5.「シャチの能力と、それを打ち破る方法」

「えぐっ……あの男の人と……うぐっ…目が合ったら、なんか……そうしなきゃいけない、みたいに……なって」


 今月三度目の警察署だ。

 ドS刑事がシャチに連れ去られてしまったので、別の女性刑事がやってきて「唯一シャチに“コントロール”されたことのある」汐乃から情報を聞き出そうとしている。

 しかし、中学1年生の女のコが往来で服を脱がされかけたところだ。精神的ショックも大きいだろう、頼み込んでオレと加鹿さんも同席させてもらっている。


「脱いで……いる間は、操られているだなんて思わなくて……それをするのが当たり前に思えてきて……」

「つまり、手足の一本一本が勝手に動くというよりかは、自分の意志で動かさなくちゃいけないと思いこまされるのね。」


 汐乃が泣きながらやっとの思いでしている説明を、女刑事さんが事務的にまとめる。冷徹な行為だが、今はあまり時間がない。現在は4時半、シャチが決戦に指定したのは夜の9時で、実際にはそれよりも前に場所を指定してくると思うので、あと4時間弱でオレ達は情報をまとめなくてはならないのだ。


 シャチの能力と―――

 それを打ち破る方法を――――



「お義兄さん、汐乃のことは私に任せてもらって大丈夫です。」


 汐乃が話せることは大体話し終わったタイミングで加鹿さんが言ってくれる。非情かも知れないが、ずっとこの部屋にいても仕方ないし、汐乃からすればオレの前で性的な話をさせられるのが一番つらいだろう。加鹿さんの厚意に甘えておこう。



 その部屋を出て、横分け刑事なんかがいると教えられた部屋に向かう。


かもめ、聞こえているか?」

「うー、大丈夫。聞き取れなかったとこはあとでLINEで教えてもらうわ。」


 胸ポケットに入れたスマホから相棒の声が聞こえる。透明人間のかもめと一緒に警察署に入るワケにもいかないので、ハンズフリーで通話しっぱなしにして中の会話を全部聞いてもらう。実は、菱川の事件のときもこうしていたのだ。


 ◇


 部屋に入ると、そこそこの数の刑事さんと自警団の面々が揃っていた。


「で、大将。どうするんです?」

 自警団の若者に声をかけられる。

 え……オレ、大将なの? 明らかにこのメンツの中では最年少なのに。


――――やっぱりだ! テメエも“能力者”だったんだな!


 シャチのあの言葉は当然オレ以外も聞いていた。

 警察の人も自警団の人も、オレのことをそう思っているのだろう。そして、“自分以外の人間を自在にコントロールできる能力”なんてトンデモに対抗できるのは、同じような“能力者”のオレしかいないってことなんだろう。



やしろ 中也ちゅうや、21歳。最終学歴は高校中退です。」


 見たことのない顔の刑事さんが説明してくれる。

 顔は知らない……が、この私服は。あぁ、シャチを尾行していたのだけど真っ先に撃退されてケーキ屋の生垣でぶっ倒れていた人だ。聞くと、シャチの出身の街の警察署からやってきた人らしい。なるほど、よその街からシャチを追ってきた刑事さんを、横分け刑事達はサポートしていたのか。


「中退の理由は、もう学歴も何も必要なくなったから―――だそうです。」

「そりゃそうでしょうね。あの“能力”があったら、就職活動なんてする必要ありませんし。」


 道端を歩いている人に片っ端から「1万円よこせ」と“コントロール”していけば、それだけで生活費は賄える。かもめがその正義感から出来なかったことを、ヤツは躊躇せずに出来るのだ。


「高校に入ってしばらくするまで彼は普通の大人しい高校生だったそうで、彼の通っていた高校も普通の学校でした。しかし、彼が2年生になった辺りから学校が機能しないような状況が続いたそうです。女子が次々と不登校になり、男子は何十人も大怪我を負って病院送りになり、教師同士で殴り合い・刺し合いの事件が続きました。」


 ヤツがその能力を使って今まで何をしてきたかを考えると、やるせない気持ちになる。そして、ヤツを放っておけば、この街でも、別の街でも、同じことが起こりかねないということだ。



「まず、最初にハッキリしておきたいことですが……ヤツは、同じような“能力者”と思っているオレに執着しているようです。」

 ヤツの対策を話し合う段階になって、オレは最初にそう言っておくことにした。正確には“能力者”はオレではないのだけど、ヤツはそう思っているのでウソではない。


「秋由くん……それは本当なのかい? キミにもシャチみたいな“能力”があるのかい?」

「その話はまた後で。重要なのは、なので、ヤツはわざわざオレの前に姿を現して決闘を申し込んできたってことです。これはヤツを捕まえる千載一遇のチャンスです。ですよね、よその街からやって来た刑事さん?」


 名前も知らない刑事さんがコクンと頷く。

 “自分以外の人間を自在にコントロールできる能力”を悪用している者が地下に潜ってしまえば、警察でも自警団でも追うのは難しくなる。



「ヤツは自分の“能力”を無敵だと思いたいんでしょう。だから、同じような“能力者”と戦って、ボロクソに勝ってそれを証明したいのです。その油断にオレ達はつけこむことが出来る。」

「でもな、大将。俺達が何人集まってもヤツに操られちまうんだから、どうやっても捕まえられなくないかい?」

「いえ、ヤツの能力には制限があります。それは間違いない。」

「ん? どういうこと?」

「ヤツは決戦の場に、“テメエ一人で来い”とわざわざ言ってきました。さっきのように何十人もの相手に囲まれる状況は、ヤツにとっては好ましくないんです。」

「あ……そうか、俺達は負けた気分だったけど、ヤツもあの場から逃げたと言えるのか。」


「ですね。恐らくヤツが同時に操れる人数は、3人が限度――――」


 硫酸事件の時は、犯人が2人だった。

 菱川の事件の時は、犯人が3人だった。

 さっきのケーキ屋の前での対峙で操られたのは、最初に尾行していた刑事、ドS刑事、汐乃→ 後に制服警官に変更、と3人ずつだった。4人目を操るためにわざわざ汐乃の“コントロール”を解いていた。


「すげえな、大将! あの状況でよくそこまで見ていたな!」

「……」


 ホントはかもめから教えてもらったんですけどね!

 「敵の攻撃パターンを見極めるのはゲーム攻略の基本だぜー」と言っていた。ゲーマーってすげえんだな。伊達にヒーローモードを全ブキでクリアしちゃいねえ。


「あと、妹の証言によると“コントロール”され始めたのはヤツと目が合ってからだそうです。裏を返せば、―――」


 その言葉は、これまで“どうしようもない”という空気に沈んでいたこの部屋を活気づけるには十分だった。敵の能力さえ分かってしまえば対策は十分に取れる。みんなが思い思いに作戦を言い合う。


「ということは、サングラスでもかけてれば防げるんじゃないのか? 太陽拳みたいに。」

「いや、私の相棒は変装用にサングラスをかけていましたが、あっさりとヤツに操られていました。その程度では防げないのでは?」

「目隠しをしながら戦うとか。」

「俺、目隠ししながらSplatoonならやったことあるぜ。」


 画面を見ないでゲームするのって流行っているの……??


「人間の動きを“コントロール”すると言っても、コントローラーを握って操作するみたいなことじゃなくて、“そうしなければいけない”という意識を埋め込むカンジみたいですね。なので、操られている方もクリボーみたいにプログラムされた動きをするんじゃなくて、その人がしっかりと考えて臨機応変に動けるのだと思います。」


 でなければ、菱川の事件の時のように「車を運転する」なんて複雑な操作はさせられないだろう。


「なので、“コントロール”されている人間が知らないことや、能力を超えたことはさせられないみたいですね。」

「どういうこと?」

「オレに160km/hの豪速球を投げさせる命令を出しても、オレの体はそうは出来ていないからムリってことです。」

「あー、分かりやすい。」


 思い出すのも腹立たしい、ヤツが汐乃に出したゲスな命令―――純真無垢で、純度100%天使な汐乃は“そんなゲスな言葉”を知らなかったので、その行動を取ることが出来なかった。



「それで、“コントロール”されている方は自分が“コントロール”されていることすら分からないみたいですね。菱川の事件の犯人が言うには。」

「信じられないな……そんなことが起こるだなんて。」

「でも、実際オレ達は警察官が操られているのを見ましたからね。流石に3人ともヤツとグルって可能性はないでしょう。」


 何より、極度の人見知りで恥ずかしがりな汐乃が道のど真ん中で服を脱ごうとしたのだ。誰かに操られでもしない限り、アイツがそんなことを出来るとは思えない。



「大将、思ったんだがよ……操れるのが3人までなら、自警団を集めて何十人かで一気にかかれば簡単に捕まえられるんじゃないのか?」

「それも手ですね。ヤツがあの場を離れたのもそうなるのを避けたかったのでしょうし。」


 100人いれば、その中の3人が操られようが残った97人で一斉にかかってヤツを拘束してしまえばイイんだ。あのケーキ屋の前の立ち回り、オレ達はまずそれをやるべきだったのだと今なら分かる。


「だが、それが可能なのは人質が取られていない時だけです。」

「あ……」

「しかも、今回はヤツに“銃”が渡っている。」

「……」


 活気づいていた部屋がまた重く沈む。

 さっきのように“コントロールされた人間”が拳銃を自らのこめかみに突きつけて「動いたらコイツの頭を吹っ飛ばす」と言ってきたら、100人の軍勢も動けなくなってしまう。


「結局は、ヤツの要求通りに決闘に応じるしかないんですよ。」


 あのドS刑事のことは大嫌いだが、放っておいてイイとは思わない。ヤツの狙いはオレだし、今回はオレのせいで警察の人達を巻き込んでしまったとも言える。

 そして何より、自分の欲望のために“能力”を使って他人を平気で蹂躙できるような人間を、野放しにしてイイとは思わない。



 こちらにもアドバンテージは、ある。

 ヤツは気付いていない。


 じゃんけんのグーがどんなにレベルアップしてもパーには勝てないように、ヤツの能力でも相性が悪ければ絶対に倒せない相手がいる―――それが一条かもめだ。ヤツの能力の発動条件は「目を合わせる」こと。つまり、誰とも目を合わせられない透明人間のかもめにはヤツの“能力”は通用しない。



 いつもいつも頼りっぱなしで申し訳ないが、今回は彼女の協力なしではヤツを倒すことは出来ないだろう……と、ハンズフリーにしているスマホの向こうでこのやりとりを聞いているかもめのことを考え、て、



 そこで、


 あれ……?


 肝腎なことに気が付いた。



 見過ごしていた……

 その可能性に。


 どうしてヤツは、こちらにこんな準備の時間を与えたのか……



 警察署の外にいるかもめに相談したい。

 “その可能性”について、相棒に話を聞いてもらいたい。だが、そんな時間はない。そんな素振りをするワケにもいかない。



 決断を、しなければならない。


 ◇


 8時。

 横分け刑事のスマホに電話がかかってきた。


 指定された場所はこの街ではなく、車で約40分かかる場所で、地図アプリで確認したところ使われていない倉庫の跡地みたいだった。

 この街での戦いでもないのに、自警団の人達もついてくると言ってくれた。警察の人達にも頼んで、遠くを包囲してもらい……倉庫には、オレ一人でタクシーで向かうことにした(流石にタクシー代は出してもらうぞ)。


「すまない、こんなことにキミを巻き込んでしまって……」

 横分け刑事がオレに謝ってくる。


「それはこっちのセリフですよ。ヤツの狙いはオレだったのに、警察のみなさんに世話になっちゃって……」

「ちがう! それはちがうんだ! ああいうヤツから、キミのような一般人を守るのが俺達の仕事なんだ。」

「……」


 初めて、この人の大きな声を聞いた気がする。

 かつて、かもめに言った言葉を思い出す。


 ――――人間には温かい飯を食べて、暖かい部屋で寝る権利があるんだ。そこに負い目を感じちゃいけない。



 そうだ。

 この刑事さん達もまた、「ヒーロー」になろうとした人達だったんだ。オレ達と変わらないんだ。



「おにいちゃん!」

 警察署の入口で、汐乃が加鹿さんと一緒にオレを待っていた。

 日本一、世界一、銀河一、宇宙一、いや、もう宇宙が誕生してから今日までのすべての時代で、すべての次元で、すべてのパラレルワールドで、最もかわいいオレの妹。


「手ぇ、出して……」

「?」


 左手を出すと、汐乃が小さな両手の指一本一本をオレの指にからめるようにギュッと握る。男女が手をつないでいる画面が映るだけで恥ずかしがってテレビのチャンネルを変える汐乃が、ありったけの勇気をふりしぼって。


 本当に言いたいことは「危ないから行かないで」だったかも知れない。「怪我しないで」だったかも知れない。今だって本当は泣くのを我慢しているのかも知れない。でも、汐乃はありたっけの勇気をふりしぼってこう言った。


「おにいちゃん!」


「悪者になんか、負けないでっ!」



 あぁ……こんなときにまで、オマエはオレが一番言ってほしい言葉を言ってくれるんだな。自分の命だけじゃない、かもめの命も、刑事さん達の命も、この世界の人々の命もかかっているこの一戦が、本当は怖くて怖くて仕方がないオレに、その小さくて柔らかくてすべすべの手からありったけの勇気を分けてくれるんだな。


 本当は抱きしめたかった。

 本当は「愛してる」と言いたかった。


 でも、これが今生の別れになるかも知れない。


「加鹿さん、汐乃のこと……よろしく頼む。」


 加鹿さんも流石に茶化すことなく、真剣な顔で頷いた。


 ◇


「私のことは、置いてくなんて言わないよね?」


 待たせているタクシーの前で、暗闇から声をかけられる。


「オマエ以外、アイツに勝てる人間はいない。頼む、力を貸してくれ。」


 突き出した左手のこぶしに、透明なかもめのこぶしが当たるコツンという感触がした。


「手加減なしでイイんだね?」

「アイツは汐乃を泣かせた。菱川を泣かせた。アイツをここで逃したら、これからもたくさんの人を悲しませるにちがいない。逆転サヨナラホームランを打つくらいの気持ちでやってくれ。」

「おう、任せろ! 110点ホームラン打ってやるぜ!」


 野球にそんなルールはねえよ、と二人して笑った。

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