05話 日和見


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 あたしの名前は白鷺月夜。

 お父さんの旧友の水谷さんから、現在に生きるカクレキリシタンについて、海円寺の天井画が実は悪魔から現世を守る『結界』だということを事細かに説明されて、めちゃくちゃ頭の中がパニックになっている高校一年生だ。


「………………えーと」


 一緒に聞いていた美奈子が、眉間に人差し指を置いて、「つまり」といった。


「海円寺はカルト教のお寺じゃなくて、カクレキリシタンのお寺だった。そういうことですか?」


「ええ、そうよ」


 水谷さんが真顔で答えた。

 ちらっと美奈子があたしを見て、それから水谷さんに目を向き直した。


「それで、そのぉ…………カクレキリシタンっていうのは現在もいて、それで海円寺の天井には悪魔から現世を守ってくれると言い伝えられる聖なる『天井画』がある。ですよね?」


「ええ」


「でもその天井画っていうのは、ただの言い伝えじゃなくて、悪魔から守ってくれる『結界』的な存在?」


「そう言い伝えられてるわ」


 水谷さんはいった。


「カクレキリシタンは、400年前に伝来されたキリスト教を守り続けた古いキリシタンたちよ。ただ、宣教師がいないまま教えを伝えていったから、迷信的な考えも引き継がれていたりするの」


「へぇー、そうすか。ふーん」


 あまり興味がないようなリアクションを美奈子はした。


 しばらく間が空いた。

 ちらっと美奈子は外の景色に目をやり、それから腕時計の時間を確認した。


 美奈子が席から立ち上がった。


「月夜、行こ」


「え?」


「やっぱさー、あたしついてきて正解だったわ。これ関わっちゃまずい系だよ」


 美奈子があたしの手を取り、あたしを席から立ち上がらせた。


「待ちなさい」


 水谷さんがあたしを呼び止めた。


「抵抗があるのは理解できるわ。今の時代、宗教団体と聞くと、危ないイメージを持たれがちだしね。でも、カクレキリシタンは、あなたたちがイメージしているような過激な団体じゃないわ」


「それ、マジでいってます?」


 美奈子があたしの前に立ち、椅子に座る水谷さんを見下ろした。


「100歩……いや、100000000歩譲歩して、カクレキリシタンという宗教があるのはわかるとしてでも、正直、悪魔とか結界とか……何のラノベの設定だよって思って、途中で笑いそうになりましたよ。小学生、いや、下手したら今時の幼稚園児でも信じないと思いますよ」


 容赦なく美奈子は水谷さんを批判する。

 水谷さんは反論せず、黙って美奈子を見上げた。


「それになんていうか、あたし、前々から宗教って大嫌いだと思っていました。神さまを信じろとか強制したりとか、水とかツボ買わされたり、挙げ句の果てには人格まで歪ませて洗脳したりするじゃないですか。カクレキリシタンも、そういう危ない宗教だってことですよね?」


「……そう、わかったわ」


 興奮してまくし立てる美奈子に対し、水谷さんは落ち着いた声のトーンでいった。


「少し冷静になりましょう。ここでこれ以上話しても拉致があかないと思うし」


 水谷さんは席を立ち、テーブルに置いてある伝票を拾い上げた。


「支払いは私の方で済ませておくわ。私は先に出るから」


 え、でも……あのさっきの人は?

 まだトイレから戻ってないみたいだけど。


 あたしがそういうと。


「あいつは気にしなくていい。すぐに出るだろうし」素っ気なく水谷さんは答えた。


「あの、水谷さん」


「月夜ちゃん。またこっちから連絡するわ。でも、今度はお父さんと交えて3人で話し合ましょう」


 あたしが何かをいう前に、水谷さんはそう言い残すと、店のレジカウンターへ歩を進めていった。


 美奈子は席に座りなおした。

 あたしはテーブルに置いてあるコーヒーを一口飲んだ。


 しばらく無言が続いた。


「美奈子」


「ごめん、やりすぎた」


 あたしが口を開いた途端、美奈子はおでこをテーブルに乗せた。


「つい熱が入って、ほんとごめん」


 はぁ……と美奈子は深いため息をつく。

 あたしは何も言わず、美奈子を見た。


「なんか聞いてて、ムカついてきたんだよね。あんたがどれだけ毎日大変なのかわかってないくせにって。そしたらさ、かーってなってさ」


「……うん。ありがとう」


 美奈子に悪気がないことはわかっている。

 あたしのことを想って、つい気持ちが入ってしまっただけだ。もしあたしが逆の立場なら、同じように水谷さんに食ってかかっていたと思う。


 悪いのはあたしだ。


 水谷さんはお父さんの友達だし、昔から知っているけど、今日会ったあの男の子、神太郎と名乗るあの子に会ってから、1人っきりになるのが不安になった。だから、美奈子についてきてもらった。


 謝らないといけないのはあたしの方だ。

 変なことに巻き込んでしまってごめん、美奈子。


「ううん、いいの」


 美奈子が顔を上げた。

 にこっと美奈子が笑った。


 ぞくっ。


 美奈子の笑顔を見た瞬間、寒気が走った。

 え、なんで?

 どうしてあたし、寒気なんて感じたの? どういうこと?


「こっちこそ『ありがとう』だから」



 めきめきめきっ



 突然、美奈子の顔面に縦線が入った。


 すっとまっすぐな縦線に切れ込みが入ると。



 ぱかっ。



 スイカを割ったように、真っ二つに割れた。


 そして、縦に割れた顔の中から、植物のツタがうねうねと畝りながら溢れ出てきた。


「え?」


 その瞬間。

 目の前の景色が暗転し、あたしの意識が途絶えた。



To be continue...

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