第5話 ヤミージョ様、街へ行く
「ダークマスター様、お呼びでしょうか?」
俺は玉座の間と呼ばれる広い部屋で跪く。
正面には蝋燭と髑髏や蛇などの置物で飾られた祭壇があり、その後ろの壁には蝙蝠が翼を広げている姿を象ったレリーフがある。
『よくぞ参ったヤミージョよ……』
「はっ」
俺は片膝を立てて跪いた。
蝙蝠のレリーフの目が赤く輝くと同時に部屋全体に反響するような重低音の声が響く……この声の持ち主こそ闇の秘密結社ダークマター総帥、ダークマスターなのだ。
声の質は実際の特撮と同じに聞こえる。
『ところでヤミージョ、お前は先の戦いで重傷を負ったと聞いたが身体は大丈夫なのか?』
「はっ、身体はどこにも問題はありませんが記憶に障害が残っております」
『そうか、無理はするなよ? お前は体調が万全になるまで暫く戦線から離れるが良い……』
「はっ、勿体なきお言葉、痛み入ります」
ダークマスター様の優しげな声色に俺は一瞬面を食らう。
あなた悪の親玉だよね?
なんだか思っていたのと違う……悪の組織なのに何このホワイト対応?
『時にヤミージョよ、その服はどうしたのだ? 何故余が常に着用を命じていた戦闘服を着ていない?』
「はっ、戦闘服が汚れてしまいまして、ご無礼を承知で代わりに私服を着ております」
先ほどとは打って変わって急にダークマスター様の語気が強まる。
あの女王様スタイルはダークマスター様の趣味だったのか。
まさか俺があの衣装を着ていないせいでダークマスター様の機嫌を損ねた?
仕方ないとはいえまずかったかな、こんなロリータファッション。
さっき俺の、ヤミージョの部屋でウォークインクローゼットを漁っていた時の事、ポールにずらりと下がった衣装は全てロリータ系のファッションだった。
しかも色は殆どが黒か紫、そんな中にほんの少数、暖色系の普通のジャンルの服もあった。
その少ない選択肢の中から俺がもし自分の彼女に着せるなら……と考えてコーデしたのがこれだ。
この容姿のお陰で彼女がいたためしなんてないけど。
まあそれは置いといて……。
頭にはまず目立つ銀髪の自毛を隠すようにブラウンアッシュのロングストレートのウイッグを被り、その上にエンジのベレー帽を乗せた。
メイクはいつものおどろおどろしい黒のリップとパープルのアイシャドウは止めてナチュラルメイクを目指した。
何で俺がメイクを出来るかって? それはヤミージョ様メイクは全て俺自身がやっていたからだ。
ただメイクをしていた時に鏡に映った自分の姿にどこか既視感を感じたんだが、あれは何だったんだろう?
おっと、コーデの説明に途中だったな……。
トップスは襟にフリルをあしらった白のブラウスにクリーム色のカーディガンを羽織り、ボトムスは赤を基調としたギンガムチェックのプリーツスカートを履いた。
脚は濃紺のオーバーニーソックス、靴は膝下くらいのブーツをチョイス。
きっと女性から見たらおかしなところがあるかもしれない。
それでも無い知識を絞り出して自分でいいと思うコーデが出来たと思ったんだけどな。
ならばここで止めの溢れんばかりの微笑み、これでどうだ?
『……いや、うん、これも悪くないな、着用を許可する』
ダークマスター様の言い淀み方に戸惑いが感じ有られる。
どうやら上手くいったようだ。
伊達に特撮女形と呼ばれている訳じゃない。
「ありがとうございます、戦闘服が戻るまでですのでご容赦くださいませ」
『いや、基地内に限りこれからも好きな服を着るがよい……そして余を愉しませよ』
「はっ」
どうやら許可が下りたようだ、半ば俺の魅力で強引に押し通した感はあるが。
しかし勿体ない話しだ、折角の美しさと可愛さのどちらも兼ねそなえたヤミージョ様のルックスをダークマスター様の趣味で着た切り雀にしていたなんて。
俺がヤミージョになっている間はもっと色々なファッションを試そうと思う……ってあれ? 何でそんな事を考えてるんだ? そうじゃないだろう、目的がずれて来ている。
あくまで俺の目的は俺が元々過ごしていた日常に戻る事だ。
その為には外に出て今いるこの世界と元の世界の違いを把握しなければならない。
もしかしたら何か重要な情報を得られるかもしれないしな。
ならばこの休暇、利用しない手は無い。
「ダークマスター様、休暇にあたってお願いした樹事がございます」
『ウム、言ってみろ』
「この恰好で人間どもの街へ行ってみたいのですが如何でしょうか?」
『何!? 何故そのような事を!?』
ダークマスター様がまたしても声を荒げる。
だがここは退きさがる訳にはいかない。
「お聞きくださいダークマスター様、これは私の息抜きだけではなく偵察行動も含まれているのです……人間共の文化や娯楽に触れ何が人間界の侵略に必要不可欠か探ろうと思うのです……許可を頂けませんでしょうか?」
少なくとも嘘はついていない、物凄く大雑把に。
『………』
ダークマスター様は今度は黙り込んでしまった、さすがに急ぎ過ぎたか……急に様子が変わってしまったヤミージョに違和感や不信感を抱いたのかもしれない。
『許可しよう、しかし条件がある』
「……何でしょうか?」
緊迫感にゴクリと喉がなる。
『誰か一人を共に着けよ、ダークマンの中から誰か連れて行くがよい』
「ははっ、ありがとうございます」
『それともう一つ…』
「何でございましょう」
『門限は夜の8時とする、どうしても遅れる時は基地に連絡を入れよ』
「はっ…?」
俺は跪いた状態のままズッコケそうになった。
ダークマスター様あんた年頃の娘がいる父親かよ。
『精々愉しんでくるがよい』
そう言い残して蝙蝠のレリーフの目の輝きが消えた。
さっきも思ったがダークマスターって実は部下思いの良い奴なんじゃないだろうか。
きっと偵察云々の部分は外に出かける口実か何かだと思っているんだろう。
「さてっと、3号はいる?」
「へい、お呼びでしょうかヤミージョ様!!」
試しに呼んでみたのだけなのだが3号はすぐに現れた、一体どこに潜んでいたのやら。
まあこれも特撮や時代劇の悪役のお約束ではある。
「これから私は人間の街へ行きます、お前はお供として私に同行しなさい」
「へい!!」
「相変わらず元気いいわね、じゃああなたもそれなりの恰好をして来て頂戴な」
「へい!! ちょいとばかしお待ちを!!」
3号は小走りで去っていった。
十五分後。
「お待たせしやしたヤミージョ様!!」
3号が戻ってきた。
青いスタジアムジャンパーとダメージジーンズ姿だ、そして顔は相変わらずの黒覆面である。
「どうです? イカしてるでしょう?」
背中を向け金の刺繍で描かれた龍を俺に見せつける。
「ダメダメダメ!! そんなダサい恰好なんて!! こんな超絶美少女である私と歩くのにそんなチーマーみたいな恰好は認めません!!」
「ダサい……」
3号はガクリと肩を落とす。
少し言い過ぎたかな、一人で出かけるならそれでもいいけど女の子と出掛けるのにそれは無い。
「でもこれ一張羅ナンスよ」
「仕方ないわね出先で買ってあげるわ、取り合えずそれで許してあげる」
だが問題はそれだけでは無い。
「それより何なのこのマスク? これで街に行くつもり!? 今すぐ取りなさい!!」
「ちょっ、ちょっと待って!!」
俺が無理矢理3号のダークマンのマスクを剥ぐって奪い取る。
「えっ……?」
「もう、酷いなヤミージョ様は……」
マスクの下から現れた顔に俺は見覚えがあった……なんと俺と一緒に特撮で悪役側、暗黒騎士タソガレを演じているスーツアクター、佐次さんだったのだ。
「あれ? あっしの顔に何か付いてますか?」
「えっ? いえ、何でもないわよ!?」
いや、内心何ともなくは無い……まさか3号の中の人が佐次さんだったなんて。
待て待て、まだ目の前の人物が佐次さん本人とは限らない、早計な判断は取り返しのつかない事態を招きかねない。
なにせキャラが違い過ぎる、元の世界では寡黙な佐次さんだった、それがどうだ今目の前に居るのは威勢のいいチャラチャラとしたお調子者だ。
ここはまだ佐次さんとして接するのは止めておこう。
これも本番の撮影中だと思えば乗り切れる。
「ほら、行くよ!!」
「へい!!」
「……って、どうやって基地から外に出るんだ?」
「えっ? それも忘れちまったんですかい?」
「……うん」
そうだった、まだこのダークマターの基地の間取りさえ把握していなかったんだった。
外出から戻ったらおいおい探っていこう。
「こちらです、付いてきてくだせ!!」
「あっ……!!」
いきなり3号が俺の手を掴んで走り出した。
「ヤミージョ様の手、冷たいっすね」
「………」
いきなり何てことしてくれてんだ、この身体はそういった男女間の甘酸っぱいときめきに敏感なんだぞ。
心臓がバクバクと激しく収縮して今にも破裂しそうだ。
そしておてて繋いでやって来たのは、人が入れるような透明なカプセルがいくつも並んだ殺風景な部屋だった。
カプセルは下から青白い光でライティングされており、どこか寒々として不気味な感じがする。
「何だここは?」
「ここは瞬間移動の為の設備ですよ」
「瞬間移動?」
「へい、行先を指定してこのカプセルに入るとその場所に行けます、もっとも一度行った事がある場所限定ですけどね」
なるほどそうか、ダークマターの怪人たちが突然街に現れるのはこんな設備があるからなんだな……本編では怪人が突然街に登場するシーンから描写されることが多いから知らなかった。
「まずはどこへ行きますか?」
「お待ちを!! ヤミージョ様!!」
カプセルに接続されているコンソールをいじっていると、俺を呼ぶしわがれた声が後ろから聞こえた。
「ここにおられましたか……間に合ってよかったですじゃ……」
顕微鏡の様な筒を目から生やした白髪をボウボウに立てた和装の爺さんが俺の前で膝に手を当て息を切らせている。
「これはドクター・
ドクター? 医者なのか? ドクター・ダークイエロー以外にも医者がいるのか?
「偵察任務に行くいう話を聞きました、ならば是非これをお持ちくだされ」
ドクター・真黒以蔵が差し出してきたのは最近よく見かける玩具の銃みたいな体温測定器によく似た機械だった。
そうか、ドクターって科学者の方のドクターか。
「これは何?」
「よくぞ聞いてくださいました、それは【スキャナイザー】と申しまして、それで撮影した物の情報を瞬時にこの基地のコンピューターに送る物なんですじゃ」
「へえ、要するに自動転送機能付きの録画機器みたいな物?」
「さすがヤミージョ様!! その通りでございます!!」
まあ情報収集はするつもりだったから丁度良いね、自分の頭の中だけに記憶していると忘れたり見落としたりすることがあるからな。
「ありがとう、活用させてもらうわ」
「お礼など滅相もございません!! あなた様のお役に立てるだけでこの老いぼれ、無常の喜びにございます!!」
何だか大仰な爺さんだな、それに話し方がくどい。
「ではいってらっしゃいませ!!」
真黒以蔵に見送られ俺たちはカプセルの中で眩い光に包まれ次の瞬間そこから消え去った。
行先は俺の住んでいたマンションのある街だ。
俺が頭の中に思い描いた場所に転送されるらしいので、なるべく詳細にイメージをする。
「わっと!!」
「だっ、大丈夫ですかい?」
転送中の浮遊感から突然地面の上に立ったので危なく躓きそうになる。
咄嗟に3号が後ろから抱き留めてくれたので事なきを得たが、お約束で3号の手の平はしっかりと俺の胸にあるたわわな果実を握っていた。
「あっ……んっ……」
さすがに思いきり鷲掴みされるとちょっと痛い。
「わわっ!! 申し訳ありやせん!! わざとじゃないんです!!」
慌てて手を離す3号、そのせいで折角助かっていた俺は地面に突っ伏す羽目になった。
「いたた……」
「ほんっとうに申し訳ありやせん!!」
倒れている俺に手を差し出す3号。
「もう!! いきなり手を離さないでよ!!」
「いやしかし、その……掴んだままじゃ……その……」
「ぷっ……あははっ!!」
思いきり狼狽える3号を見てついおかしくなり吹き出してしまう。
笑われて気分を害したのか3号は何とも複雑な表情をしている。
3号に引き上げてもらい気を取り直して辺りを見る、ここは繁華街の路地裏だ。
「ヤミージョ様、ここはどこです? ここがヤミージョ様の目的の場所なんですかい?」
「いえ、目的地の近くではあるけれど違うわ、少し買い物をしたくてね」
「買い物……ですかい?」
「そう、あんたにも服を買ってあげるって約束したしね」
「そんな、勿体ない!! あっしの為にそんな……」
「遠慮しないでよ、荷物持ちのお駄賃だと思って受け取りなさいって」
「そこまで仰るのであればありがたく頂きますけど……」
渋々招致する3号、そういう事でまずは男性用ファッションの店に行くことにする。
「こんなんで……いいんですかい?」
「うん、よく似合ってるわよ」
「あっありがとうございやす!!」
いま3号は、トップスにグレーのパーカーに濃紺のジャケットを重ね着し、ボトムスはストレッチ素材のチノパンを履いている。
こんな感じのラフさが今の流行だ。
「次は私の用に付き合ってね」
「へい!! どこへでもお供しやす!!」
そして次の店。
「ここですかい……?」
「あら? どこへでもお供してくれるんじゃないの?」
「いや、流石にここは……その……」
俺たちはランジェリーショップの前に居た。
「男一人で入ったら奇異の目で見られるけど彼女同伴なら大丈夫よ」
「いやちょっと!! まだ心の準備が……!!」
男の子をからかうのは楽しいなぁ、何だか違った自分に目覚めてしまいそうになる。
いやいや、自分が女な事に馴染んでどうする……ちょっとでも気を抜くと本当に心まで女の子になってしまいそうで怖い、気を付けないと。
「えーーーと、どれがいいんだろう?」
色とりどりの可愛い下着を前に俺は目移りをする。
当たり前だが男である俺は生まれてこの方、女性用下着を買った事が無い。
あの俺の部屋にあった紐だか網だか分からない代物以外なら何だっていいが、やはり俺に似合うものを身に着けたい。
「ねえ3号、どれが私に似合うと思う?」
「ちょっ、聞かないでくださいよそんな事……」
3号は手で目隠しをして下着を見ようともしない。
だが耳が真っ赤なのを見ると物凄く恥ずかしがっているのだろう。
「何かお探しですか?」
女性店員が俺に声を掛けてきた。
「このデザインと色が気に入ったんですけどサイズが合うか分からなくて」
「それでしたらフィッティングをしましょうか? こちらへどうぞ」
「はい、お願いします」
俺は店員と共に試着室に入った。
そこで俺の胸のサイズはFの75であることが判明した。
「あははっ!! 楽しいね3号!!」
「……それは良かったですね……」
3号のさえない声……それもそのはず、彼はいま前も見えない程積み上がった荷物を手に持っているのだ。
勿論その荷物は全て俺の買い物だ。
やっぱりもっとバリエーションに富んだお洋服が欲しいじゃない? 滅多に街になんて来れないのだから今の内に買い溜めをしなきゃね。
「偵察の方はいいんですかい?」
「あっ……」
つい浮かれて買い物三昧をしていたせいですっかり当初の目的を忘れる所だった。
「そうだった、私、行く所があったんだ……」
「ちょっと!! どこ行くんすか!?」
3号の制止も聞かず俺は走り出す……思い出した、この路地の先を右に曲がれば……。
「あった……」
目の前にはとても見慣れた建物、俺こと蜂須賀ひろみが住んでいた安アパートがあった。
ここを訪ねる事には重要な意味がある、それは俺がここに住んでいるかどうかの確認だ。
いま俺はどういう訳かヤミージョとしてここに存在している、蜂須賀ひろみではなくヤミージョとして。
ならばこちらの世界の蜂須賀ひろみはどうしているのか、そもそも存在しているのか、それが知りたい。
俺の部屋は二階だ、金属製の階段を甲高い音を立てながら登る。
よく都市伝説でもう一人の自分に遭遇すると一両日中に死ぬとかいうドッペルゲンガーの話しを聞いた事があるが、もし俺がいてばったり会った場合その効果は発揮されるのだろうか? 一応俺は別人になっているはず。
そんな事を考えていたら足が震え始めた、しかしここまで来た以上確かめずに帰るなんて選択肢は存在しない。
これを確認せずして状況を前に進めることは出来ないだろう、そんな気がする。
とうとう部屋の前まで来た……203号室、間違いないここが俺の部屋。
いつも俺は出掛け際に鍵をポストの裏に隠す、もしそうだった場合、俺が住んでいる可能性が大だ。
恐る恐る手を突っ込む……しかし鍵は無かった。
ほっとしたような残念なような何とも言えない気持ちだ。
取り合えずここに俺が住んでいなかったという事が確認できただけでも収穫か。
帰ろうと足場を歩いていると前の部屋の扉が開く、その中から女の子が顔を出した。
彼女はタンクトップに短パンと言ったラフな格好で郵便受けの蓋を開けると乳酸菌飲料が入っているのを確認、それを持って部屋に戻る所で俺と目が合う。
「……あれ? ちょっとあなた!!」
女の子は俺に向かって来る……あれ? この子、俺は見覚えがあるぞ……変身前のヒカリピンク役、本気坂49の百瀬麻実ちゃんじゃないか!!
「どうしたでござるかマミ殿~~~?」
変な口調でもう一人が玄関から顔を出す……その子もヒカリグリーン変身前の若葉葵ちゃんだ!!
「何と!! そこにおわすはモデルの梨月桃子殿に在らせられるか!?」
「へっ?」
一応後ろを振り返るが誰もいない、どうやら俺の事らしい。
一体何がどうなってるんだ? この後事態は急激に変化するのであった。
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