君の誕生日の代わりに

梅雨乃うた

君の誕生日の代わりに

 君がこれを聞いているかどうかは僕にはわからない。普通に考えたら聞いていないと思うけど、もしかしたらひっそり聞いているのかもしれない。だから、僕は君が聞いていると信じて話すよ。君は、もし聞いていたら、僕の独り言だと思って聞いてくれ。

 そうだな、まずは僕たちが出会ったときの話をしようか。いや、出会ったといったら語弊があるのかな。実際に顔を合わせたわけじゃないんだから。

 あの時、僕があのSNSを使い始めたのは、本当にただの偶然だったんだ。

 政府も全面的に支援していた、画期的なSNS。何年か前に話題になってたし、暇だから入れてみようか、くらいの気持ちだった。あのSNSはナントカとかいう極秘計画の一環だとかいう噂を聞いたこともあったけど、気にしなかった。実際、今はいろんな疑いが出てサービス停止中だけど、当時は新しい技術に対する毎度おなじみのアレルギー反応だろうと思ってたからね。ばかだね、とは言わないでくれよ。君だってそうだろう。

 まあ、そうやって何となくで始めたSNSで、最初のフォロワーが君だったんだ。この最初のっていうのがよくわからないけど、まあ、僕からしたらフォロワー第一号が君だったってわけだ。あの時していた投稿は写真が一つだけだったから、あれを見てフォローしてくれたんだろう。この理由については僕の推測だよ。結局、まだ君になんで僕をフォローしたのかは教えてもらってないからね。

 確か、その写真は部屋の窓からとった景色だった。夕暮れ時のビー玉みたいな青と橙の空が綺麗で、何となく撮ったものだったと思う。今考えたら自宅からとった写真をそのまんま上げるなんて危ないってことはわかるけど、当時の僕にはそんな発想もなかったし、現に今僕はまだ問題なく生きてるから結果オーライってやつだ。

 そうだ、今思いついた推測だけど、言っていいかい。君は、あの景色に見覚えがあったんじゃないかな。答えは次会ったときに教えてくれ。外れだったら外れ、とだけ言ってもらえれば十分だ。

 話を戻そう。そうやって出会った、いや、知り合った僕たちはちょっと変わった文通みたいなものを始めるようになった。きっかけは君が僕の投稿に返信したこと。そんな気は毛頭なかったんだけど、フォロワーが一人しかいないアカウントで呟いたら、君に話しかけてるように思われても無理はないだろう。もし気持ち悪いなとか思ったのなら、ここで謝っておこう。ついでにその気はなかったことも理解してもらえるとなお嬉しい。

 ともかく、その返信にさらに僕が返信して、それにさらに君が返信する。そんなことを繰り返してるうちに、話題は最初の内容からはどんどん外れて、風変わりな、衆人環視下での文通になった。

 今だから言うけど、当時の僕はそういう文字を使った会話において、あるルールを持っていた。自分からは会話を切らないこと。つまりは、絶対返信するってことだ。見当違いなルールだけど、それくらいには会話に飢えてたんだと思う。断言しないのは、いまいちはっきり覚えてないから。誰だって忘れたいことはあるし、人間って案外忘れられる生き物だからね。

 けど、そのルールが自然消滅したころになっても、君との文通は続いていた。僕の二つ目の、そして最新の投稿にずらりとぶら下がって。

 一昔前の駅の掲示板みたいなその文通は、ネットの海に公開されているということもあって、僕はあんまり踏み入ったことは書かなかったし、聞かなかった。君もそうしてるのはわかったよ。僕たちはお互いの、顔も、名前も、住んでいる場所も、声も、何もかも知らなかった。話してる中で同年代なことはわかったけど、正確な年齢も誕生日も知らなかった。

 けど、僕たちは互いのことを誰よりも知っていたと思う。少なくとも、僕は他の誰よりも、君に自分のことについて話したし、他の僕の知り合いの誰についてよりも、君についてよく知っていた。

 ずらりと並んだ顔写真の中から君を見つけることはできないし、全人類の名前が載ったリストを端から端まで読んだって君を見つけることはできないだろうけれど、少しでも話すことができれば、本屋に行ってどの本を手に取るかが分かれば、美術館でどの絵の前で立ち止まるかが分かれば、きっと僕は君を見つけることができた。

 多分、他の人に言ったらただの僕の思い込みだと思われるだろうけど、そうじゃないというのは確信を持って言えた。だってそうだろう。面と向かって話したって、相手がどう思ってるかは推測するしかない。違いは、言葉と表情が現れる場所だけ。

君もそうだったんじゃないかな。

 わざわざ言葉にして確認するなんて、無粋で、こっぱずかしいことはしなかったけれど、きっとそうだろう。行間を読める、とまでは言わないけれど、僕は文章の表面的な意味以上の、表情のようなものを読み取ることに関しては、人並み以上であるという自負はあった。だから、君が文章の中で、どこか陰ったような表情を浮かべるときがあるのにも気が付いていた。

 けど、僕はあえて気づかないふりをした。それを言ったら君を傷つけるのが分かっていたから。もしかしたら、君は僕が気づかないふりをしてるのにも気づいてたかもしれない。いや、僕が気づいたくらいだから君も気が付いていたんだろう。

 お互い、相手の表情に気が付かないふりをしたままの会話。誰よりも互いのことを知りながらも、他人の距離感を保ったままの会話。

 けど、僕にはそれが心地よかった。

 多分一年くらいかな。いや、ごまかすのはやめよう。君も分かってるだろう。正確には一年と53日だ。

 その間、僕と君の風変わりな文通は続いた。君が気づいていたかは、これは本当にわからないけれど、僕は君との文通にいくつかのルールを設けていた。もちろん、さっき言ったルールとは別にね。

 細かいことは会ったときにでも言うけれど、主には返信の頻度と間隔についてだ。話の流れが途切れず、かつ書くのが面倒にならない程度。後者は主に僕が面倒くさがりなせいだから、もし返信が遅いとか思っていたのなら謝るよ。

 とにかく、何が言いたいかというと、僕は君との文通を楽しんでたってこと。

 こういう言葉を使うのは物事を枠にはめるみたいで気が進まないんだけど、あえて言えば、僕と君は何につけても気が合った。もちろん、本の好みや映画の好み、犬派猫派、きのこ派たけのこ派、そういった細かい好みは決して同じではなくって、むしろ食い違うことのほうが多かったかもしれないけど、根本的な考え方とか価値観とかいう部分がうまいこと噛み合ったんだろう。コーヒーと生クリームみたいに。

 けど、そのまんま、その日常が続いていれば、今こうやって僕が君に届くかもわからない言葉を送る必要はないわけだ。

 明けない夜はない、っていうのはよくある言葉だけど、逆に言えば沈まない陽もない。

 僕からすれば半年くらい前。初めて、君からの返信が三日待っても来なかった。今までは三日以内には来ていたのに。今考えたら、君も僕みたいにルールを作ってたのかもね。これの答え合わせは後でしよう。

 僕は悩んだ結果、一週間たっても返信が来なければもう一度メッセージを送ってみることにした。結果は、君も知っての通り、そのメッセージにも、いつまでたっても返事は来なかった。

 正直、それから一か月くらいは気が気じゃなかった。何か気に障ることを言ったんじゃないか。踏み込んではいけないところに踏み込んでしまったのではないか。ほかにもいろいろ考えたけど、恥ずかしいし、全部はずれだったわけだからここでは割愛させてくれ。

 ここで一つ、君に謝らなければいけないことがある。確か、僕は君の顔も、名前も、住んでいる場所も知らないって言ったよね。あれは嘘だ。君の顔も、名前も、何なら住所まで、僕は知っている。もちろん悪いとは思ってるけど、怒らないで聞いてほしい。君と話していた間は、本当に顔も、名前も、何もかも知らなかった。これは神に誓ってもいい。

 きっかけは数か月前の大掃除だった。君も知っての通り、僕の部屋には大きな本棚がある。僕が買ったわけではないし、借るときに本棚付きだという話も聞いていなかったから、多分僕の前にここに住んでいた誰かさんが置いていったものだろう。その大掃除の時、妙にやる気に満ち溢れていた僕は、ここに来て初めてあの巨大な本棚を動かした。埃がたまってないか見てみよう、例の黒光りする奴がいないか確かめよう、それくらいの気分だった。

 まあ、君なら僕がそこで何を見つけたかはわかるだろうけど、あえて言うよ。そこに黒光りする奴はいなくって、埃は多少たまっていたけれど、それよりも僕の気を引くものがあった。近所の書店のレシートだ。それも、僕がここに越してくるより前の日付の。

 それが君の物だっていうのはすぐにわかった。さっきも言った通り、君については誰よりも知っているから。それに、そのレシートの裏に書かれていた四文字も、僕の知っている君の言葉だった。

 それからというもの、今までが嘘のように僕は活動的になった。とはいっても、世間一般でいう大学生活を満喫したというのとは少し違う。ただひたすらに、君の痕跡を探し続けた。その過程で近所の人たちとも会ったら挨拶する程度の仲にはなったし、以前より外に出るようになったから君には感謝してるよ。

 僕の素人丸出しな聞き込み調査は意外にもまあまあの成果を出して、君の名前と顔、あとそれ以外にもいくつかのことについて聞くことができた。

 彼らが言っていた君の様子や生活も、僕が知るそれと合致した。それで大体の事情は分かったよ。

 君の住所については、言うまでもないだろう。だってそれは僕の住所でもあるんだから。

 さて、ここまで言ったらもう君には分かってるだろう。

 僕は今から君に会いに行くよ。

 わざわざ慣れないお洒落までしたんだ。門前払いはしないでほしいな。

 聞いたところによると、そういった化粧とか身だしなみとかを代わりに整えてくれるようなサービスもあるみたいだけど、きっと僕は適用範囲外になるだろう。

 それに、君に会いに行く時くらいは、自分で身なりを整えたい。

 そうそう。なんで今日という日を選んだのかについても一応言っておこうと思う。まあ、これも君ならばわかっているとは思うけどね。

 今日は、僕にとっては君の誕生日みたいなものなんだ。もちろん、僕は君から誕生日について聞いたことは無かったし、誕生日っていうのは聞き込みをしてわかるものでもない。だから、正確に言えば、いや、常識的に言えば今日を君の誕生日だというのは的外れもいいところだけど、僕はあえてそう言うよ。

 君は、人が誕生日を祝う理由についてどう思っているかな。模範解答は一年の健康を祝うとか、成長を祝うとか、そんなところだろう。僕もそれを否定する気はないけれど、もう一つあるんじゃないかと思ってる。

 誕生日っていうのは、その人の人生を定義し、象徴する数字でもある。だから、その人の人生に敬意を示し、尊重して、そのことを忘れないようにするために、毎年大袈裟ともいえるほどに祝ったり、祝福したりする。

 だったら、誕生日と同じくらい価値がある数字が、もう一つあるだろう。生まれた日と、対になる数字。誰かの人生を象徴し、定義づける、もう一つの数字。

 君の誕生日は僕にはわからないから、そのもう一方の数字を君の誕生日として祝福するよ。

 初めから会えないことを定められていた二人が再会を果たすには、これ以上ないほどにぴったりな日だろう。

 そうそう。あの、「時を跨ぐ」が売りだったSNS。

 サービス停止の理由の一端には僕たちみたいなのも含まれているらしいよ。

 世間が言うには、世の理に反するとかなんとか。

 けど、僕たちの物語の本編は幸いにもサービス停止の前に最後の頁に届いていた。

 だから、僕は今から君に会うために。

 二人の物語の後日談を始めるために。

 君のところへ、とんでんでいくよ。

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