第4話 悪の秘密基地へようこそ


 迫りくる光の束、俺を消滅させんとするヒカリオンの必殺攻撃だ。

 

 あれを受けてしまったら強烈な熱量で身体が消し炭になって死んでしまうだろう。

 その光がまさに俺を包み込もうとしている。


「うわあああああああっ……!!」


 俺は勢いよく上体を起こし目覚める。


「はぁ……はぁ……はぁ……ここは……?」


 今のは夢? 目覚めてから初めて目に映ったのは薄暗い何の飾り気も無い部屋だった。

 それにしても殺風景な部屋だな、俺が横たわっているベッドの横には何やらモニターの付いた箱状のコンピューター? みたいな物があるだけだった。

 その箱から出たチューブが俺の腕や脚、胸に張り付けられている、もしやこれは医療機器か何かなんだろうか……それにしては何とも不気味なデザインをしている。

 いま気が付いたが現在の俺は全裸であった、目線を下げ身体に目をやるとたわわな二つの胸の膨らみが見える。

 そして更に下半身に目を移すと女性らしい腰のくびれ、そこから滑らかなラインを描きながら広がる大きな腰、そして……。


「……無い!! 俺のアレが!!」


 俺の股間の男性の象徴が見当たらない……!! そんな馬鹿な!!

 股に挟まっているんじゃないかと慌てて手を這わすが、そこには何もなかった。

 そうだ、胸は、胸の方はどうなっている? 俺は胸についている膨らみを両手で思いきり掴んだ。


「……胸の方に感触がある」


 強力な接着剤でシリコンバストを固定しているとはいえ乳房自体に触れても普通なら胸の方に感触は無いはずだ、しかし今の胸にはそれがある。

 そもそもシリコンバストなら肩のあたりに境い目が存在するはずなのだが、手で触れてみてもそれが見当たらない、なにせ肌のきめがある時点でこれは作り物ではないことが分かる、まさか本物?

 そんな……まさか俺、本当の女になってしまったのか?

 自分の姿を確認したい、どこかに鏡は無いか? 

 部屋内をくまなく見渡すと一方の壁に楕円形の大きな鏡が掛かっている。

 俺は身体に付いているチューブを強引に引き剥がして立ち上がり、鏡の前に立った。


「これは……」


 鏡には一糸まとわぬ姿の女性、ヤミージョが映っていた。

 ヤミージョの扮装で撮影していたのだから当たり前と言えばそうなのだが、問題はその身体だ。

 見た限り完全に女性の体つきになっている。

 一体どうなっているんだ? 俺は身体をチェックする事にした。

 まずは顔だ、顔立ちは男の時の俺のままだな……それはそうだ、元々ヤミージョは俺が顔出しで演じているんだからな。

 頬をつまんでみる……心なしかいつもより柔らかくモチモチしている気がする。

 前髪にも触れてみる……いつも着けているウイッグとは感触が違いサラサラで柔らかな手触りだ、引っ張ってみたが頭皮からしっかりと生えている様で、これが自毛だという事が分かる。


「あーーー、あ~~~、あいうえお……」


 先ほどヒカリオン達に襲われた時の違和感、声が高いのが気になって発声してみる。

 完全に女性の声だ、しかもこの声には聞き覚えがある……俺の演じるヤミージョに声を当ててくれている女優兼モデルの梨月ももこさんの声だ。

 俺から彼女の声が出るなんて何だか不思議な感じだ。


「んふっ……」


 次は大本命の胸……両手で持ち上げてみると新ためてその吸い付く様な程よい重さと感触に驚くと同時にくすぐったくて少し声が出てしまった。

 そして手を放すとプルンと揺れ、鎖骨の下あたりが引っ張られる気がした。

 成程、巨乳の女性は肩が凝るという話は納得できると言うものだ。

 いやいや、今は女体の神秘を堪能している場合ではない……もちろん身体が女になってしまった事は由々しき事態だが、特撮の世界観が現実になってしまった事の方が重要だ、何故こんな事になってしまったのかそれを調べなければなるまい。

 悪の秘密結社があってそれを倒すヒーローがいる世界……ある意味俺が子供の頃から憧れたシチュエーションだが、それは空想の中の非現実だから良いのであってこれが現実だとしたら世界の危機どころか世界の終わりだ。


 とにかく行動しようにも服を着なければ始まらない、あのいつも着ている女王様ルックはどこにあるのだろう?


「おやヤミージョ様、お目覚めですかな?」


 背後から声を掛けられて俺は身体をビクッと震わせる。

 恐る恐る振り向くとそこには人の背丈の半分ほどの半透明でくすんだ黄色のゼリーの塊があった、というか居た。


「……誰?」


 こいつは誰だっけ? そもそもこんな登場キャラクター、ヒカリオンに居たっけ?


「おやおや、これはいけませんね、戦闘のダメージで記憶の混乱が見られるようで……私ですよ、ダークマターの闇の主治医【ドクター・ダークイエロー】ですよ」


 そう名乗った汚い色のゼリー? スライムはぶよぶよと揺れている。

 成程、劇中では描かれていないが秘密結社ダークマターにはこいつの様な異形の医者がいるんだな、永田監督のアイデアなんだろうか。

 もしかしたらこれからの話しに登場するかもしれないな、でもこの半透明の身体を再現するには着ぐるみでは難しそうだ、やっぱりCGで表現するのが自然かな。

 いやそうじゃない、今はそんなことはどうでもいい……どうも俺は特撮の事となるとすぐに思考が脱線してしまうな、気を付けなければ。

 

「検査をします、楽にしていてくださいね」


「えっ?」


 ドクター・ダークイエローがそう言うとスライム状の身体を弾けるように広げ、俺を丸ごと包み込んでしまった。


「ゴボゴボ……ウムムム……!!」


 息が苦しい!! 溺れる!! まさかこいつ、俺を食うつもりじゃないだろうな?


「息を止めようとしないで、私を受け入れてください……その中でも呼吸が出来ます、ゆっくり息を吸い込んでみてください」


 混乱している俺はドクター・イエローの声が耳に入ってこない。

 その内息が持たず、成り行きで呼吸をする……すると口からスライムが入り込んできたが普通に呼吸が出来るではないか……一体どうなっているんだ?


「体の中と外、同時に検査しますからね、口を開けて身体の力を抜いてください」


 コクンと頷くとそれを合図に口から入っていた液体が流動を始める。

 どうやらこうやって体内の異常が無いか診ているのだろうか。


「んんっ!?」


 俺を包み込んでいるスライム全てが蠢き始めた、ゾクゾクとした寒気に似た嫌悪感が全身を駆け巡る。


「同時に身体全体を検査します、少し辛いかもしれませんが我慢してください」


 ちょっと待って!! まだ心の準備が!! あっ、ああああーーーーーっ!!




「はい、全ての検査が終わりました、お疲れ様ですヤミージョ様……身体に異常は無いようですね」


「……ううっ」


 スライムから解放された俺はベッドにうつ伏せに突っ伏し、目じりに涙を浮かべていた。

 きっと涎も垂らし情けない表情を晒しているはずだ。

 これは医療行為、特に他意は無い……気にしたら負けだ。

 それはそうとこのまま全裸でいる訳にもいくまい、曲がりなりにも今の俺は女なのだ。

 取り合えず近くにあった白いバスタオルを身体に巻いた。


「記憶障害も一時的なものだと思われます、時間が経てば元に戻るでしょう」


 ドクターはこう言うがそれは無理な相談だ、なにせ中身が別人になっているのだからな、思い出すも何もない。

 しかし周りから記憶障害だと思われているのは逆に好都合だ。

 

「ドクター、私はどうやってこの基地まで帰ってきたのだ? 生憎全くと言って記憶に無いのだが……」


 そう、こうやって記憶喪失を口実に情報を収集出来るのだから。


「タソガレ様があなた様をここまで運んだのです、あなた様は気絶してらしたから大層驚いたものです、まさかあのヤミージョ様がここまでヒカリオンに追い詰められるとはと……」


 そうか、あのヒカリオンの必殺攻撃の後、タソガレに助けられた所までは覚えていたんだけど。

 しかしあのタソガレと言う剣士は劇中通り相当の実力者だな、まさかあの強力なビームを剣で防いでしまうのだから。

 実は撮影ではまだタソガレは本当の実力を見せていなかったのだ、それこそ今日の撮影は初めてヒカリオンと本格的な戦闘をしてその実力をお披露目するという話だったのだ。

 タソガレには命を助けられたわけだから、後で礼を言わなければ。

 だがその前に服だ、服を何とかしたい。


「それでドクター、私の服はどうした?」


「はい、とても汚れておりましたのでクリーニングに出しております」


 クリーニングだって? 何とも間抜けな話だな、そんなので足が着いたらどうするんだ、ていうかあんな怪しげな衣装、よくもクリーニングに出そうと思ったものだ。


「では代わりは?」


「あっ、申し訳ありません、持ってきておりません……ダークマンに持ってこさせます」


「いや良い、このまま歩いて部屋に戻る……部屋の場所だけ教えてはくれぬか?」


 勿論別の誰かに衣装を持ってこさせる方が遥かに楽だが、俺はこの基地の間取りが分からない、当然自分の部屋であるところのヤミージョの部屋も……こうやって切り返せば怪しまれずにヤミージョの部屋が分かると言うものだ。

 我ながら上手いやり方だと思う。


「おい、誰かいるかい?」


「へい!!」


 下っ端戦闘員のダークマンが一人、蟹股で揉み手をしながらやって来た。

 ダークマンってこんなに俗っぽかったっけ?


「ヤミージョ様をお部屋まで案内して」


「へい!! 畏まりやした!! ヤミージョ様こちらへどうぞ!!」


 変に気風のいいダークマンに先導され俺は基地の廊下を歩く。

 しかし廊下は薄暗く不気味な雰囲気が漂っている、なにせ証明が赤いランプなのだ、夜中にトイレに行くために一人では絶対に歩きたくない。


「しかしヤミージョ様、今日は災難でやんしたね……まさか戦闘中に岩場で落盤事故が起こるなんて」


「あっ、ああ……そうだな」


 それにしても馴れ馴れしい奴だな。

 あまり話しかけて欲しくは無いのに、ボロが出ては大変だ。


「ホント、申し訳ありやせん、ヤミージョ様がピンチの時に駆け付けられなくて」


「もういい済んだことだ、あの状況では仕方がない」


 ダークマンが立ち止まり俺の顔をじっと見ている。

 彼らは全員顔全体を覆う黒いマスクをしていて目鼻口がどこにあるか分からない。

 それでも俺は目の前のこいつが困惑していると感じたのだ。


「どうした?」


「いえね? てっきり何故早く助けに来なかったんだと言うと思ってたもんで……」


 しまった、会話につい素の自分が出てしまった……彼が言うようにヤミージョなら理不尽な上に高圧的な物言いをするはずだ。

 今ので何か不信感を与えてはいないだろうか……。


「いつもの高飛車なヤミージョ様もいいでやんすが、今日のヤミージョ様も素敵でやんすよ」


「なっなっ……」


 何言ってんのコイツ? そういうセリフはイケメンにのみ許されるのであってお前みたいなモブ戦闘員が言っていいセリフじゃないよ?

 不覚にも胸がキュンとしてしまった……女の身体であるが故、男の言動についなびきそうになってしまう。

 しかし俺がこんな状態なのを悟られてはいけない、なるべく平静を装わなければ。


「あれは……」


 廊下の前方、壁に寄り掛かる様に誰かが立っている。


「おや、あれはタソガレ様でやんすね」


『………』


 タソガレは俺たちが近付くと壁に寄り掛かるのを止め、こちらに近付いてくる。


『ヤミージョ、身体の方はもういいのか?』


 感情の籠っていない機械的な声。


「ええ、お陰様で……」


 俺の手が震えている? きっと彼のその圧倒的な存在感と威圧感に身体が委縮しているんだ。

 俺の様な戦闘のプロでなくても彼が強いという事がひしひしと伝わって来る。

 そうだ、礼を言わなければ、医務室を出る前からそう決めていたじゃないか。


「あの……さっきは助けてくれてありがとう……ございます……」


『………』


 タソガレはじっと俺の顔を見る。

 しまった、またやってしまった……ヤミージョ様がこんな丁寧語を使う訳が無い。

 そもそも撮影中なら台本があるから台詞を言えるわけで、こんな全てがアドリブの状態で役を演じるなんて俺に出来る訳が無いじゃないか。

 これは疑われる……もしかしたらあの大剣でいきなりバッサリとかあり得るかもしれない。

 案の定タソガレは自らの肩に手を回した、その先には大剣の持ち手がある。

 嗚呼、なんだかよく分からないうちに俺の生涯は終わってしまうのか。

 一度でいいからヒーロー物の主役をやってみたかった。

 俺が目を瞑り覚悟を決めていると、肩に何かが掛けられた感触がした。


「えっ?」


 俺が恐る恐る目を開けてそれを確認すると、俺の肩には漆黒のマントが掛けられているではないか。

 

『女がそんなはしたない恰好で廊下を歩くな……目のやり場に困る……』


 タソガレは俺から目を逸らしながらそう言った。

 何だこの状況……またしても俺の心臓は早鐘を打つ。

 そう言えば俺、バスタオルを羽織っただけの恰好でここまで来たしまったんだった。

 途端に俺の顔は燃えるように熱くなり急に恥ずかしくなったのだ。

 まだ男だった時の感覚が抜けていない様だ、これからは女の恥じらいも覚えていかなければな……ってそんな必要があるか? 

 しかしこんなに頻繁にときめいていては俺の身体が持たない、このヤミージョの身体、いくら何でも惚れっぽ過ぎないか?

 もしかしてヤミージョが常に高圧的でキツイ性格なのはこの惚れっぽさを隠すためにやっていたのか? そう勘ぐりざるを得ない。

 そしてタソガレはいつの間にかここからいなくなっていた。




「着きやした、ここがやミージョ様の部屋です!!」


「案内ご苦労、帰ってよいぞ」


「へい!! また何かありやしたらいつでもお呼びください!!」


「お前、番号は?」

 

 ダークマンは名前でなく番号で呼ばれている、俺は設定としてこの事を知っていた。


「3号です!! 以後お見知りおきを!!」


 そう言うと3号は敬礼をして走って去っていった。

 何だか騒々しいダークマンだったな。


「ふぅ……」


 溜息を吐いた後、俺はベッドに顔から倒れ込む。

 毛布からは女性特有の甘い香りがし俺の鼻孔をくすぐる。


「はぁーーーいい匂い……」


 でもよく考えたらこの匂いは俺のなんだよな、なんだか複雑な気持ちだ。

 ごろんと仰向けになって天井を見る。

 天井には今どき見ない形のアンティーク調の豪華なシャンデリアが下がっており、内装は壁もカーペットも全てが紫や黒を基調としたもので埋め尽くされている。

 何だか気分が悪くなったきた、はっきり言って俺の趣味じゃない。

 おっと、こうしてはいられない、服を着なければ……それが終わったら一度外へと出かけて街の様子を探りたい。

 実際の世界とこの世界がどこまで違っているか確認するのだ。

 早速だが俺は部屋を物色しようと思う。

 勝手に人の、ましてや女性の物を漁るのは気が引けるが、今はこの部屋の主は俺だ……何ら問題は無い。

 紫色の戸棚の引き出しを引っ張り出すと早速ビンゴ、綺麗に整頓されたパンティーとブラジャーに遭遇する。

 いつもはショッピングモールなどで遠巻きにしか見れない女性用下着をこうも堂々と拝めるとは……案外この状況も捨てたものでは無いのかもしれない。

 しかし色はどれもこれも紫色と黒ばかり、おまけにこれで大事な所を隠せているのかって程布地が少ないエロ下着のオンパレード……ていうかこれって縁取りだけ? 網? 紐? そんな下着も出て来た。

 さすがにこれには男の俺も引いてしまった。

 どういう趣味なんだヤミージョ様。

 

 だけどここには下着だけなのか? 肝心の普段着や戦闘服が無いじゃないか。

 ふと壁に目を移すと不自然な位置に両開きの扉があるのに気づく。

 ここは何だろう? そう思いながら扉を開くと中には夥しい数の洋服がずらりと部屋の両脇にぶら下がっていた。

 ここは所謂ウォークインクローゼットというやつだな。

 しかしやはり洋服は全て黒と紫ばかり……よっぽど黒と紫が好きなんだな。

 しかもフリルやレースがてんこ盛りのゴスロリ衣装ばかりだ、こんなの普段の道端で着て歩いている女子に会った事無いぞ。

 取り合えず今はこの手の衣装に興味は無い、まずはあのハイレグ女王様然とした戦闘服を探さなければ。

 そういえば新田さんがあの衣装は高額で一着しかないと言っていた様な気が……という事はクリーニングから衣装が戻って来るまでこの中のどれかを着なきゃいけないって事か?


 トントントン……。


 あれから一時間、俺が服選びに悪戦苦闘しているとドアをノックする音が聞こえた。


「はい、どなた?」


「ヤミージョ様、3号です!!」


「何か用?」


「へい!! ダークマスター様がお呼びです!! 今すぐ玉座の間まで来て欲しいとの事です!!」


「ダークマスター様が?」


 ダークマスターは秘密結社ダークマターの総帥だ。

 誰も姿を見たことが無く、常に玉座の間にある蝙蝠のレリーフから部下たちに指令を下す謎多き人物だ。

 参ったな、まだどのよう服を着るか決めかねているというのに。

 しかしあまり待たせてダークマスターの機嫌を損ねては大変だ、俺は取り合えず手近に散らかっているものでコーディネートして俺は3号の案内で玉座の間を目指すのだった。

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