7.「所有物」
万事休すだった。
彼女の「所有物」は問答無用に透明になってしまう。もし制服警官が放った銃弾が直撃していたとしても、彼女の血も、彼女の体もオレには見ることが出来ない。見えないだけで、彼女がそこに横たわっている可能性も十分にあるのだ。
オレが巻き込んでしまった。
イイやつだった。
生意気で、口が悪くて、暴力的で、おしとやかさの欠片もない、“オレの理想”なんかとは全然ちがう女だった。でも、オレはアイツとのこの1ヶ月の生活が楽しかった。
きっと、オレは――――
そうか、と思った。
あぁ……オレはやっぱり大馬鹿者だ。汐乃の気持ちに8年間気付かなかっただけじゃない。オレ自身の気持ちにも、今の今まで気付かなかった。
もう、汐乃には会えないなと思った。
菱川にも、加鹿さんにも、未智にも、もう会えないだろう。足立は怒るかな。熊は「またか」と呆れるんだろうな。母さんは、ああ見えて寂しがり屋だから泣いてしまいそうだ。父さんはきっと怒らない。オレのしたこの決断を誇りに思ってくれるだろう。血はつながっていなくても、あの人はオレの父親だからきっと分かってくれる。
足元しか見ていないが、シャチが近づいてくることが分かる。
確実に弾が当たる自信のある距離まで、ジリジリと近づいてくる。
「クククッ……随分と手こずらせてくれたが、これでTikTokだ!」
……
…………?
……これは、あっ、「チェックメイト」か! 「ック」しかあってねえ! つか、ことわざ以外でも間違えるのかよ!
◇
「自分が特別な人間だって、いつ気付いたかって話だったな。」
オレの言葉で、シャチの足が止まる。
「特別な人間なんていないんだよ。みんなどこかに才能があって、何かの才能がない、それだけだと思う。オレは左利きで速い球が投げられるが、菱川みたいな演技はできない。汐乃は料理が上手いが、運動はからっきしダメだ。」
「何……言ってんだ、テメエ?」
「
そんなことないよ。顔なんか知らなくても、オレは知っている。オマエの良いところ100コは言える。ムカつくところも50コくらいあるけど、それも含めて、 オレは オマエが
好 き だ っ た ん だ。」
“恋愛感情”みたいなものは、よく分からなかった―――
人を好きになるって意味が分からなかった―――
この世界には特別な人間なんていないのに、自分の中では特別な存在だと心が選んでしまうこと―――
「でも、今なら分かる!
オレにとって、一条
倉庫中に響くように、叫ぶ。
彼女にこの声が届くように叫ぶ。
「だから、オレのもの、全部―――
オレの体も! オレの心も! 服も! 血も! このスマホも、オレの持っているもの全部! オマエにくれてやる。
「オレのすべてをオマエに捧げる!
ゆっくりと顔を上げる。
シャチはこっちを見ている。
だが、目は合わない。ヤツはキョロキョロと周りを見渡すだけだ。
「秋由ィィィィィイ! テメエエエエエ! どこ、行きやがった!!」
バンッ! バンッ! バンッ!
シャチは慌てて銃を撃ちまくるが、残念ながらそこにはもうオレはいない。
思いっきりヤツの右頬に左フックをぶち込む。まったく身構えていないところを全力で攻撃されたら、筋力に差があっても苦しいものだ。ましてやこれは豪速球ピッチャーの全力パンチだ。透明人間と暴力の組み合わせはやっぱりヤバイな。
◇
シャチの体が崩れ落ち、オートマの拳銃を落とす。
オレは透明のまま拳銃を拾い上げ、血まみれのヤツの口にぶちこんで“命令”する。
「操っている4人の“コントロール”を解け、今すぐにだ。それ以外の行動を取ったら殺す。」
そう言うとすぐにヤツを裏返し、地面に押しつける。後頭部に銃を突きつけて「5、4、3……」とカウントダウンをすると、脅しが効いたみたいで刑事さん達の動きが変わった。
「秋由さん……!?」
「手錠と、目かくしになるようなものを、持ってきてください!」
一応オレもそういうものを持ってきていたのだが、それらも全部透明になってしまったので刑事さん達に持ってきてもらう。透明な目かくしほど意味のないものは、この世界にないだろう。ドS刑事から渡されたそれでシャチを拘束していく。
「秋由さん、これは一体。アナタは今ここにいるのですか?」
流石のドS刑事も毒舌を発揮する余裕はなさそうだ。
知り合いが突然透明人間になってしまったら、そりゃそうなるよなぁ……
「コイツと目を合わせるとコイツに操られちゃうんで、絶対に目かくしを外さないでください。」
「テメエ! 秋由準稀! これで勝った気かぁ!? 留置場に入れようが、刑務所に入れようが、この“無敵の能力”がある限り、俺はすぐに出てこれんだよ! すぐに出てきて、テメエをぶっ殺してやるっ! いや、その前に妹だ! テメエのクラスメイトの女も全員犯してやる! 俺ができねーことなんてねえんだよ!」
「次は目を潰す。」
「っ……!」
シャチの言葉が止まった。
「透明になったオレがオマエのことをずっと見張っててやるよ。留置場でも、刑務所でも、四六時中。オマエがまたその“下らない能力”を使ったら、その瞬間オマエの目を潰す。」
ウソですけどね。
「
野球を辞めても、
アイドルを辞めようとしても、
大好きなおにいちゃんと結婚する夢が破れても、
その後も人生は続くんだ―――――
「秋由さん! 秋由さん! どこに行くんですか! “透明になった”のは元に戻せるんですよね!?」
それは無理なんですよ、刑事さん。
この1ヶ月、オレ達だっていろいろ考えた。それでもダメだったんだ。
「秋由さん! 秋由さん! アナタの帰る場所は、あの街でしょ―――」
帰る場所なんてものは、もうない。
“透明化”を決断した時点で、そう覚悟した。
――――透明人間なんかが同じ家にいるの嫌がるでしょ
かつて
汐乃は気にしないかも知れない。父さんも母さんもオレ達の力になってくれるかも知れない。でも、家族や友人以外はどうだろう。同じ街に住み、同じ学校に通う透明人間がいても、それを歓迎してくれるとは思えない。
大好きだったあの街に、
あの家族に、
あの学校に、
あの仲間達に、もう戻ることは出来ない―――
倉庫を出ると、周辺を包囲してくれていた警察や自警団の面々が一斉に倉庫に向かってきている。シャチを捕えたという連絡をオレがしたので一斉に倉庫に向かっているのだろう。
全員がオレとすれちがう。
もうオレのことは誰にも見えない。た だ 一 人 を 除 い て。
歩き続けると、夜道に見慣れない服装の女子が一人立っていた。癖のある短い髪の少女。身長は150cmくらいだろうか。
後ろ姿だけど、分かる。
顔を見たことなんてないけど、分かる。
やっぱりそうか。
銃撃が当たっていなくて良かった。
大きなケガをしているようでもなくて良かった。
一安心して、駆け寄ろうとするオレ。
「
しかし、
「そこで止まって―――」
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