4.「オレ達は考えが足りなかった」
5月28日 木ようび
あんなことを言い合った後でも、
自分の境遇を気にしていないのかと思ったが、そうじゃなかった。気にしないように、気持ちを切り替えていたんだ。精神のバランスを崩してしまった母親を近くで見ていたのだから。
今も、ゲーム実況をしながら視聴者の人達と他愛もない話をしている。「好きな映画は何だ」とか、「好きな食べ物は何だ」とか、そんな当たり障りのない話を―――と思ったら、視聴者の一人がオススメのケーキ屋の名前を出したところで、
―――妹ちゃん、それ個人情報ですよw
―――今日の配信はアーカイブ化せずに削除しないと
―――そのケーキ屋でオフ会でもやるー?
次々とコメントで指摘される。
顔は見えないが、焦っている
「お兄ちゃーん、どうしよう?」
「いいよ、いいよ、気にすんな。土日にでも買いに行こうぜ。」
―――なかよしだなぁ(⁎˃ᴗ˂⁎)
―――妹ちゃんの食レポ待ってます!
そんな平和な時間に、現実を忘れて癒されていた。
オレ達は完全に油断していた。“危機”がすぐそこにやってきていることにまだ気づいていなかった。
◇
5月30日 土ようび
そう言えば中間テストも終わった週末。
この日の午前中はバイトだった。昼食を家で食べて、歯を磨いたので、午後から話題に出たケーキ屋に行こうとする。住所を調べたら駅の向こう側にあるみたいだった。
「おにいちゃん、出かけるなら私も途中まで一緒に行ってイイ? 暁ちゃんと駅で待ち合わせしてるの。」
汐乃に言われて断る理由もない。普段から全打席ホームラン級のかわいさの妹だが、今日は加鹿さんに合わせてなのかハーフアップにしていて、ちょっと大人っぽいのが新鮮だな。3打数5ホームラン級のかわいさだ。今日の汐乃ならバントでもホームランになりそうだ。
「ケーキ屋さんに行くの? おにいちゃんが?」
「知ってるとこか?」
「う~ん、聞いたことないかなぁ……学校の友達は駅ビルの方のケーキ屋さんに行くことが多いみたい。」
「多めに買って帰るから、あとでオマエも食べてくれな。」
「うん、ありがとう!」
そんなことを言いながら駅で手を振って別れたら、たまたま通りがかった二人組に見られていることに気がついた。どこかで見た顔だと思ったら、何度かの事件で顔を合わせたことのある刑事さん達だった。
「こんにちは、秋由さん。」
「ちはっす……私服ということはデートか何かですか?」
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ、面白いことを言うなぁ、この子は。」
笑い声で文字数を稼ぐんじゃない。夏休みの宿題で書かされる読書感想文じゃないんだから。
ドS刑事はいつもはパンツルックなので、長めのタイトスカートなのは新鮮だ。この人、長身でスタイルがイイし、よく見るとモデルみたいなんだよなぁ。横分け刑事も
「……ということは、これから潜入捜査をするか、今まさに尾行中ってとこですかね。」
一応、声を抑えて言ってみた。
「ほう」という声が返ってきた。
「相変わらず余計なことに首を突っ込むことに関してだけは天才的な才能をお持ちですね、アナタは。前世はろくろ首だったのですか。」
前世が妖怪とかイヤすぎる。
「むしろ、首を分離して投げ飛ばすデュラハンとか、首だけで動けるジオングとか、首だけ他の肉体にくっつけて乗っ取ってしまうディオ・ブランドーですか。」
「先輩、生き物じゃないヤツが一つ混じってますよ。」
「首の話だけでそんなに膨らませる必要あります?」
あまり関わりたくないなとケーキ屋に歩を進めようとすると、刑事さん達もそちらに用があるみたいで方向が一緒だった。
「正解は二つ目、尾行の方だね。実際にしているのはもう一つのチームで、僕達はサポートだけど。」
「はぁ。」
四人がかりで尾行をしているということだろうか。そんなにも重大な事件なのか、凶悪な犯人なのかは分からないが、とにかくオレなんかと
「私には、街の風景を眺めながらリズミカルに散歩をしているとついついひとりごとをつぶやいてしまうクセがあるのですが……」
「またそれですか。」
「先々週のストーカー事件の被疑者だった三人組、捕まった直後はうわごとのように“なんとしても菱川なぎさを拉致していかなければならない”と言っていたのです。」
「?」
そう言えば、そんな話があったな。
白昼堂々と菱川を拉致しようとしていた、更にそれを丁寧に宣言していた。
「捕まった後も、そんなことを言っていたんですか?」
「しかし、三人とも翌週ガラッと言動が変わったのです。“どうしてか自分はそれをしなければならないと思って行動していた”と。」
「は?」
三人とも我に返ったということか。
三人とも同じタイミングで?
「それは、まるで“本来の人格”を取り戻したかのような変貌でした。」
「“本来の”……」
“本来の菱川渚”
“本来の秋由汐乃”
“本来の一条鴎”
彼女達は“呪い”のように、自分を変貌させてしまったのだが―――
「一つの事件だったら特に気にすることでもなかったかも知れません。被疑者の証言なんてコロコロ変わるものですしね。」
「はあ。」
「だが、もう一つ同じように“複数の被疑者の証言が翌週ガラッと変わる事件”がその一週間前にあったのです。」
菱川なぎさが拉致されかけた、先々週のストーカー事件。
その更に一週間前には、この街で硫酸をかける通り魔事件があった―――
「そうです。奇しくもアナタが関わった二つの事件、両方の被疑者とも突如“本来の人格”を取り戻したかのように証言を変えたのです。」
もし、その“呪い”によって他人を変貌させられる人間がいたのだとしたら―――
「今、僕達が尾行しているのは両方の被疑者が事件の前に会ったという男なんだ。」
「男……」
「
◇
その男は、オレ達が行こうとしていたケーキ屋の前に立っていた。
両サイドを刈りあげて、真ん中の髪を立たせているモヒカンスタイル。180cmは越えていそうな長身だが、極端な猫背が目立つ男だった。
正直、あまり関わりたくないタイプの男だったのだが……目的地のケーキ屋の入口に立ちふさがられているのでしょうがない。営業妨害も
コイツを尾行していたという刑事だろうか。一人は近くでゆらゆらとゾンビのように立っていて、もう一人はケーキ屋の生垣にぶち込まれるように倒れて気絶しているようだった。
「まー、大体あってんよ。」
男が充血した目をこちらに向ける。
「ちげーのは、“コントロール”が解けるのは翌週じゃなくて、俺がいらねーって思ったから解いたんだけどな。」
「シャチ、アナタが二つの事件を起こした黒幕なのですか?」
「あー、そーだよ。」
即答した。
相手が警察だと分かった上で正直に答えるとは、捕まりたくないとは思わないのかコイツ。
「あ。いや、ちげーか? 硫酸の方は単にオレが愉快だからやらせてたんだけどよ、菱川なぎさの事件はテメエに原因があるんだったわ。」
そう言い、シャチと呼ばれた男はオレのことを指差した。
オレ?
オレなんてたまたま現場を通りかかった一般人ですから、この空間において最も発言権のない底辺の人間なことを自覚して、慎みを持って刑事さんの後ろで「早く終わらないかな」くらいに待っていたんだが……その男、今オレのことを指差したのか?
「硫酸事件の時にテメエ、俺らのジャマをしやがっただろ。だから、それからずっとマークしてたんだよ。」
は? 何を言っているんだ、コイツ?
「テメエを調べるために、アイツらにテメエを追わせてたら菱川なぎさが出てきたから、拉致らせよーとしたってワケよ。テメエがまたジャマしにきたらテメエのことが分かるし、そのまま拉致ってきてくれりゃもうけもんだしよ。アイドルをレイプして、その映像をバラ撒いたらチョー愉快じゃねえか。」
菱川が襲われたのは、オレのせい……?
「まー、そっちは上手くいかなかったんだがよー。あんだっけ、ニトロを背負うには一斗缶ではなんちゃらって言うもんな。」
「……」
「………ひょっとして、二兎を追う者は一兎をも得ずのことかな?」
「おー、それだそれだ。」
よく分かったな、この横分け刑事。
今初めてちょっと尊敬しちゃったぞ。
「だからな、今日ここに来ると思って待ってたんだけどな? けーさつの馬鹿どもがずっとついてくんのすげーうぜーよ。」
「……どうして、オレが今日ここに来るって分かったんだ?」
「だって、そう言ってたじゃねえか、ゲ ー ム が 下 手 な お 兄 ち ゃ ん 。」
情報とは、人脈の網で流れてくるもの――――
もし「自分以外の人間を自在に操れる人間」がいたのなら、情報もすべて自在に操れることになる……!
「秋由準稀、テメエ……オ レ と 同 じ よ う な “能 力 者” だ な ?」
その瞬間、いつの間にか後ろに回り込まれていたドS刑事さんに後頭部を思いっきり殴られ、倒される―――顔面を地面に強打しそうなところ、咄嗟に左手を付いて前受け身を取る、が……右手を後ろに捻り上げられ、上から抑えこまれる。
「なっ!? 刑事さ……ん?」
「先輩!!?」
ドS刑事がシャチとグル……?
ちがう! これがヤツの能力か! “自分以外の人間を自在にコントロールできる能力”!
オレ達は考えが足りなかった。
「自分の所有物をすべて透明にしてしまう能力者」が身近にいたにも関わらず、こういう能力者が
「おにいちゃんっ!!!」
地面に押しつけられながら、何とか顔を上げると……シャチの立っている場所より更に向こうに、汐乃と加鹿さんが立っていた。こっちに向かって走ってくる汐乃。ダメだっ、来るんじゃない―――そう叫ぶ間もなく、
「うごくんじゃねええええ」
シャチににらまれた瞬間、走っていた汐乃がピタリと止まる。
何事かと思った加鹿さんも、最初にシャチを尾行していた刑事一人に腕を捻じり上げられて動けない。
「オメエが妹かあ。意識も全部“コントロール”するのもイイが、女を操るときは首から上は残すに限るぜ。恐怖におびえるまま抵抗できずに蹂躙される顔を見るのが愉快でなっ!」
「やめろっ! ソイツは関係ないだろ!」
顔面蒼白で何が起こっているのかも分からず唇がガタガタ震えている汐乃。そんな汐乃に、シャチは命令する。真っ白な雪原にドス黒い欲望をぶちまけるように。
「道 の ど 真 ん 中 で ス ト リ ッ プ し て、 オ ナ ニ ー し ろ」
「
だが、命令された当の汐乃はキョトンとして微動だにしなかった。
「すとりっ……?」
「ちっ、何だよコイツ。配信のときとは別人みてーだな。服 を 脱 い で 全 裸 に な れ ってことだよ。」
今度こそ、汐乃の腕が、汐乃の手が、汐乃の指が、勝手に動き出しボタンを一つずつ外し始める。恐怖にひきつったその顔からはボロボロと涙がこぼれるが、体は止まらない。
「やめろーーーーーーっ!」
地面に押さえつけられながら、左手を必死に伸ばす。絶対に届かない距離でも、必死に。
すると、
シャチよりも向こうにいる汐乃の体が少し後ろに下がり、両手が空中でプルプルと止まり、服を脱ぐのを途中でやめた。
これは―――
こんなことが出来るのは―――
何度もオレ達の窮地を救ってくれた、相棒:
「やっぱりだ! テメエも“能力者”だったんだな!」
嬉しそうにこちらを振り向くシャチ。
そんなことを、そんなことを確認するためにオマエは汐乃をっ、汐乃を泣かせたのか!
「狼藉もそこまでです。」
低く、冷たい、加鹿さんの声がこの場に貫かれる。
「この街で、悪人が好き勝手できるとは思わないことですね。ましてや、汐乃を泣かせておいて五体満足で帰れるとお思いですかっ!」
気がつけば、ケーキ屋の周囲をズラっと屈強な男達が囲んでいる。加鹿さんの十八番、自警団か!
見ると、制服姿の警官までいる。
調子に乗りすぎたな、シャチ。流石にこの人数相手に逃げられるワケがない。
オレを抑えていたドS刑事がオレの上から離れる。
加鹿さんを抑えていた刑事も、加鹿さんを解放する。
「
「何なんですか、その喩えは……」
加鹿さんが呆れるように言う。
だが、シャチはニヤリと笑うだけだった。
「いんや? 延長戦だっ!!」
シャチが見た方向―――には、制服警官がいる。
その警官は、ゆっくりと、拳銃を抜く。シャチに向けるのかと思った、それを……自らの頭に、まるでロシアンルーレットでもやるかのように自分の側頭部に突きつけた。
「まさか……っ!」
「道を開けろ。じゃねーと、このおまわりの頭をふっとばすぞ。」
“自分以外の人間を自在にコントロールできる能力”――――しかも、複数人を同時に操れるのだとしたら、自警団や警察を何十人と集めたところで意味がない! 集めた全員シャチに操られてしまう!
これは……
これは……誰にも倒すことができない最強の能力じゃないのか……
「今日の夜、9時。秋由準稀、テメエ一人で来い。場所は直前に知らせる。そこで決着を付けようぜ。もしテメエ以外の人間を連れてきたら、ソッコーでおまわりを一人ずつ殺すかんな。」
そう言い、シャチと、ヤツに操られていると思われる3人の人物―――ドS刑事、尾行していた刑事、拳銃を頭に突きつけたままの制服警官も街に消えていく。
オレも、加鹿さんも、自警団も、何も出来なかった。今この場から立ち去ろうとしている巨悪も、ヤツに連れ去られる刑事さん達も、オレ達には止めることが出来なかった。
「秋由さん……来ては、ダメです……これは、警察の仕事です……アナタのような……子供が……関わることでは……」
刑事さんが去り際に置いていった言葉が、虚しく響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます