第7話 暴かれし真実
「おいおい、ちょっと待てよ百瀬。犯人がこの中にいる……だって?」
語気の強い口調で美咲が言う。
それに対し、百合花はあくまでも冷静に言葉を返した。
「
「偽装の手助け……?」
美咲は不審そうな表情で百合花の言葉を反復する。
「ええ。そもそも蜜峰さんが生きていたのであれば疑問点が多く出てきます。どうやって検証をしていた倉敷さんを騙し通したのか。第一発見者である美咲さんの目撃したという血塗れのバスルームとは。現場に落ちていた注射器とははいったい何に使われたものだったのか?」
「僭越ですが百瀬様。それらは既に解決したのでは?」と、すかさず八代が口を挟む。
「あれは全て憶測のものにすぎません。事実は別にあるのですよ、倉敷さん」
百合花は不敵に笑みを浮かべた後、周りを見回してから続きを語り始めた。
「まず、第一発見者である美咲さんが見たというバスルーム。そこは少し不自然なほどに血塗れだった、と言っていましたわね?」
「あ、ああ。そうだな。ちょっとやそっとの量じゃない。普通にあれだけ出血していたら普通は―――いや、だが蜜峰は生きていた……」
「そうです。つまり、あれは偽装工作の一貫だったのですわ。蜜峰さんが自身の死を大胆に欺く為……発見された時のインパクトを強くし、彼女が確実に死んでいると思わせる為の布石。ですが、それだけの量を自らの血で補っていたというのは間違いなくあり得ません。どう考えても無事では済みませんからね。つまり、それらの血は
「偽物……!? だが、蜜峰の手首からは確かに血が―――」
「ええ。手首の傷は本物でしょう。しかし、それはあくまで死に至らない程度のものだった。それが死因であると見せかけられたらそれでいいというレベルのね。では、偽物の血液はどこから調達したのか? それは現場に落ちていたとある物品がヒントになっているのです」
「まさか、注射器か……?」
「正解です。あらかじめ偽の血液を注射器に溜め込んでおいて、それをバスルーム中にぶちまけたのですわ。その際、普通なら付着しないような場所にまで血痕がついてしまった。それこそが、血塗れのバスルームの正体です」
百合花の言葉を聞いた美咲は目を細めて着席した。先程まで開いていた口はすっかり閉じている。
「それが仮に事実であるとして」
静かに手を挙げながら、八代が意を示す。
「それならば、注射器によって死を偽装する為の薬などは使えないということになりませんか? 蜜峰さんはいったい、どうやって私の検証を騙し通したのですか?」
「そうですわね。そもそも、死を偽装する薬など存在していなったのですよ。蜜峰さんはあくまで発見者である美咲さんを欺くだけで良かった。その後の検証において、彼女はその必要性を感じていなかった―――そう、倉敷八代さん。貴女が彼女の死を証明してくれると確信していたからですわ」
「それは―――」
「ちょ、ちょっと待て! それじゃあなにか……倉敷が犯人だってのかよ!?」
言葉を詰まらせた八代を押し退けるように、美咲が思わず反論する。
「倉敷はアタシが呼んだ! 誰でもない、アタシの判断でだ! つまり、この事件に倉敷が関わるかどうかはアタシの判断にかかっているってワケだ。それを蜜峰がどうやって……未来が見えるワケでもないだろうに―――」
「ええ。蜜峰さんは読めなかったでしょうね。しかし、この事件を起こした本当の犯人―――計画者、と呼ぶべきでしょうか。その者にはこうなることが予想できていたのですよ。美咲さん、貴女が倉敷さんを真っ先に呼ぶことをね」
「計画者……だって? それはいったい―――」
「そもそも、部屋に軟禁されていたはずの蜜峰さんが血液の入った注射器を手にすることはできません。それを彼女に手渡し、死を偽装させた計画者……。美咲さん、貴女にならそれが誰かわかるはずですわ」
美咲はハッとした表情で口籠る。
「それは……それじゃあ……。いや、だけどよ……どうしてアイツがそんな真似を……?」
「それを協力者の方に説明して貰わなければなりません。倉敷八代さん、貴女にね」
百合花が指をさした先にいるのは、黙り込んでいた一人の少女―――倉敷八代。
「百瀬様……貴女は、蜜峰漓江の事件について、どう思われていますか?」
ぼそり、と。
八代は掠れた声で、百合花に向けて問い掛ける。
「どう、とは?」白々しくもある態度で、百合花は言う。
「彼女が起こしたという事件……渋谷様を巻き込んだ監禁事件について、です。なにか不自然だとは思われませんでしたか?」
「不自然、ですか。生憎と検討が付きませんが……あれは間違いなく彼女が引き起こした事件です。それは、そこにいる濠野摩咲、紅条穂邑の両名が証明できると思いますが?」
「いえ、それは疑いようのない事実でしょう。ですが百瀬様……いいえ、百瀬百合花。貴女には隠していることがある……その権力を使ってまで、蜜峰漓江を軟禁し、事件の事実を表沙汰にしないことで、隠蔽しようとしたことがあった……そうではありませんか?」
今度こそ、八代は意思の込められた強い口調で言い放つ。
「なるほど。それは、どういう?」
まるで全てを見通していると言わんばかりの態度で百合花は問い返す。
「そうですか。あくまで、私に認めさせたいと、そう仰るのですね」
八代は立ち上がり、腹を括るように深呼吸をして、
「
八代が放った一言に、その場がざわつく。穂邑は思わず席を立ち上がり、美咲はやれやれと言った表情で目頭を抑え、摩咲は呆然とし、絵瑠は口元に手をあてながら目を丸くしていた。
ただ、百合花だけがその発言に対しても表情を変えないまま八代の目を見つめていた。
「それを貴女がどうやって知ったのかは聞くまでもありませんが―――わたくしが最後の証明として、ここで明かすとしましょうか。確かに蜜峰さんは事件中の記憶を部分的に持っていませんでしたが―――しかし、それは些かニュアンスが異なります。正確にいえば、本来とは異なる彼女の別側面の意識によって事件が引き起こされたのです」
「え、ちょっと待って。それって」穂邑がたまらずに口を挟む。
「そう。
穂邑は唖然とする。
それは、どこまでいっても彼女にとって他人事とは思えない事実であったからだ。
「彼女は事件を起こした張本人ではありますが、彼女の中にはふたつの人格があるのです。普段の人格とは違う、もうひとつの裏の人格―――それが今回の事件を起こした真の存在ですわ。当然ながら精神は別でも同じ肉体によって行われた罪。蜜峰さんはそれを償う必要性があり、彼女自身もそれを認めていました。事実、ところどころの記憶は持ち合わせておりました。例えば、紅条さんとの関わりといった」
「蜜峰さんが……そんな……」
「彼女が豹変した、と感じられたならばそれが最大の証明でありましょう。紅条さんはそれを体感したのでは?」
百合花の言葉に、穂邑は思い当たる節を頭の中で浮かべながら押し黙る。
「これで真相は見えましたわね。倉敷さん、貴女はこの計画を立案した者にその情報を伝えられた。そして、何らかの理由で計画者に賛同し、蜜峰さんの死を偽装する為に行動した。美咲さんは計画者の思惑通り、まんまと倉敷さんに連絡をつけてしまった。―――では、これらを行った計画者とはいったい誰か? まあ、ここまでお膳立てをすれば、ここにいる誰もが思い当たる人物がいらっしゃるのではありませんこと?」
百合花がひとりひとりの顔を見回す。
八代は俯きながら沈黙を続け、摩咲は理解できていないと言わんばかりに呆然とし、美咲は己の不覚に頭を抑えながら、絵瑠は蚊帳の外であったが―――
紅条穂邑は、ゆっくりと百合花に向き合う。
その顔は何かに気付いていながらも、自分の口から発するのは躊躇われる―――そんな憔悴したような表情であった。
「あら、誰も答えを言いませんのね。それでは、わたくしから言わせて頂きましょう。今回の事件。蜜峰さんの死を偽装する計画を立てた人物。その名は―――」
そうして。
ひとりの少女の名が、告げられる。
「
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