8.「スーパーヒーローに」

 5月8日 金ようび


 ゴールデンウィークが終わった2日後の夜、幼馴染の未智から電話があった。


「ネットニュースで見たよー見たよー。キミら、なんかすごいことやってんね。硫酸事件の犯人を捕まえたって。」

 ここ数週間、近辺の街で起こっていた通り魔事件―――それをこの街で解決したということで、自警団とオレ達は警察署に呼ばれて表彰された。その写真に、オレや加鹿さんや汐乃も一緒に写ったのだ。それがネットニュースに掲載され、クラスでも何人かに声をかけられた。


 だが、最大の功労者の一人であるはずのの姿は写っていない。



 オレ達の目の前で硫酸をかけられた女子中学生三人組も、最初の対処が良かったため、身体に大きな傷は残らずに済んだようだ。オレが咄嗟に「顔を守れ」と叫んだことで、目などに入ることは避けられたのが良かったらしいのだが、それが出来たのはが先に気が付いたからだ。


 それだけじゃない。

 ペットボトルのミネラルウォーターを次々と転がしてくれたのも、犯人が二人組なことにいち早く気付けたのも、透明の傘で汐乃を硫酸から守ってくれたのも……そして、悩んで迷ってばかりのオレの背中を押してくれたのも、がいたからこそなんだ。



「それでー、とりあえず中学の同級生で連休明けに行方不明になってる女子はいないみたいみたい。休んでいる人も、ちゃんと家族に連絡が取れたってよ。」

「やっぱりそうか。」

「はいはい?」

「オマエに電話した時点ではよく分からなかったんだけどな、その後しばらく経ったら同い年じゃないなとは思ってたんだ。」

「はーーーーーーっ!?」


 その後しばらく「分かってたんだったらさっさと言え」だとか「こっちの苦労は何だったんだ」だとか、色々と怒られた。

 しょうがないだろう、あの後こっちは隠れた同居生活とか、父親と血がつながっていないことが発覚したとか、妹がオレと結婚したがっていることが分かったとか、その妹の家出とか、三つのミッションとか、事件とか、警察とか、いろいろあったんだ。オマエにそれを頼んだことすら忘れてた。



「なぁ、未智……家出少女って、どうやったら家に帰ると思う?」

「そりゃー、家出をする理由は二つでしょ? まず一つ目! 外の方が楽しいから家に帰らないやーつ!」

 逃げ出す場所があるから家に帰らないというのなら、“逃げ出す場所”を用意している人の責任とも言える。だが、


「もう一つは! うーん、家に問題があるから帰れないパターンだね。こっちだと何も考えずに帰しても、何の解決にもならんのよねー。未智くんも中学のころに家出したことあるから分かるんよなーよなーよなーよなー。」

「あぁ、そんなこともあったな……」


 家に問題があって家出をしている場合は、無理に帰したところでどうにもならない。それが分かっていたから、加鹿さんはオレに三つのミッションを課したのだ。オレら兄妹が抱えている問題を浮き彫りにするために。


「未智くんの場合、家出の旅の終着点でジュンくんが話を聞いてくれたのが大きかったなー。話を聞いてくれる人がいるってだけでも、楽になるからね。」

「本人が話したがっていない場合は?」

「それは、待った方がイイんじゃないかなかな。そのコがジュンくんに話したくなるくらい、ジュンくんに心を開くのを。」


 電話の向こうで、幼馴染が微笑んだのが見えた気がした。

 顔なんて見えなくても、顔は見えた気がした。


「大丈夫、ジュンくんなら出来るよ。ジュンくんはスーパーヒーローだからねっ!」


 ◇


「おせーよ、早くゲームやろうぜー」


 トイレ(という場所で行われた電話)から帰ってきたら、彼女に言われる。家出少女で、棒を持ったら部屋の中でも構わずブンブン振り回す女で、ゲーム好きで、顔の見えない……でも、強い正義感を持った、一条いちじょうかもめに言われる。


かもめ、相変わらずスパイガジェット使ってるんだな。」

「おうよ! 相手が仕留めたと思った攻撃をガードして、こっちがやっつけるの超楽しいからな!」


 あの時、汐乃にふりかけられた硫酸をふせいでくれたのは、かもめの「所有物」である傘だった。とっさに持っていた傘を使おうとしたのは、『Splatoon2』で普段スパイガジェットという傘型のブキを使っていたかららしい。ありがとう任天堂。ありがとうキングスマン。



 一緒にナワバリバトルをしながら話す。


「オマエって、汐乃のこと結構気に入ってんのな。」

「んー?」

「身を挺して守ってくれただけじゃなくて、ミッションの時も汐乃のことをちゃんと心配してくれてただろ。」


 そう話すと、ちょっと考え込むような間があって(その間にゲーム内では華麗にオレを仕留めながら)、


「私さ、顔のイイ女って全員性格が悪いと思ってたんだ。」

「いきなりすげえ話をし始めるんだな!」

「いや、だって顔が良ければそれだけでみんなからチヤホヤされて育つワケじゃん。何もしなくても可愛がられて、ただ生きているだけで褒められて。」


 それは、男としては……何ともコメントしづらい話だった。


「でもさ、妹ちゃん見てると、可愛く生きるのも果てしない努力の結晶なんだなーって気がしてさ。準稀からすると哀しいことなのかも知れないけど、好きな人のためにアレだけ身を張れる人生ってのもすごいもんだよ。」


 子供の頃にした約束をかなえるため、“本来の自分”を犠牲にしてでも「かわいい女のコ」になろうとした秋由汐乃―――その血のにじむような努力に気付いていたかもめは、汐乃を気に入ってしまったのだという。



「8年なんてあっという間だぜー。うかうかしてたら、妹ちゃんと結婚することになっちゃうよー?」

「今はまだオレ以外の男を知らないだけだよ。8年あったら、アイツだって色んな男に出会って―――」


「どうした?」

 黙ったのは、スパイガジェットのかもめが設置したトラップによって撃墜されたからではない。いや、それもなくはないけど……


「アイツの学校……中高一貫の女子校なんだよな……」

 少なくとも学校での出会いは、6年間は期待できない。あれ……8年って期限は、結構ギリギリじゃないのか??



「イザとなったら、加鹿さんってのも手なんじゃない?」

「あぁ、加鹿さんなら汐乃を傷つけたりは絶対にしないし、汐乃がその気になればそれでも構わないんだけど……そうすると、オレは一生あの人に頭が上がらんことになりそうだ!」

「それなー。」


 ◇


 ドアをノックする音がしたので、開けてみるとパジャマ姿の汐乃が立っていた。“オレ好みに組み立てられた”コーディネートとは言え、やはり頭のてっぺんから足の先まで非の打ちどころがないくらいかわいい。


「私、もうそろそろ寝るから……今日の分、撮ってイイ?」

「あぁ。」


 そう言って、お互いの姿を撮る兄妹。

 いびつかも知れないが、オレ達は“お互いの気持ちを知った上で”またこの形に戻ることにした。オレにとっては汐乃が、汐乃にとってはオレが、世界で一番大切な存在なのは変わらない。でも、8年後にはどうなっているのかは分からない。


 一見すると正解の結論にたどり着いたように見えても、過程が間違っていれば及第点はあげられないのですよ―――加鹿さんに言われたことを思い出す。オレら兄妹がどんな8年間の過程をたどるかが重要なんだろう。



「おやすみ、おにいちゃん。」

「おやすみ。」

 そう言って自分の部屋に戻ろうとした汐乃が最後にくるりと振り返る。長い黒髪がふわっと舞う。オレが好きだと言ったから伸ばした美しい黒髪が。


「私も8年間、がんばるからね。おにいちゃんがこれから出会うどんな女の人よりも、私の方がやっぱりイイって思ってもらえるように。」


 その強すぎる意志は“呪いのろい”のようでありながら、そう言ってニコッと笑う汐乃はやはり天使のようなかわいさだったのだ。


 ◇


「そろそろ、ウチらも寝ますかー。」

 汐乃が寝てから1時間後くらいにオレらも寝ることにした。かもめはベッドの上で、オレは床の上で。


 あの日から、コイツとはずっと同じ部屋で生活をしている。

 思えば、コイツは最初から汐乃の味方をしていた。それは「女だから」同じ女である汐乃の側に立っていたのかと思っていたが、汐乃が家出をした理由が「子供扱いされたこと」だといち早く気付いていたことから―――かもめは、汐乃と同世代か一つ上くらいなのかもと思うようになった。ひょっとしたら、オレの知らない汐乃の同級生だったりするのだろうか。



 名前は多分偽名、年齢も多分ウソ。

 だが、コイツは決して悪人ではない。


 ウソつきだし、ちっとも女のコっぽくないし、文句があるとすぐ殴ってくるのだが、誠実で、弱い者の味方で、正しくないことに立ち向かう強い正義感があるヤツだ。顔も、名前も、年齢も分からなくても、オレはコイツを人間として尊敬できるし信用できる。



 待った方がイイんじゃないかな。そのコがジュンくんに話したくなるくらい、ジュンくんに心を開くのを―――未智にはそう言われたっけ。

 何故コイツが家出をしてきたのか、どうして誰にも頼ることが出来ずにオレのところにきたのか、それをコイツ自身が話したくなるまで待つとするか。覚悟しておけよ、スーパーヒーローになりたいオレは、オマエのことも救ってやるからな!



 秋由 汐乃編 了.

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