第6話 導き出した答え
茨薔薇の園。
四階、レストランフロア。
僕と香菜は昼食を摂るためにやってきた。本当は自炊したいところではあるけれど、食材がまったくないので仕方なし。
本来はレベル5のお嬢様しか利用できない場所であるらしいが、その従者や傍付き、さらには寮監といった者達には特別に利用許可が下りているらしい。
円卓の間からエレベーターホールへと向かう通路の中間地点は十字路になっており、それを曲がった片方の道の先にレストランフロアが存在する。
ちなみにもう片方は大浴場らしい。個別の部屋にもバスルームは設置されているが、なんでも生徒会長である百瀬百合花の趣向によってそのようなものが作られたのだとか。
流石はこの寮―――いや、茨薔薇の敷地すべてを所有する百瀬財閥の御令嬢。この程度の我が侭はお手の物、というわけだ。
さて。
僕は香菜に付き添うようにしてレストランフロアへと辿り着いていた。そこはやはり想像を絶する空間であり、まるで高級ホテルのそれである。いやまあ、高級ホテルなんて行ったことがないので完全にイメージではあるのだが。
どうやらこのレストランは決まった時間帯に専属のコックや従業員が務めているらしい。テーブルは四人がけのものがおよそ六つ。こんなに必要かは疑問だが、まあ僕にはお金持ちの考えることなんて理解し得ない。
「あれ? あそこにいるのって―――」
ふと香菜がなにかを見つけたように声を上げる。
彼女の視線の先につられて目を向けると、そこにいたのは―――
「百瀬……百合花……!?」
間違いない。
朝方に行われた円卓会議において初めて目にした少女。これまで一年間まったく会うことができなかった存在。
そして、それだけではない。
その隣に座っているのは僕の見知った少女―――三日月絵瑠が共にいた。
「おーい、せんぱーい!」
香菜が手を振りながら駆け寄っていく。
何それ、そんな気軽な感じなの……?
「あら、渋谷さん。御機嫌よう」
どうやら百瀬百合花と絵瑠は食後のティータイムと洒落こんでいる様子であった。
これまた高級そうなティーカップを片手に、優雅な仕草で香菜に向けて言葉を返す。
「あ……こ、こんにちは」
そして、どこか気まずそうな表情で挨拶をするのは絵瑠だった。それに気付いた香菜は少し固まってから、
「あー……、うん。ごめん、お邪魔しちゃったみたい。あたし今日はほむりゃんと食べに来たから、こっちはこっちで―――」
「ほむりゃ……? あっ、ほむらさん!」
絵瑠は僕の姿に気付くなり、ぱぁっと明るい笑顔になって手を振ってきた。なんだこの子、無邪気かわいいすぎない?
よく見たらとても可愛い……いや、少しやりすぎな衣装というか……コレどう見ても百瀬百合花のセンス……黒のレースをひらひらさせた豪奢なドレスに……百瀬百合花はそれと同じ意匠の白いドレス……まるで姉妹のようで似合っているけど、いやうん、どう見ても……ゴスロリだ……。
ゴスロリだった……(大事なので……)
「こんにちは百瀬先輩。えるは上手くやってるみたいだね」
僕は心を落ち着かせながら平然と彼女達に向き合う。
なんだか現実味のない光景だ。まるでゴシックの世界観に紛れ込んだような。どこまでいっても慣れることはなさそうだったが、まあ他人の趣味に口を出すのは野暮ってものだ。うん。
「紅条さんも御機嫌よう。ええ、彼女はしっかりしています。わたくしが圧倒されてしまうくらい、とっても素直」
そうやって語る百瀬百合花は、どこにでもいる普通の少女のように思えた。
「あの、ほむらさん。よかったら一緒に―――」
「ああいや、あたし達は別で食べるから。行こ、ほむりゃん」
香菜に袖を掴んで引っ張られる。絵瑠がなにか言いたげな様子だったが、最後までその言葉は聞けなかった。
「ちょっと香菜、挨拶くらいは―――」
「いいから。先輩達はもう食べ終わってたみたいだし、これ以上邪魔しちゃったら怒られるでしょ」
まったくそんな感じには見えなかったし、なんなら絡みに行ったのは香菜自身では―――なんて突っ込みは通用しなさそうだった。
できれば、この機会に百瀬百合花と交流を……いや、率直に言えば彼女自身に特別な興味はなく、ただ彼女の持つ知識や情報を手に入れたい。
しかし、そんなことを香菜に言っても仕方がない。まだこの生活は始まったばかりなのだ、急ぐ必要もないだろう。彼女達が普段からここで食事を採っているのなら、いずれまた会うこともできるはずだ。
まずは手の届くところから順番に。
ひとつずつ丁寧に、漏らすことなく解決しよう。
◆◆◆
昼食はメニューから選ぶことができたので無難なハンバーグを戴いた。
やはり自炊とは比べ物にならない。学院での昼食は学食なのだがそれともまた違う。本物の味がそこにはあった。
そうして食後。
気付いた頃には百瀬百合花と三日月絵瑠の姿は消えていた。挨拶くらいしてくれてもよかったのに、とも思ったが、失礼を働いたのはこちらが先だ。主に香菜が。
まあそれはそれで好都合である。
この辺りで香菜に気になっていたことを聞いておきたい。
まずは蜜峰漓江によって起きた事件について。
香菜が監禁されていたという話ではあったが、詳しい内容については未だに知らないままだった。
僕がそれについて説明を求めると、香菜は真面目な表情をして語り始めてくれた。
「まず先に言っておくんだけど、あたしはほとんど知らないんだ。船橋さんが監禁されていた場所―――裏庭の倉庫に向かって、そこで確かに蜜峰さんに襲われた。その時におかしなスプレーのようなものを吹きかけられたり、注射器を打ち込まれたりしたことは覚えてる。そこからは意識が朦朧として……蜜峰さんになにかされたのはなんとなくわかるけど、それだけ。そこから先は意識を失ってて、気が付いたら百瀬先輩に助けられてた」
「まさか。だってほぼ二日間だよ? それだけの時間、ずっと気を失っていたなんて―――」
「うん。あたしもそれはおかしいと思ってる。多分、途中で目が覚めたりしたのかもしれないけど、少なくともその時の記憶はないんだよね。蜜峰さんの……媚薬? それの効力が強すぎたのかもしれない。そもそも、媚薬ってあんなに強力なものだったっけ?」
「僕もそれはわからない。でも自分で体験した感想としては間違いなくアレは危険なものだった。一番酷いときは身体を動かすこともできず、触れられるだけでその感覚に敏感に反応してしまうくらいに……」
「ほむりゃんは蜜峰さんになにかされたの?」
「僕は幸いにもギリギリのところで摩咲に助けられたからね。まあもう少しで危なかったとは思うけど」
実際、あのままいけば間違いなく蜜峰さんに身体を捧げることになっていたに違いない。
彼女が同性愛者だったのかはわからないけれど、誰かに愛されたいという欲求が強かったように思える。
「私を好きになってくれる人……か。あんなもの使わなくたって充分、魅力的な女の子だと思うんだけどなあ」
「ふーん……?」
「ああいや、誤解はしないで欲しいんだけど、彼女に対して僕はなんとも思ってないからね?」
「ホントかなぁ〜?」
まあぶっちゃけ好みのタイプではある。けれどそれだけだ。好きになる理由はまったくない。
「まあまあ、それはともかく。結局のところ蜜峰さんについては香菜にもわからず仕舞いってことか。これ以上は本人に直接聞くしかないのかもしれないなあ」
かといってそれは難しいだろう。
彼女のした事を思えば、これからも学院に通うのは不可能である。もう一度会えるとはあまり思えなかった。百瀬百合花に頼めば、あるいは―――
「うん、そうだねぇ。あたしも気にはなるけど、なんていうか……」
「どうかした、香菜?」
「あー、うん。蜜峰さんとはそこまで親しかったわけじゃないし、話したことがあるのも数回程度だけど―――」
香菜は何かを思い返すように考え込んで、
「あたしの知ってる蜜峰さんのイメージと違うっていうか。
僕からしてみれば積極的すぎるほどではあった。
香菜の知っている蜜峰漓江の人物像がどんなものであるかはわからないが、彼女は初めからずっと積極的に接してきていたように思う。
それでも、香菜にとってはそれが違和感であるのだろう。腑に落ちないと言わんばかりの表情をしているが、僕にそれを解き明かす手立てはない。
「ま、あたしの勘違いかもだし気にしないでよ。それよりあたしも聞きたいことあるんだけど、いい?」
「聞きたいこと?」
「―――あの子。三日月絵瑠について、教えてよ」
◆◆◆
僕は香菜に事のあらましを語った。
夜の道端で彼女を拾ったこと。本来は『ミカエル』という名前―――いや、コードネームであるということ。彼女は何者かに追われていたようで、それを匿ったこと。意識を取り戻した彼女が記憶喪失であったこと。
そして、百瀬百合花にその身柄を預けた結果が今であることを。
「なるほどね。ふうん……記憶喪失、か」
「最初は僕も半信半疑だった。だけど接しているうちにそれが本当だって確信したんだ。あの子はどこまでも純粋で、嘘なんてつかない人間だって」
「ほむりゃんは……あの子を見て、なにも感じなかった?」
「なにかって?」
そういえば円卓会議の時に百瀬百合花が言っていた。絵瑠は『別人』である、と。そして、あの場にいた誰もが彼女の顔を知っているようだった。
「先輩は違うって言った。でもあたしにはそう思えない。ううん、今のほむりゃんの話を聞いてそれは確信に変わった。あれは間違いなく、あたしの……あたし達の知っている、あの女―――」
そうして僕はひとつの推測を立てたのだ。
レベル5のお嬢様は九人いるが、かつては
そう―――その推測は、間違いではなかった。
「円卓序列十位、
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