第4話 憤りの先に

 僕と蜜峰さんは連絡先を交換した後、いったん別れてそれぞれの方法で情報を集める事にした。


 僕は学院内に連絡先を交換するような仲の良い知り合いがいない為、学院長代理である百瀬百合花に会えるかどうか確かめに。

 蜜峰さんは寮にいる知り合いに片っ端から話を聞いて回るとのことだった。


 というわけで、いったん部屋に戻る。

 一応学院に向かうのだから、制服くらいは着て行くべきだろう。

 僕が使っていた制服は倒れた時に汚れてしまったらしく、未だに洗濯も済ませていない。だが大丈夫、僕には予備の制服が―――


(そう言えば。これ、えるが着てたんだっけ)


 ハンガーに掛けていた制服を手に取り、袖を通す。

 なんだかえるの香りがする気がして、少し申し訳ない気持ちになってしまう。


(いやいや。何考えてるんだ、僕は)


 どうにも落ち着かない。

 香菜が大変な時だというのに、ここ最近それ以外にも色々とありすぎて悶々としている。

 この感じを鎮めておかないと、この先の行動にも支障をきたすかもしれない。


「……は、んっ―――」


 僕は少しだけ休憩するつもりで、ソファーに倒れ込んだ。


  ◆◆◆


 午後3時過ぎ。

 僕は意気込みを新たに、茨薔薇女学院の門を潜り抜けた。


 昨日は結局会えなかった学院長代理、そして生徒会長でもある百瀬百合花。


 およそ一年前。

 僕と香菜を助けてくれたという存在。

 あれからまったく顔を合わせる事もなく、本人も多忙のようで表には全然出てこない状況が続いていた。


 土曜日ではあるが、多忙だというなら今日も学院にいる可能性はある。

 僕はその僅かな望みを胸に学院へと足を踏み入れて、


「オイ。何やってんだ、オマエ」


 僕の背後から、つい最近聴いたことのあるような声がした。

 振り返って見ると、そこにいたのは―――


「……ええと。濠野さん、だっけ?」


 僕のクラスメイトであり、お嬢様ばかりの学院には珍しい言動や行動をする、まあいわゆるヤンキーってやつがそこに立っていた。


 彼女にはクラスでよく絡まれるので顔は覚えているのだけれど、名前をちゃんと認識したのはつい最近のことだったので、思わず釈然としない受け答えをしてしまったのだが、


「ふん、珍しく名前で呼ぶんだな。覚えてねぇかと思ってたぜ」


 どうやら、このヤンキー少女も気が付いてはいたようだった。


「いや実際、一昨日まで知らなかったけどね」


「ああ? ンだとコラ、クラスメイトの名前くらい覚えとけよクソが」


「覚えてないと思ってたんじゃないの……?」


 ヤンキー女―――濠野は、ショートの金髪に赤いメッシュを入れていて、肌は日焼けしている。背は高めで僕の頭が彼女の顎に当たるくらいだろうか。


 香菜ほどではないが、実は僕もなかなかのロリ体型なのである。


「っせぇなクソ、マジで苛つくぜオマエ」


「女の子がクソクソ言うもんじゃないよ」


 僕が気を遣って指摘すると、ギロリと睨みを効かせてくるヤンキー女。


「テメェが言うかよ、僕っ子のクセに」


「……あ?」


 普段は教室で騒ぐと周りの迷惑になる上に、取り巻きが何人もいたので我慢してきたが、今ここには僕とこいつ以外には誰もいない。

 少し痛い目に合わせてやったとしても、誰も文句は言わないかもしれない。


「へえ。オマエもそういう顔、できんだな」


「なんだよ君、僕だって仏様じゃないんだ。ケンカ売ってるってんなら買ってやろうか?」


 やるからには容赦しない。

 ケンカはあまり得意ではないけれど、これだけ馬鹿にされて黙ってはいられない。


「いや、今日はそんな気分じゃねぇ。オレも忙しいんでな。それにさ。オマエがここにいるワケ、オレはなんとなく分かってんだぜ?」


「どう言うこと?」


「香菜のヤツを探してる。違うか?」


「な……!」


 このヤンキー女は、香菜の事を何か知っているのか……?


「どうせ生徒会長に話を聞きに行こうとしてんだろ。けど今はヤメとけ。オレもさっき行こうとしたが、おかしなヤツらが学院の中をうろついてやがる」


「おかしなやつら……?」


。一人じゃねえ。遠目で見ただけだが、多分5〜6人はいてた」


 黒服のサングラス……大人の男……?


「ありゃどう見ても堅気のヤツらじゃねぇぞ。ウチの組にも今どきあんな分かりやすいのはいねぇ。胸元にチャカ隠してやがったって違和感ねぇよ」


「な、なんでそんな奴らが……?」


 記憶がフラッシュバックする。

 あの日、病院で見た―――


「とにかくオマエは一旦離れろ。オレはヤツらが消えるまでここで見張ってんだ。オマエがいちゃ目立っちまうだろが」


「っ……いや、そんなわけにいくか! 僕は香菜を見つけ出す手掛かりを掴むためにここまで来たんだ。君が何をしてるかなんて関係ない。黒服の奴らなんて知るもんか。僕は、すぐにでも生徒会長に―――」


 その瞬間、僕はヤンキー女に勢いよく胸元を捕まれ、近くの壁に身体ごと叩きつけられる。


「ふざけんなよクソが。オマエに何ができる」


「ぐ……っ!?」


「香菜に何があったのかも知らねえクセに。アイツを放って今日の今日までのうのうと過ごしてきたヤツが、何をするってんだよ……!」


 ヤンキー女は歯をくいしめながら言う。声を張らなくともその言葉はどこまでも力強く、けれど、どうしようもなく弱々しいものだった。


「なにを、知ってるの」


 僕は押さえつけられながらも掠れた声でヤンキー女に問いかける。


「知らねぇよ。ああ、オレだってアイツに何があったのかわかんねぇ。連絡が取れないって解ったのも昨日の夜のことだ。だけど……!」


 ヤンキー女は。

 濠野は。

 本当に悔しそうに、そんな自分を抑え込むように。


「オマエはアイツの親友なんだろ……! 一昨日にオマエが言っていたあの言葉は、オレがアイツに聞いたあの言葉は、ウソじゃねぇんだろうが……! それなら、なんで―――」


 僕はきっと、彼女のことを誤解していたのかもしれない。


「なんでオマエは一人でこんな場所トコにいてんだよ……!」


 僕は思い知る。

 渋谷香菜は、本当に誰もが親しむ人間であり。


 目の前で震えているこの少女にとっても、きっと掛け替えのない存在なのだということを。

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