第5話 一筋の光明
僕達は互いに気持ちを落ち着つけて一時的に休戦協定を結び、身を隠すため校舎の裏庭へと回り込んでいた。
濠野は一人で見張ると言っていたが、目立たないように動けばいい。人員が多いほうができることもあるだろう。
「チッ。この倉庫はダメだな。頑丈に鍵が掛けられてやがる。こりゃピッキングも無理だろうな……」
「今サラッとすごい犯罪臭のすること言わなかった?」
校舎の裏庭には何かの倉庫があり、他には花畑があるくらいのもので、その先は高い塀に囲まれていた。
茨薔薇女学院はお嬢様学校なので、セキュリティの面でも簡単に外部からは侵入できないようになっている。
休日とは言え、校舎内に謎の連中がただ忍び込んでいるとは思えない。恐らく迎え入れられたか、もしくは無理やり押し入られたか。
奴らの目的はわからないが、下手に動いて見つかると何をされるかわからない。正門近くだとその可能性も高まるということで、とりあえずの処置として裏庭に来た、ということだ。
「ねえヤンキー、その倉庫って何?」
「ヤンキーじゃねぇ濠野だ。
「じゃあ摩咲ちゃん。その呼び方はケンカ売ってると見なすけど」
「ちゃんはヤメろ気持ち悪ぃ!!」
うん、なんとなくこのヤンキーの扱い方がわかってきた気がする。
「はいはい。それで摩咲、この倉庫は?」
「いきなり名前で呼び捨てなのな……まあ別にいいけど。あー、コイツは確かアレだ。科学研が使ってやがった古い方の倉庫、だな。今はもう誰も使ってねぇみたいだが」
「科学研? 古い方……?」
「頭おかしい研究尽くしで脳がイカれてる連中が集まってるヤツだよ。ソイツらが昔使ってたって話だが、今は別の倉庫があるらしい。言っとくけどマジであの連中なに言ってんのか分かんねえからな。オマエもできれば近付かないほうがいいぜ?」
それって蜜峰さんが関わっているという
「ふうん。そこに隠れられたら誰にも見つからなさそうだと思ったけど、無理なら仕方ないか」
裏庭といっても物陰はあまりない。もし黒服の連中がこちらへやってくればまず間違いなくバレてしまうだろう。
「とにかくここでやり過ごすぞ。オマエもあんまデカい声出すなよ。着いてくんのもイヤだったのに、こうして我慢してやってんだ」
「わかってるよ。僕も何が起きてるのか見極めたい」
香菜や船橋さんの行方が消えたこと。
そしてこのタイミングで現れる謎の黒服集団。
これらがイコールではないとは思えない。直接の関わりがあるかはわからないが、必ず何かあるはずだ。
「そういや、オマエさ。香菜と連絡取れなくなったのはいつなんだ?」
「……一昨日の夜中にメッセージ送ったけど既読にならなかった。その時は忙しいのかもと思って見過ごしていたけど―――」
「んじゃ、オレがアイツと会ったのが下校途中だったから、そっからそこまでの間に何かが起きた……ってワケか」
「香菜と会ってたの……!?」
「会ってたっつーか、一言二言喋って終わりだよ。なんか急いでるみたいだったしな。今更だが何処に行くかぐらい聞いときゃよかった……クソっ」
香菜のその後の動向は摩咲にもわからない、ということか。期待はしていなかったが、あまり有益な情報でもなさそうだった。
「それで、どうして生徒会長に?」
「なんか知ってるかもしれねぇって思ったんだよ。香菜のヤツ、あの百瀬百合花とも仲が良いらしいからな。もしかしたら昨日もヤツのところへ行っていたのかもしれねぇだろ?」
「……ううん。なんとなく、だけど。今回の件に生徒会長は関わってない気がするんだよね」
「あ? その根拠は?」
「根拠とか言われてもなあ。なんとなくだよ」
「はあ!? ふざけんなよオマエ、なにテキトーなこと言って―――」
摩咲が声を張り上げた、その瞬間。
ドゴン!! と。
どこからともなく、何かが壁を叩きつけるような音が聞こえてきて―――
『誰かいるのか?』
校舎側から、野太い男の声が壁越しに微かに聴こえてきた。
「やっべぇ。逃げるぞ、紅条……っ!!」
しくじった。
ここで奴らに見つかることだけは、どうしても避けなければならない―――!
「こっちだ、行くぞ!!」
摩咲に引っ張られるようにして、僕は裏庭から駆け出した。
◆◆◆
なんとか姿を見られることのないまま逃げ切る事ができた僕と摩咲は、茨薔薇の園へと戻ってきていた。
久しぶりに思いきり走ったから息も絶え絶えになっている。摩咲は余裕そうだったが、どうやらこれは喧嘩しても僕が負ける未来が見えてきた。
「いや、すまねぇ。オレが浅はかだった」
らしくもなく摩咲が素直に謝罪の意を表した。こう言うところはお嬢様育ちなんだなと思わせる。
「ふう……いや、それはいいけど。これからどうするの?」
「しばらくは近付けねぇよ。クソ、こんなところで!」
「そうだね……。生徒会長と会えなくても、せめて香菜の部屋の鍵だけでも貸して貰えたら良かったんだけど―――」
百瀬百合花が何か知っていれば既に何かしらの手を打っているはずだ。実際、恐らく既に動いてるとは思うが、それなら僕達にできることはとにかく何か手掛かりを見つけることだろう。
寮の四階、お嬢様レベル5である渋谷香菜の部屋に入る為の鍵。それを手に入れて中を調べることができれば、香菜の行方を追う何かが―――
「オイ、待て。ああ……そういうコト、か?」
僕が思案していると、何かに気付いたように摩咲は生気を取り戻したような、生き生きとした顔をして、
「アイツの部屋に何か手掛かりがあるかもしれねぇってワケか! クソ、どうしてこんな簡単なことも思いつけなかったんだよオレ……!」
言葉の中身とは裏腹に、何故かはしゃいだ子供のように声を弾ませて摩咲は言う。
「任せろ紅条、アイツの部屋の鍵ならオレがなんとかしてやる!!」
目の前に広がった一筋の光明。
それが、僕達にとっての新たな一歩だった。
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