02話 悪魔寺
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あたしの名前は白鷺月夜。
深夜4時まで父親と口論し、どうにか説得することに成功した睡眠不足で疲労困憊の高校二年生だ。
終礼のチャイムが鳴った。
担任が教室に入ってきて、ホームルームを始めている。
あたしは窓際の一番後ろの席という特権を利用して、机に突っ伏した。
全然、先生の話が頭に入ってこない。
眠くて仕方がない。無理。限界。
気力で授業を受けたけどもう起きてられない。
ちょっとだけ、10分。
いや、5分だけ。
気絶しよう。いや、気絶させてくれ。
「月夜、ねぇ起きて」
ゆらゆらと肩を揺らされている。
誰だ。
せっかく人が気持ちよく寝ているのに邪魔をするのは。
「もう起きなって!」
ばしっ
背中を叩かれた。
びっくりしたあたしは、顔を上げてあまりを見渡した。
え?
教室には誰もいなかった。
窓からオレンジ色の夕焼けが入ってきていて、机や教壇の足元に長くて濃い影が伸びている。
「いびきやばいよ。マジで引くってそのいびきは」
振り返ると、クラスメイトで友達の飯島美奈子があたしに後ろに立っていた。
あたしは寝ぼけ眼で美奈子を上から下にかけて眺める。
あのさ。
どうして体操着?
制服は?
「部活だよ。今終わったから帰ろうとしていたところ」
ノートを忘れたことを思い出した美奈子が教室に立ち寄ったところ、あたしがまだ寝ていたことに気づいて声をかけた。そういう経緯だと美奈子はあたしに説明した。
部活が終わったということは。
今って……。
「げ、6時」
やってしまった。最悪だ。
今日はスーパーのバイトのシフトが入っていた。
この時間だともう間に合わない。
ああ、今月稼げるはずの3000円がぱぁになった。
日頃溜まったアルバイト疲れのせいだろうか。
こんな熟睡するなんて初めての経験だ。
「珍しいね。月夜がそんな寝込むなんて。なんかあった?」
「別に。つまんないことだよ」
あたしはスーパーの主任に向けてスマホでメッセージを作成しながら、昨日の夜にあった出来事を美奈子に話した。
美奈子は話を一通り聞いた後、若干引いた表情で「マジ?」と聞き返した。
「カルト教のお寺に美術修復の仕事がきたの?」
「うん」
「そんなことあるんだ」
「うん。あるみたい」
あたしはメッセージを主任に送った。
悪いことはしたと思う。
お父さんにとって千載一遇の、これから一生あるかないかわからないやりたかった仕事を辞退してもらったのだから。
だけど。
あたしは賛成することはできなかった。
1年かけての300万という低い依頼料だからではない。
「いくらお金のためとはいえ、悪魔を信仰しているお寺はやばいよね」
美奈子はいった。
あたしもそうだと思う。
『悪魔を信仰する狂気の海円寺の実態』
『《体験談》猿を生贄にする悪魔崇拝の海円寺に潜入してみた』
『50年前の失踪事件にカルト教の海円寺が関係あった⁉︎』
スマホで『海円寺』とキーワード検索しただけで、1万件ほどヒットした。
そのうち検索トップ10位のタイトルすべてに、『悪魔』『カルト』という言葉が必ず入っている。
他のSNSでも検索してみても、似たような情報がいくつもヒットした。
ネット世代じゃないお父さんは、「こんなのただのデマだから信じるに値しない」と一蹴したが、ここまで検索でひっかかるということに、あたしは逆に信憑性があると感じている。
火のないところに煙は立たないというか。
海円寺が悪魔崇拝のカルト寺だと批判される何か理由があると思う。
でなければ、ここまでウェブやSNSでひどく評価されるわけがないのだから。
とにかく、関わらないことが一番だ。
関わったことで、お父さんが事件に巻き込まれるぐらいなら、潔く断ることが英断だとあたしは思う。悪魔崇拝のカルト寺に関わったことで、どんな犯罪に巻き込まれるかわかったものじゃない。
お父さんは収入面より仕事の質を求めがちだ。
たとえ収入が少なくても、自分にとってやりがいのある仕事なら、お父さんは迷わず選んじゃう。それがお父さんだ。それが原因でお母さんと離婚したことも、お父さんは自覚しているはずだ。
お父さんの本音は、今でも美術修復の仕事を受けたいと思っている。たとえカルト教の噂がある怪しげな依頼主でも、自分の技術力が求められているなら、喜んで受けてしまうだろう。
だけど、あたしはお父さんには無茶はしてほしくない。
危ないとわかっている場所に、お父さんが不幸になることがわかりきっているところに、お父さんを送ることなんて、あたしにはできない。
美術修復の仕事なら他にもきっとくる。
焦らなくても、チャンスは絶対くる。
だって、現実に一本依頼がきたのだから、大丈夫だよ。
お父さんに美術修復の仕事がくるのが『運命』なら、絶対やってくる。
それを信じて待とう。
そうあたしはお父さんに懇々と言い聞かせ、お父さんは納得してくれた。
おかげで4時まで起きる羽目になって、ガチ寝の居眠りする結果になってしまったけどね。
「にしてもさ、いい大人がそんな子供みたいなこというなんて、あんたんところも大変だね」
美奈子があたしに同情した。
まったくだよ。
本当、お父さんにはいつも困らせる。
いい加減、大人になってほしいよ。これじゃいつまでたってもあたしが独り立ちできないじゃん。
「バイト、どうするの? 月夜」
「今日はズル休み。もう間に合わないから」
「あ、そ。ならさ、駅前のカラオケ行く? せっかくだし」
あー、いいね。それ。
ちょうどむしゃくしゃしてたところだから、カラオケ行ってストレス発散したい気分だ。
「じゃー決まり! 多分、今だったらナツミたちと合流できる……」
美奈子が最後までいい終わらず、口を開けたまま固まった。
「なに? どうしたの?」
美奈子の視線が教室の出入り口で固まっている。
出入り口を見ると、見たことのない男の子が立っていた。
ボタンを外した詰襟制服。
剃り込みのはいった2ブロックの黒髪。
両耳には画鋲や安全ピンみたいなデザインのピアスをじゃらじゃらとつけている。
鼻筋の通ったしょうゆ顔。
縁なしの丸眼鏡の奥にある、二重でつり上がった大きな眸が、じっとあたしと美奈子を見つめている。
「白鷺月夜だな」
男の子はいった。
美奈子があたしを見た。
「知りあい?」
美奈子に訊かれて、あたしはかぶりを振った。
だれ?
あの男の子。
どうしてあたしの名前を知っているの?
あんなゴロツキみたいな人、知り合いにはいないはずだけど。
「お前に話がある」
「あの、誰ですか?」
あたしが聴くと、男の子はいった。
「海円寺の黒翼神太郎だ」
To be continued....
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