第6話 初めてのスパイ活動
「梨月さん、あなたどうしてここに!?」
百瀬麻実ちゃんが血相を変えて俺に詰め寄ってきた。
何だか普通じゃない、尋常じゃない鬼気迫るものを感じる。
さてどう受け答えしたものか。
「203号室に住んでいる知人に会いに来たのですが生憎留守の様でして……」
まずは当たり障りのないそれっぽい事を言って様子を見る。
「203号室は数か月前から空き部屋ですよ、それより今までどこに居たんですか!?
あなた三か月も行方不明だったでしょう!?」
「えっ?」
何だ? 何がどうなっている? 状況が全く見えない……そうだこんな時は……。
「実はその辺の記憶が無いんです、ここに来たのもその辺の事を知人に聞こうと思って尋ねたんです」
そう、こんな時は記憶喪失の振りをする、これはダークマターの基地内でも通用したとっておきの手段だ。
こうすれば相手の方からこちらの知りたい情報を丁寧に教えてくれる。
「そうなんですか!? 大変!! 汚い所ですが入って入って!!」
「えっ? えっ?」
麻実ちゃんに強引に手を引っ張られ彼女の部屋に連れ込まれてしまった。
う~~~む、これは予想外の展開だぞ……しかしここで逃げるのは要らぬ疑惑を掛けられかねない、なにせ彼女はこちらの世界では本物のヒカリピンクなのだ。
ここは大人しく従った方が良さそうだ。
ただ失敗だったのは三号とはぐれてしまった事だ、あいつの事だ今頃俺の事を探し回っていることだろう。
「粗茶ですがお上がりくだされ」
部屋の中に居た若葉葵ちゃんがお茶を出してくれた。
そして俺は麻実ちゃん、葵ちゃんと小さい座卓を挟んで向き合って座る。
このアパートは玄関からすぐにキッチンになっており、後は居間ともう一部屋があるだけである。
これは俺の住んでいた部屋と同じ間取りだな。
しかし妙な事になった、これではまるでヤミージョがヒカリオンに囚われたみたいになっている。
今の内に現在問題になっていることを軽く脳内で整理しよう。
何故麻実ちゃんたちは俺を梨月ももこと間違えたのか……実はこれには心当たりがある。
俺と彼女は顔立ちが似ているらしいのだ。
自分ではそうは思わなかったのだが、撮影日の休憩中に日比野さんに指摘された事があったのだ。
「ひろみ、あなたってさ梨月ももこに似ているわよね?」
まだヒカリオンの撮影が始まるより前の現場での事、日比野さんがグラビア雑誌片手に俺に擦り寄って来る。
開いているページには梨月ももこがモデルらしいポーズをとって立っていた。
「えっ? 何ですか藪から棒に」
「ほうほう、確かに似ているかもな」
「何ですか岩城さんまで」
日比野さんの雑誌を横から覗き込み、岩城さんは俺と雑誌を交互に見比べている。
「ちょっとメイクさせてくれないかしら、丁度ここにウィッグも有る事だし」
日比野さんのいやらしい笑み……この人、俺で遊ぶ気満々だ。
「嫌ですよそんな事」
「岩城!! ちょっとひろみを捕まえて頂戴!!」
「合点承知!!」
「うわっ!! 何をする!! やめろ!!」
この場から去ろうとする俺を岩城さんが羽交い絞めにする。
何でこんな時に限ってこの二人はこんなに息が合うのか。
「さあ観念なさ~~~い、動くと顔が汚れるだけよ~~~ん」
俺は日比野さんの手により美少女メイクを施されてしまった。
「ほら、鏡を見て御覧なさい」
「……これが俺……」
何とそこには梨月ももこ本人と見紛う美少女が映っていた。
「やっぱりあなたは又とない逸材だわね、男の身でありながらここまで綺麗になれるなんて、あたし嫉妬しちゃうわ」
「日比野さんだって綺麗じゃないですか」
「んふっ、お世辞でも嬉しいわ、ありがとっ」
日比野さんがオネエであることは説明したと思うが、彼だって美しさを保つために物凄く努力しているのを俺は知っている。
本人はえらが張っているのと鼻が大きい事を気にしていたが、メイクをすれば知らない人が見れば男と気づかないレベルであった。
それから数日後だったかな、俺がヤミージョのスーツアクターに決まり、声を梨月ももこが演じることになったのは。
それはそうとヤミージョの部屋でメイクをしている時に何となく既視感があったのはこの時の事が頭を過ぎったからなんだな。
その時のグラビアの梨月ももこも今の俺同様アッシュブラウンのストレートロングだった。
次に気になる事は、その梨月ももこが三か月も行方不明であるという事実。
今の俺には情報が全くと言ってよい程何もない。
俺の事を二人が彼女と間違えた時点で三か月ならば、本物はまだ行方不明だという事になる……まだ本人が戻って来ていないからこその麻実ちゃんの口ぶりだろうから。
それに関してもう一つ疑問が沸いた、何故麻実ちゃんと葵ちゃんはここまで梨月ももこに世話を焼くのだろう?
やはり芸能人つながりで面識があるからだろうか? いや、彼女らがこちらでも芸能人であるとは限らない、実際目の前に居る二人はヒカリオンの一員なのだ。
まあヒカリオンとアイドルを掛け持ちしている場合も無きにしも非ずだが。
それか人道的見地か……行方不明だった人間と遭遇したのだ、人として保護するのは何らおかしな事は無い。
それともう一つ、何故この二人はこんな安アパートに同居しているのか。
こればかりは考えても分からない、これから始まるであろう会話から理由を聞き出すしかない。
折角出してもらったお茶を一口含み、一息つく。
「落ち着いた? じゃあいくつか質問させて頂戴」
早速麻実ちゃんが会話の口火を切った。
「ええ、私に答えられることなら」
「それで結構よ、まずは三か月もの間あなたはどこに居ましたか? そしてどうやってここまで来ましたか?」
勿論本当の事を言える訳は無い、何せ俺自身も何が起きてこうなってしまったのか分かっていないのに、彼女らに言って信じてもらえるとは思わないからだ。
だから俺はこう答える。
「それが分からないんです、行方不明になっていたこと事態私自身が分かっていなくて、気づいたら街に立っていて……ただこの辺の景色に見覚えがあったからこのアパートの知人を頼ってここまで来ました」
どうだ俺が考えた完璧な回答は。
こう言ってしまえば向こうもこの事についてこれ以上深く切り込むことは出来まい。
「そう、それは困ったわね」
「マミ殿、ならばヒカリオンの基地で記憶の復元を頼んではどうで御座ろう?」
「ちょっと!! 葵ちゃん!! ダメでしょう民間人の前でそんな事を言っちゃ!!」
「はっ!? これは内密の話しであった、他言無用にお願い申す!!」
もう遅いよ、っていうかその事はもう知ってるしね俺。
だがこれは好都合だ、今度はこっちから攻めさせてもらう。
「ヒカリオン? 基地? 何の事です?」
「あ~~~この子、実は虚言癖があって~~~」
麻実ちゃんは必死に誤魔化そうとしているが台詞が棒でわざとらしすぎる。
じっと俺が疑惑に視線を送っているのに気づくと、麻実ちゃんは観念したように語りだす。
「はい、驚くかもしれないけど私たちはヒカリオンなの……この世界はダークマターっていう悪の組織が世界征服を企んでいてね、実際被害が出ているの」
「ニュースで事故や事件として報道しているものにはいくつか奴らの起こした事件も交じっているのでござる」
「ええっ!? そうなんですか!?」
二人の説明に俺はわざとらしく大げさに驚いて見せる。
そんな事は既に分かっているさ、なにせ俺はその当事者なんだから。
「その事件の中でダークマターが人々を大勢誘拐している事件も起きていて、警察では手に負えないので私達ヒカリオンにも捜索依頼が回って来ていて、そんな中にあなたも含まれていたのよ」
「えっ?」
それは初耳だ、そもそも特撮としてのヒカリオンの設定上のダークマターは何故人々を誘拐するのか……それはズバリ、戦闘員の確保である。
さらった人々をダークマンに改造して戦闘員として使うのだ。
ダークマンは下っ端の使い捨て戦闘員なので常に補充をしなければならないので誘拐はダークマターにとって重要な活動のひとつになっている。
ここでもう一つ、彼らの階級についても触れておこう。
ダークマンが最下層なのは今言及したが、これをとある会社の平社員と例えよう。
その上にダークマンを従えて直接作戦行動を起こす怪人がいる、これは係長にあたるかな。
しかしこの怪人は一度の作戦でヒカリオンに倒されてしまうので常に補充が必要だ。
ちなみに怪人はダークマンの中から優秀なものが選ばれ、改造手術を受けて誕生する。
そして俺ことヤミージョやタソガレ、ドクター真黒以蔵は幹部クラス、これは課長や部長に該当する。
時には現場に現れ、直接戦闘行為を行う事もある。
幹部クラスも怪人から更に優秀なものが強化手術によってなる事が出来る。
でも待てよ? この設定を思い浮かべたことである疑問が俺の中に生まれた。
もしかして誘拐された梨月ももこが改造手術を受けてヤミージョになったってことはないだろうか? そもそも俺の身体が女になったのではなく俺の精神が梨月ももこの身体に何らかの理由で入り込んでしまったのではないか……そう考えると色々納得がいくところがある。
いや、まだ結論を出すのは早計だ、今のは俺の仮説にすぎない。
それを判断するためにもまだまだ情報を集めなければなるまい。
「大丈夫? 聞いてます?」
麻実ちゃんが俺の顔を覗き込む。
「あっごめんなさい、ショックでボーっとしてしまいました」
慌てて取り繕う。
「心配ね、葵の言う通りやっぱりヒカリオン基地で検査をした方がいいかもね」
「そうで御座ろう?」
葵ちゃんはしたり顔だ。
「そうと決まれば早速行きましょう、まずは基地に連絡を……」
麻実ちゃんの左手首に変身や通信に使うブレスレット状のアイテム、ヒカリチェンジャーが装着されていた。
手で触れて基地に居る仲間と連絡を取り合っている。
これはチャンスだ、俺は左手にぶら下げているハンドバッグの中に手を入れある物を掴む……それは行きがけにドクター真黒以蔵から手渡されたスキャナイザーだ。
ヒカリチェンジャーをハンドバッグの隙間からスキャナイザーで撮影する。
あれの構造が解析でき複製することが出来ればダークマターにとって大きな成果となる事だろう。
トリガー状のスイッチを引くとピッと微かな音がしたが、これでちゃんと取れているのだろうか?
あれ? 何で俺、当たり前のように悪の組織の手先の様な行動をとっているんだ?
俺自身がヤミージョになってしまっているからって積極的に悪事の片棒を担ぐ事は無いのに……さも当たり前のように身体が動いてしまった。
当たり前の事だが俺自身に世界征服や破壊の願望がある訳では無い。
役柄上そういった台詞を口に出す事はあっても本心からそう思っている訳では無いのだ。
世界が滅んで得をする人間なんていないのだから。
これは後々身の振り方を考えなければならないかもしれない、このままダークマターに所属していてはこの前の様にヒカリオンと戦い、いつかは討ち滅ぼされるのだから。
「連絡が取れたわ、早速行きましょう」
麻実ちゃんが押し入れの襖を開く、するとそこには周りに様々なランプやボタンが配置されたプールのウォータースライダーの様な下へ向かって伸びる穴が出現した。
「これは何ですか?」
「これは私達ヒカリオンのへと繋がる入り口よ……
この部屋は私たちの世を忍ぶ仮の生活を演出するためのもので、ダークマターからベースを発見されないためのカムフラージュなのよ」
あらら麻実ちゃん、一番言ってはいけない
「では某が手本を見せるでござる、はっ!!」
葵ちゃんは助走をつけて穴の上にあるバーに手を掛け、つま先から勢いよくスライダーに飛び込んだ。
彼女の姿は瞬く間に見えなくなった。
「じゃあ次はももこさんあなたよ」
「私ですか? ちょっと怖いな……」
知っての通り俺は高い所が苦手だ、穴を軽く覗き込むが下り坂の先は薄暗く先が見通せないし、その角度からこの部屋がかなりの高所にあるのが分かる。
「大丈夫よ、なにも葵みたいに勢いを付けなくてもいいの、そこに座ってくれれば私が押してあげるわよ」
「はあ、ではお願いします……」
こうなってしまってはもう後には引けない、俺は意を決してスライダーの入り口に足を入れて麻実ちゃんが押してくれるのを今か今かと待ち構える。
「はい!!」
「うわっ!! ちょっとーーーー!!」
何の合図も無くいきなり背中を手で押し込まれた、せめて1,2,3とかカウントダウンをしてほしかった。
身体はグングンと加速を始める、俺は成す術なく俺は穴の中へと飲み込まれていった。
「ももこさん……ももこさん、だいじょうぶですか?」
「ううん……」
俺に声を掛けているのは麻実ちゃんか? 僅かな時間気を失っていたようだ、徐々に視界が開けていく。
「良かった、まさか気絶してしまうなんて思ってもみなくて、ごめんなさいね」
麻実ちゃんが片目を閉じながら手を合わせて謝意を表す。
「ここは……?」
「ここはグリッターベース……俺たちの本拠地だ」
寝そべっている俺に手を差し出す男性、逆光で顔が良く見えない。
俺も手を差し出すと彼に力強く引っ張り起こされた。
「あっ……」
「おっと!!」
立った直後、僅かに体勢を崩す俺の背中に手を回して庇ってくれた。
「大丈夫?」
「ありがとう……あなたは?」
「俺は
至近距離で爽やかな笑みを浮かべるコウと名乗る男、見覚えがある……間違いない、特撮の方でヒカリレッドの変身前、紅コウ役を演じるモデルの荻野琢磨だ。
彼と目が合うと途端に俺の心臓は激しく脈打ち顔が紅潮していくのが分かる、身体が熱い。
確かに以前から荻野琢磨をイケメンだと認識していたが、何故か今はさらにイケメン度が増している気がする。
もしかしてこれは俺の身体が女だからそう見えるのだろうか?
イケメンに対して過剰にまで盛り上がる女性をどこか冷めた目で見ていた俺だったが、今ならその心情が理解できる気がする。
「おいおい、美女を独り占めなんてずるいじゃないか、僕にも紹介してくれよ」
次に現れたのはキザな優男、だが今度はよく見知った顔だ。
青葉さん? 何やってんだこんな所で?
「僕は
「はぁ……」
青木と名乗った青葉さんはバラの花を一本俺に差し出しウインクをする。
しかしそれに対しては俺は何もときめかなかった……恐らく俺の、梨月ももこの好みではないんだろう、一気に身体が冷めてしまった。
冷静になった所である考えに至った、俺が思うにこれは多分佐次さんと同じパターンだ。
佐次さんの場合、タソガレ役からモブ戦闘員ダークマン役になってしまったのと同様、青葉さんもヒカリブルーのスーツアクターから変身前のヒカリブルー役、青木翔にキャスト変更されてしまったのだろう。
そうなると他の人は……。
「やあ初めまして、俺はヒカリイエロー、
やっぱり、今度は岩城さんの登場だ。
変身前の役者さんも筋骨隆々の体型だったので無理のない配役変更だな。
しかしこうなってくると俺のスーツアクターとしての憧れ、英徳さんはどこへ行ってしまったのだろう?
まさかこちらの世界では配役されていないのか?
それとも他の役になってしまったのか?
彼にだけ再会出来ないとなるとそれはそれで残念な気持ちだ。
あっ忘れていた、日比野さんもまだ遭遇していないんだったな。
もしかしたら意外な配役でこれから出て来るのかもしれない。
「あら、この子が梨月ももこさん?」
「はい、上のアパート偶然発見したので保護しました」
白衣を着たスラリとした長身の女性が麻実ちゃんと話しをしている。
一体誰だろう? こんなキャラクター、ヒカリオンにいただろうか?
「初めまして、ヒカリオンの医療担当にして技術担当、朝倉めぐみよ」
「えっ?」
俺は自分の目を疑った、その白衣を着た女性は日比野さんだったのだ。
白衣の下は大きなバストにくびれたウエスト、形のいいヒップという完璧なプロポーション。
ブラウスにタイトスカートを身に着け、髪形は両側から編み込んだ三つ編みを頭の後ろで纏める女性らしいもので、一見して日比野さんとは気づかなかったくらいだった。
見た感じ胸や尻は詰め物ではない様に見て取れる、もしかしたら俺と同じくこちらでは女になってしまったのかもしれない。
「さあ、さっそく検査を始めましょうか、こちらへどうぞ」
「はい、よろしくお願いします」
しかしこれはどうしたものか、情報量が多すぎる。
だが偶然にしてもここに来れたことは俺にとって重要だった。
ダークマター基地で佐次さんとよく似た3号の顔を見てからずっと頭の片隅にあった事だが、俺と佐次さん以外はこの世界には居ないのかという事。
それがこのグリッターベースに来た事で他のみんなもしっかり存在しているのが確認できたのは大きな収穫だった。
もっと情報を集めればもしかしたら元の世界に戻る方法が見つかるかもしれない。
一縷の望みを胸に俺は日比野さんもとい、朝倉さんの後ろについて基地の奥へと歩みを進めるのであった。
もう一人の存在を思い出せないまま……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます