第2話 例の採石場で


 俺たちはロケバスに乗って午後からの撮影場所である街の郊外の旧採石場へと向かっている。


 この旧採石場は特撮ファンの中ではとても有名な場所で、俺たちが今撮影しているヒカリオンに限らず様々な作品に何度も登場しているロケ地で、【例の採石場】と言えばここと言わしめる程の場所なのである。


「ヤミージョ様、一緒に写真撮っていいですか?」


「某も是非!!」


「し、仕方ないわね、よろしくってよ」


 麻実ちゃんと葵ちゃんにせがまれ俺は彼女たちと写真を取ることになった。

 SNSには特撮の役者によるキャストの写真がアップされていることがあるので特には問題ないだろう。

 俺の両脇に彼女たちが座る、二人の髪が靡いた時、ふわっとフローラルの良い香りが鼻孔をくすぐった。


「俺が撮ってあげるよ」


「すみません、お願いします」


 恐れ多くも前の席に座っている英徳さんがカメラマンを買って出てくれた。

 麻実ちゃんからスマホを受け取り、座席の背もたれに固定してこちらを覗き込む。


「はい、撮りますよーーー!! 1+1は!?」


「にっ!!」


 カシャッ……。


 国民的美少女二人に挟まれて俺は満面の笑みを浮かべる。

 斜め前の座席の岩城さんと青葉さんからの羨望と嫉妬の視線が痛い。

 岩城さんに至ってはスナック菓子の袋を乱暴に開きやけ食いを始めた。

 あなたさっき昼めし食ったばっかりでしょうが。

 それはそうとまさかこんな幸運に恵まれるとは思ってもみなかったな。

 こればかりは女役とヤミージョ役に感謝せざるを得まい。

 すんなりと二人とお近づきになれたのだからな。

 日比野さんはにんまりといやらしい笑みを浮かべこちらを見ている。

 あの人の考えていることは何となく分かる、これを機に俺が特撮女形専門にならないだろうかと思っているはずだ。

 そうはいくか、いくら女役で美味しい思いをしようとも俺の最終目標はあくまで戦隊ものならレッド、若しくはヒーロー物の主役なのだから。

 



 バスの発車から一時間ほど経った頃。

 車内は静まり返っている、何故ならみんな眠っていたからだ。

 最初の内はワイワイと大騒ぎだったが、次第に大人しくなり、一人、また一人と眠りに就いていったのだった。

 俺はと言うと、眠った麻実ちゃんと葵ちゃんに挟まれていた。

 両側から俺の肩に二人して寄り掛かっているものだから下手に身動きできない。

 くそっ、これでは生殺しだ。

 ただこの静寂の中、轟音が響く……岩城さんだ。

 

「グオゴガガガガガ……」


 何とも言語化し難い怪獣のうめき声のような爆音を立てている。

 他の人らはよくこのうるさい中で眠れるものだ。

 そんな中、俺の席の通路を挟んで横の席、佐次さんだけは起きており相変わらず一人だけで座って文庫本を読んでいた。

 俺は車の中で読書をすると確実に車酔いするから真似できないな。

 耳にはしっかりヘッドホンがされており岩城さんのいびき対策も完璧だ。

 

 佐次さんの姿を見ながら思う、この人はこんなに個人主義なのに何故スーツアクターと言う職業を選んだのだろう。

 どちらかと言えばイケメンに分類される顔立ちだが、少々目つきが悪いので本人にその気が無くても睨んでいるように思われるらしく、以前別の現場で難癖を付けてきた相手と揉め事になった事があると岩城さん達から聞いた事がある。

 製造業や接客のない裏方などの仕事の方が向いているのではないのかな。

 いや、それは余計なお世話と言うものだな、詮索なんて野暮な事は止めよう。

 俺がヒーローに憧れてこの仕事に着いているように誰だって胸に秘めた想いがあるのだから。


 そんな事を考えているうちにロケバスが停車した。


「さあみんな起きて!! 現場に着いたよ!!」


 永田監督の大きな声でみんなが目を覚ます。


「ふあ~~~っ、良く寝た……」


 いびきを掻いていた岩城さんが大きく伸びをした。

 あれだけ気持ちよさそうにいびきを掻いていればそりゃあよく眠れたでしょうよ、こっちはドキドキし過ぎてそれどころじゃなかったというのに。


「あっ!! ごめんなさいヤミージョ様!! 私、寄り掛かって眠ってしまったみたいで!!」


 麻実ちゃんが驚いた顔で口元を手で隠している。


「これはご無礼を!! 何たる狼藉……某、切腹ものでござるな!!」


 葵ちゃんも頭を下げる。


「いやいや、そんなに謝らないで……じゃなかった、今回は許してやるが次やったらその大きな尻を鞭で叩いてやろう!! 覚悟せよ!!」


「「いや~~~~ん!! ヤミージョ様!!」」


 上気した顔で二人抱き合って奇声を上げる。

 劇中同様にヤミージョを演じた方が受けが良いと思ってやったのだが何なのだろうこのやり取り、物凄く疲れる。

 取り合えず俺はバスを降りることにした。


「よし現場のセッティングを急げ!! 日が暮れる前に取り終えるぞ!!」


 永田監督の号令で一気に場の空気が切り替わる、スタッフたちがきびきびと動き回り準備を始めた……やはり監督と言うのは凄いんだと再認識する。

 ヒカリオン役の五人は美術班に呼び出されて行ってしまった、麻実ちゃん葵ちゃんは演技指導の為ここには居ない、俺だけ特にやることが無いので手持無沙汰になってしまった。

 なので俺も五人の方へ合流することにした。


「火薬を付けるからここに立ってて」


 火薬担当、ベテランの新田さんがヒカリオンたちの胸にスーツと同色のテープ状のものを張り付けていく。

 あれには微量の火薬が仕込まれており、敵の攻撃が中ったタイミングで着火させ火花を飛ばし演技に迫力を出すのだ。

 これにはスイッチを演者自身が持って攻撃が中ったタイミングを見計らって任意に爆発させる方法と、火薬担当者がリモコンを使って爆発させる方法の二種類に大別される。

 ヒーロー物、特に戦隊物のヒーローに多い身体を包むぴっちりとしたレオタード的な素材はオペコットと言い、見た目に寄らず燃えずらい。

 だから火薬を取り付けて爆発させても燃え広がったりしないのだ。

 ただ、熱はしっかりと感じるのでそれなりに熱い。

 余談だがこのオペコットには欠点があり、新たに染色したり着色したりできない。

 だからデザイン上別のカラーを乗せたい場合はその色の素材を張り付けたり縫い付けたりしなければならないのである。

 以上、特撮豆知識でした。

 

「今は殆どCGでやるんだが、永田監督は火薬にこだわるんだ、どんなにCG技術が上がってもやっぱり本物の火花の方が自然だからな……まあ街中での爆発なんかは規制上色々あるんでCGを使うしかないんだがね」


 深い皺が刻まれた顔で苦笑いをする新田さん。


「まあお前さんのヤミージョの衣装は高価だから火薬は付けられない、何せそれ、200万以上製作費が掛かってるからな」


「200万!?」


「そうだ、一般的にスーツにはアップと立ち姿を撮る時の撮影用と、実際にアクションを演じる時のアクション用があるんだが、そのヤミージョのスーツだけはそれが一張羅だ、理由は今言った通り高価だから二着作れなかったんだよ」


 いま新田さんが言った通りスーツには二種類ある。

 撮影用はアップにも耐えられるように素材と造形がしっかりしている、その代わりデザインによってはマスクの覗き穴が小さく殆ど周りが見えないものや、行動が制限されて動きづらいものがあるのだ。

 打って変わってアクション用は固いはずの肩当や胸当てが軟質の素材に置き換わっていて動きやすい、マスクも撮影用に比べれば覗き穴が大きいのだが、かといって視界良好とは言い難い。

 まだ戦隊物のヘルメットはゴーグル状のデザインが多いだけマシな方ではある。

 以上、特撮豆知識その二でした。 


 しかし驚いたな俺も初耳だった、この衣装が二百万もするとは……何だか急に立ち居振る舞いに気を付けなければならない気がし始めたぞ。

 ていうか永田監督、力の入れる所と金を掛ける所がおかしいだろう?


「まあそう気負いなさんな、演技で壊れてしまうのはしょうがない事だ、そん時は美術の連中が何とかするからよ」


「はぁ」


 知っておくべきだったのか知らなかった方が良かったのか、複雑な心境だ。


「はい、マスクを被せるよ、動かないでね」


「はい……」


 すぐ横では佐次さんが暗黒騎士タソガレに変身中だった。

 マスクは西洋の騎士のような形をしている、顔の部分と頭を覆うヘルメットの部分と分かれており、前後のパーツで頭を包んでからピンで留めて固定する構造だ。

 無口な佐次さんからたまたま聞いていたのだが、この構造のせいで自分一人ではマスクの着脱が出来ないらしい。

 タソガレのデザインは中世ヨーロッパの騎士のように全身を鎧に包まれた姿だ。

 黒光りする兜と甲冑が威厳と禍々しさを体現している。

 いくつにも分割された鎧を数人がかりで佐次さんに取り着けていき、程なくして暗黒騎士が出来上がった。

 これも佐次さんから聞いていたがこのスーツの総重量は30キログラムを超えるそうだ。

 小柄な俺が着たらきっと歩くのだって大変だろう。


「石切り場のセッティング完了しました!!」


「はい、ご苦労さん!! じゃあアクターさんは現場に移動して!!」


 監督の指示で俺を含めたアクターのみんなは石切り場へと移動する。

 これから始まる撮影は石を切り出した際の不規則な岩場の高低差を使ったアクション、高みから戦闘を見下ろす俺ことヤミージョと、下段の開けた岩場ではヒカリオン五人と暗黒騎士タソガレの大立ち回りが繰り広げられる。 

 それを引きの映像に納めるのが今回のロケの主な目的だ。


「うへぇ……俺、高い所が苦手なんだよね……」


 へっぴり腰で岩場をよじ登る俺。

 ヤミージョ様の恰好でこの有様では周りからはさぞ滑稽に見えるだろうな。


「何を言ってるの? そんなんじゃいつまで経っても主役なんて任せてもらえないわよ?」


 日比野さんの俺に対しての突っ込みにより、スタッフや他のアクターからからささやかな笑いが起こる。

 特撮を見ていれば分かると思うが、建物の屋上から飛び降りたり橋から川に飛び込んだりと高所の撮影は結構な頻度で出て来るのだ。

 だから高い所を怖がっている様ではスーツアクターは務まらない。

 くそーーー、今に見てろよ、高所恐怖症を克服して絶対に主役を掴めるようなスーツアクターになってみんなを見返してやる。

 何とか指定の撮影位置に立ち、撮影の合図があるまで待機。

 下のみんなは監督に指示でアクションのリハーサルを始めた。


「イチ、ニ、サン……」


 レッドこと英徳さんが数を数えながら歩いていく。


「はい、ここでレッドがタソガレの剣を剣で受け止める」


「OK」


 実際の動きよりゆっくりと二人は剣を交える。

 

「はい、次はブルーが切り掛かるもタソガレに剣を弾かれる」


「はい」


 これもスローモーションを見るようにゆっくりと剣を振るっている。

 要するに今は殺陣の段取りを確認しているのである。

 先ほど英徳さんが数を数えていたのは視界の悪いヘルメットのため目に頼らずアクションをするためにカウントすることで身体で移動距離を憶えているのである。

 これを何度か繰り返すのだ。

 しかしこの時が一番緊張する、俺自身が加わっていなくても見ているだけで汗が滲み出る。

 これが完璧に出来ていないと実際のスピードでアクションした時に失敗に繋がるからだ。

 頻繁にNGを出すようでは撮影時間が押してしまうからな。

 約30分後、納得がいったのかみんな撮影のスタート位置へと移動した。


「はい!! シーン56!! スタート!!」


 カチンと小気味良いカチンコの音が響き渡った。


「たあ!!」


「ハッ!!」


「フゥン!!」


 ヒカリオンたちとタソガレの戦いが始まった。

 ヒカリオンたちは刃渡り40センチメートルほどの剣を振るい、一方タソガレの方は幅30センチメートル、刃渡り80センチメートルの大剣を振り回していた。

 次々とタソガレに薙ぎ払われ吹き飛ばされるヒカリオン達、胸からは先ほど仕込んだ火薬が炸裂して火花が飛び散った。

 しかし本当に倒されている訳ではない、カメラの位置を計算に入れ、さも剣で攻撃したかのようにギリギリで剣を止めている、所謂寸止めと言うやつだ。 

 しかし気を付けていても本当に剣が中ってしまう事がある。

 だがよっぽどの事でもないと撮影は止まらない、アクターが我慢する事があるのだ。

 それは何故か……火薬のセッティングをやり直さなければならないのと、撮り直ししなければならないからだ。

 特に長回しの撮影の場合は単に時間の無駄と言うだけではない、色々な事が犠牲になってしまうからである。

 

「貴様らでは私の実力には到底及ばない……」


 タソガレの台詞は佐次さんが直接言っている。

 後日声優さんに吹き替えられるが、こうしておかないと台詞の尺がアクションと会わない事があるからだ。

 そして更にアテレコしやすいように顔や首、手の動きでタイミングを付けている。

 これはパントマイムの技術の応用だ、このようにスーツアクターはただ運動神経が良いだけでは務まらないのである。


「やるな……それなら俺も本気を出すぜ!!」


 立ち上がりながらの英徳さんのレッドの台詞。


「ほう、今のが本気ではないと? ならばその真の実力を私に見せてみろ!!」


 大剣を構える佐次さんのタソガレの台詞。

 吹き替えられるというのに二人ともしっかり感情を込めて演技をしている。

 スーツアクターも役者には変わりない、実際顔を出してモブ(群衆や野次馬)などを演じる事もあるのでそちらも疎かには出来ないのだ。


「「ハーーーーーッ!!」」


 二人の剣がぶつかったその時、突然地面が激しく揺れ出した。


「地震!?」


 振動はさらに激しさを増し、俺は立っていられなくなり岩場の上でぺたんとアヒル座りになってしまう。

 こんな時まで女を演じなくてもいいのに、これは明らかに撮影とは関係ない自然現象だ。

 

「これはまずいぞ!! 撮影中止!! みんな退避だ!!」


 永田監督の声が響き渡るが時すでに遅し、もう立って歩けないほど揺れが大きくなっている。


「わっ!! うわわっ!!」


 不安定な高所の岩場に居る俺はとうとうそこから振り落されてしまった。

 顔から落下する俺、このまま下の岩場に衝突してしまっては大怪我では済まないかもしれない。

 そんな……俺の人生こんなことで終わってしまうのか?

 嫌だ、まだ俺、夢を叶えていないぞ。

 迫りくる岩場、俺は恐怖のあまり目を瞑る。


「ひろみ!!」


 俺を呼ぶ声がして、身体の落下が止まった。

 目を開けると俺はタソガレに受け止められていた。


「佐次さん!?」


「無事か、ひろみ?」


「はい、ありがとうございます」


 俺は佐次さんのお陰で岩場への顔面衝突を免れたが揺れはまだ収まっていない。


 ビシィ……。


「今、何か音がしませんでしたか?」


「うむ……」


 次の瞬間、足場である岩場に亀裂が入り、それは一気に広がっていき底が抜けた。

 足元には粉々になった岩と暗黒の大穴が広がった。


「うっ、うわあああああああっ!!」


 その場にいたスーツアクター、スタッフが全てその大穴に飲み込まれていく。


 何てことだ……俺たちは一体どうなってしまうのか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る