第2話

 ある寒い、みぞれまじりの雨の降る晩でした。残業で遅くなった僕は、最終電車に飛び乗って、やっとの思いで駅にたどり着いたところでした。駅を出ると、もう人影はなく、タクシーさえ一台も止まっていません。僕はため息をつくと、とぼとぼと歩き始めました。

 僕の住んでいるのは町はずれのアパートで、歩いても三十分ぐらいの所ですから、ふだんでもよく歩いて帰っていました。でもこんな晩は、さすがに気が滅入ります。それで、なんとなくうつむき加減に歩いて行きました。

 そろそろ道のりの半分も過ぎた頃でしょうか。街灯のうす暗い光に照らされた、ゴミ捨て場が見えてきました。ゴミといっても、いわゆる粗大ゴミで、まだ使えそうな家具なんかが、ガラクタに混じって放り出されて、みぞれまじりの雨にうたれているのは、なんともさみしい感じがしました。

 なんとなくそっちの方に目を向けた僕は、その片隅にちょっと場違いなものを見つけて、立ち止まりました。

 それは、小さな馬の人形でした。その、なにかもの言いたげな表情が、あまりにこの場所にふさわしくないような気がして、僕は思わず拾い上げてしまいました。それは、小さな子供が両手で抱き抱えて遊べるくらいの大きさで、ずいぶんとよごれくたびれてはいますが、ひとめでとても良いものだということがわかる、ていねいなつくりをしていました。特にその表情は、まるで生きているかのように思えるほどでした。

 でも、僕がそのときみたのは、いや、みたと思ったのは、まるで愛する者を失ったときのような、途方もないさみしさと、胸のいたくなるような悲しさでした。僕には、とてもその人形をそこに残して行ってしまうことはできませんでした。

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