第2話 生活

「……夢か…………」


 いつもどうり俺は寝床から体を起こして活動を始める、と言ってもやりたいことは一か月ほど前にやりつくしてしまった。


 ここは薄暗いシェルターだ。いつからここで生活しだしたかも覚えていない。ただ、生活に必要最低限なものだけは揃っていた。


 何故こんなとこで生活しているか?


 最初はそんな疑問も抱いていた。だがいろいろあって少し前まで別のところに住んでいた。

 

 俺はもうじきここを出るのだ。俺は懐かしい記憶を遡るためにここにきている。この3年いろいろなことがあったなぁ。


 俺の歳は16~17くらいだろう。他人の体と見比べたことはないからあくまで俺の推測ではある。


 ここに来るまでに何があったか?


 少し昔話をするとしようか。


_____


 俺の目が覚めてこの部屋にいたことに気づいてから1年ほどの間だろうか?このシェルターのドアの前に食材が置いてあったんだ。


 だから俺はそれらを料理することで生をしのいでいた。と言ってもここに連れてきたやつは俺を殺す気はなかったのだろう。一定期間ごとに食材をドアの前に置いていくからだ。


 最初のころ不満なんて一つもなかった。だが体感で1,2か月たったころだろうか?とても退屈と感じ始めていたのだ。なんせこの部屋には暇をつぶせる物が一切置いてなかったからな。


 なので俺はドアの前に「暇をつぶせる物をくれ」と書いた紙を貼り付けておいた。


 そしたらいつもよりちょっと遅い時間に食料と一緒にパズルが置かれていた。俺をここに連れてきたやつは結構優しいらしい。


 パズルの内容はいたってシンプルなジグソーパズル。1000ピースのものだったのでこれならしばらくは暇をつぶせるだろうと思っていた。


 俺はそのパズルをおそらく1か月程で完成させた。この絵の女性はいったいなんだ?藍色の髪に…耳?


 どう見ても人間のものとは思えないでっぱりが二つ付いていたのだ。おそらくこれは犬系の耳だろう。


 さらに絵を見ていると、オッドアイであることに気が付いた。それに…何かを書いているように見える。これ以上は情報を得られそうにない。この薄暗い部屋で観察するには少し無理があった。


 同封されていた紙には「糊を塗ることでバラバラにならないようにできます」と書いてあったのを思い出した。


 糊なんて入っていただろうか?


 当時の俺は初めての娯楽で夢中になっていたのかそんなものは気にならなかった。

俺は大事にとっておいたパズルの箱を取り出して中を見た。確かに糊が入った袋がある。ご丁寧に箆までついている。きれいに置いておいた甲斐があった。


 俺はパズルに糊を垂らして箆で均等に塗っていった。


 全体に塗り終わったころに俺は眠気を感じたので今日はもう寝ることにするか。


_____


 気づくと俺は身に覚えのないところにいた。光が眩しい、あれが太陽ってやつか?


 待てよ…太陽があるってことはここは外か?


 俺は周囲を見渡したが、周りには何もなかった。焼け野原のように見える。目を凝らせば遠くに高い建物も見えたが、眩しすぎてそれが本当に建っているかどうかは確認できなかった。


 他にあったのは目の前にあるこの酒場のような建物だけである。


 なんでこんなところに…しかも一軒だけ。


「せっかくだし中も見ておくか」


 そう思って俺は中に入った。内装は中はいたって普通の酒場だった。カウンターがあって4人席が数個、他には何があるだろうか。


 「ん?」


 人の気配を感じた。


 誰かいるのか?こんなところに?


 恐る恐る気配に近づいていくと予想は的中、そこにはフードを深くかぶった人が独酌していた。


「そこの君。」


 しまった…声をかけられてしまった。女性?いや、今はそんなことは良い。とりあえず返事をしておこう。


「はい、なんでしょうか?」

「あなたはジャパリパークって知ってますか?」


 何を言ってるんだこの人は。初対面の人間とする話か?しかも自分は顔を隠しているのに。


「いや、知らないです」

「そう…なら教えてあげる。こっちに来なよ。」


 そう言ってその人は向かいの席を指さしていた。とりあえず俺は向かいに座る。


 フードを深くかぶっているせいか顔は見えない。黄緑色の髪の毛がフードからはみ出していた。


「せっかくですし、あなたも飲みましょう。」


 明るい声でそう言うと、どこからかコップを取り出して酒を注ぎ始めた。そんな姿を見ていたらあっという間にコップが満タンになっていた。


「あ、じゃあいただきます。」

「「乾杯」」


 そんなに大きくないコップだったので一気に中身を飲み干した。


 あれ?視界がぼやけて…


 意識はそこで途切れた。


_____


 ガバッ


「はあ…はあ……夢?」


 そこにはいつもと変わらない薄暗い部屋があった。俺はその光景に安堵していた。


 やっぱりここが一番落ち着く。


 そうだ、もう糊は乾いているだろうか。紙には2,3時間で乾くと書いてあった。様子を見つつ表面に触れる。


 どうやらちゃんと乾いているようだ。しかしこれをこのまま置いておくのは忍びない。額縁か何かに飾ったらよくなるんじゃないだろうか?


 そう思った俺はこのパズルをもらった時と同じように、ドアの前に「この前のパズルに合う額縁をくれ」という文とともにパズルの箱に書いてあったパズルのサイズを書いた紙を貼り付けておいた。


 そして前と同様ちょっと遅れて額縁と食材が届いていた。


 暇になればパズルを要求して完成すれば額縁を要求する。そんなやり取りを繰り返して体感で9か月ほど経った時だった。


 いつも通り寝床から体を起こして食材を取りに行こうと思ったんだが、肝心の食材が置いてないのだ。生活リズムがちょっとずれたか?と思ったがそうではないらしい。


 いくら待っても食材が届くことは無かった。このままでは背中と腹がくっついてしまう。外に出て食い物を探しに行こう。


 外に出るのはあまりいい気はしなかったが、このまま死ぬよりはましだ。


 足早にドアに続く梯子を上り、ドアを開けて外を見渡した時、ドアに何か貼ってあることに気が付いた。


 どうやら俺へのメッセージらしい。


「あなたには外に慣れてもらう必要があります。これからは食事の時は外に出てここまで来てください。」


 地図…のようなものが書いてある。とりあえず従って目的地に向かってみるか。


 俺は何にもないこの空間を目的地に向かってただ一人で歩いていた。外は初めて見るがなんでこんなに廃れているんだ?


 そんなことを考えながら歩いていると目的の場所についた。


 なんか見たことあるような気がするがそもそも外に出たのは初めてだ。そんなことあるはずがない。あるはず…ないよな?


 そんなことはあとで考えるとしてとりあえず食事だ。腹が減ってるんだ俺は。


 足早でその建物に入る。初めて見る内装のはずなのにどこか既視感を感じる。一度ここに来たことあるような気がする…。


「そこの君。」


 思い出した、今ので完璧に思い出しただいぶ前に見た夢とそっくりだ。だがあの時とは違う。今回は呼び出されているのだ。


「はい、なんでしょう。もしかしてあなたがここに招いたんですか?」

「そうです。とりあえず座ってください、お腹もすいているでしょう?」


 同じだ、深くかぶられたフードに少しはみ出る黄緑色の髪から声色まで。ただ違うことと言えば何もせずに待っていたということだろう。夢で見たときは独酌をしていた。


「あぁ、腹ペコだよ。なにか食べるものでもあるのか?」

「ちょっと待っててくださいね~。」


 そう言うと彼女はなんだかうきうきしたような足取りで建物の奥に入っていった。


 数分ほど待っていると彼女は俺が作ったことのない料理を作って持ってきた。


「お待たせしました!!『ミライ特製カレー』です!!!」


 ミライ?それが彼女の名前だろうか。深く考える間もなく目の前に「ミライ特製カレー」が運ばれた。


「これは…」

「カレーですよ?とりあえず食べましょう。あなたが来るのを待っていたから私もお腹ペコペコなんですよ~。」

「そ、そうですかじゃあ。

「「いただきます」」


 そう言って俺は一口食べる。


 辛っ!


 なんだこの料理辛いぞ…でも癖になる味だ。無意識にどんどん食べ進めてしまうくらい。


「お味はどうですか?」

「辛い…けど癖になる。止まらない。」

「フフッ…人に料理を振る舞うのは初めてでしたので心配でしたが気に入って貰えてよかったです。」


 聞きたいことは山ほどあるがとりあえず食べきってしまおう。


 俺が「ミライ特製カレー」を食い終わったとき彼女はまだ食べている最中だった。まあ女性ですから。食べ終わるのを待つとしましょう。


 彼女が食べ終わるのと同時に俺は一番の疑問を投げつけた。


「ここはどこなんですか?」

「ここですか?ここは元々レストランだったのを改造しt」

「そうじゃなくて、もっと広いスケールで見た時です。」

「そういうことでしたか、ここは日本ですよ。正確には日本だった土地ですけどね…」

「日本”だった”?」

「そう…今となってはどこに行っても外はこの惨状です。」

「一体何が…まさか…戦争?」


 嫌な予感はしたんだ。記憶はないが体は覚えていた。


「その通りです。」

「たかが戦争でこんなことになるのか?」

「最初はただの戦争だったんです。醜い人間同士の争い。ただ、戦争が始まってからしばらくしたとき、戦場に一人の少年が現れたんです。おかげで私は最後の人に…」


 なんか今最後の人って聞こえた気がするな。気のせいか?ミライさんが最後の人だとしたら俺はどうなる。きっと聞き間違いだろう。


「いや、この話はまた今度にしましょう。そういえば自己紹介がまだでしたね。私はミライ、ジャパリパークでパークガイドをしてます。」


 フードを外して自己紹介してくれた。なかなか美人だな。


「ジャパリパーク?いったい何ですかそれは?」

「人の姿を得た様々な動物たちが住まう島です。ジャパリパークは良いところですよ!!」


 目の色が変わっている、先ほどとは比べ物にならないほどキラキラしている。そんなにジャパリパークが好きなのかこの人は。


「人の姿をした…動物?」

「そう!人の姿をしているのに動物だった時の特徴もちゃ~んとあるんです!!なんといってもあの姿…可愛いですよぉ~。中でもネコ目イヌ科イヌ属タイリクオオカミちゃんは最高にかわいいですよ!あの特徴的なオッドアイは見ているだけで…あ。」


 話についていけずに呆然としている俺を見たミライさんは恥ずかしそうにしながら話すのをやめた。なんか…残念な美人さんだな。


「えっと…ミライさんはそのジャパリパークが大好きなんですね。」

「えぇ、大好きですよ。」

「そういえば、俺をシェルターに連れてきたのはミライさんだったんですか?」

「そうですよ、死なれては困りますからね。とりあえず今日はお開きにしましょう。一日一回はここに来るようにしてくださいね。」


 そう言い残すとミライさんはフードをかぶって建物の奥に消えていった。その姿を見届けた俺は言われた通りシェルターに帰ることにした。


 その日から俺は毎日ミライさんのもとに通うようになった。料理を教えてもらったり、ジャパリパークの話を聞いたり。尤もジャパリパークの話をするときは大体タイリクオオカミの話だったが。そんな日々を送っていく中で俺はある疑問を抱いた。


 俺の名前はなんなんだ、と。


 いままで疑問に思うことは無かった。俺の名前が無くても会話が成立していたからだ。今思うと俺がミライさんの名前を呼ぶことはあってもミライさんが俺の名前を呼ぶことは無かった。


 その日いつも通りにミライさんのところに行くと、いつもとは違う雰囲気が漂っていた。とりあえず俺が建物に入ってミライさんに会った時、開口一番にこう聞いた。


「ミライさん。俺の名前ってなんなんだ?」

「そろそろ聞いてくるころだろうと思いました。あなたにその覚悟があるのなら、ここまで来てください。」


 そう言うと俺に一枚の紙を渡してきた。地図だ。


「待っていますからね…」


 俺が地図に見入っている中そう発したミライさんは姿を消していた。


「ミライさん?ミライさーーーん!!!」


 返事もない。おそらくもうここにはいないのだろう。地図が示す場所に行ってみるか。


 何もない道をただ歩いて進んでいく。知らないところを歩くのは1年ぶりくらいだろうか?周りには何もないので知らない場所という実感はいまいち無いが。


 着いた。この地図が示しているのはこの建物だろう。少し前まで人が住んでいたかのように整備されている。それにこの真ん中のものは…乗り物か?食料も大量にある。さらに周りを見渡していると、壁に紙が貼ってあることに気が付いた。


「真ん中のジャパリバスにのれば私のところに来ることができます。いつでもいいので来たくなったら来てください。 ミライより」


 ふむ、ミライさんがどこに行ったのかは今すぐにでも知りたい。


 だがせっかくだ、食料も大量にあるし、しばらくここで生活していくとするか。

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