問題:ヒーローは誰に救われる?

オキノタユウ

模範解答

 ヒーローって何だろう。

 ふっと突然湧いたその不思議な疑問は、頭というコップの容量より大きいものだった。


 救世主だろうか。

 主人公だろうか。


 今思えばこの不思議な疑問と同じくらい唐突に起きた出来事だったと思う。

 部活から帰ってくる途中で得体のしれないものに襲われて、誰かもわからない謎の集団に助けられて、『君も一緒に世界を救わないか』だなんてくさいセリフに二つ返事で次期レッドの座を引き受けて。少しその集団に鍛えられて、引き継いで、そのままいつも何かが起こればベルトを回してポーズをとって変身して、合わないセリフを言いながらダサい決め台詞で敵を倒して。

 一見聞いていればきれいでかっこよくて、汚点なんてものは一つもないような夢のような話だろう。

 しかしろくなものではない。戦闘が光の速さで終わればまだしも、そういうわけにいかないのが世の中の原理らしく、時には一時間近くこの騒ぎに駆り出されることもある。それにヒーロースーツを着ていても中身は人間なのは変わりはないから、次に日にまで筋肉痛が続いたり、時には動けなくなったり。少なくとも通常生活に支障をきたしているのに変わりはない。

 そして一番忘れてはならないのは自分が高校生であることだ。それも二年生。もうそろそろ受験生だ。こんな生活を続けていたら志望校に落ちてもおかしくない。いや、落ちるだろう。

 そんな羅生門の下人のような気持ちになりながら今日も学校から帰ろうと思ったところで、得体のしれないものがまた襲ってくる。

「はぁ、またか……。」

 名前も知らない誰かが聞けば、ヒーロー失格と言われてしまうであろうため息をついて、半ばあきらめのような言葉を吐く。

「はー! 変身! コバルトレッド、参上!」

 そして慣れ切ったこのくさいセリフをうわべだけで言って適当なポーズをとってヒーローに変身する。ここでいつもなら敵のセリフが聞こえてくるはずなのだが、今回は全く聞こえなかった。

「コバルトレッド君。今日はずいぶんとお疲れじゃあないか。」

 こちらを嘲笑するかのようなセリフを言いながら出てきたのは、何とも言えない雰囲気を持つ悪の組織のボスだった。

「えっ。」

流石に驚きを隠せない。

「驚くか。」

「だって幹部すら出てこないじゃないですか。」

 思わずそう返してしまうと彼は大笑いした。悪役のようではなかった。まるで普通の男子高校生がバカ騒ぎしたときのような笑い方だった。

「そうか、そうだな。確かに出してない。ていうかさ、この口調やめていい? 僕これ苦手なんすわ。」

完全にあちらの流れがペースになってしまっている。追いついて食らいついてどうにかしてやろうと思うのだが、困惑するのが精いっぱいだ。

「え? あ、はい。どうぞ?」

「んふふ。ありがと。まあ、そんで本題。」

 悪役は無邪気に笑ってから両手を広げてこう言った。

「僕な、たぶん来年の今頃大学受験に追われてんねん。お前もやろ。」


 だから、一旦休戦にせんか。


 その言葉はヒーローでいることに疲れてしまった俺にとってすごく魅力的なものだった。だけど、それを許さない自分もいる。俺はどうすればいいかわからなかった。

黙りっぱなしのこちらを見て困ったように小さく笑う。

「さすがに信用できひんかぁ。まあ敵対組織のボスに自分も高校生ですって言われたらそうなるよなぁ。どないしよ。」

 彼も困っている。ならば助けてあげるのが、助けてあげないといけないのがヒーローなのではないだろうか。

「な、なら! その恰好じゃなくて高校生らしい格好と身分証明書見せてください。そしたら俺も見せるんで。」

 どんな人でも無条件に助けてあげなくてはいけないのは確かな事実だ。だから交換条件として、信用できるものを見せてもらおうと思った。

 すると、彼が大笑いし始めた。悪の組織らしい笑い方ではなかった。

「お前、ヒーローのくせにおもろいな! ……ひゃあ、くるひいわ。」

 悪の組織のボスはひとしきり笑った後、

「わかったで。」

 と言って変身を解いた。俺もそれを解いた。

「長谷川肇や。」

「俺は市川廉也です。」

「お前いい加減敬語外せや、同い年やろ。」

「う、うん。わかった。」

「それでええで。僕は一組、お前は五組やっけ。」

「うん、そうだけど。」

「そら、会われへんわ。」

 テンポよく流れていく会話。そしてわかる衝撃の事実。なんだかこの感覚が久しぶりな気がして懐かしく感じた。

「なあ、廉也言うたか。レンって呼ぶな!」

 急に親しくし始めた。どうした悪のボス。面影ないぞ。

「レンって五組やから、理系なんか?」

「そうだけど。」

 俺が通っている学校は理系と文系にクラスを分けている

「なあ、化学教えてや。」

「なんで? 教える義理ないでしょ。」

「正義のヒーロー殿は冷たいのう。教えてくれるんやったら、古文漢文を……」

「化学でしょ。どこが分かんないの。」

「手のひらぐるんぐるんやないか。」

 背に腹は代えられない。俺が肇に化学と数学を教える代わりに古文漢文と地理を教えてもらうという交換条件のもと、どういう風の吹き回しかわからないけど、突然希望のごとく現れた普通じゃない同級生と毎日勉強会をすることになった。


 ***


 あれから一年半が経ち、この制服を着るのも最後になった。

「どうにかなったなぁ。受かったし、単位も落とさんかったわ。ほんまにありがとうな!」

「こちらこそだよ。俺も文系教科は虫の息だったし。……あと、別の意味でも俺は礼を言いたい。」

「なんや急に改まって。」

 一年半前、俺の心は冷え切っていた。

 毎日毎日、だれかを救わなくてはいけないことに嫌気がさしていた。困っている人を助けたくないわけではない。困っている人はむしろ助けてあげるべきだと思うし、それがヒーローの役目だと思っている。

 だけどどこかむなしい。何を込めても誰も感謝なんてしてくれない。感謝されるのはいつもヒーローである『コバルトレッド』で、だれも市川廉也に感謝の言葉を送らない。それが嫌いだった。

 そんな状態に終止符を打ってくれたのが長谷川肇だった。

「俺さ、あのころヒーローに嫌気がさしてた。なんで俺がってね。」

「すごいこと言いだすやん、どないしてん。」

「まあ聞いてよ。ヒーローなり立ての時は楽しかったよ? たくさんの人が感謝してくれて、こんな俺でも価値あることできるんだって。だけど気が付いちゃったんだ。これは俺に対してのものじゃなくて『コバルトレッド』に対してなんだなって。」

「おん。」

 真面目に話を聞いてくれる彼には全く悪の組織の首領なんて似合わないなと今更思った。

「で、そのころその活動で忙しくしてたもんだから、周りから友達がいなくなっちゃってさ。高校生活ってこんな暗かったっけってなって。どん底だった。その時にあんたが急に現れて、こんなどん底から引き揚げてくれた。結局見返りを求めてしまう最低なヒーローを救ってくれた。」

「……やめてや。はずいわ。」

 彼の耳は真っ赤に染まっていた。そこに悪の組織の首領という面影はない。

「まあ、あんたは俺にとってのヒーローなんです。はじめて青春を感じさせてくれたヒーローなんです。」

「めっちゃはずいやん。」

 俺はベンチから立って、あの時の肇みたいに両手を広げてこう言った。

「俺から提案がある。このまま友好条約を結ばないか?」

「は? 何を言ってるん?」

 俺は不敵に笑って見せた。まるで最終決戦のように。

「俺は一つ解せないことがある。なんで初めて会ったときに同学年であることを知っていたのか。どうして俺が五組にいることを知っていたのか。なぜ俺の苦手教科が古文漢文現文ってことを知っていたのか。」

「それは、まあ、悪の組織のねぇ? 力っていうやつやろ?」

「その力ってやつは俺にもあんの、忘れんな?」

「っ!」

 腐ってもヒーローはヒーロー。困った人の心を聞くのは得意なのだ。

「昨日、久しぶりに困っている人の聞こえたんだ。すぐさまベルトを巻いて聞こえる方向に走った。着いたらさ、あんたのいるマンションだった。」

「……はぇー詰将棋に負けたわ。こーさん、こーさん。」

「あれ、聞かねえの?」

「お前自分の泣き話聞きたいか。」

「いやだな。じゃあこのまんま友好条約を結ぼうぜ。いいだろ。」

 肇はあの時みたいに笑いながら首を縦に振った。

「なあ、いいこと思いついてん。耳貸せや。ヒーローあるある悪の組織あるある作らんか。それで大儲けできると思うんや。」

 ヒーローってなんだろう。

 俺はその問いに答えられる。自分自身をどんな形でも救ってくれる人がその人のヒーローなんだと思う。その人にとっての救世主、それが俺のヒーロー像。



 問、ヒーローは誰に救ってもらえるんでしょうか。

 答、悪の組織が救ってくれます。(五十点)


 模範解答、中身の人に手を差し伸べる人が救ってくれます。(百点)



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