第二章 事件編

第1話 唐突な別離

 気が付くと、僕は自室の布団の上にいた。


 それにしても久しぶりに昔の夢を見た気がする。ここ最近あまり見なくなったというのに、どうして急に―――


「って、そうじゃない!!」


 僕は生徒会長である百瀬百合花に会いに行ったはずだ。

 それからどうなった?

 そもそも、僕はどうしてここにいる?


「やばい、思い出せない……」


 えると一緒に生徒会長室の前まで辿り着いたところは覚えているが、その先から何故か記憶が飛んでしまっている。


「そうだ、えるは!?」


 嫌な予感がする。

 あれだけ自分でなんとかすると決めたのに―――


 僕は布団から飛び起きて寝室を出る。

 扉を開いて、その先にあるリビングへ。


「あ……ほ、ほむらさん。よかった、起きたんですね」


 そこには一人の少女、三日月絵瑠みかづきえるの姿があった。彼女はソファに座ってテレビを見ていたようだった。

 ニュース番組のようだったが、僕に気付いた途端にリモコンで画面を消してしまう。


「はあ……よかった……」


 僕は一気に力が抜けてしまってその場にへたり込む。


「ほむらさんっ!?」


「ああ、大丈夫。安心して腰が抜けちゃった」


 最悪の結末だけは回避できたようだったが、

あれから何が起きたのか―――彼女にこれから問いたださなければならない。


  ◆◆◆


 えるの話によると、僕は生徒会長室で倒れてしまったらしい。

 その場に現れた謎の女性が何かしたのではないかという事だったが、そもそも僕からするとそんな人の記憶はない。えるが嘘を言っているようにも思えないので、恐らく出会う直前に倒れてしまったのだろう。


 件の謎の女性はすぐに姿を消し、残っていたえると生徒会長である百瀬百合花が僕を医務室へと搬送。

 身体に異常がないことを確認した後、僕の部屋まで運んで貰ったのだという。


 そして、気掛かりだったえるの処遇なのだが、


「生徒会長―――百合花さん、とても優しい方でしたよ。わたしの入学もすぐに手配してくれて。まるで、前から準備してたんじゃないかって思うくらい」


 なんと、僕の預かり知らぬところで話は進んでいたらしい。えるは見事、この学院での生活を認められたのだ。

 なんだか上手く行き過ぎな気もするが、そこを疑ってしまっても仕方ない。素直に喜ぶべきことだろう。


 明日にはえるの制服や備品も届けられるとのこと。部屋も用意して貰えるらしく、今日が僕とえるの二人暮らし最後の夜になってしまった。

 まあ、正直に言えば少しだけ残念ではあるけれど。


「よし、カレー食べよう! 昨日のやつ残ってるし、ちょうどおいしい頃合いだと思う!」


 こうなれば最後の夜は晩餐会、パーティー気分で過ごしてやろう。

 僕は清々しい気持ちで、えると二人の時間を出来るだけ堪能しようと思った。


  ◆◆◆


 騒ぎに騒いで、これまでにないほど楽しんだ一日が明ける。

 えるはどこまで言っても一線引いた感じのままではあったが、それでも彼女の笑顔を見れたことは大きい。


 不安な日々は過ぎ去り、彼女はこれから三日月絵瑠として生きていく。

 そこには困難もあるだろう。苦悩も生まれてくるかもしれない。けれど、そこはもう地獄ではない。彼女には自由が与えられたのだ。


 きっと、えるなら何とかやっていける。

 僕にだって出来たのだから、きっと。

 僕にとって香菜が頼りになったように、えるにとっては僕が頼りになればいい。


 これからは輝かしい未来が待っている。

 それは彼女だけではなく、未だ記憶の戻らない僕自身も。


「あの……その。これまで色々と、本当にありがとうございました」


「ううん。結局、僕は大して何もしてあげられなかったし。困ったらいつでも呼んでよ?」


「はい……! また連絡しますね、ほむらさんっ」


 僕は飛び立つ雛鳥を見送るように、新たな居場所へ向かっていく少女―――三日月絵瑠の背中を眺めながら。

 これが最後の別れでもないのに、どうしてか強い寂しさを覚えていたのだった。


  ◆◆◆


 生徒会長、百瀬百合花の思惑は正直まったくわからない。

 身元もわからない謎の少女の身柄を匿い、無償で学院に通わせるばかりか、必要なものは全て与えたという。

 なんとスマートフォンも契約して貰えたらしく、えるが部屋に着いて色々と片付け終わったら僕にも連絡をくれると言ってくれた。


 連絡先さえ知っていればいつでも共にいるようなものだ。まったく便利な世の中だよなあ。


 なんて、考えていた時。

 脳裏にふとよぎる、ひとつの事柄。


(あれ……? そういえば、香菜からの連絡って……)


 僕はすぐさまスマホを取り出して連絡用のアプリを起動し、渋谷香菜のアカウント、その会話履歴をチェックする。


『百瀬百合花に会いたいんだけど、なんとかならない?』


 履歴は僕の送ったメッセージで止まっている。

 送ったのは二日前。

 どれだけ忙しくても、せめて既読くらいは付いていてもおかしくないのに―――


「香菜……?」


 ―――既読は、ついていなかった。


 背筋がゾクリとする。

 流石にこれはおかしい。というかあの香菜が既読も付けず、二日も僕に連絡もせず、あれから一切顔を合わせていないなんて、間違いなく異常事態だった。


 手が震え、持っていたスマホが床に落ちる。

 ソファに座っている僕の身体は硬直し、思考が止まる。


「な……んで……」


 今まで、僕は何をしていた?

 色々あったとはいえ、少なくとも昨日目覚めてから気付けていたはずだ。

 えるの為にやるべきことをやると意気込むまでは良い。けれど視野があまりにも狭すぎる。


 少なくとも、連絡が返ってこなかった時点で何かしらのアクションを起こせられたら良かったのに。


「嘘だ……」


 朝起きて、えるを見送ってから少し経って今は昼前。


「クソっ! 何やってるんだよ、僕は……!」


 僕は落ちているスマホを拾い上げ、立ち上がる。


 間違いなく、香菜の身に何か起きている。

 しかし何も情報がなければどうしようもない。


 ……冷静になれ。

 落ち着け、紅条穂邑。

 迷えば余計に時間を失ってしまう。


 今、僕に必要なのは正確な判断力。

 これは現実に起きた事件なのだ。


「失敗するのは人の常だが、失敗を悟りて挽回できる者が偉大なのだ……か」


 嫌な予感は振り切って、やるべきことを思い浮かべる。

 香菜の身に何が起きているのかはわからない。

 けれど、必ず―――


(香菜……無事でいてよ……!)


 ―――僕が、香菜を救ってみせる。

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