第7話 突破口


 朝倉さんの案内でグリッターベース内の近代的で無機質な廊下を歩く。


「それにしてもあなたは運がいいわね」


 朝倉さんは俺に微笑みながら話しかけてきた。


「どういうことですか?」


「巷で起こっている九割の行方不明事件や失踪事件はダークマターの仕業なんだけれど、実際に無事に戻ってきた人は皆無なのよ」


「そっ、そうなんですか……」


 そうか、朝倉さんたちヒカリオン陣営はまだダークマターの誘拐の目的を知らないんだ。

 それもそうか、誘拐した人間を戦闘員に改造して造られたダークマンは顔が分からない様に覆面を付けられている、そして戦闘ではヒカリオン達に倒され誰とも分からないまま爆散させられてしまうのだから……そう考えると背筋に冷たいものが走る。

 だから朝倉さんが俺を運がいいといったのはあながち間違ってはいない、もしかしたら俺もダークマンにされていたかもしれないのだ。

 その運の良さで前線に立つ機会が少ない女性幹部ヤミージョとして今も生きているのだから。


「さあ着いたわ、ここがグリッターベースのメディカルルームよ!!」


 朝倉さんが両手を広げ自慢気な表情を浮かべる。

 いかにもな自動扉を通った先には何やら見慣れぬ機械がずらりと並ぶ怪しげな部屋があった。

 既視感デジャヴュ……ついさっきこんな状況に遭遇したばかりな気がする。

 っていうか同じ日に悪と正義両方の身体検査を受けなければならないなんてどうなっているんだ。

 

「じゃあ服を脱いでこのカプセルに入って頂戴」


「これは何なんですか?」


「あなたの全身をくまなく検査するための装置よ、しいて言うならCTやMRIみたいなものかしら……でも心配しないでね痛くも痒くもないから、あなたはただ寝ているだけでいいの」


「そうですか、分かりました」


 目の前に横たわるベッドはカプセルに包まれており又しても怪しげなランプやスイッチが並んでいる。

 だがこれはまだましな方だろう、ダークマターの身体検査はスライムに身体の内外を直接いじくり回されるという最悪のものだったのだから。

 俺は衣服に手を掛ける。

 なんだか人前で全裸になる事に抵抗が無くなってしまったな。

 俺は自分のこの身体をまだ他人の物の様に思っているのだろうか。

 

 しかし待てよ、ここまで来てしまってなんだが、俺がこの機械によって身体を見られてしまうのは都合が悪くないだろうか。

 あちらの基地での検査で異常なしと言われたのはあくまであちらの、人外としての検査基準であって一般的な人間としての検査基準ではない。

 もし改造手術によって怪しげな細胞や装置が俺の身体に埋め込まれていたとして、それを発見された場合大変な事になるのでは?

 そんな事が頭の中を巡っていると、上着を半分だけ降ろしてブラジャーだけの姿の俺の背中に柔らかな感触が押し当てられた。

 そして両側から腕が俺の胸辺りに差し込まれる。


「ごめんなさい、初対面のアナタにこんな事して……でも少しだけこうさせて……」


「えっ!?」


 これって、朝倉さんが俺の身体を後ろから抱きしめているのか?

 あまりに意外で急な展開に俺は驚きを隠せない。

 俺の耳元に彼女のすすり泣く声が聞こえる、何だか振り払うのが気の毒に感じてしまい、彼女のなすが儘になっている。


「少し話しを聞いてもらえないかしら……私にはあなたによく似た後輩がいてね、あまりに可愛い子だったものだからよくからかっていたのよ……でもある時事故が起こってその子と離れ離れになってしまったの……探したわ、何時間も、でも見つける事は出来なかった……それで気づいたの、私はあの子の事が好きだったんだって……でもあの子は私の事をどう思っていたのかしら……そしてさっきあなたの顔を見た時運命を感じたわ、あなたはあの子の生まれ変わりだって」


 まさか朝倉さん、これは俺の事を言っているのではないか? そうなれば俺の予想通り朝倉さんはやはり日比野さんという事になる。

 しかも元の世界の記憶を持ったままこちらの世界の登場人物になっているのだ、俺と同じように。

 だがこれは大きな転機になるかもしれない、今までは何が起こるか分からないために俺が経験した事を誰かに話す事が出来なかった。

 しかし元の世界の記憶を持っている可能性のある人物が今ここに居る。

 事態の進展の為に俺は朝倉さん、もとい日比野さんにこれまでの経緯を話そうと思う。


「あの!! 私もあなたに聞いて欲しい事が……」


 ウイイイイイン!! ウイイイイイン!!


 その時だ、基地内にけたたましいサイレンの様な音が響き渡った。


「警報!? もう、こんな時に!!」


 朝倉さんは俺から離れ、近くの机の上にあった通信装置を手に取った。


「一体何があったの!?」


『敵襲です!! グリッターベース内に敵が侵入しました!!』


「何ですって!?」


 俺も何だって!? と心の中で叫ぶ、折角物事が進展しそうだったってのにこのタイミングで奇襲を掛けるかな。

 きっと3号だな、俺が行方不明になったからダークマター基地と連絡を取ったんだろう、だとしたらここへ乗り込んできたのは一体誰だ?

 廊下から激しい爆発音らしき争う音が聞こえる、もう仲間が近くまできているのか?


「ここは危ないわ!! 部屋の奥へ!!」


 朝倉さんに背中を押されメディカルルームのさらに奥にある扉を目指す。

 すると背後の扉に対して金属を切り付ける金切り音が響く。

 アルファベッドのゼットの形に扉は切り裂かれ、こちらへ倒れ込む……そこに立っていたのは暗黒騎士タソガレだった。


『ここに居たかヤミージョ、迎えに来たぞ』


 あちゃー、タソガレったら俺の名前を呼んじゃったよ、朝倉さんには段階的に話そうと思っていたのに……これでは朝倉さんに疑念を与えてしまい話しが出来なくなってしまう。


「あっ……あなた……」


 案の定信じられないといった驚きの表情を浮かべる朝倉さん。

 こんな大騒動になったっていうのもあるが彼女と接触するのは今は諦めるしかない。


「タソガレこっちよ、こっちに出口があるらしいわ」


『そうか、では行くぞ』


 俺は先ほど避難するように促された扉の横のスイッチを押す、すると扉が開き登り階段が現れた。

 これは非常脱出用の階段だろう、エレベーターでなく階段なのは基地の電源が落ちてしまっても脱出出来るようにと考えられての事だ。

 恐らくこれを登れば基地の外へ行けるはずだ。

 名残惜しいが今は退散するしかない。


「待って!! ももこちゃん!!」


 背後に朝倉さんの悲痛な叫び声が聞こえたが、振り返らずに階段を駆け上った。


『ぬっ?』


 俺の前方を走るタソガレが何かに気付く、何と天井から壁が下りて来るではないか。

 どうやらこの非常階段を悪用された時に備えての防壁の様だ。

 これで行方を遮り敵や捕虜を逃がさない様にしてあるのだろう。


『フン、こんなもので俺を足止めしようとは片腹痛い!!』


 タソガレが肩の剣の柄に手を掛ける、そして通路を遮断した壁に向かって一閃……厚さ20cmはある鋼鉄製の壁をまるで発泡スチロールでも切るかのように容易く切断した。


「凄い……」


 又しても俺の胸が高鳴る、やはり女は強い男にときめくのだろうか。

 それからも防壁は数回降りてきたが全てタソガレが排除して、遂に突き当たった出口の扉をタソガレが蹴破った。


「ここは……?」


 外に出て辺りを見回すとそこは地下鉄の駅の階段だった。

 階段の脇にある関係者通路から俺たちは外へ出て来たのだ。


「きゃああああっ!!」


「うわああああっ!!」


 そして俺たちの、主にタソガレの姿を見て一般人が悲鳴を上げ逃げ惑う。

 

『チッ、こうまで目立つとは……』


 さすがのタソガレも困惑し若干挙動がおかしくなる。

 なにせここに出てしまったのは全くの想定外なのだから。


「あっ!! お二人とも!! こちらでさぁ!!」


 地上の出口で一人のダークマンが手招きをしている、あれは3号か?

 いつの間に着替えたのか、いやそれもそうか一般人の姿で俺たちと行動したら逆に目についてしまうからな。


「どうするのだ、このままでは目立ちすぎるぞ!!」


「これをお持ちください!!」


 3号が俺に何やらカプセルの様なものを手渡してきた。


「それを握ってダークマターの基地を思い浮かべてください!! 街に来た時と逆です!!」


「何で初めからこんな便利なものを私に渡さなかった!? これさえあればこんな苦労をしなくて済んだものを!!」


「申し訳ありやせん!! まさかヤミージョ様とはぐれるとは思ってもみなかったもんで!!」


「うっ……」


 俺は言葉に詰まる、元はと言えば俺が3号を置き去りにして勝手な行動をとったのがそもそもの始まり……3号を責めるのはお門違いだな。


「居たぞ!! ダークマターめ!!」


 道路に既に変身したヒカリオン達が現れた、もう時間の余裕が無い。


『ここは俺が時間を稼ぐ、お前たちは先に帰還しろ』


 タソガレが俺たちの前に立ち大剣を抜いた。


「タソガレ様、ありがとうございます!!」


 俺の礼に対してこちらを一瞥すると、タソガレはヒカリオンに突っ込んでいった。


「さあ、今の内に!!」


「分かっている!!」


 俺はカプセルを握りダークマター基地をイメージする……すると視界が一瞬歪み、次の瞬間にはあの薄暗い基地へと戻って来ていた。


「はぁ、何とか戻って来れたわね……」


「お疲れさまでした」


「済まない、迷惑を掛けた」


「いえいえ!! 当然の事をしたまででさぁ!!」


 照れ臭そうに頭に手をやる3号。

 さっきはいい所で邪魔してと思ったがこれで良かったのかもしれない。

 仮にあそこで朝倉さんと話しが出来たとして、あの状況で何が出来たのだろうと今は思う。

 もしまた彼女と会うのならどこか邪魔の入らないところで二人っきりで行うべきだ。

 しかしそれは無理な相談だ、さっき会った時に携帯の番号でもやり取りしていたのなら別だが、俺と彼女を繋ぐ連絡手段がない。

 さてどうしたものか。


「おやヤミージョ様お帰りなさいませ、大変だったようですな」


「真黒以蔵……その手に持っている物は?」


 ドクター真黒以蔵が手に何かリング状のものを持っている、そしてそれには俺も見覚えがあった。


「はい、ヤミージョ様がスキャナイザーでデータを送ってくださったヒカリチェンジャーを再現してみましたのじゃ、まだ試作段階ですが……」


「これだ!!」


 俺は思わず真黒以蔵からチェンジャーを引っ手繰った。


「どっ、どうされました?」


「ドクター、これのテストを私にさせてもらえないだろうか?」


「ええ構いませんが、ダークマスター様にご報告が先かと」


「いやそれはもう少し後でも構わないだろう、まずは完全にこれが再現されているか確認してからでも遅くない」


「分かりました、一先ずヤミージョ様にお預けいたします」


「うむ」


 さっきは取り乱してしまったがこれはいいものが手に入った。

 朝倉さんとの連絡手段が途絶えたと思ったがこれを使えばその問題も解決だ。

 何故ならこの手のヒーローの変身アイテムは仲間との連絡を取るための通信機の役割をするものが殆どだからだ。

 勿論ヒカリオン5人だけではなく戦況の報告や相談をするため基地のオペレーターや指令、研究員などとも連絡を取り合うのが特撮番組の定番だ。

 早速自室に戻りヒカリチェンジャーをいじる事にする。

 

「へぇ、短時間で良くもここまで……」


 俺は嘗め回すようにチェンジャーを見回す、何だか変身アイテムのおもちゃを買ってもらった子供の時を思い出す。

 家はそんなに裕福ではなかったためおもちゃを買ってもらえるのはクリスマスだけだったっけ。

 おっと、感傷に浸っている場合ではない、これの解析をせねば。

 俺は自分の左手首にチェンジャーを嵌めた。


「これが起動スイッチか?」


 いかにもそれっぽい赤くて大きなスイッチを押すと電源が入り空中にディスプレイが表示された。


「おおっ、凄いな」


 しかもそのディスプレイは触れることが出来、フリックやタップをすることで俺は色々なページを開いていった。


「これだな、職員の連絡先だ」


 基地職員の個人情報や連絡先が記載されたページに行きつく、もちろんヒカリオンの5人と朝倉さんの情報もある。


「あった、朝倉さんの携帯番号」


 チェンジャーでも連絡できるだろうがそれは危険だ、ヒカリオン達に気付かれる恐れがあるからだ。

 だから俺は彼女の携帯に直に連絡を取ろうと思う。

 俺自身の携帯が無いからこれから契約しに行かなければならないが、一度外出の方法が分かった以上そう難しい事ではない。

 これがこの謎だらけの世界からの脱出の突破口になるかもしれないのだから。


 そして今気が付いたがベッドの上にビニールに包まれた俺の戦闘服が置かれていた。

 ビニールを取り去り戦闘服を取り出す。


「うん、綺麗になっているな」


 よく取り忘れる洗濯屋のタグを襟元から外す。


「あっ、そうだいい事を思いついたぞ」


 さっきヒカリチェンジャーをいじった時、戦闘服の登録の項目があった。

 もしかしたらこれは彼らの戦闘服を登録することでチェンジャーを用いて瞬時に変身することが出来るのでなかろうか。

 折角だから試してみるか。


「スキャン」


 ベッドの上に広げた戦闘服に向けチェンジャーを向ける、すると扇状の青白い光が伸びヤミージョの戦闘服を包み込む。

 やがて戦闘服はチェンジャーに吸い込まれるように消えた。


「上手くいっているのだろうか?」


 何だか怖くなる、もし失敗していたのならあの戦闘服はもう戻って来ない。


「ええいままよ!! ダークチェンジ!!」


 ヒカリオンの変身ポーズをまねてチェンジャーを操作する、すると光が俺の全身を包み、徐々に物質化していく。


「やった……」


 光が消えるとそこには女王様然とした戦闘服に身を包んだヤミージョ様がいた。

 ご丁寧にメイクも完了している。


「おおっ、これは便利だな」


 姿見を見ながら俺はポーズをあれこれと取ってみる。

 なにせこの戦闘服は着るのが大変なんだ、付け胸に前張りから始まってタイトなハイレグエナメルスーツに網タイツ、そして硬質な棘の付いた肩パッド。

 おまけにメイクにも時間が掛かる。

 そのすべてが一瞬で済んでしまうのだ、こんなに喜ばしい事は無い。

 この要領で他の洋服もスキャンしておけばいざという時に心強いと言うもの。


「これは大きな前進だな、あははっ!!」


 思わず笑い声が出る。

 しかしここで聞き耳を立てていた者がいたなどとはこの時の俺は知る由も無かったのだ。




 後日。

 街で手に入れてきたスマホを手に取り自室から通話を始めた。

 

「あっ、もしもし? 私です梨月ももこです、会って二人きりでお話ししませんか?」


 相手はもちろん朝倉さんだ。

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