる。

 周りの人間が記憶を失っていたとしても相談は出来るはず、それが荒唐無稽な突拍子もない話しだったとしても。

 なにせ正義の味方だ、仲間が困っている時に手助けをしないはずが無いのだから。


「まずは私から、数日前の採石場での戦いがあったのは覚えている?」


「ええ、落盤が起きて敵味方とも巻き込まれたわよね」


「そう、私はその落盤の後からこの世界にいる、いやそこからヤミージョになってしまったといった方がいいかな……日比野さんあなたもピンク役だったんだから当然巻き込まれてますよね?」


「そうよ、そして落下直後の記憶が飛んでいるの……気が付いたらグリッターベース内の指令室に居たわ」


 なるほど、日比野さんの場合は俺と違って役柄が変わってしまっているからか俺とは少し違う体験をしている様だ。

 俺の場合は落盤事故の前と後、シームレスで記憶が繋がっていたが、この違いに意味はあるのだろうか。


「では次の話題に行くね、日比野さんは朝倉さんになっていた訳だけど、記憶の混乱は無かった? 例えば以前の記憶が曖昧になっていたとか」


「それは無かったわね、これまで生きてきた人生の記憶はちゃんとあったわよ、ただ朝倉としての知識も記憶も頭の中にあって、だからそのままスムーズにヒカリオンの基地で仕事に就いてこれたのよね」


「それは医療担当と兵器開発担当しての知識ですよね?」


「そうよ、お水の経験はあるけどあたしに医療と兵器の知識なんてあるはずがないもの」


 そうだった、以前聞いた事があるが日比野さんは女装してオカマバーに勤めていたことがあると。

 それもお店で一番人気だったとか。


「私は違いました、ヤミージョとしての記憶は無くて今も組織内では怪我によって記憶を失っている振りをしています」


「あら、それでよくやっているわね、どうしてそんな事が可能なのかしら?」


「ああ、それはですね、俺がヤミージョを演じていたから……あっ!!」


 しまった……俺は思わず大声を出してしまう。

 まんまと日比野さんの誘導尋問に引っ掛かってしまった訳だ。

 店内の他の客やスタッフの注目を集めてしまい顔が赤くなる。


「初めから分かってましたね? 俺がひろみだって事……」


「当たり前じゃない、あたしを欺こうなんて十年早いのよ」


 日比野さんが意地悪そうに微笑む。

 そのせいで俺の緊張感が一気に抜ける。

 やはり敵わないなこの人には。


「お待たせしました、当店特製のパンケーキです」


 目の前に美味しそうなパンケーキが運ばれてきた。

 三段重ねのパンケーキには生クリームと丸いアイスクリームが乗っており、更にその上にはスライスされたイチゴとキウイフルーツ、ブルーベリーが飾られていた、ふんだんにチョコレートソースも掛かっている。


「さっき俺にお洒落なお店知ってるって言いましたよね? 俺、前からここのパンケーキ食べたかったんですよ……何せこのお店、女性かカップル限定で男だけの来店がお断りですから」


 早速パンケーキにナイフを入れる、パンケーキの熱で溶けたアイスクリームが生地と混ざり合う。

 それらをフォークで口に運ぶ、すると温かさと冷たさの同居した不思議な感覚と、生クリームとアイスクリーム、フルーツの甘さが口いっぱいに広がる。

 うん、美味しい。


「そうなの、言ってくれれば前の世界でも付き合ってあげたのに、あたしが女装して」


「それはお断りです」


 キッパリ。


「相変わらずつれないのね」


 俺はこの間の事を思い出す、少なくとも日比野さんは俺を恋愛対象としてみていた……しかし残念ながら俺は日比野さんをそういう目で見られない、彼の好意には応えられない。

 しばらくパンケーキを食べながら二人で取り留めのない話しをした。




「それではヒカリオン側には以前の記憶を持った人はいないと?」


「少なくともそうね、あたしもそれとなく鎌をかけてみたんだけどみんな無反応だったわ」


「そうですか、こちらにも佐次さんにそっくりな人物がいるんですが彼も記憶が無いようでした」


「ひろみの話しと私の話しを統合すると、スーツアクターは英徳さんと芳乃ちゃんだけが確認されていないってことになるわね」


「はい、って芳乃って誰です?」


「誰って、芳乃よ? 瀬川芳乃、あなたの同期の……もしかして忘れちゃったの?」


「う~~~ん……思い出せません……」


 何だ? 確かに名前の響きにどこか懐かしさを感じるが、名前を聞いてもその子の顔も声も姿すらも思い出すことが出来ない。


「もしかして他のみんなと同様、何らかの力が働いてひろみの記憶に枷が掛かっているのかもしれないわね」


「何ですか? その何らかの力って……」


「あたしはこの状況になってから考えた事があるのよ、何故世界がおかしくなったのかを……」


 日比野さんが顔の前で指を絡ませテーブルに肘をつく。

 表情もまた険しいものに戻っている。


「それでどういった結論に?」


「今言った通り何らかの力、人知を超えた存在か何かの働きかけによって世界が改変されたのではないかってね」


「………」


 俺はゴクリとつばを飲み込む。

 こんな話、普通に暮らしていたら何を馬鹿なと一蹴していただろうが、散々奇妙な体験をした今の俺には信じることが出来る。


「その存在って……」


「何だろうね、神か悪魔か……はたまた宇宙人か異世界人か……そればかりはあたしにも分からないわ……世界を改変したり創造する存在に知り合いなんていないもの」


「それはそうですね」


 進展なしか、大元の原因が分からないと手の打ち様がない。

 それからも日比野さんと二人議論をしたが、それ以上の成果は得られなかった。




「今日は楽しかったわよ、またやりましょうね女子会」


「女子会って、俺たちどちらも中身は男じゃないですか」


「うふふっ」


 店の外でも相変わらずの日比野節を披露する彼女。


「でもまた会おうっていうのは本当よ、これからはメールでもやり取りしましょう、何かあったら連絡頂戴ね、あたしからも連絡するから」


「はい、よろしくお願いします」


 ここで俺たちは分かれた、空はもう茜色が大半を占めている。

 帰路に就きながら俺は一人、今日の事について振り返る。

 分かった事は、今のところ俺と日比野さん以外に元の記憶を持った人はいない事。

 英徳さんはどちらの陣営にも居ない事。

 そして瀬川芳乃という女性も行方が知れないという事。

 芳乃に関しては何故なのか俺の記憶から抜け落ちていること。

 そして謎の存在及び力によって世界が作り替えられたのではないかという事。

 更にそれについて考える、その謎の力は何故こんな事をしたのか、そもそも理由があるのか。

 自然に世界が歪んだとしたら俺たちに打つ手なんて存在しない訳だが、諦めた時点で番組は打ち切りだ。

 これ以上は考えても予想や想像の域を出ない、明日以降に何が起こるか常に注視しなければならないだろう。


「ここまでくれば大丈夫かな?」


 人気のない路地裏に入り、俺は帰還用のカプセルをハンドバッグから取り出して手に握った。


「待ってましたよ、ヤミージョ様……」


「えっ……!?」


 背後からいきなり声を掛けられ俺の心臓は口から飛び出さん勢いで跳ねた。

 振り向くとそこには俺がこのまえ買い与えた服を着て俺を睨みつける3号が立っていた。

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