正輔君大活躍

増田朋美

正輔君大活躍

正輔君大活躍

今日は十月も後半に入り、寒い日になった。10月というのに、こんなに寒くなるというのだから、驚きだ。その日杉ちゃんは、また針と糸を動かして、帯を縫っていた。帯というのは、まっすぐに縫えればいいので手縫いでもミシンでもつくれるのだった。それを杉ちゃんの大事なペットである、三本足のフェレット、正輔が眺めていた。

「杉ちゃんいる?一寸着物についてわからないことが在って聞きに来たのよ。」

と、やってきたのは、浜島咲だった。

「ああ、はまじさん?今手が離せないんだ。上がってきてくれる?」

と、杉ちゃんが言うと、咲は、じゃあ、そうさせてもらうわね、と言って、杉ちゃんの部屋に入ってくる。しかし、一人ではなかった。お邪魔しますと言って、もう一人の女性が、入ってきた。

「紹介するわね、うちのお箏教室に来ている、北尾明子さん。」

と、咲は、もう一人の女性を紹介した。杉ちゃんは、帯を縫う手を止めて、その北尾明子という女性を見る。なるほど、咲が紹介してくるだけあって、北尾明子はかなりの美女だ。何処かの女優さんでも、似ている人が居そうな気がするほどであった。もっとも、杉ちゃんという人は、そういう事で、興奮するとかそのようなことは一切ないので、いつもと変わらなかった。

「実はね、今日は着物のことについて、相談に来たのよ。」

と、咲は椅子に座りながら、そういうことを言い始めた。北尾明子さんも、杉ちゃんに促されて、隣の椅子に座る。

「実はね、彼女の着物の事なんだけど。着物の袖があまりにも長すぎるから、それを短くしてもらいたいの。」

「ちょっと見せてみな。」

と、杉ちゃんが言った。北尾さんは、カバンの中から、着物を一枚取り出した。赤い小振袖だ。小振袖とは、袖の長さが膝位まである着物のことを言う。

「で、これを、どうするっていうの?」

と、杉ちゃんがいうと、

「ええ、そでを短くしてもらいたいんですよ。もう結婚することになったんで、振袖のままでは着られないでしょ。」

北尾さんは、そういうことを言った。

「なるほど。だけど、この小振袖は、ユリの花を連続して入れてあるから袖を切ると、礼装ではなく小紋になっちゃうよ、それでもいい?」

と杉ちゃんが聞くと、

「かまいません。気軽な時に着れる着物になってくれたら、其れはそれでうれしいことですし。この着物と、一緒に暮らしていけるんだったら、其れはまたうれしいことではないですか。」

と、彼女は答えた。

「はあ、変わり者だなあ。小紋になっちゃうというと、格が落ちるから、嫌だという人が多いんだけどねえ。それを嫌がらないで、うれしいというんだからな。よほど、この着物に愛着があるのかな?」

杉ちゃんがそういうと、

「はい、これ、母が私にくれた着物なんです。それで、簡単に捨てようという気になれなくて、私もずっと着続けたいなと思っているんですよ。」

と、北尾さんは言った。

「わかったよ。じゃあ、二三日まってくれるか。そでの長さは、えーと、49センチが標準サイズだが、お前さんは背が高いから、50くらいあってもいいな。」

杉ちゃんは、にこやかに笑って、その着物を受け取った。

「えーと、とりあえず、この着物の袖を切ればいいわけね。まあ、でも特に汚れもなく、立派な小振袖だ。ちょっと袖の先が汚れているが、其れは切ってしまえば大丈夫だから。切れば振袖ではなく小紋になるけど、其れは気にしないでもいいと。」

「しかし、なんで袖の先が汚れているの?雨にでも濡れたのかしら?」

と咲が、北尾さんに言った。

「ああ、とても恥ずかしい話ですが、先日、ファストフードショップに、着物を着て立ち寄ったんですが、その時、コーヒーのカップを手が滑って落としてしまいました。それで拾おうとして、袖が床についてしまったんです。」

「はあなるほどね。そういう時は刺繍でもして、柄を変える事も可能だが、まあ切るということなら問題ないよ。よし、三日後にとりに来てくれや。」

杉ちゃんは、にこやかに笑った。すると、白いフェレットが、テーブルに置かれた小振袖のにおいをかぎ始めた。杉ちゃんが、急いで、正輔を急いでそこからどかすが、正輔は、又においをかぎに近寄ってくる。

「正輔君どうしたの?何か気になるにおいでもあるのかしら?コーヒーのにおいが好きなのかしら、フェレットちゃんは。」

と、咲が笑ってそういうことを言うと、

「そうみたいだね。」

杉ちゃんはからからと笑った。

「あの、仕立て屋さん、お袖直しは、いくらかかるんでしょうか?」

と、北尾さんがそういうことを言う。

「ああ、特に決めてないよ。材料費だけあればそれでいいので。」

と杉ちゃんが言うと、

「杉ちゃん、そんなことを言うんじゃ、商売人としてダメじゃない。ちゃんと値段を設定しなきゃ。」

咲は急いで杉ちゃんに言った。ああそうだっけと杉ちゃんは、頭をかじったが、もともと金銭がどうのこうのという話には全く無頓着な杉ちゃんなので、価格のことは思いつかなかった。

「じゃあ、こうしましょう。一万円でどうかしら?両袖分の材料費ということで。」

と咲が言うと、杉ちゃんはそうだねえといった。でも、杉ちゃんには領収書を書くことができないので、咲が代筆することにした。それでは、三日たったら、また来てくださいと杉ちゃんは、咲と北尾さんを、玄関先へ送り出した。

さて、その翌日。杉ちゃんが、その小振袖を切る作業に取り掛かり始めた。まず小振袖を裏返しにし、それにちゃこ鉛筆で印をつけて、その通りに、袖を切る。そして、袖を縫うのである。袖の丸みをつけるのが、非常に難しいのであるが、杉ちゃんは慣れた手つきで、袂袖の形を作った。袂袖とは、よくある着物の袖の形で、比較的丸みが少ない袖である。ちなみに振袖などによくある丸みの大きな袖は元禄袖と言って、若い人のみに許される袖の形だ。もう結婚するというのだから、元禄袖は卒業し、袂袖になるのであると考えながら、杉ちゃんは、袖を縫った。切った元禄袖の部分は、テーブルの上に置いておいたが、テーブルの上にいた正輔が、その袖の先のにおいをかぎ始める。

「おう正輔。何かにおいでもあるのかな?」

と、杉ちゃんは正輔に声をかけたが、フェレットに人間の言葉が話せるわけでもないので、正輔はずっと黙っていた。

杉ちゃんが、相変わらず、着物の袖を一心不乱に縫い続けていると、

「杉ちゃん、いる?やっと仕事が終わったよ。」

と蘭が、杉ちゃんの部屋に入ってきた。

「よかったな。秋になって一寸、龍を入れる仕事も入ってきたか。」

と、杉ちゃんは蘭に言った。

「杉ちゃんのほうが、今仕事しているのか。いまから買い物に行こうかと思ったのに。」

「おう、悪いんだけどよ、あと一時間待ってくれないか。もうちょっとで、この袖直し、完成なんだ。まあ、僕のうちはテレビがないからさ、新聞でも何でも読んでくれ。」

とはいっても、杉ちゃんの家は、新聞などないので、蘭は、仕方なくスマートフォンを出して、ニュースアプリを開いた。すると、ニュースアプリのトップに、富士市でまた殺人事件とい記事が出てきたのでびっくり仰天する。

「富士市、石坂のペットショップにて、店長の妻が何者かに刃物で殺害されているのが見つかりました。殺害されたのは、ペットショップ、ミニアニマルを経営していた、黒柳美奈子さんと判明しており、死亡推定時刻は、昨日の二時ごろと思われます。警察は、ペットショップによく行く客の中から、事情を知っているものがいないかどうか、調査をしています。」

と、蘭は、小さな声で声に出して読んだ。

「ペットショップなんて石坂にあっただろうか?」

と杉ちゃんが言うと、

「いや、最近よくあるじゃないか。店舗を持たない、オンライン専門でやり取りする店。」

と蘭は答えた。

「でも、動物をオンライン販売するなんてあり得るか?」

「まあ、こんな時代だからね。なんでもあるんじゃないの。人間以外のものであれば、なんでも道具にして販売できるのが今の時代だね。」

と蘭が、そういうことを言っていると、正輔が、又切った袖のにおいをかぎ始めた。

「どうしたのかなあ。フェレット君は。なんでそんなに一生懸命、においをかいでいるんだろう?」

と蘭は正輔を見つめた。その匂いの嗅ぎ方から、蘭はこういうことを思いついた。

「もしかして仲間のにおいじゃないのかなあ。」

「まさか、振袖の先っぽに、動物のにおいがつくとは。」

しかし、蘭が言っていることが一番近いようだった。フェレットは、においに対して、非常に敏感な動物であるからである。

「仲間何て、どこにいるんだろう。誰かフェレットをかっている人の家に、行ったのかなあ。あの、北尾明子とかいうひと。」

杉ちゃんがそういうと、

「そうだねえ、その線が一番近いんじゃないの。まあ最近は、着物も気軽に着る時代だからさ。それに、これは、比較的気軽に着れそうな着物じゃない。だから、気軽に着て友達の家にでも行ったんだよ。その時にその人が、フェレットを飼っていて、そのにおいがついたんだろう。」

と蘭がそういった。杉ちゃんは、よくわからないなと言いながら、針を抜いて、糸を玉結びし、糸切りはさみで、糸を切った。

すると、

「おーい、杉ちゃん。寒いから風呂を貸してくれ。」

と、華岡が、杉ちゃんの家に入ってきた。

「どうしたの、華岡さん。」

と、杉ちゃんが言うと、

「ああ、ちょっと風呂を貸してもらいたいんだ。もう寒くて、どうしようもないんだよ。俺のユニットバスではちっともあったかくなれないんだ。杉ちゃんの広い風呂に入らせてくれ。」

華岡はどんどん入ってきた。そして急いで風呂場に向かっていく。外はよっぽど寒かったのだろう。あー寒い寒いという声が、廊下に響き渡っている。

「あーあ、まったく。次々に人が入ってきて、いつまでも僕の用事はできないんだなあ。」

と蘭はつぶやいた。ちなみに、杉ちゃんたち障碍者の風呂というのは、誰かに手伝ってもらう必要があるので、広めに作ってあるのである。華岡は、それを狙っているのだろう。やがて風呂場から、炭坑節が聞こえてきた。全く華岡は音痴だなと思いながら、杉ちゃんも蘭も華岡が出てくるのを待った。

「おい、正輔君。においがそんなに気になるのかい?」

と、蘭が言うと正輔は、ちいちいとだけ返事をした。もし、人間の言葉を話すようであれば、何か重要なことをしゃべっているんだろうが。その間にも、華岡は、大きな声で歌いながら、風呂に入っている。

杉ちゃんが、ご飯のお皿を出して、蘭がもう眠くなってしまったなと考えていると、華岡が、あーあいい気持ちだったぜと言いながら、風呂から出てきた。

「あーあ、全く、いい気持だった。風呂はいいねえ。ほんといい気持ちになるよ。後は、おいしいカレーが楽しみだな。」

杉ちゃんが、はい、お待まちどうと言って、華岡の前にカレーを出した。華岡は、いただきまあすと言って、カレーにかぶりついた。

「全く、そんな風に、カレーにかぶりつくなんて、まるで犬みたいだなあ。まったく、すごい食欲だ。」

と、蘭がそういってしまうほど、華岡の食欲はよくあった。おいしそうにカレーをむしゃむしゃ食べる華岡は、確かにおいしそうに食べるのである。

「いやあ、杉ちゃんのカレーはうまいなあ。本当にうまいよ。杉ちゃんって、料理もうまいし、裁縫もできるし、なんでもできていいねえ。」

という杉ちゃんのなんでもできるは、実は収入に結び付かないのだと蘭は知っていた。でも、生きていく上では大事なことでもある。フェレットの正輔は、仲間のにおいよりカレーのにおいのほうが、気になるんだろか。華岡のところに三本足でよろよろと近づいていった。

「まあ、きっと今度の事件の女も、そういうことを知っていたら事件が起きずに済んだかもしれない。」

「なんの事件?」

と杉ちゃんが聞くと、華岡は、こういうことをいう。

「あの事件だよ。石坂のペットショップの店主の女性が、殺害された事件。あのペットショップの店主はなんでも、富士宮の割烹料亭の女性と不倫関係になっていたというから。」

「はあ、それで、本妻が逆に殺されたわけ?なんだか、どっかの文学者が面白がりそうな事件だな。」

と、杉ちゃんはにこやかに言った。

「まあそうなんだけどねえ、別れ話のもつれで、本妻を殺害したのかと思ったが、夫の方が、完璧なアリバイがあり、殺人はできない。それで、愛人である、北尾明子に事情を一寸聞いたんだが、彼女も何も言わない。」

「はあ、動機があるのに、何も言わないなんておかしなことだな。それに僕は、その彼女から、着物の袖直しを依頼されているんだが。」

と杉ちゃんは言った。

「袖直し?ああ、そうか、其れならそういう事もわかるな。北尾明子、割烹料理屋で働けなくなったんで、一人でスナックをやっていたそうだから。」

華岡が、一人頷いた。

「でも、俺たちは、北尾明子が犯人だと思っている。落ちるのは時間の問題だと思う。彼女だって、きっと、被害者である、黒柳美奈子が邪魔だと思ったことだってあったに違いない。それで、彼女は、黒柳のもとへ押しかけて、黒柳を殺害したと思う。凶器はどこにも見つかっていないが、どこかにあるはずなんだ。」

と、華岡は言った。

「まあ、川にでも捨てたか、地面に埋めたかしたんだろうね。そういうことだったら、よくある事だからね。」

と、杉ちゃんは、ため息をついた。

その次の日、杉ちゃんが、正輔を連れて、バラ公園に散歩に行ったときの事である。杉ちゃんは、東屋に行って、正輔をテーブルの上で遊ばせながら、又、着物を縫っていた。

「こんにちは、仕立て屋さん。」

いきなり声がしたので、杉ちゃんは、顔をあげる。

「ああ、北尾さんか。僕のことを、仕立て屋さんと呼ぶのはやめてくれ。僕は、称号で呼ばれるのは好きじゃないのでね。ちゃんと杉ちゃんと言ってくれ。杉ちゃんと。」

と、杉ちゃんは、針を縫う手を止めずに、そういうことを言った。

「そうですか。このフェレットちゃんは、杉ちゃんが飼育しているのですか?」

と、北尾さんは、そう言った。

「なんだか、前足が一本足りないようだけど、大丈夫なの?」

「まあ、足が悪くて大丈夫かは、本人で無いとわからないよな。拾ってきたんだよ。公園のカフェの前で、うろうろしていたから、拾ってきたわけ。野生のイタチとは違って、フェレットは、家畜だろうから、一人では生きていけないと思ったからさ。」

と、杉ちゃんは、ぶっきらぼうにそう答えた。小さな正輔が、車輪のついたかまぼこ板に乗って、テーブルの上で遊んでいるのを、北尾さんは、うらやましそうに眺めた。

「そうね、君はいいひとに拾われたのね。うちの子たちも、そういう風にいい人にわたってくれればよかったのに。」

という彼女に杉ちゃんは、

「ああそうなのね。うちの子たちって、お前さん、女衒でもしていたのか?」

とちょっとひょうきんに聞くと、

「そんな職業じゃないわよ。私は、ブリーダー。繁殖家と言えばいいのかしら。ペット屋さんに、買い取ってもらうために、犬や猫を飼育していたの。」

と、北尾さんは答えた。

「飼育していたってことは、過去形だよな。今は別の仕事をしているの?」

「ええ、まあ結婚することになって、彼の実家に住むことになったから、動物たちは、ペット屋さん

に引き取ってもらったわ。」

「それってどこのペット屋だ?」

「ああ、名前知ってるかしらね。先ほど事件が起きて有名な店になってしまったけど、あの、ミニアニマルよ。」

「なるほど、、、。」

と杉ちゃんは、針を縫う手を止めて、ふうとため息をついた。いつの間にか正輔が、北尾さんのカバンのそこのにおいをかいでいる。

「つまり、フェレットも飼育していたのか?」

「まあ、そうだったわね。結婚して、いずれもやめたけど。」

杉ちゃんは、正輔の体を彼女のカバンから移動させて、彼女の話にそうなのかと相槌を打った。

「でも、ミニアニマルは、正直お勧めできないペットショップだと思ったわ。すごい高いお金をとる割に、動物たちを大事にしていないていうか、そういうところがあったから。」

「へえ、なんでそう思うの?」

と、杉ちゃんは聞く。

「ええ、だって、動物が言うことを聞かないとたたいたり、大声で怒鳴ったり、餌をちゃんとやらなかったりで、私は、好きなペット屋じゃなかったわ。人間も動物も同じだと思うの。其れは動物だから、いい加減にしなければならないってことはないと思うのよ。だから、動物をいい加減に扱うペットショップはダメだと思うの。」

北尾さんは話しを続ける。

「それに、私の飼育していた、一番のお気に入りだった犬が、あそこで、ちゃんと餌をもらってなくて、衰弱死した時は、本当にあの店はいやだと思ったわ。私はちゃんと売れる可能性があるって言って、あの店に犬を引き渡したのに、あの人たちは、汚い犬だと言ったのよ。」

「へえ、どんな犬だったの?」

「ゴールデンレトリバーだったんだだけどね、突然変異で白くなってたのよ。でも、いうことは聞くし、おとなしくていい子だった。其れなのに、あの、ミニアニマルの黒柳さんは、ゴールデンの色でないから売れないって言って。全くひどいものだったわ。あの子、どうしているかしら。」

北尾さんはちょっと寂しそうな顔で言った。

「犬は商売用の道具じゃないわよ。子供みたいにかわいがっていたのに。」

という彼女に、杉ちゃんは、そうだなといった。

「まあ、可愛いワンちゃんをじゃけんに扱われたお前さんの気持ちもわからないわけでもないけどさ、お前さん、華岡さんに、一寸事情聴取されたそうじゃないか。」

「ええ。でも、あたしは、黒柳美奈子さんを殺してはいないわよ。そんなことしても仕方ないってわかってるし、ブリーダー業はもう廃業してるわ。」

と、杉ちゃんに言われて、北尾さんは、そういった。

「それに、黒柳さんが亡くなったと思われる時刻には、私、自宅で食事の支度をしていたわ。其れは、主人もいたから、わかると思うの。」

「なるほどねえ、、、。で、黒柳さんと関係を持っていたとかそういう噂もあるけれど?」

「ええ、それは当の昔に切り捨てたわ。もうちゃんと結婚することにしたんだから。」

北尾さんはすんなりというので、たぶん、彼女の犯行ではないということだろうと思われる。そういうふうにさらっといえるのだから、この事件の犯人は別のひとなのだろう。

「そうなんだねえ。」

と、杉ちゃんは、言った。フェレットの正輔が、又、北尾さんのカバンのにおいをかいでいる。まったく、そんなに気になるのかいと杉ちゃんが正輔を見て、にこやかに笑った。

「まあ、事件に関係ないのだったら、のんびり生活してくれや。」

と、その時、公園の駐車場に、パトカーが、一台止まった。そして、華岡が出てきて、北尾さんのいる東屋にやってくる。

「どうしたの華岡さん。」

「いや、もう一回話を聞かせてください。あなたが、事件の日、ミニアニマルの店舗から出てくるのを、

近隣の住民が目撃しています。」

と、華岡は早口に言った。

「はれ、ご飯の支度をしていたのでは?」

と杉ちゃんが言うと、

「ええ、確かに、彼女の夫がそう証言していますが、ご主人は、あなたにそういう風に言ってくれと言われたと、白状しました。」

と、華岡は話す。

「なんで、夫婦そろって、彼女を殺害しようと思ったんですかな?」

「私は知りません。確かに私は、黒柳の夫と関係を持ったこともありましたが、そんなことは過去になっております。」

「いや、なってないのかもしれないよ。」

と、杉ちゃんが言った。

「仲間のにおいが、カバンについているんだから。もし過去のものになってたら、仲間のにおいは、カバンについているはずないだろう。あるいは新しいカバンに買い替えたりするとか。フェレットは、視力はあまりよくないが、においには敏感なんだぜ。」

確かに、正輔は、彼女のカバンのにおいをかいでいた。雄のフェレットだから、もしかしたら、メスのフェレットのにおいでもしたのかもしれない。

「ほら、ちゃんと言いなよ。人間は、ごまかしができるが、フェレットはそうはいかない。お前さん、たびたび、ミニアニマルを訪れてない?たとえば、その犬のことを復讐しようという気持ちでさあ。」

と、杉ちゃんが言ったので、北尾さんは、ぎょっとしたような顔をした。

「袖を短くしてくれといったのも、もしかしたら、ミニアニマルを訪れて、においがついたのを、消去しようとするためだったとか。あれ、実は振袖じゃないんだよ。だって、着物の柄が、おくみで切れているもん。単に袖の長い小紋だ。だから礼装ではなくて、一寸した外出とかに着るもんだ。」

と、杉ちゃんが言った。

「ほら、正直に言いな。おまえさんは、犬を邪険に扱われたという動機もあるだろ。」

「杉ちゃんありがとうな。捜査に協力してくれて。杉ちゃんのおかげで、大分捜査が楽になったよ。まったく杉ちゃんがいなかったら、どうなっていたのかわからない。」

と、華岡が、杉ちゃんに礼を言うが、

「今日の礼は、一生けんめい仲間のにおいをかいでくれていた、正輔君に言うべきかな。」

と、言いなおした。

「じゃあ、一寸署へご同行願います。来てくれますね。」

華岡が言うと、北尾さんは、もう駄目かという顔をして、華岡に手を引かれて、パトカーに乗り込んでいった。正輔が、その様子を、つぶらな瞳で眺めていた。小さなフェレットは、人間の犯罪をどう考えているのだろうか。

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正輔君大活躍 増田朋美 @masubuchi4996

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