第二章 識る

 私は何故そうまで私を識りたがるのか?

 答えは簡潔である。ただ、識りたいからだ。それ以外に、何一つ理由はない。

 あらゆる活動の原動力は、より簡潔であればあるほどその強度を増す。複雑な要因は、ただの阻害物に過ぎない。それは原動力を朧に包み隠し、柔らかに手懐ける緩衝材に過ぎない。それは智慧の蒼炎にとって、焼き払うべき邪魔者でしかなり得ない。私は私を識るために、私の現実のあらゆる物事、思考、活動を自然の至る極限の単調たる領域にまで還元せねばならない。

 私は最後まで私を完全に識ることはないだろう。それでいい。たった一つでも、多くを識ることさえできればそれで私の生は完遂する。「完全」は、人の望むべくことではない。イカロスを思い返すがいい。彼は天使になどなろうとしなければ、地に叩きつけられずに済んだのである。

 私が私の多くを識ったところで、私の現実が大して変化することはなかろう。もし、私が私の現実を変化させたいのならば、適当な資格の勉強にでも励むだろう。その方が余程現実にとって有益である。私は既にそれを識っている。

 識るとは変化することではない。在り様を静かに観察することである。そこに雑音は必要ない。孤独のうちに、いや、「精神的な究極の孤独」のうちにのみ、それは行われる。だからこそ、私は私だけのこの地獄へと還ってきたのだ。ここでなければ、私は私を識る事ができない。それが苦痛であるかどうか、有益かどうか、そのような些末な事象は一切私とは関係がない。ただ、識るために必要な場所がここだ、という事実だけで私にとっては十分事足りている。

 私は、ただ、ここに在る私の私たる所以、私自身を識ることだけを望むものである。

 それ以外など、この地獄には何もない。

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