第6話 円卓会議、再び
事件はひとまずの収束を果たした。
紅条穂邑は、蜜峰漓江の引き起こした事件によって失踪した親友―――渋谷香菜を取り戻した。
しかし、再び音信不通となってしまった親友を探すために彼女は自ら行動し、傷付き倒れ伏していた親友を救出することに成功した。
三日月絵瑠は、紅条穂邑に命を救われ、百瀬百合花の助力によって自らの居場所を手に入れることができた。
そして、その二人が関わっている事件に、自分から首を突っ込むことになった―――だが、それは決して恩義からくるものではなく、ましてや好奇心などでもない。
百瀬百合花は、己の管理する学院、そして茨薔薇という存在を統べる人間としての責任感によって、蜜峰漓江の引き起こした事件を解決すべく行動した。
けれど、その事件の裏に潜むもの―――それこそが彼女の追い求めるべき存在であるのだが、それを識るのは彼女本人だけであった。
渋谷香菜は、蜜峰漓江の引き起こした事件に巻き込まれたが、その本質は彼女が自ら身を投じた結果であった。
そうして、彼女はある違和感を得た―――勘違いであると思い込もうとしていたが、それを確信へと変えさせる存在、三日月絵瑠と出逢ったことにより、彼女は本格的に行動する決意を持った。
蜜峰漓江の事件は終わり、その結末を迎えることとなる。
しかし、まだ本質のところは解決していなかった。死んだはずの蜜峰漓江はいつの間にか事件現場から消失し、失踪していた渋谷香菜と共に学院校舎にて発見された。
ここからは事件の中身―――そのトリックを推理する時間である。
百瀬百合花による円卓会議。
事件の真相を暴くため、少女達の討論が始まる。
◆◆◆
茨薔薇の園、四階―――円卓の間。
そこに集まった人間は合計で六名。
「さて。それでは円卓会議を始めます。今回は特例として寮監である濠野美咲さん、わたくしの傍付きである三日月絵瑠、渋谷香菜の代理として紅条穂邑の三名を招き入れています」
代表―――百瀬百合花が号令をかける。
「ま、アタシは基本的に必要なければ会話に加わることはないから安心してくれ。もちろん、このバカもだが」
寮監―――濠野美咲は、妹である摩咲に視線を向けながら棘のある台詞を漏らす。
「うっせぇ、わかってるよそれぐらい。オレだって今回はほとんど無関係みてぇなモンだからな」
「寮監様はともかく、貴女まで動いていたのですね」
淡々と冷静な口調で摩咲に声を掛けたのは、現場を検証していた少女―――倉敷八代だった。
何を隠そう、彼女もまたこの円卓会議に加わる資格を持つ一人―――円卓序列七位、つまりレベル5のお嬢様なのである。
「ああ、まぁな。
「ったく、勝手なことしやがってさ。ま、アタシが警護を依頼したのはこのバカだけじゃなかったし、一人が欠けようが問題はなかったんだが……少しは反省しろよ、摩咲」
呆れたように溜め息を吐く美咲。
そんな彼女達の会話に割って入るように、穂邑が声を上げる。
「香菜と蜜峰さんの容態は……本当に、無事なんだよね?」
「ええ。今頃は敷地外の病院に搬送され、適切な処置を受けているでしょう。信頼のできる人物を付き添わせていますので安心して下さいな」
百合花がそこまで言うと、怪訝そうな表情をした美咲が口を出す。
「ああ、それだ。どうにもおかしなことになってやがるよな。
美咲に続くように八代も言葉を紡ぐ。
「その通りです。私が彼女を診たとき、確実に死んでいたはずです。少なくとも脈拍は完全に止まっていた。それが生きている、というのは全く持っておかしな話では?」
二人に突きつけられた疑問。それは間違いなく、今回の事件を暴く上で重大な議論点である。
百合花は少し間を置いたあと、息を吸って静かに話し始めた。
「それでは、まずは各々の体験した事実、それと感じている所感、ついでにこの事件の真相についての推理もあれば披露して頂くことにしましょうか。まずは第一発見者である濠野美咲さん、貴女からどうぞ」
指名された美咲は、やれやれといった感じで立ち上がり、周りを軽く見回してから口を開く。
「アタシが蜜峰の死体を見つけたのは午後三時頃。それからすぐ百瀬に連絡して、倉敷を呼び出し、警備班を動かした。倉敷が来てから現場周辺を封鎖して、アタシは寮監室へと戻って監視カメラのログを確認。再び現場に戻って少しすると百瀬と合流。検証の済んだ倉敷が出てきてから数分後、現場を確認したら蜜峰の姿が消えていた。それからはずっと現場の監視に努めていた。ここまでがアタシが実際に体験した事実ってヤツだな。正直、何がなんだかわからないし、アタシが言えることは特にない。考えるのは他に任せる」
言い終わり、着席する美咲。
それに続くように、摩咲が立ち上がる。
「オレはもっと役に立たないぞ。香菜のヤツを探していたら紅条達に出くわして、そのまま一緒に動いて校舎を探索していたら蜜峰のヤツを見つけた。周辺を探し回って見たが犯人的なヤツは見当たらなかったし、紅条が香菜を見つけて、百瀬百合花が校舎にやってきて……ああ、今回ばっかりはほとんど蚊帳の外だな。思うところがあるとするなら……そうだな……香菜のヤツが背中に傷を受けていて、蜜峰がナイフを持っていたってんだから、結局は蜜峰のヤツが犯人だったんじゃねぇか?」
それだけ言うと、満足するように摩咲は着席する。
「それは少し軽率なのでは?」
そこで、八代が声を上げながら立ち上がる。
「私は確かに蜜峰漓江が死んでいるところを目撃している。いや、現に生きているのだから、それは真実ではなかったのでしょうが……では、私が見たものはなんなのです? まさか、死んだフリをしていた―――なんて、バカバカしい発想にはならないでしょうね?」
「けれど、確かに蜜峰さんは生きていた。僕やえる、摩咲もちゃんと確認してる。それなら、嘘をついているのはあなたとしか思えないけど?」
穂邑が割って入るが、それを百合花が手で牽制する。
「それこそ軽率でしょう、紅条さん。確かに倉敷さんの検証が虚偽であればすべての辻褄は合うかもしれません。ですが、それは難しいお話です。なぜなら彼女にはそうする動機がないからです」
「動機―――」
「倉敷さんはあくまで美咲さんがその場の判断で呼び出しました。それまでのアリバイも監視カメラで確認が取れています。仮に蜜峰さんが死んでいなかったとしても、倉敷さんが意味もなくそれを死んでいると決めつける理由はありません。ならば答えはひとつ。
百合花が言い放つと、その場にいる全員が息を呑んだ。
「偽装……って、いや、でも待てよ百瀬。アタシや倉敷が見たあれは蜜峰の自演だってことか?」
「そんな……あり得ません。私は確かに彼女の脈拍を確認して―――」
現場に立ち会った二人だからこそ、それが非現実的なことであると強く感じている。だが、実際のところ、蜜峰漓江か生きていた理由を他に説明できないのも確かではあった。
「あの現場にあったものでそれを説明するとするならば、その解は自ずと限られてきます。例えば、中身もなく転がっていた注射器、といった」
「まさか―――」と、八代は目を丸くする。
「あれが彼女の命を絶つためのものではなく、死を偽装するために使用されたものだったとしたら?」
「アタシは詳しいことはわからないが、もしそれが可能だとして、蜜峰がわざわざそんなことをした理由はあるのか?」
「それはわかりません。が、事件の真実としては辻褄が合いますでしょう?」
「それは、そうだが……動機がわからないと、ただのこじつけだろ、それは」
「いいえ、動機ならばあります。確かに彼女が死を偽装した理由まではわかりませんが、彼女の目的であれば理解できますわ」
百合花は穂邑の方を見やる。
それに気付いた穂邑は、席を立って周りを見回す。
「蜜峰さんは血塗れのナイフを持っていた。そして、香菜が背中に負っていた傷……それが彼女によってつけられたのだとしたら、きっと蜜峰さんの目的は香菜だったんだ」
歯を食いしめながら、穂邑は言葉を続ける。
「きっと、香菜は何かに気付いていた……。それが何かは僕にはわからないけど、蜜峰さんにとっては致命的なことだった。だからきっと、蜜峰さんは自分を死んだと思わせて、香菜を誰もいない校舎に呼びつけて……犯人のわからない殺人を犯そうとした、んじゃないかな」
「なるほど。だが、結局はオレ達に見つかっちまったってワケか。ハッ、良いザマだなオイ」
「……でも、僕にはどうしても、それが蜜峰さんの真意だとは思えない。だって、最後に彼女は謝っていた。きっと、本当はそんなこと、本心では拒んでいた……そんな風に思うんだ」
「香菜のヤツを刺しておいて、謝ったって済む問題じゃあねぇだろ? オマエ、まさか蜜峰に同情でもしてんじゃねぇだろうな?」
「いや、そんなわけじゃないけど―――」
穂邑はそれ以上なにも口にせず、その場に着席した。
そんな彼女の様子を見守っていた百合花は、再びこの場を纏めるように口を開く。
「ではここまでの情報を整理しましょう。蜜峰さんは死を偽装していて、わたくし達は彼女に欺かれた。何かに気付いた渋谷さんを始末するため、蜜峰さんは校舎にて渋谷さんを刺したものの致命傷には至らず、本人も手首の出血によって体力を失い、倒れたところを穂邑さん達によって保護。そのまま渋谷さんも無事に見つかって、二人は敷地外の病院へと搬送された。今回の事件、その一連の流れとしてはこんなところでしょう」
そこまで解説した百合花は少し間を空けて、
「―――なんて。本当に、
「え……?」穂邑は驚くように口を開ける。
「残念ながら、この事件の真相はこれで終わりではありません。確かに一部は正しいのでしょうが、結局はただの憶測にすぎません。確かめなければならないことはまだあります。そして、
場の空気がざわつく。
誰しもが一人の少女―――百瀬百合花を見つめ、その言葉の真意を理解できていなかった。
……いや、正確に言えば。
「さて。では、お約束のようではありますが。僭越ながらこのわたくしが、この言葉を宣言させて頂きましょう―――」
高らかに。厳かに。
それはまさしく、真実を暴く者としての立ち振る舞いであり。
「
それこそが。
この事件を解決に導く、真の宣言であった。
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