第3話 絶対なる権力者
四階、円卓の間。
九つある席のうち、ひとつを除いたすべての席に学院の制服を着たお嬢様が座っている。
渋谷香菜、濠野摩咲の両名もまた同様。それぞれは緊張した面向きでその場に挑んでいた。
それらが
すなわち茨薔薇の園におけるレベル5、そのすべてがここに集うこととなる。
彼女達が待つ存在は、それらさえも凌駕する頂点に君臨するもの。
神出鬼没でありながら、絶対的権力によるカリスマで全校生徒から厚い信頼と信仰を得ている学院長代理、兼、生徒会長。
この場に集う者達における『円卓会議』を取り仕切るトップ。すべての決定権を持つ圧倒的スーパーお嬢様、その代表格だった。
(空気が重い。なんとかここにいることは許されたけど、それでも場違い感が半端じゃない。だけど、逃げ出すわけにはいかないんだ)
そんな神聖とも言える場所に一人、渋谷香菜の背後に立つ異質な存在―――僕こと
だが、そんな僕も百瀬百合花には逆らえない。いや、この場の誰もが逆らうことを許されないというのが正確か。
他の誰が認めても百瀬百合花が認めなければそれで終わり。僕の居場所はその瞬間に消失する。
息を呑む。
緊張して脚が竦みそうだったが、それはきっと僕だけではない。
「皆様、お待たせ致しました」
そうして、その場に一人の女性が現れる。
全員の視線が集中する。円卓の一番奥。中央に位置する頂点の席、その向こう側に人影がある。
そこから現れたのは背の高い金髪の女性。
そして、見間違いでなければ彼女は
「これより学院長代理、百瀬百合花様のお目通りです。全員起立。静粛にお迎え下さい」
その言葉を合図に、ほぼ同時にすべてのお嬢様達が席を立ち、その場に直立した。
なんという統制、一体感。
これが学院のトップに位置する者達の世界か。
「失礼。そちらの方は見覚えがありませんが、貴女は?」
金髪のメイドが僕に向けて言い放つ。
それに対して答えたのは僕ではなく、香菜だった。
「彼女はあたしの
「傍付き、ですか。いえ、しかし……」
金髪のメイドは戸惑った様子を見せながら背後へと視線を向けると、そこには―――
「あら、なんとも愉快なことになっていますわね。いいでしょう、
まるで無邪気な子供のような弾んだ声。
けれど、その声には紛うことなき
そして。
一人の少女が、現れる。
「皆様、おはようございます。どうやら今回は一人残らず出席しているようですわね。安心しましたわ」
―――生徒会長、百瀬百合花!
その瞬間、全員が頭を下げて礼の姿勢を取る。
しかしながら僕にそんな余裕はない。というか、その姿があまりにも想像を絶するものだったせいで目が離せない。身体がぴくりとも動かず硬直してしまっている。
単刀直入に第一印象を告げるとするなら、そう。まるで人形のよう、と言うべきか。
いや、比喩ではなくもっと直接的な表現をしよう。
これはアレだ。
俗にいう
銀髪に縦ロール!
黒を基調とした豪奢なドレス!
幼さの残る身体つきから漂わせる処女性!
まるで人間とは思えないほどの真っ白な肌!
そしてなにより、超絶ハイパー美少女―――!
圧倒的。もはや言葉にできない。
僕の貧相な語彙力では表現しきれない、荘厳で壮絶なる存在感。
これが百瀬百合花か。
もはや、これほどまでとは。
「面を上げなさい。そして着席を。突発的ではありますが、これより『円卓会議』を開廷します」
まずい。立っていることが申し訳なくなってきた。着席と言われても座る場所もないし、気付けばあの金髪メイドもどこかに消えている。
ああ、僕も同じようにここから消え去りたい。百瀬百合花を見下ろすなんて不遜が許されるとは到底思えない。
けれど、逃げ出さないと覚悟した。
それだけは貫き通さなければならない。僕がこの先へ進むために、必ず。
「……。クリス。
百瀬百合花の一声で、いなくなっていたはずの金髪メイドが再び姿を現した。恐ろしく速い。というかどこに身を潜ませていたんだろう。
―――いや、ちょっと待って。
百瀬百合花は、今なんと言った?
「ちょ、ちょっと待て生徒会長!
たまらず声を上げたのは濠野摩咲だった。
そんな彼女の行動に驚いたのか、隣に座っている香菜が慌てるように反応する。
「まさきち、落ち着いて……!」
それを火蓋として、周りの少女達も痺れを切らしたように、
「濠野、生徒会長に対して無礼であるぞ」
「ま、いつも通りだしほっとけば?」
「いえ、彼女の言うことももっともです。十番目は百瀬先輩……いえ、私達にとっても……」
それぞれが思い思いに口を開く。
大半と面識がない僕からすれば完全に蚊帳の外だった。
「静寂に。納得のいかないこともあるでしょうが、本日は重大な会議の場となります。ここに彼女が立ち会うことは紛れもない偶然ですが、今回の議において無関係な存在でもありません。これは彼女を同席させるための一時的な処置となります。これ以上の追及は許可しません」
百瀬百合花の一喝により、騒ぎ立てていた者達すべての口が強制的に閉ざされる。それはもちろん摩咲とて例外ではない。
「さあ、席を用意しました。どうぞ、紅条さん?」
言われるがまま、僕は十番目の席―――百瀬百合花と向かい合わせになる対面の位置、その場所に着席した。
「ああそれと。今更にはなりますが、この席に座った以上は背負うべき責任が発生します。それになにより、これから行うお話は貴女にとって確かに無関係ではありませんが、それを聞く覚悟がなければ後悔することになるかもしれません。それでも―――」
百瀬百合花は淡々と、それでいてどこまでも厳かな口調で、
「貴女はここに臨むと。その覚悟があるのでしょうね、紅条穂邑さん?」
問われる。
それは最後通告のようだったが、それでも。
「はい。僕は、僕の意思でここにいます」
逃げ出すことはできない。
他の誰でもない、自分自身のために僕はここにいるのだから。
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