6.「自分が特別な人間だっていつ気付いた?」

 5月30日 土ようび 夜9時


 使われていない倉庫とのことだったが、入ってみると十分に明るく、無数の木箱が積み上げられているようだった。ひょっとして“まだまだ使っていた倉庫”を例の能力で強引にアジトにでもしてしまったのだろうか。



 木箱と木箱に挟まれた通路にシャチは立っていた。

 その周囲を囲むように立っているのが3人の刑事さん達。


「テメエ、自分が他人ヒトとちげえ特別なヤツだっていつ気付いた?」


 特別な人間―――か。

 オレはこう答えた。


「特別な人間なんていない。」


 左利きで球が速かったから、ずっとピッチャーをやっていた。

 でも、辞めた。


 どんな役もこなし、何にでもなれる国民的アイドルの彼女―――

 でも、一皮むければ、ワガママで、ウソつきで、メンドくさくて、四六時中エロイことばかり考えている普通の女のコだった。


 世界一かわいい、完全無欠のウチの妹―――

 でも、それは“自分の人生”を投げ捨ててまで、必死に組み立てて積み上げられて実現させられた“他人の理想”なだけだった。


 ある日突然、透明になってしまった少女―――

 でも、野菜嫌いで、棒を持ったらテンション上がって振り回すような性格で、ゲーム好きで、誰よりも人間くさくて、誰よりも個性的で、誰よりも存在感のあるヤツだった。


 だから、オレはこう答えた。


「自分が特別な人間だなんて思っているヤツは、まだ他人を見ることができていない子供なだけだ――――」



 シャチは言う。


「俺は17のときだ。」


「分かるか!? その日から、世界は俺にひれ伏したんだ!」


「俺の命令を聞かないヤツなんていねーんだ。学校中の女とヤったし、街を歩いててヤリたいと思った女とヤれるんだぜ! 俺は神になったんだっ!!」


「自分の手を汚すひつよーもねえから何でもできるしな! ムカつく教師共を殺し合わせたのは愉快だったぜっ! ビビっちまってどっちもトドメは刺せなかったのは惜しかったがな。」


「硫酸ぶっかけさせたのも愉快だったな! 女を蹂躙するのにはヤる必要もねえ! 一生消えない傷をつけちまえばイイんだっ! それだけでソイツの人生を支配できるっ、ノーリスクでハイリターンなお遊びだったぜ!」


「テメエに、邪魔されるまではな……!」


「根っこから枯れるとは、このことだな!」


 ……


 ………?


 ……はっ! 「寝首をかかれる」か! 分かりづらっ!



 シャチがこちらを睨みつける。

 だが、ヤツはオレのことは“コントロール”してこない。


 オレが“能力”を使って、それをヤツ自身が看破するまでは。

 自分が無敵だと―――特別な人間だと証明するまでは、ヤツはオレに対して“能力”は使ってこない。オレ達はそこを利用するしかない。



 合図もなく、戦いは始まった。


 3人の刑事さんが一斉にこっちに突っこんでくる。

 隠し持っていた硬球を握り、振りかぶって投げつける。狙うのは超インコースの足元―――インローだっ!


 クソみたいなコントロールのオレにしては精度よく、制服警官の左膝に直撃して、そのまま1人が地面に転がった。現役時代よりコントロールが良くなったんじゃないのか、菱川のマンションの周りを走りこんだ甲斐があったか?



 さて、2対1だ。

 まず突っ込んできたのはドS刑事の方か。助かった、デートに“擬態”したヒールの靴とタイトスカートじゃ横の動きに対応できないだろう!


 反復横跳びのようにして軸をずらし、しゃがみ、足払いをする。勢いよく突っこんできていた刑事さんは面白いように転がっていった。



 これで1対1、これはもうごまかしが効かないぞ。

 右のジャブで牽制しつつ、距離を取って左ストレートをぶち込むタイミングを計っていたら……オレが膝をぶち抜いたことで倒れていた制服警官に足をつかまれ、思いっきり転ばされた。その上にのしかかるドS刑事、尾行刑事、制服警官と、3人がかりで地面に押しつけられてしまった。


 シャチを見る、ヤツは笑ってる。

 これは勝利を確信した笑いじゃない、


 今か今かと待ち構えている顔だ、オレが“能力”を使うのを―――


 3人に抑えつけられながら、やっとの思いで左手をヤツに向けて、思いっきり叫ぶ!


「今だ! 喰らえっ! ファイナル・ブラッシュバック!!」


 だが、シャチはそれを横っ飛びで避ける。

 シャチの後ろの木箱がガンッ!と音を立てる。


「勝ったっ!! 俺こそが最強なんだ! 無敵だっ!」


 シャチの顔が、勝利を確信した―――


 ◇


 こちらにもアドバンテージは、ある。

 ヤツは気付いていない。


 じゃんけんのグーがどんなにレベルアップしてもパーには勝てないように、ヤツの能力でも相性が悪ければ絶対に倒せない相手がいる―――それが一条かもめだ。ヤツの能力の発動条件は「目を合わせる」こと。つまり、誰とも目を合わせられない透明人間のかもめにはヤツの“能力”は通用しない。



 いつもいつも頼りっぱなしで申し訳ないが、今回は彼女の協力なしではヤツを倒すことは出来ないだろう……と、ハンズフリーにしているスマホの向こうでこのやりとりを聞いているかもめのことを考え、て、



 そこで、


 あれ……?


 肝腎なことに気が付いた。



 見過ごしていた……

 その可能性に。


 どうしてヤツは、こちらにこんな準備の時間を与えたのか……



 本 当 に 操 れ る の は 3 人 ま で な の か?


 菱川の事件はオレの能力を探るために起こしたとヤツは言っていた。ならば、菱川の事件で手の内をすべて晒す必要はない。むしろ、「○人までしか同時に操れない」と思い込ませるために少なめに見せておいた方が後々に活きてくる。


 ケーキ屋の前での立ち回りもそうだ。

 敢えて汐乃の“コントロール”を解除してから制服警官を操ったことで、オレ達に「同時に操れるのは3人まで」と思わせておきたかったように疑えてきた。



 警察署の外にいるかもめに相談したい。

 “その可能性”について、相棒に話を聞いてもらいたい。だが、そんな時間はない。そんな素振りをするワケにもいかない。


 もし、4人目を操れるのだとしたら―――オレだったらどこに置くだろう。相手に存在が疑われていない4人目がいるのだとしたら、どこに置くだろう。間違いない、だ。オレだったら4


 オレの胸元のスマホは、かもめに通じている。

 誰かは分からないが、この作戦会議の中に「自分が操られていることにすら気付いていない4人目」を紛れ込ませておけば、この会議の情報は全てヤツに筒抜けになる。



 何故ヤツは4時間もこちらに準備の時間をくれたのか。

 それは、その4時間を使って「オレの能力」を探らせるためにちがいない――――



 決断を、しなければならない。

 一か八かの大バクチに出なくちゃいけない。


「みなさん、よく聞いてください。オレの“能力”を説明します。」


「本当かい、秋由くん。キミにもシャチのような“能力”があるの?」

「ハイ、ヤツの“能力”ほど複雑なことは出来ませんが。オレは左手から更に見えない手を伸ばすことができます。これで遠くの敵を殴ったり、抑えつけたり、逆に敵の攻撃を防いだりできます。」

「なるほど、それでさっき妹さんを抑え込むことが出来たんだな。」

「射程距離は大体10mくらいです。射程ギリギリまで近づいて、これでヤツを拘束できればオレ達の勝ち、外れたらオレ達の負けです。」


 そんなやりとりが、4時間ほど前にあった。


 ◇


「今だ! 喰らえっ! ファイナル・ブラッシュバック!!」


 自分で付けておいてアレだが、必殺技の名前を考えるのってムチャクチャ恥ずかしいな! ちなみに「ブラッシュバックピッチ」とは、相手をのけぞらせるために威嚇で投げる頭部付近へのボール球のことだ。


 だが、シャチはそれを横っ飛びで避ける。

 (本当は何も飛んでいないんだけど)


 シャチの後ろの木箱がガンッ!と音を立てる。

 (本当は演出のために、かもめが金属バットで殴っているだけなんだけど)



「勝ったっ!! 俺こそが最強なんだ! 無敵だっ!」


 シャチの顔が、勝利を確信した―――


「バカめっ! 俺が操れるのは3人じゃねえ! 4人だ!」


 あっ、はい。


「テメエらの中に“コントロール”した1人を潜り込ませてたから、情報はつつぬk


 バゴッ!!


 子音を発することもできないタイミングで、ヤツの後頭部が前方向に吹っ飛ぶ。ありゃ舌も噛んだかもな。右バッターにとっては高めのクソボールの位置だが、一流のホームランバッターはそれをスタンドに運ぶんだ!


 ボゴッ!


 前に倒れ込んだシャチの頭が、更に下方向に叩きつけられる。透明だから見えないが、剣道の唐竹割りのような型で上から斬りつけられたのだろう。野球にそんなスイングはないぞ、かもめ



 事態はオレ達の思い通りに進んだ……そう安心しかけた時だった。


「3番! 撃ちやがれっっっ!!!」


 顔面を地面に強打して、鼻から大量の血を吹き出しているシャチが叫ぶと。その瞬間、オレを抑えこんでいた一人だった制服警官が離れて軽くなった。


 これは――――


かもめ! 下がれ!! 箱の向こう側に隠れるんだ!!」


 バンッ! バンッ! バンッ!


 耳を破壊しかねないような轟音が3発。

 見たら、木箱がいくつもコナゴナになっていた。


 さっきのオレ達の演技とは次元がちがう、本気の破壊の暴力。アレがもしかもめに当たっていたら―――



 もう、手段は選べない!

 オレは、オレを抑え込んでいたドS刑事の胸をわしづかみにした。彼女が「ひっ」と身を引いた瞬間、全身のバネを使って抑え込みを抜ける。そのまま走って、制服警官につかみかかろうと飛び込む、ヤツの“コントロール”の命令が書き換わる前に銃を奪えば……と思ったが、だが、


「動くな。」


 “コントロール”されたワケでもないのに、体が止まってしまった。そう言ったシャチが持っていたのはオートマの拳銃だった。その銃口はまっすぐにオレを捉えていた。オレは目を合わせない、目線を下に向ける、もうヤツは油断してくれないだろう。


「ヘヘッ、そのアレはウイニングイレブンって言うもんな。銃は2本持ってたんだよ!」

「……」


 ……「備えあれば憂いなし」、のことか。どんな間違え方だよ。

 あと、銃の数え方は「1挺」「2挺」だ。


「テメエの能力、言ってたのと全然ちげえじゃねえか! 4人目を潜り込ませているのに気付いて、ウソの情報を流したのか。ヒキョーものめ!」


 オ マ エ に は 言 わ れ た く な い。


「ホントーの能力は、ジョジョのスタンドみてーに分身を動かせるのか?

 いや、さっき名前みてーのを呼んでたな。仲間か? 透明になれる仲間でもいるのか……?」


 一か八かの賭けには成功した。

 だが、ヤツにトドメを刺すことは出来ず、オレはヤツに銃を突きつけられ、かもめは撃たれたかも知れない。そして、能力もバレてしまった。これはもう、どうしようもないくらいの絶体絶命だ―――

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