第3話 敵は正義のヒーロー?
「ううっ……かはっ……」
真っ暗な中、背中を強烈に地面に打ち付けた俺は一時的に呼吸困難を起こす。
仰向けに倒れたまま身動きが取れない……突然の地震による落盤事故、俺は相当な高さから落下したようだ。
下手をしたら命を落としていたかもしれない、これも落ちていく俺を佐次さんが庇ってくれたから衝撃が和らいだのだと思う。
佐次さんには感謝してもし足りない、彼は無事だろうか。
「くっ……」
上体を起こそうにも背中の痛みが邪魔をして動けない。
仕方ないので首だけで辺りを見回してみたが、辺りは真っ暗でよく見えない、それどころか人の気配がしない。
真上を見上げると遠くに穴が開いており、そこだけは眩しい程光が差し込んでいる。
恐らくあれが俺たちが落下してきた穴だろう。
さすがに今の傷ついた身体であそこまで登るのは無理だ、仮に身体のコンディションが良かったとしても何の装備も道具も無しに崩れやすい岩場を登るのは不可能に等しい。
ここは横穴を探した方がいいだろう、そんなものがあるかどうかは分からないけど。
俺は何とか身体を捻り、うつ伏せになってから徐に起き上がる。
少し休んだからかほんの少しだけ背中の痛みが和らいだ。これならどうにか歩く事が出来そうだ。
僅かだが暗闇に目が慣れてきた、取り合えず壁面に手を当てて一方向へ移動を開始しした。
「うん? これはもしや……」
微かに空気の流れを感じる、これはどこかに空気の通り道があるという事……俺はその空気の揺らぎの元を目指して歩き出した。
「あった……」
暫く歩くと前方の壁面に覗き穴程度の穴が開いており、そこから一条の光が差し込んでいる。
一か八かその穴に手を突っ込んでみる事にした。
「くそっ……」
穴に拳を差し込みグリグリとねじ込む、しかし穴の周りの岩は全く動かずただ手を痛めただけだった。
「あっ、そうだ」
腰の左側にぶら下がったヤミージョの象徴的武器である乗馬用の鞭があったのを思い出す。
劇中ではこれを振りかざして目にも止まらぬ斬撃を操りヒカリオン達を蹴散らしていたのだ。
取り合えず手に取ってみる……が所詮は見た目ばかりの作り物だ、こんなので岩を叩いたところでどうにかなるとは到底思えない。
何でどうにかなると思ったのだろう? きっと精神的に追い詰められて正常な判断が出来なくなっているのだな。
「ちぇっ……」
俺は半ば八つ当たり気味に鞭を岩に叩きつけた。
ドゴーーーーン!! パラパラパラ……。
「はい!?」
なんと目の前の岩が轟音を上げ消し飛んだではないか。
一体何がどうなった? 茫然とする俺。
しかし理由はどうあれ岩石が取り除かれ目前には大穴が開いている。
この際理由なんてどうでもいい、とにかくここを出なくては。
眩しい光に満たされた穴を通り抜けるとそこは平たんな岩場だった。
周囲を見回すがどうやら完全に外の様だ、上には晴れ渡った空がある。
こんな当たり前の事に安堵して急に腰が抜けるようにその場にへたり込む。
「はぁ……何とか生きてる……」
新鮮な空気を何度も深呼吸して肺に取り込む。
少し落ち着いたので考えを巡らせてみよう。
あの地震の落盤で先程までいた地下に落下したのは俺だけではないはず、ヒカリオン役の英徳さん達、タソガレ役の佐次さんは確実に巻き込まれたはずだ。
あっ、永田監督と撮影班の人たちもそうだな、少なくとも十数人が事故に遭ったはず。
暗闇な上に自分が脱出するのに手一杯だったから分からなかったがもしかしたら俺と同じ場所に誰かが倒れていたかもしれない。
しかし今俺がそこへ戻るのは正直得策ではない、何事も無く通ってきたが落盤などが起こっても不思議ではなかったのだ、再び俺が中に舞い戻って二次災害に遭っては元も子もない。
まずは一度助けを呼びにここを離れるしかない、ロケバスへ行けばスタッフの誰かが避難しているかもしれないし、もしかしたらみんなも既にそこに逃げているかもしれない。
そうと決まればここに留まってはいられない、取り合えずバスへ移動しよう。
俺は背中に響かない様にゆっくりと歩き出す、すると俺の目の前に見覚えのある人影が現れた。
「麻実ちゃん!! 葵ちゃん!! 無事だったんだね!!」
ヒカリピンクとヒカリグリーンがそれぞれ変身前に着ている衣装を身に纏った二人が脇の茂みから出て来た。
「あれ? どうしたのそんなに険しい顔をして……?」
何故か女の子二人は俺を睨みつけている、明らかに様子がおかしい。
「馴れ馴れしいわねヤミージョ、あなたと私たちはいつからお友達になったのかしら?」
「待たれよ麻実殿、これは某どもを油断させるための芝居に相違ない」
何故二人はこんな状況で芝居をしているんだ?
もしかしてどこかでカメラが回っていて撮影しているのか?
いや、撮影前に俺が見た台本にはこんなシーンは無いし彼女らにこんなセリフは無かったはずだ。
混乱した思考を巡らせていると、二人は両足を肩幅に開いて立ち、左手首に着けているブレスレット状の変身アイテム、ヒカリチェンジャーに右手を添えた。
あれは変身ポーズ? ちょっと待った、やっぱり撮影中なのか?
それなら俺もそれらしく振舞わなければ。
「「ヒカリチェンジ!!」」
右手でヒカリチェンジャーのスイッチを押す。
当たり前だがあれで本当に変身できる訳ではない、通常はここで一旦カメラを止めて編集スタジオでCGなどの特殊効果で加工して変身後のスーツアクターが演じている別のカットと繋ぐのだ。
ここで重要なのが立ち位置だ、変身前の役者と変身後の役者の立つ位置はぴったり合っていないと格好が悪い。
撮影前に予めその場所に目立たない様に印をつけてありそこに立つのだ。
もちろんカメラもその場に固定して撮影しなければならない。
話しの展開上稀に走りながらや高所から落下しながらなど動きながら変身するシーンがあるが、当然難易度は高く、そこを上手く見せるのは編集の腕の見せ所なのだ。
という事はここで一旦カットが掛かるはず……それにしても監督も人が悪い、なにもこんな状態の中でカメラを回す事は無いのに。
そう思っていたが目の前で起こった事に俺は開いた口が塞がらなくなった。
二人の身体が眩い光に包まれたかと思うと、なんとヒカリオンの戦闘スーツ姿に変身してしまったではないか。
「馬鹿な……どうなっているの?」
俺も職業病なのか女言葉で心情を吐露してしまった。
ってあれ? さっきは気付かなかったけど何だか心なしか俺の声が高いような気がする……別に裏声を使ったつもりは無いのだが。
「さあ、覚悟しなさい!!」
「今日こそ決着を着けようぞ!!」
ヒカリピンクが拳銃状の武器ヒカリバスターを構え、ヒカリグリーンが剣状の武器ヒカリスラッシュを抜く。
そんな、俺は夢でも見ているのか? 本当に変身できる訳がない。
考えられるとしたら身体が光り輝いた瞬間にアクターの芳乃と日比野さんとすり替わったとか?
いや、そんなことはあり得ない、大体どうやって身体を輝かすっていうんだ?
そうなると導き出される答えはただ一つ……二人は本当に変身しているとしか考えられない。
「食らいなさい!!」
ヒカリバスターから弾丸が発射された、俺はすかさず近くにあった大木に身体を隠す。
弾丸はいとも容易く大木を貫通し俺の頬を掠める……頬から赤いものが伝い胸元に落ちた。
やはりこれは本物だ、変身が本当なら武器も本当に殺傷能力があるかもしれないと予測したのだが的中してしまった。
いやな予感がして木に隠れたはいいがそれでは防げなかったのだ。
「隠れても無駄だ!!」
俺は咄嗟に大木から飛び退く。
グリーンがヒカリスラッシュを振り下ろすと、俺が先ほどまで身体を隠していた大木をまるで大根を切るかのようにいとも簡単に両断してしまった。
冗談じゃない、こんなのとまともに相手してられるか、このままでは本当に殺されてしまう。
こうなっては背中が痛いだのなんだの言っていられない、三十六計逃げるに如かずだ、俺は身体と心に鞭を打ち走り出した。
二人はまさか俺が全速で逃げるとは思っていなかったようで、何とか巻く事が出来た。
「はぁ……はぁ……どうなっているんだ一体?」
こんな馬鹿な事があるか、これじゃあまるで本当に正義のヒーローと悪の組織が実在して実際に戦っているみたいじゃないか。
それも特撮番組の設定のままなんて悪い夢でも見ている様だ。
いや、悪夢でもいっそ夢ならそれで良かった……しかし実際に起こっていることなのだ、ほっぺたを抓るまでも無く背中と頬の痛みが夢でないことを雄弁に物語っている。
だけどこれからどうする? この分ではロケバスに行ってもどうにもならないのではないか? 最悪ロケバスなんてものは存在していない可能性さえある。
「見つけたぞヤミージョ!!」
声のした方向を見るとそこにはヒカリレッド、ヒカリブルー、ヒカリイエローの三人が並んで立っていた。
こういうところも特撮通り、カメラ映えする位置にバランスよく立っている。
ここで一つ疑問が湧いた、変身前と変身後を別々の役者が演じているのは先ほど述べたが、この三人は誰が変身しているんだろう?
既に変身状態で現れたのでその辺がどうなっているのかが分からない、声の様子からどうやらピンク、グリーン同様変身前の役者が変身している様だが。
「レッド、どうやらヤミージョは仲間とはぐれて一人の様だ……あの女を倒すなら今が千載一遇のチャンス、これを逃す手は無い」
ブルーが物騒な事を言い出す。
いや、この状態ならそういう発想になるだろうな、俺があんたの立場ならそうする。
劇中のヤミージョは常に大勢の戦闘員ダークマンに囲まれており、危うくなったらダークマンを犠牲にして逃げてしまう卑怯極まりない性格をしている。
ヒカリオンもその卑劣な作戦に幾度となく追い詰められ怒り心頭だろうからな。
「よくも今まで俺の尻を鞭で叩いてくれたな!!」
イエローが拳を振り回し憤っている。
そう、これも劇中の展開で、イエローはよくヤミージョにハイヒールのブーツで踏みつけられたり鞭でシバかれたりしていたのだ、これもお約束の一つとしてファンからは好評だったのだ。
「レッド、お待たせ!!」
「ヤミージョ!! 年貢の納め時でござる!!」
ピンクとグリーンも合流してしまったか、いよいよまずい事になったな。
五人そろったという事はアレが来る。
「よし、みんな!! グリッターフォーメーション!!」
「「「「おう!!」」」」
レッドの掛け声に呼応して他の四人が各々の専用武器を取り出す……レッドのロングソード、ブルーのライフル、イエローのハンマー、ピンクのピストル、グリーンのミドルソード、それらを合体させ一つの大型の武器を作り出した。
それは大きな大砲であった。
五人でそれを担ぐように構え、砲口を俺に定めている。
これはダークマターの怪人たちに止めを刺すときの必殺武器グリッターキャノンだ。
その威力はすさまじく、放たれた五色のビームを受けたものは跡形もなく消し飛ぶのであった。
視聴者目線で見れば最高にスカっとする瞬間だが、食らうものからしたら堪ったものではない。
おっと、こんな事を考えている暇があったら逃げないと、俺はなりふり構わず走り出した。
「照準セット!!」
おいおい!! 背中を見せている者を背後から打ち抜こうとはこれがヒーローのやる事かよ!! 幻滅だわ!! だが言っても始まらない、ヤミージョはそうされても仕方ない程の悪行を重ねてきたのだから……しかしそれは特撮の世界の作り話であって、断じて俺自身がやりたくてやった事ではない!!
俺が殺されるのはおかしいだろう!?
「ファイアーーー!!」
本当にぶっぱなしやがった!! 背後から迫るビーム。
嗚呼……俺もここまでか……。
走馬灯が見え始めそうだったその時、俺とビームの間に飛び込む影があった。
「タソガレ!?」
何と暗黒騎士タソガレが自慢の大剣でビームを遮り、ついには薙ぎ払ってしまったのだ。
『大丈夫か……ヤミージョ?』
エフェクターを通したような機械的な声……中の人は佐次さんなのか? それとも……?
生命の危機から救われたことで安心したのか俺の身体から力が抜けていく……。
直後、タソガレに抱き留められたようだがそこから俺の意識は深い深い闇の中へと落ちていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます