2.「初心者のためのゲーム実況講座」

「これから、オレ達はゲーム実況をします!」


 部屋に入るなりそう宣言すると、かもめの息をのむ音が聞こえた。



「マジで!? そんなの出来るの? 私達で出来るの? 免許とかいらないの?」

「そんなものは要らん。昨日・一昨日で調べてみたが、必要なのはパソコンとキャプチャーボードとマイクくらいらしい。」


 パソコンは、そんなにスペックの高いものではないが既に部屋にある。


 キャプチャーボードとは、家庭用のゲーム機の画面を“テレビ”だけじゃなく“パソコン”にも映す機材だ。お値段は結構する。家庭用のゲーム機でなく、パソコンのゲームを実況するなら必要ない(その分、パソコンに要求されるスペックは高くなる)。


 マイクはオレ達の声をパソコンに取り込む機材だ。

 “実況”ではなく“プレイ”を見てもらうだけなら必要ないのだが、今回の件では「かもめの声」をオレ以外の人に聞いてもらいたいと思ったので買ってきた。安いものは1500円くらいで買える。



「実況には、予め録画したものを編集してアップロードする“動画”と、オレ達と同じ画面をリアルタイムに視聴者が見ることができる“生配信”があるらしい。オレ達は“生配信”をやろうと思う。」

「ほう、どうして?」

「視聴者の反応がリアルタイムに届いたり、オンラインゲームだったら視聴者と一緒に遊んだり出来るからな。」

「おぉ! リグマのチームメイトとか募集できるかな!」


 リグマ……?

 そういう名前のゲームがあるのか、熊のゲームなのか、よく分からんが「できるかもな」と言っておいた。ウソではない、多分。



「テンション上がってつい機材を買ってきちゃったが、オマエとしては“実況”するのはイイか? 嫌だったら別にオレに付き合うことないぞ?」

「いやいや、やりますよー! やらせてくださいよー! 準稀はゲーム下手じゃん。下手なヤツのゲーム実況なんて誰も見ないですよー、私に任せなさい。」

「ぐぬぬ……」


 いつかかもめの苦手なゲームを突き止めて、それでボコボコにしてやるぞと心に誓った。野球カルトクイズゲームとかないかな。リアル運動神経が求められる体感ゲームならば勝てるだろうか。いや、むしろ直立不動で大人しくしてたプレイヤーが勝ちというゲームの方が勝てそうな気がする。



 今までテレビにつないでいた「ゲーム機からのHDMIケーブル」をキャプチャーボードに接続する。

 このキャプチャーボードは「テレビ」と「パソコン」の両方に同じゲーム画面を映せる優れものなので、「キャプチャーボードからのHDMIケーブル」をテレビに接続、「キャプチャーボードからのUSBケーブル」をパソコンに接続した。


「おっけー、これで大丈夫なはずだ。」

「これだけ? これだけでゲーム実況できちゃうの?」

「次にパソコンの方を設定しなくちゃいけないけどな。」


 キャプチャーボードのメーカー公式サイトからキャプチャーソフトをダウンロード&インストール。解説サイトを読みながら、キャプチャーソフトの設定をしていく。


「オレのパソコンはそんなスペック高くないから、解像度は下げないといけないみたいだ。」

「というか、意外だね。突進するしか能がない脳筋クソマジメ体力バカゴリラの準稀が、こんな普通にパソコン使いこなせるなんて。」

「あー、ウチは両親ともにIT系だしな。小さいころから触っていたし、野球やってたころは自分のフォームを解析したりしていたな。」

 それはまた、クソマジメらしい理由だ―――とかもめに笑われた。


「小学生のころに野球を始めて、中学・高校とずっと野球をやってて、それに全力だったんだ。なのに、それを捨てちまった。野球をやめた後の人生なんか考えていなかったのに……」

「……」

「でもな、おかげでこうして新しいことを始められる。あの時間も無駄じゃなかったって今なら思えるよ。」



 キャプチャーソフトの設定が終わり、パソコンにゲーム画面が映ったときは二人して「すげえ!」と声をあげてしまった。

 マイクをパソコンに接続して、反応があることを確かめる。配信サイトに会員登録をして、インターネットから配信ソフトをダウンロードして、こちらも設定をしていく。ウィンドウキャプチャでゲーム画面を指定すれば準備完了!


 ◇


「ちょっと待って、準稀。実況するっていっても何のゲームやんの?」

「普段やってるゲームじゃダメなのか?」

「私は実況動画ならそこそこ見るから分かるんだけど、人気ゲームほどたくさんの人が実況しているからポッと出の私達が実況しても誰も見に来てくれないと思うよ。」


 そういうものなのか。

 生配信を始めたら、自動的に何人も見に来てくれるものだと思っていた。


「どういうゲームなら、視聴者が来るもんなんだ?」

「発売したばっかだけど他の人があんまり実況していないゲームとかだと、再生数は伸びてるね。多分“買うかどうか迷っている”って人が検索して来るんじゃないかな。」

 うーん……キャプチャーボードを買ったから、今月はもうあまり金がないんだが。


「なら、難しいゲームとか、他の人があまりやっていないやりこみ要素とかかな。“ゲーム実況なんてどうして見るんだ、ゲームなんて自分で遊べばイイじゃん”みたいなこと言うバカがいるけど、自分には出来ないようなプレイをしている人がいたら見てみたくなるよね。」

「そんなことを言うバカがいるのか。」

「私が前に見た人は、目隠ししながら画面を見ずにマリオをクリアしようとしてたよ。」

「なんでそんなことが出来ると思ったんだ!?」


 オレなんて、目を開いても4-1がクリアできないのに。


「あとは、実況する側のキャラクターとかかなぁ。有名人じゃなくても、例えばブログとかやってる人なら、その読者が見に来てくれるもんだよ。」

「うーん……菱川がリツイートしてくれれば一発で人が来るのにな。」

「“親友”をそんなことに使うんじゃないよ。」



 そんなことを1時間ほど話し合った末に、オレ達がたどりついた方針は「兄妹というていで」実況するというものだった。

 変わったゲームを遊んだり、超絶プレイを見せたりは出来ないので、二人組なことを活かそうという作戦だ。


「女子高生のゲーム実況ってだけで人はそこそこ来るんじゃないか?」

「甘い甘い。女ってだけでチヤホヤされる時代は終わりだよ。それに人気が出たら出たで妙な男が湧いてくる可能性もあるし、お兄ちゃんと一緒にやってるってポーズは良いガードになるんじゃないかな。」

「始める前からもう人気者になった時の心配をしている!」


 ◇


 ということで始まった、テスト配信も兼ねた「ゲームが下手な兄を、女子高生の妹が助けてあげる実況」第1回。


「こんにちはー、妹です。今日はテスト配信も兼ねているので、軽くイクラを集めるバイトでもしようかなと思っていますー。」

 菱川なぎさのことを言えない変わり身で、かもめもなかなか軽快にしゃべる。流石にゲーム実況をそこそこ見ているだけあるな。視聴者数は多くないが、その内の2~3人がコメントを打ち込んでくれる。


―――男の声がするけど、後ろに男いるの?

「そうなんですよー。妹のことが好きで好きで仕方ないシスコンお兄ちゃんと一緒にゲームやっていきますー。」

「オイ、てめぇ……」


 ウソではないが、それはミスリードではないのか。オレが愛している妹はオマエじゃなくて、今リビングで歌番組を観ているかわいいかわいい汐乃だ。



 “生配信”で流すゲーム画面はかもめの方で、オレは携帯モードでそれに合流する形にした。


「うわっ! またやられた! タワー2本からの十字砲火は卑怯だろ!」

「も~、お兄ちゃんはすぐ死んじゃう~。そっちにボム投げておいたから勝手に復活しててね。」

―――楽しそう。自分も合流したい

―――フレンド募集していますか?

「いいよいいよ、みんなでやろーぜ。」

「他の人が来たなら、オレ休んでてイイか……?」

「ダメだよ! お兄ちゃんを助ける実況なのに、お兄ちゃんが抜けちゃ意味ないじゃん!」

―――www

―――めげるな、お兄ちゃん

―――俺もゲームを一緒に遊んでくれる妹がほしかった



 そんなカンジに、視聴者は多くなかったがみんなで一緒にゲームを遊んだのは楽しかった。オレもかもめも、久々に大声で笑った。


 この視聴者のみんなは声しか聴けないので、かもめが透明人間だなんて知らない。

 それでもかもめの声はしっかり届いて、一緒に笑って、一緒に遊んで、一緒の時間を共有できるんだ。それでも「存在意義なんてない」って言うか? 「大した人生が待っていない」って言うか?



 この部屋でオレとしか喋らない生活が、オマエにとって一番幸せだとはオレは思わない。


 オマエの価値も可能性も、

 決してゼロじゃないって、この世界が証明してくれるんだ。


 「野球をやめた自分は空っぽだった」と思っていたオレに、そうじゃないってオマエが言ってくれたみたいに―――オレも、オマエの人生が空っぽなんかじゃないと言い続けてやるからな!


 ◇


 そんな楽しい時間を過ごした週末の後、加鹿さんから電話があった。


「お待たせしました。少し時間がかかってしまいましたが、頼まれていた“行方不明者のリストアップ”が終わりました。」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る