第4話 友の行方

 穂邑と絵瑠の二人は、寮から外へ出て学院の方へと向かっていた。


 学生寮―――茨薔薇の園から学院校舎への道はまっすぐ伸びていて、ガーデニングされた花や草木が道筋の両端にずらりと並んでいる。

 レンガで敷かれた道が続き、所々にベンチや電灯が等間隔で配置されていて、日曜日ともなると寮から外へ出てこの辺りまで出てくる生徒達も少なくない。


「ところで、ひとつ気になってるんだけど」


 穂邑は、隣で歩いている絵瑠に対して問い掛ける。


「……その格好、なに?」


 そう言って指差した絵瑠の服装は少しばかり異質なものだった。

 白のワンピースは相変わらずなのだが、それにあまり似つかわない黒のキャップ帽と白いマスクを着けている。


「えっと、その。百合花さんが、外に出るときはこれを必ず着けなさいって……」


 本人も納得はしていないのか、渋々といった様子で絵瑠は答える。


「ふうん……? 夏場だし帽子はわかるけど、なんでマスク……?」


 穂邑は百合花を初めて見たときの姿を思い浮かべる。

 あのゴスロリに比べたら目立ちはしないし、休日なので私服でうろついている生徒がほとんどなので、質素なワンピース姿もこの場に溶け込めているとも言える。

 ……が、マスクを着けているだけでやはり浮いてしまう感は否めない。帽子にマスクという組み合わせはどこか不審者じみてもいた。


 しかしながら、絵瑠から溢れ出る美少女オーラ的な何かがそれを和らげているのも確かではあった。

 彼女が帽子とマスクを外してありのままを曝け出した時、きっと一部の女子達から注目の的になることは請け合いだろう。


 そこまで穂邑は思考して、必要以上に目立っていなければいいか―――なんて結論で落ち着いていた。


「それにしても、いませんね……香菜さん」


 絵瑠が呟く。

 二人で歩きながら周囲に目を配らせているものの、一向に香菜の姿は見当たらない。


「まあ、音信不通になるくらいだから、何かに没頭しているのかもしれないけど……用事があるとは言っていたし、それがどこで行われているのか―――」


「それがわかりゃ苦労しねぇんだよなぁ」


「そうだよね……。えるは香菜の顔もちゃんと覚えてるわけでもないだろうから、僕がしっかり注意して目を凝らしていないと―――」


「わたしなら大丈夫です。こうみえて、物覚えはいいほうなんですよ?」


「へえ、そりゃあいい。オレはすぐ忘れちまうからな。ま、さすがに香菜のヤツの顔は忘れたりしねぇけどさ」


「それでも、やっぱり僕が一番付き合い長いわけだしね。まったく……どうしてこんな大事なときに、僕に何も言わないで、また―――」


「ははっ! 結局はオマエも信用できねぇってだけじゃねぇのかよ。アイツもあんなナリでも頭だけは良いからな。自分に付いてこれる人間なんてそうそういない、なんて高を括ってやがってもおかしくはねぇよなぁ?」


「わたし、香菜さんとは全然お話もできてないので、あんまり言えることはないんですけど……でも、ほむらさんと仲良くしているところを見て―――わたしも、いつか心を許して貰えるようになりたいなって……だから……」


「えるは本当に優しいね。ありがとう。香菜がえるに対してなのは、ちょっと深い事情があるみたいなんだ。でも、きっとそのうち解ってくれるよ。えるはえるだって。だからえるも仲良くなれるさ」


「……ま、その辺のあれこれはオレも少しは解るつもりだ。正直アイツがあそこまで怒鳴り声を上げるだなんてビビったもんだが、その心情を考えれば理解できなくもねぇしよ。オレはオマエが……あー、いや。この話はヤメとくか」


「…………、ところで。そろそろ言ってもいい?」


 穂邑はしびれを切らすように、右隣にいる絵瑠とは反対方向―――左隣へと視線を向けて、


「いつの間にいたの、摩咲ちゃん」


 そこには、見知った顔―――濠野摩咲の姿があった。


「うるせぇな。いつからだって別にいいだろうが。つーかツッコミおせぇぞ、?」


「……ああ、なるほど。いざやられるとムカつくんだな、それ」


 口元をわざとらしく尖らせながら、悪ふざけのように穂邑は言った。


「えっと、その。ところで、そちらの方は……?」


 恐る恐るといった風に、絵瑠は穂邑に向けて尋ねる。


「ああ、コレは……いや、えるは関わらない方が―――」


「オイ、なんだよその扱いは! つーかコレとか言うなこのボクっ子ヤロウ!」


「だって君、不良だろ。あと僕がボクっ子なら摩咲はオレっ子ってことになるけど? いや、ちょっと待って……もしかして案外、僕たちって似たもの同士なの……?」


「誰がオマエなんかと似てるってんだよ! オレは確かにだけど、中身までオマエみたいに腐りきってなんかいねぇからな!」


「……腐りきって? いったい何を指してそう例えたのかな?」


「決まってんだろガチレズ君がよぉ! ずっと思ってたが、オマエの女を見る目、なんかイヤらしいんだよなぁー!」


茨薔薇こんなとこにいて今更なにを言うんだか。女の子はさ、女の子と恋愛すべきなんだよね」


「ゲェーッ! やっぱりオマエそっちかよ! まさかオレのことまでこんな目で見てやがんじゃねぇだろうな!?」


「あー、ごめん。これでも恋愛対象はそれなりに絞っているつもりなんだ。君は……まあ、うん。百歩譲って見た目は耐えだけど、言動も行動も果てしなく論外。飛び越えすぎてさよならホームランで場外、ってカンジ」


「んだとゴルァ!?」


 そんな二人の漫才のようなやり取りを眺めていた絵瑠は、気付けば笑い声を上げて腹を抑えていた。


「お二人とも、とっても仲がいいんですね」


「「どの辺が!?」」二人の声がハモる。


「あはは。そういうところが、です。少しだけ羨ましい」


 絵瑠にそう言われると、穂邑と摩咲は不本意げな顔をしながら視線を背けた。


「……で? 結局、摩咲は何してるわけ?」


「決まってんだろ。香菜のヤツがまた音信不通だって聞いちまえば、オレが動くには十分な理由だ」


「なるほど。寮監―――美咲さん、だっけ? あの人は君のお姉さんだもんね」


「情報は確かにアイツからだが、こうして動いてんのはオレの意思だ」


「ああ、はいはい。それくらいはもうわかってる。摩咲がどうしようもないくらい、香菜のことが好きなんだってことはさ」


「んだとコラ。別にそんなんじゃねぇよ。オマエと一緒にすんじゃねぇクソビッチ」


「あの、二人とも……そろそろ、それくらいで」


 少し会話すればすぐにケンカ腰になる二人を仲裁するように、絵瑠がその間に割って入り込んだ。


「大丈夫だよ、える。こう見えて周囲にはちゃんと意識は向けてるからね」


「怪しいモンだなぁオイ。ま、オレだって香菜のヤツを見つけるって目的は最優先事項だしな。こんなヤツに構ってるヒマはない、ってこった」


「随分な言い草だけど。それなら別に、わざわざ僕達に合流する必要もなかったんじゃない?」


「そうでもねぇよ。オマエの性癖に関しては全身の毛穴がムズムズするくらい許容できたもんじゃねぇが、オマエの香菜に対する理解度は悔しいが認めるしかねぇ。オレだって結局はレベル5同士、円卓上での付き合いがほとんどなんだ。オマエみたいに一年中べったりなヤツは、この学院のどこを探したっていやしねぇだろうよ」


「まあ、それは当たり前なことだね。香菜は僕のだし」


「ああ、クソ。やっぱりオマエとは一生ソリが合わねぇ気がすんなぁ……!」


 会話を続けているうちに、三人は校舎の手前まで辿り着いていた。

 周辺にはテニスコートや裏庭に続く道などが見当るものの、休日ということもあって人の気配は特にない。

 そこかしこに公園感覚で集まっていた生徒達も、この辺りまで脚を運ぶことはないのだろう。


「そういや、昨日もオマエとここで会ったんだっけな。ったく、香菜のヤツ。アイツが揉め事を起こさなきゃ、こんなことには―――」


 ぶつぶつと独りごちる摩咲を尻目に、穂邑は校舎の中へと視線を凝らす。


「人の気配はしない、か」


「行きましょう。穂邑さん、摩咲さん」


「お、おう。なんつーか……調子狂うな、やっぱ」


 こうして、三人は茨薔薇の校舎へと足を踏み入れるのだった。

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