09話 潜在力


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 あたしの名前は白鷺月夜。

 唐突に中学の修学旅行で行った奈良の大仏を観た時のことを思い出す高校二年生だ。


 大きい。


 その時、あたしは思った。


 大昔の人はこれを何年もかけて作ったんだなぁ。

 すごいなぁー。


 ……なんて、普通の感想を心の中で呟いていたっけ。


「先生、この大仏とガンダム、戦ったからどっちが勝つ?」


 引率の先生に向かって、同級生の男の子が馬鹿な話を持ち出した。

 先生は質問に答えなかった。

 同級生の男の子に向かって列たらよに戻るように注意をしていた。


 戦うって……。

 どういう発想?

 本当、男の子ってバカだなぁ。


 その時のあたしは思った。




 ──今。




 その時のあたしにいってやりたい。



 バカなことが目の前で起こってるぞ。

 って。



《さぁ! いーくーぞー!》



 オバケ観音の右手の掌が、神太郎目掛けて飛んできた。


 目の前で、『風』が起こった。


 つむじ風。とかじゃない。


 台風だ。


 息もできないような、その場の空気を全部ぶっ飛ばすような強い風が起きた。


 一瞬、あたしの髪の毛や、顔の肉が、風で捲れ上がった。


「ふぐっ!」


 神太郎は咄嗟に両腕でガードした。



 どっ。



 まるで子供がおもちゃのミニカーを投げ捨てるみたく、神太郎の体が、トタンの壁をぶち破って一気に外に弾き飛ぶ。



 ばきばきばき!!



 オバケ観音が、トタンの屋根を4本の腕で引きちぎる。


 雲に覆われた夕焼け空が、破れた屋根から一気に現れた。



《どうした? カクレキリシタン? もう終わりか?》



 派手にオバケ観音が暴れたおかげで、あたしの体を縛る紐が偶然千切れた。


 やばい。

 ここにいたら。

 やばい。


 無我夢中だった。


 どうやって紐を解いて走ったのか、全然記憶がない。


 気がつけば、あたしは地面に滑り倒れていた。



 ばきばきばき。

 がらがらがらがら。



 振り返ると、トタンでできた建物が倒壊していた。


 あたしは周りを見渡した。


 建物が一つもない。


 木だ。


 杉の木みたいな背の高い木々が、壊れたトタンの建物を中心に囲っている。


 森の中?


 山?


 え、ここ。

 マジでどこ?


「いたぞ!」


「あそこか!」


 彼方から、声が聞こえた。


 誰?


 大人の声だ。


 あたしは立ち上がり、声が聞こえた方向に顔を向けた。



 どぅるるるん。

 どどどどど。



 深い緑色の大きな車が4台。

 木々の間を縫うようにしてこちらに向かってくる。


 車の後を追いかけて、ヘルメットをかぶった大人たちが次々と現れる。


「大丈夫か! お嬢ちゃん!」


 ヘルメットをかぶった大人が、あたしに声をかけた。


 顔に緑と茶色の迷彩を塗っている。

 そこの厚いブーツを履いていて、ポケットがたくさんついた迷彩柄の服を着ている。

 そして、肩には黒い小銃みたいなのも担いでいた。


 自衛隊?


 どうして自衛隊がここに?



 がちゃ。

 がちゃ。

 がちゃ。



 オバケ観音の周りを取り囲んだ自衛隊の大人たちが、オバケ観音に向けて小銃を構えた。


「用意! 射て!!!」


 どこからともなく怒号が発せられた。


 瞬間。


 銃声が轟いた。


「きゃあああああああ!」


 あたしは耳を塞ぎ、その場で蹲った。


 すごい音だった。


 耳元で打ち上げ花火の発火音を連続で聞かれたかのように、鼓膜が本当に破れるんじゃないかってぐらい、とんでもない爆発音があたしの耳の中に容赦なく入ってくる。


 途中で音が消えた。

 耳鳴りが止まない。

 きーんというか、いーんといった無音が続く。


 煙があたりに立ち込める。

 砂埃と銃から出る煙で、視界が曇った。


 無音のような状態が続く中。


 あたしは顔を上げた。


 無傷のオバケ観音があたしを見下ろしていた。


《なにがしてーんだ? てめぇらは》


 オバケ観音の四本の腕が一瞬消えた。


 四本の腕が現れると、オバケ観音はバンザイのポーズをしていた。


「ぐぁあああああ!」


 四本の手の中に、自衛隊の大人がそれぞれ握られていた。


 まるでソフビ生の人形を握る子供のように、オバケ観音は自衛隊の大人の胴体を鷲掴みしている。


《この『あすもでうす』様に、『ただの弾丸』なんて効くと思っているのか? 祝福儀礼を施した『聖具』ならいざ知らず、そんな紛い物で俺様を斃せると本気で思っているのか!?》


「ぎゃあああああああああああ!」


 べきべきべき。

 めきめきめき。

 べちょべちょべちょ。


 雨が降った。


 鼻が曲がるような、強烈な臭いがついた赤黒い水がどばどば頭の上に降ってきた。


 どんっ。


 雨の中から、大きな石が地面に落ちた。


「ひっ」


 あたしが落ちてきた石を見た。


 石じゃない。


 ヘルメットをかぶった、大人の生首だった。


 大人の生首は、苦痛で歪んだ表情を浮かべて、恨めしそうにあたしを見つめている。


「う、うわぁああああああ!」


 あたしはその場で尻餅をつき、お尻を引きずりながら後退りした。


「くそ! 撤収! 一時退却!」


 迷彩服を着た大人たちが、なんの迷いもなく、一斉に乗ってきた車に乗り込んだ。


 ……………え?


 ちょっと! あたしまだいるんだけど!?


「ま、待って!」


 どぅるるるん!

 ぶぉおおおお!


 あっという間だった。


 あっという間に、車は森の中に消えていった。


 うそでしょ。


 あいつら何しにきたの?


《くくくくくく、あんなもんだぜ? 人間なんてよぉ》


 あすもでうすと名乗ったオバケ観音が、猛スピードで逃げていく自衛隊の車を見送りながら、嘲笑った。


《さぁて、ヒーロー不在のこの状況……どうする? 命乞いでもしてみるか? 白鷺月夜》


 あすもでうすが体をかがめ、あたしの顔を真っ直ぐ覗く。


 体が固まった。


 あたしの体が恐怖のあまり、完全に動くということを忘れていた。


「いや、来ないで……」


 からからに喉が渇いた。

 全身が心臓になったみたいに、ばくばくと脈打っている。


 あたし死ぬんだ。

 こんなわけのわからない状況で。

 怪獣みたいなオバケ観音菩薩に、このまま殺されるの?


 嫌だ。

 死にたくない。

 死にたくない……。


《せいぜいあの世で恨んでな! クソガキ!》


 あすもでうすの右腕が高く上がった。

 その瞬間、あたしの目に映る世界が暗転する。




 ──ばきっ。




《な!?》


 回った。


 あすもでうすの首が、ゼンマイ仕掛けのブリキ人形みたく、ぐるぐると回った。


 すずん。


 地面が揺れた。


 真後ろを首が向いた状態で、あすもでうすの片膝が地面についた。


《が……! 何だ?》

 

 あすもでうすがは両手で頭の両サイドを押さえつけた。



 めきっ。



 真後ろに回った首を強引に元に戻した。

 あすもでうすは地面に手をつき、立ち上がろうとする。



 ごっ!


 どかっ!



 突然、あすもでうすの顔が二回弾けた。


 弾けた瞬間、あすもでうすの膝が折れ、そのまま尻餅を地面についた。


 ずずんと地響きと共に粉塵があたりに舞い上がった。


「……どうした悪魔? ビビったのか?」


 舞い上がった粉塵が徐々に消えていく。


 消える粉塵の中から、人が現れた。


 神太郎だった。


「こっちの番だぜ」


 あたしは神太郎を見て、ぎょっとなった。

 

 神太郎は、上半身裸だった。

 裸の上半身がまるでボディービルダーのように筋骨隆々で引き締まっていることにも驚いたが、あたしが驚いたのはそこじゃなかって。


 上半身の肌に、細かく何か『文字』が刻まれている。


 びっしりと、新聞の印字みたく、均等に細かい『文字』の羅列が、神太郎の腰から手の指先にかけて上半身すべてを埋め尽くすように刻まれていた。


 刺青……?

 ボディーペイント……?


 なに? あれ、なんなの?



「せいぜいあの世で恨んでな、バケモノ」

 


 神太郎の顔面に『文字』の羅列が浮かび上がった。



To be continued...

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