第4話 円卓会議
「皆様お待たせ致しました。それでは最初の議題と参りましょう」
百瀬百合花が厳かに宣言する。
ここにいる全員が黙ってその声に耳を傾けていた。
「
それは間違いなく
この場でそれを知っている者は渋谷香菜、濠野摩咲、そして僕くらいだろうか。
「三日前、二年の
―――香菜が、船橋さんの捜索を提案した?
いきなり僕の知らない情報が飛び込んでくる。
「確実な証拠が見つかるまで犯人は断定できないとのことでしたが、それから一日過ぎても渋谷さんから連絡が届くことはなく、わたくしはこれが事件性のある事態であると認識。自ら本格的に動くことになりました。……さて、それでは渋谷さん。どのような経緯があったのか説明して頂けますか?」
「はい。あたしが船橋さんに連絡が取れなくなったのは放課後。昼間に連絡をしていたのにも関わらず反応がなかったことから不審に思い、彼女のクラスへと向かいました。そこで彼女が午後以降から姿を消していたことを知り、百瀬先輩に連絡を取ってから捜索を開始しました」
最初に行方不明となったのが船橋さんで、それを探す為に香菜が動いていたということか。
「情報を集めているうちにひとつの事実を掴みました。昼間に船橋さんと共に行動していた人物の目撃情報です。その名前は蜜峰漓江。船橋さんとは仲が良く、彼女のクラスメイトでもある人物です」
そこで蜜峰さんに辿り着いたわけか。
さすが香菜、手際がいい。
「あたしは彼女に話を聞くため、伝手を辿って連絡先を手に入れてメッセージを送りました。返ってきたのは裏庭にある旧科学研倉庫で待っている、というものでした。あたしは念のため予定表に彼女の名前と自分の行く先を書いて部屋に置き、すぐに向かいました」
なるほど、それが摩咲が見つけたという予定表か。
恐らく不確定な推測で情報を共有するわけにはいかなかったが、万が一、自分の身になにかあった場合はこの場の誰かが気付いてくれると考えたんだろう。
「そこにいたのは倒れている船橋さんと、明らかに様子がおかしい蜜峰さんでした。あたしもそこまで親しかったわけではないですが、普段の彼女とは思えない態度でした。まるで別人のようだと。あたしは何があったのか突き止めるために彼女と対話を試みて、そして……」
香菜はそこで少し言葉を
「蜜峰漓江の手口に引っかかってしまった。そういうことですね?」
そんな香菜を気遣ってか、百瀬百合花はその先を促すことはせず、あえて自分で話を引き継いだ。
「は、はい。それからの記憶は……あんまりなくて。気付いたときには百瀬先輩に助けられていました。お恥ずかしい限りです」
百瀬百合花に助けられた……?
僕の知る限りでは寮監が助けに行ったという話だったが、どうやら裏があるらしい。
「それでは続きはわたくしがお話しましょう。わたくしが彼女達を見つけ出したのは、裏庭から大きな物音や騒ぎ声が聴こえたと報告があったからです」
それは、まさか僕と摩咲が黒服の奴らに気付かれた時のことか?
そういえばあの時、摩咲が大声を出したあとにどこからか壁を叩くような音がしていた。まさかそれは、
「倉庫内には船橋さんと渋谷さんが縛られて監禁されていました。わたくしが着いた時には船橋さんが意識を取り戻していて、蜜峰漓江の名前と、すぐに彼女を助けて欲しいと言われました。彼女達を連れて急いで寮まで向かっていると、途中で寮監である
ようやく事件の全容が見えてきた。
そして寮監の名前が濠野ということは、彼女は摩咲の親族。外見的に恐らくは姉なのだろう。
「確保した蜜峰漓江の身柄はわたくしが預かっています。真相を完全に明らかにするまで事を
百瀬百合花は背後に視線を流して、
「クリス。彼女をここへ」
クリスというのはあの金髪のメイドのことだろう。流石はお嬢様、今どきメイドなんて従えているのか。しかし違和感はまったくない。
百瀬百合花は再びこちら側に視線を正す。
勘違いでなければ、その目は僕に向けられていた……そんな気がした。
「それでは次の議題に移りますが、少しばかりお待ち下さい。まずは皆様に会わせたい人物がいるのです。しかし、あらかじめ言っておきますが―――」
百瀬百合花はこれまでにないほど真剣な面向きで、全員の顔を見回してから、
「
そうして、金髪メイドが何者かを連れて再び現れる。
そう、それは僕もよく見知った少女。
―――
その顔は戸惑っている様子だったが、こちらへ視線を向けると僕に気が付いたのか表情が明るくなった。
「―――なんであんたがここに!!!!」
テーブルを強打する音、響き渡る怒号。
他の者達はなにも言わず黙り込んでいる。まるでそれが当たり前のように。
しかしそれは僕にとっては驚愕すべき出来事であった。
「ちょ、ちょっと。香菜、落ち着いて」
僕は困惑していた。
誰にでも親しく
そして当の本人―――える自身も、なにが起きているのかわからず唖然としているようだ。
「落ち着きなさい渋谷さん。わたくしの言葉が聞こえませんでしたか? 決して取り乱すな、と、わたくしは確かにそう言いましたわよね?」
「でも、でも……先輩! こいつは、こいつだけは……あなただってそれは解っているはずじゃないんですか!?」
二人はまるで、えるのことを知っているような口振りだった。
「
「べ、別人って……」
香菜は脱力するようにへなへなと椅子に座り込む。
「さて、渋谷さんだけではなく皆様も感じているかもしれません。ですが、わたくしの口からハッキリと断言させて頂きましょう。
百瀬百合花の発言に誰もが口を閉ざす。
僕にその言葉の真意は拾えないが、三日月絵瑠という少女を認知しているのは僕と百瀬百合花の二人だけではなかったのか。
「百瀬先輩。彼女は僕の知っている三日月絵瑠で間違いないんですよね?」
僕がそう尋ねると、百瀬百合花は硬い表情を解いて返答する。
「ええ、その通り。それでは紹介致しましょう。彼女の名前は三日月絵瑠。先日よりわたくしの
「傍付きだって!?」
まず声を上げたのは摩咲だった。
それに続くように、他のお嬢様達も次から次へと沈黙を破り始める。
「あの生徒会長が誰ぞ解らぬ者を付き人に
「どうでもいいけど三日月って珍しい名字だよね」
「そんな……ただの一般枠の人間を傍付きにされるだなんて……」
僕だって釈然としないのは確かだ。
どうしてそうなったのか―――その経緯をしっかり説明して貰わなければ納得がいかない。
「百瀬先輩。いったいどういうつもりなんですか?」
「どうもこうもありません。そもそもこれは貴女の望みのはずですわよ、紅条さん」
三日月絵瑠を学院に匿うための処置、というわけか。
その真意は計り知れないが、ただ事実だけを受け入れろと言わんばかりの物言いだった。
「える、君はそれでいいの?」
そう僕が訊ねると、えるは穏やかな笑みを浮かべながら答える。
「はい。百合花さん、優しいですから」
たったそれだけの言葉ではあるが、僕はそこに偽りはないと信じて疑わなかった。
「百合花さん、って……まさか、ほんとに別人なの……?」
しばらくの間、口を閉ざしていた香菜が言葉を漏らす。
どうやら以前にえると似た人物がいたのだろう。そして周りのお嬢様達の似たような反応、百瀬百合花の放った『忠告』。
もしかすると、かつてこの
「皆様、静粛に。これからの方針について説明させて頂きます」
百瀬百合花が声を発した瞬間、ざわついていたロビーに再び静寂が訪れる。
なんというカリスマ。圧倒的な才能、存在感。これが上に立つ者として必要な力なのかもしれない。
「どうやら渋谷さんに先を越されてしまったみたいですけれど、わたくしも同じように傍付きを置くことに致しました。その上で彼女について詮索することは禁じます。常にわたくしと行動を共にするわけではありませんが、わたくしと共にいない時であっても彼女に対しては対等に接して頂きたいと思っています」
えるが百瀬百合花と同じレベル扱いになると?
僕にでもわかる―――これは相当な暴挙だと。
「わたくしからは以上となりますが、何か意見のある方はいらっしゃいますか?」
―――無音、無言。
違う。もはやこれは議論ではない。
百瀬百合花における一方的な情報の共有。そこに一切の干渉は許されない。彼女に対して誰一人として意見することはできないのだ。
「それでは、本日の『円卓会議』は閉廷と致します。皆様、お疲れ様でした」
百瀬百合花は最後まで淡々とそう宣言すると、えるを引き連れて自分の部屋へと戻っていった。
彼女が踵を返して去っていく姿を僕は最後まで見送っていた。その一挙一投足に感嘆していたと言ってもいい。
あれが、僕達のトップに君臨する者。
僕の想像を遥かに上回っている。他のお嬢様達に関してもそうだが、あまりにも百瀬百合花の存在感が大きい。
「ほむりゃん、ごめんね」
香菜が僕の傍へとやってくる。
先程の激情―――その熱はすっかり冷めたようだった。
「あの子……三日月、だっけ。ほむりゃんが助けたって言ってたけど……」
そうだった。まずはその話をしなければならない。香菜にもわからないことはあるし、まずはお互いの情報を共有することが大事だ。
「うん。あとで部屋に戻って話そう。でも、その前に―――」
僕は辺りを見回す。
その場に残っているのは僕と香菜、そして摩咲だけだった。どうやら他のお嬢様達はそそくさと部屋に戻ったらしい。
「なんか大変なことになっちゃったね、摩咲」
「うるせぇ話しかけんなクソビッチ」
「ビッチだって!? どの辺がビッチ!?」
「さぁな、香菜にでも聞けよ。ったく、まさかオマエとこんなとこで話すコトになるなんてな。人生なにが起きるかわからねぇもんだ」
僕と摩咲が話しているのを横目に、香菜がとても意外そうな顔をして、
「ほむりゃんとまさきちって仲良かったんだねぇ」
「誰がこんなヤツと!!」
「うん。まあ友達くらいにならなってあげないこともない」
「なんでオマエはそんな上から目線なんだよ!!」
とまあ、なにはともあれ。
僕はこうして彼女達の世界に足を踏み入れることに成功した。
知らないことはまだまだ沢山ある。
けれどこれは確実な一歩だ。
解決したこともあれば、また新たな謎も生まれた。それならそれでいい―――すべて解き明かしてしまえばいいだけだ。
こうして、僕の新しい学院生活の幕が開けたのだった。
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