第一章 赤葡萄酒

 人は人の血を飲めぬ故に赤葡萄酒を嗜む。

 私はそれを半ば信じる者である。現実はあらゆる願望の代理品の具現化である。故に、私はそれを半ば信じている。…

 私は私の願望の極一部しか識らぬ。しかし、私は私の現実の多くを識る。あらゆる些末な現実の事象という蜘蛛の糸を手繰り寄せ、私は私に近づかねばならない。本物の私は現実に存在し得ない。私にとって現実の全ては、私の内在物の代理品であり、稚拙な姿見であるに過ぎない。

「何かを欲する」と思考するとき、本当に私は「それを欲して」いるのだろうか?

「…の代理品を欲する」の間違いではないのか?

 善性も悪性も、この思考の上には存在し得ない。ただ、現実においてそれがどう取り扱われるかが在るだけである。その裁判は私にとって、取るに足らない。審判の時が来るとすれば、それは退屈だろう。結果など、どうでもよいのだから。


 私は善悪を超越せねばならない。

 例えその結果が、あらゆる代理品の神である現実の喪失によって終わるとしても、私が私であるためには、私は善にでも悪にでもならなければならない。

 これは他者に影響を与えるべく書かれた文章ではない。私にとって、他者など興味の埒外にあるに相違ない。私が私として生きる為に、ただ、これらが必要であるに過ぎない。 

 無論、それは肉体の生死に関してではない。

 肉とて、所詮代理品に過ぎぬのだから。…

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る