第5話
ところが、もう二度とひとを好きになることなどできないと思い込んでいた僕が、あるひとを好きになってしまったのです。
そのひとは僕と同じ職場で、一緒に仕事をする機会もたびたびありました。最初は特に意識していたわけではなかったのですが、いつの頃からか、僕の心の中で、彼女の姿が少しずつ大きくなって、いつの間にか、始終彼女のこと考えているようになっていました。そして、自分が本当に彼女を好きになってしまったことに気が付いたのです。
でも、やはりダメでした。仕事の話くらいなら、いくらでもできますが、それ以上のことは、どうしても話せないのです。彼女さえ一緒にいてくれたら、危険な仕事に立ち向かって行く勇気も出せるのに、自分の思いを打ち明けるどころか、ちょっと気のきいたことを言おうとしただけで、まるで金縛りにでもあったようになってしまうのです。さんざん悩み苦しみましたが、どうすることもできません。もう、その頃には、僕は疲れきってしまっていました。
やはり、僕の心はこわれてしまっているのだろう。本当に好きなひとに好きだと言うこともできず、仕事しかできなくなってしまった人間なんて、生きている価値などない。こんな人間では、もしあの人が僕を好きになってくれたとしても、結局僕には幸せにできるはずもない。そんなふうに思うようになっていたのです。
あのひとさえ元気で幸せになってくれたら、それでいい。どうせ仕事しかできない人間なら、せめて仕事のうえだけでも、彼女の役に立ちたい。そう思うようになりました。もちろん、そんなことで自分を納得させることなどできはしません。ただ、そう思うことで少しでも自分を慰めていたのです。
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