03話 一対一
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あたしの名前は白鷺月夜。
依頼を断ったはずの海円寺の神太郎と名乗った男の子と、お父さんと昔から付き合いのある水谷さん、そして友達の美奈子の4人で、駅前の喫茶店で同じテーブルを囲っているこの謎の状況に戸惑っている高校二年生だ。
「ごめんね。月夜ちゃん。神太郎がどうしても会いたいってきかないものだから」
あたしの対面に座る水谷さんが、顔の前で両手を合わせて謝った。
ふわふわパーマのロングヘアにタイトスカートのビジカジュファッションの水谷さんは、まさにザ・キャリアウーマンという印象を感じられた。
お父さんと大学時代の後輩だった水谷さんは、現在上野にある美術館で学芸員という仕事をしているらしく、現在は10歳の男の子と5歳の女の子を持つ二児の人妻である。
「水谷さん。いきなりとか勘弁してください」
じっとあたしは水谷さんを見据えた。
ほんと、いい迷惑だよ。
いいたくないけど、本当にこっちの都合無視されて、嫌な気分だ。こんなカタチで水谷さんのこと失望したくなかったと心の底から思う。
「ほんと、ごめん! この子、私がやめろっていったのに、勝手に学校に乗り込むものだからこっちも困っちゃって」
水谷さんが神太郎と呼ぶ男の子の頭を軽く小突いた。
「ほら、あんたのせいでややこしいことになってるんだから謝りなさい!」
「ふんっ」
神太郎は口をへの字にして、そっぽを向く。
見た目通りというかなんというか。
わかりやすいキャラだな。
世間でイメージされがちなヤンキーやゴロツキの風貌そのままっていうか。
まさしく『不良男子高校生』って印象そのままだ。
喧嘩は強いけど勉強できないを字でいく的な。
なんというか。
あたしは好きになれないタイプだ。
「あのぉ、質問いいですか?」
おそるおそる美奈子が手を挙げた。
「水谷さんでしたっけ? たしか月夜のお父さんのお知り合いとかって」
「ええ、大学時代の後輩よ」
水谷さんは美奈子に答えた。
美奈子はじーっと水谷さんを見つめた。
「え、なに?」
じーっと美奈子に見つめられる水谷さんが、表情をやや強張らせ、たじろいた。
「あのぉー、単刀直入に聞いちゃいますけど、月夜に一体何の用ですか?」
「……そうね」
こほんと水谷さんが咳払いを一つすると、あたしに視線を向けた。
「今日のお昼くらいにあなたのお父さんからお断りの電話をもらったの」
水谷さんはいった。
昨日の口論の末、お父さんはいった。昼前までには、断りの電話を入れる。それでいいか? と。
お父さんが約束を守ってくれて、あたしは少し安心した。
「私は聞いたわ。金額が合わないなら海円寺さんと交渉するって。でも、先輩は家族に反対されたから引き受けられないって」
「……」
「月夜ちゃん。どうして反対するの?」
「それは……」
水谷さんがあたしをまっすぐ見つめる。
ちらっとあたしは水谷さんの隣に座る神太郎を盗み見た。
視線を感じた神太郎が、黒目だけを動かしてあたしを見る。
「当然ですよ。悪魔崇拝のカルト教のお寺の仕事なんて、嫌じゃないですか」
どストレートに美奈子がいった。
「美奈子!」
あたしは美奈子に振り向く。
まさしくその通りだけど、物には言い方ってあるでしょ。そんな言い方したら角が立っちゃうじゃん!
「でも、月夜いったじゃん。自分じゃはっきりいえないかもだからついてきてって」
たしかにいった。いったけど……。
あたしと違って厚顔無恥、じゃなくてはっきりと意見がいえる美奈子についてきてもらえれば心強いから、付いてきてほしいとあの時はお願いはした。
だけど。
本人たちを前にしてわざわざ不躾なこといわなくていいじゃん。
ああ、もう! なんでこうなるの……。
美奈子、変なスイッチ入ってるみたいだし、人選ミスしたかも、あたし。
「てめぇ、今なんつった」
神太郎がソファーから立ち上がる。
場の空気が一瞬で凍る。
あたしは息を飲み、手のひらの汗を握った。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!
心の中の声と心臓の鼓動がリンクして、あたしの胸の中を強く連打ている。
お願いだから手は出さないで!
土下座でもなんでもするから!
「神太郎!」
ソファーから立ち上がろった神太郎に、水谷さんが腕を伸ばして制した。
「人が見てるわよ」
「ちっ」
神太郎は舌打ちをし、水谷さんの腕を乱暴に振り払った。
腕を振り払った後、神太郎はテーブルから離れて歩き始めた。
「どこ行くの」
「便所だよ」
神太郎はそうつぶやくと、あたしと美奈子に一瞥を投げ、ずりずりとヤンキー独特のずり歩きで店内のお手洗いに向かった。
こ、こわぁ……。マジで血の気引いた。
殺されるかと思った。
あたしは自分の胸に手を当て、息をゆっくり吐いた。
心臓の鼓動がずっと高鳴っている。
リアルに寿命が3年ぐらい減ったような気分になった。
「美奈子! あんた!」
「月夜ちゃん。いいの」
水谷さんが落ち着いた口調であたしを止めた。
あたしは水谷さんに「でも!」といったが、水谷さんはあたしじゃなく美奈子に目を向けた。
「美奈子ちゃんだっけ? 海円寺がカルト教だって何で知ったの?」
「普通にスマホで検索したら出てきましたよ」
堂々と、なんの悪びれもなく美奈子は答えた。
「……そう」
水谷さんは視線を落とし、注文したホットコーヒーのカップを手に取った。
軽く一口コーヒーを飲むと、ふーっとため息に近い吐息を吐いた。
「情報社会って怖いわね。田辺さんのインタビュー特番、色々手を回してお蔵入りにしたのに、もう知られちゃっているのね」
「どういうことですか?」
あたしは水谷さんに訊いた。
水谷さんはカップをソーサーに置くと、自分の足元に置いた仕事用の革鞄から紫色の風呂敷に包まれた小さななにかを取り出した。
「これ何か知ってる?」
水谷さんは風呂敷に包まれた小さななにかをテーブルで広げた。
風呂敷の中から、六角形の錆びついた金属の塊が現れた。
メダル?
いや、にしても形が歪っていうか。
なんだか年代物みたいにも見えるけど、一体なんだこれは。見当がまるでつかない。
「これは『鍔』よ。日本刀の柄と刃の間に挟まっている部品よ」
いわれて「あー」と納得した。
そっか、これ鍔か。こんな形してたんだ。知らなかった。
「で? それがどうしたんですか?」
すかさず美奈子が水谷さんに訊いた。
もうすっかり開き直っているのか、口調や態度がさっきよりもでかくなっている。
「ここを見て」
水谷さんのピンク色のネイルが、鍔の左端を指している。
あたしと美奈子は、水谷さんが指をさした鍔の左端を覗き込んだ。
十字?
刃を通すであろう中心の穴以外に、よく見ると、十字状の穴が鍔の左端にあった。
劣化してできた穴というより、わざと彫ったような穴に見えるのは気のせいだろうか。
「月夜ちゃん。『カクレキリシタン』って知ってるかしら?」
突然、水谷さんが聞き慣れない単語を口にした。
To be continued...
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