第2話 茨薔薇の園
親友、渋谷香菜が二日前から音信不通になってしまった。
再度連絡を試みてメッセージを送るも反応は無し。電話を掛けると電源が切れているか電波の届かない場所にいる、とのこと。
このご時世でスマートフォンの電源を切り続け、連絡に既読も付けないなんてことは相当異様なことだ。
僕が香菜に無視されるような事案に心当たりはないし、やはりこれは何かしらの事件である可能性が高い。
(まずは情報収集だ。最後に香菜と別れたのは……)
そもそも、これだけの時間で音信不通となると、既に親族や学院側が気付いて動き始めていてもおかしくはない。
何よりあれだけ色々な人間と接点があり、仲良くしている渋谷香菜のことだ。むしろ何も起きていないことの方がおかしいだろう。
(そうだ。あの、船橋とかいう女生徒―――)
僕と香菜が最後に直接会っていた時、それは確か朝の登校時間だったはずだ。下校時間の夕方には連絡が取れていたので、その時間帯付近で何か起きたのだろうか。
僕は寮を歩き進み、寮に住む学生の名簿があるはずの寮監室へと向かっていた。
あの船橋さんが寮に住んでいるかはわからないが、話を聴くためにまずは居場所を掴まなければならない。
タイミングも悪く、今日は土曜日。
茨薔薇女学院は土日は全休なので今日はオフなのである。もしかすると寮にすらいないかもしれない。
僕が動き始めた時間帯が昼前だったので、これから昼食を取る為に行動し始めている生徒がそこそこ廊下やロビーをうろついていた。
学生寮『茨薔薇の園』は四階建てになっている。
この学院はお嬢様学校なので、当然それぞれの生徒によってその家柄の格、いわゆる『お嬢様レベル』が違ってくるのだが、
一階はレベル1と2。
二階はレベル3。
三階はレベル4。
四階はレベル5。
とまあ、こんな風に区別されている。
ちなみに僕やえるのような、家柄関係なく特殊な事情によって特別に在学を許されている人間はお嬢様でもなんでもないが、そういった生徒はレベル1としての扱いを受けている。
当然ながらレベル1の学生が一番少ない。というか他に見た事がない程だ。つまり実質、この一階部分はレベル2相当の生徒が生活していると言えるだろう。
実家から通っている生徒もいるが、基本的にはこの学院の方針として『個人としての能力向上』というものがあるらしい。
こうして一人で生活する術を身に着けさせ、自立心をより強く芽生えさせる、というものだ。
と言っても、僕もよく分かっていない。これも香菜に教えて貰っただけで詳しい話は知らない。いや、覚えていない、が正しいか。
一番多いレベルは3と4、いわゆるどっちつかずな中間に位置する位の家柄を持つ生徒達で、二階と三階はそういう意味でほぼ部屋のみがずらりと並んでいるようなイメージ。
その点、この一階部分にはロビーや大浴場、寮監室など、生徒の利用する施設的なものがほとんど集まっている。
寮全体の敷地面積はかなり広いが、一階に住んでいると人がいちばん集まる場所なのでとても手狭に感じる時があるのは否めない。
(ええと……寮監室はどこだっけ……?)
部屋の並ぶ廊下を抜けると、広いロビーへと出る。そのまま真っ直ぐ行けば寮の外へ出られるが、寮監室はこの一階のどこかにあるはずだ。
(行ったことないからなあ。まあ、普通は行く用事なんてほとんど出てこないけど……)
ロビーには上層へ向かう階段、エレベーター、待ち合い場所としてソファーやテーブルもあり、自販機も置いてある。
この反対方面、廊下を逆に抜けた先にはトイレや大浴場がある、といった感じだ。
食堂がない理由については、食事に関しては基本的に自炊である。これも学業の一環、というわけだ。
噂によると四階部分にはレベル5お嬢様の御用達レストランがあるとかないとか。ズルいぞ、とも思ったが真偽は確かめようがないので本当にあるのかは謎である。
僕にとってはシュレディンガーのレストラン、という訳だ。
「あっ、ごめん。ちょっと良いかな?」
僕はロビーに佇んでいた一人の女の子に声をかける。
私服だったのでこれから出掛けるのだろうか。恐らく誰かを待っているのだろう。こうして話し掛けるのは正直あまり気が乗らないのだが、背に腹は変えられない。
「あら、ご機嫌よう。どうかなされましたか?」
すっっっごい見本のようなお嬢様だった。
肩までかかる黒髪は艶めいて、質素なブラウスとロングスカートがとても清楚だし、化粧も濃くなく自然な感じ。眼鏡を掛けていてそれがまたなんとも似合っている。飾り気のない感じ、と言えば良いだろうか。
うん、ちょっとだけ好みではある。
「あ、えっと……寮監室を探しているんだけど」
少し声が上擦ってしまう。人見知りなのは許して欲しい。だって、ここは明らかに僕にとっては別世界みたいなものなのだ。一年ほど暮らしてきた今でも未だに慣れるものではない。
「あら偶然。私も訪ねたのですが、今日は寮監様はいらっしゃいませんでしたよ?」
「へっ……?」
「土日は閉まっているようなのです。貴女はどのようなご用事ですの?」
あくまで真摯、何の裏もない純粋な言葉。
利用するようで少し後ろめたさはあるが、今はそんな場合ではない。
「……船橋さん、って子を探してるんだ。多分二年生。あー、なんで探しているかっていうと、僕の親友……渋谷香菜って知ってるかな。それが急に行方不明に―――」
たどたどしい口調で僕が説明していると、お嬢様口調の女の子は突然身を乗り出して、
「船橋さん!? それに、渋谷さんって……!!」
「うわわ、い、いきなりなに!?」
女の子は僕の手を掴み、その華奢な両手で握り込んでくる。
え、なにこれ。めちゃくちゃ良い匂いがするのだが。女の子ってこんな香りしたっけ……?
「そのお話、詳しくお教えくださいませ!」
懇願するように、女の子は強く訴えかけてくる。
僕は唐突なことに驚きつつ、少し不純な気持ちになっていた自分を心の中で叱咤していると、
「……あれ。この匂い、どこかで……?」
嗅覚から繋がる記憶を辿る。
これは、あの時の―――
「申し遅れました。私は
そうだ。
僕はたしかに、彼女の名前を知っている。
「―――
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