怨9 聖川奈フランシスアリア医科大学病院

福地穂花の父親の容態は安定していた。

健康には人一倍気を使っていた穂花の父親は、家でも血圧を測り基礎体温も毎日記録していた。

そんな父親も、目眩と吐き気に襲われて入院を余儀なくされた。

「聖川奈フランシスアリア医科大学病院」は、多摩丘陵に聳え、横浜市と川崎市の境にまたがる。

市営地下鉄の延伸計画もあるが、地元住民の反対によって計画は中断したままだった。

この土地を掘り返してはならない。

クルイジニ・キ゚ガフレル・ヨマガサヤ・キイトキレルヤカスラムシ。

穂花の父親も、昔からの言い伝えは知っていた。

周りの友人は、急性胃腸炎を呪いのせいだとからかった。

忘れ去られた都市伝説は、呑みの席での話題作りに一役買うだろうと、笑いながら話す父親の顔色は良かった。

その姿に穂花は安心した。

母と離婚して、男手一つで自分を育ててくれた父親を、時には疎ましく感じた頃もあったが今では感謝している。

都内の大学を出て、新宿の通信会社に就職できたのも全ては父のお陰だ。


「お父さん、あまり調子に乗ったらダメだよ。とにかくゆっくり休みなね」


父親は、照れ臭そうに笑って穂花を見送った。

自慢の娘のポニーテールは可愛らしく、歩く度にポンポンと跳ねている。

すでに日は暮れて、曇天の隙間から時折青白い月明りが見えてもいた。

穂花は、自転車に乗って山間の道を抜けていく。

電動自転車に買い換えて良かったと改めて思った。


聖川奈フランシスアリア医科大学病院周辺は、マンションも立ち並んではいるが、未だ古い民家や梨畑が広がっている。

遠くには遊園地の観覧車も見えた。

穂花の自宅は丘の下にあって、多摩川沿いの中古マンションに父親と2人で暮らし、いつもこの山間を眺めていた。

来年辺りに家を出て、彼氏と同棲を始めたいという感情は今はしまっておこうと考えた。


浄水場の脇道を抜ける。

交通量の比較的多い本道へ出ると、道路工事中の看板が見えた。

穂花は自転車を押して迂回路へと入って行く。

舗装されていない砂利道。

この道を通るのは初めてだった。

下り坂は自転車に乗って進んだ。

こじんまりとした公園をすり抜けて、プレハブ小屋を横目に道なりに進む。


「こんな通りもあったんだ」


穂花は早く家に帰りたいと思った。

胸騒ぎがした。

人が居ない。

気味が悪い。

まだ20時なのに。

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