6.「その背中を見せ続けるのが」

 通話を切って現場に戻ると、硫酸をかけられた女のコ達は救急車で運ばれた後で、その代わりに警察と思われる人達が何人も増えていた。


「あ、その人がみんなに指示を出してくれたんです。」

 そう言ってオレを指差したのは、オレがカーテンになってくれと指示した女性の一人だった。恐らく刑事さんだろう二人組がこっちにやってくる。



「アナタ、名前は?」

 長身で前髪の短い女性刑事さんが、自分は名乗りもせずにぶっきらぼうに聞いてくる。失礼な人だな。


「秋由準稀です。高2です。たまたま居合わせたから対処しただけです。」

「どうして犯人を追いかけたのですか?」

「は?」

「ただの高校生が、武器を持っているかも知れない通り魔を一人で追いかけてどうするつもりだったのですか。その結果アナタが大怪我を負おうとアナタは名誉の負傷のつもりなのかも知れませんが、アナタが傷つくことで心を痛める家族や友人がいることにも想像力が及ばない阿呆なのですか。考えるだけの脳みそは、走っている最中に落としたのですか。」


 褒められるとは思っていなかったが、ここまでまくし立てられるように罵倒ばとうされるとは思っていなかった。何なんだ、この刑事さん。


「まぁまぁ、先輩。そりゃ男の子なんだから恰好つけたくなるときもありますよ。みんなそういう青臭い時代を経て、大人になっていくのだから。」

 フォローしてくれるのかと思った横分けの平べったい顔の男性刑事さんは、これはこれで失礼なことを散々言ってきた。何なんだ、このコンビ。


「で、犯人はどうだったの?」

「見失いました……」

「威勢よく駆けだして走り回った挙句、何の成果もあげられずにトボトボ帰ってくるとは、マラソン大会で目立ちたくて最初だけ全力で走って燃え尽きる馬鹿ですか。まぁ、下手に追いついてコレ以上被害者を出さなくて済んだだけでもマシと考えるなら、無能であることがアナタの唯一の長所だとも言えるのですが。」


 初対面の人を、よくもまぁここまでボロクソに言えるな!


「秋由くんは犯人の顔、見たかい?」

「いえ、ゴーグルのようなものとマスクを着けていたので、よく分かりませんでした。」

 横分けの方の刑事さんから訊かれる。


「他の子達もみんな、顔を見なかったって言ってるんだよね。特徴的なのは黄色いジャンパーくらいか。」

 加鹿さんに頼んで監視カメラの録画を見返せばもう少し特徴が割り出せるだろうかと思ったが、何かを言うとさっきのドS刑事さんからまた罵倒されそうなので黙っておく。


「カバンのようなものも持っていなかったみたいなんだよね。」

「カバン……?」

 言われてみれば、持っていなかったようにも思える。

 あれ……? とすると、「わざと目立たせていた黄色いジャンパー」を脱いだ後、犯人はそれをどうしたんだ? まさか脇に抱えたまま歩いたんじゃ意味ないし。


 そんなカンジで黙って考えていたら、

「そうですね。そうやって何も喋らず、自宅に引きこもって大人しくしてくれていれば我々警察の仕事が減るので、しばらくずっと永遠に出しゃばらないでもらえますか。今日唯一知ることの出来たアナタの魅力は“喋らなければうるさくない”なので、今後は大切にしてもらいたいです。」

と、女性刑事さんに言われた。元々オレは警察なんか嫌いだったが、今日を境に大っっ嫌いになるであろう。


 ◇


「しかし、誰も犯人の顔を見ていなかったのか……」


 刑事さん達からの罵倒タイムが終わり、流石に疲れて路地の隅にしゃがみこんだところで、オレの財布がひらひらと宙を舞ってオレの手の中に戻ってきた。

 良かった、「所有物にならなければ透明にはならない」という条件に気付いていなければ、あそこで一条さんに財布をという発想にはならなかっただろう。


 そして、オレの横に座ったらしい一条さんがおもむろにつぶやく。


「私は犯人の顔、見てたよ。」

「なにっ!?」

「あの男、周囲の目をかいくぐって、誰も見ていないタイミングでゴーグルとマスクを着けたつもりなんだろうけどさ……私の目は誤魔化せない。」


 そうか! どんなに周囲に気を配っても、透明人間の目までは気遣えない。


「それなら……!」

「でも、待って。一つ訊かせて。」


 ここ数日一緒にいたが、彼女のこんな真剣な声は初めて聴く。


「これって、ア ン タ が や ら な き ゃ い け な い こ と なの?」

「……」

「こう言っちゃアレだけどさ、もうこれでこの街で硫酸事件は起こらないんじゃない? 来週はまた別の街が狙われるだけで。」

「……」

「すげえしゃくだけど、さっき刑事さん達に言われた散々なことって間違っていないと思うんだよ。素人の私達がしゃしゃり出ても、ただただ危険に身を晒すだけじゃないかって。」

「……」


 そうなのかも知れない。

 オレ達はただの高校生だ。ヒーローじゃない。街を守るヒーローは、職業としてちゃんと訓練された警察達の役割だ。



「汐乃にもそう言われたよ。」

「……」

「また汐乃を泣かせちまった。もう危ないことはしないでって。」

「……そりゃ、家族はそう言うさ。」


 でも、でも、だからこそ……


「父さんは、汐乃が“正しいことと正しくないことを自分の頭で考えられるようになれた”のはオレのおかげだって言ってたんだけどさ……オレからすれば、それは逆なんだよ。」

 そうだ。

 オレは兄貴なんだ。

「オレは、汐乃がずっと背中を見てくれていたから。ちゃんと自分の頭で“正しいこと”を考えなきゃいけなかったんだ。」

 妹がいたからこそ、オレは兄として恥ずかしくない生き方を続けることが出来たんだ。


「だから、今回も―――汐乃の兄貴として、オレはアイツに恥じない背中を見せなくちゃいけないんだ。」


 血がつながっているとか、つながっていないとか関係なく。

 その背中を見せ続けるのが――――兄貴の役目なんだ。



 さっきまで横に座っていたと思えた一条さんの声が、立ち上がり、こちらの正面に向き合う。

「他のみんなが4点を付ける中、8点を付けるレビュアーの気持ちも分かったよ。」

「あぁ。」

 今度は分かる。これは、褒められているんだ。


「分かった。私も手伝うよ、あの犯人を捕まえてやろうぜ! !」


 ◇


「三つ目の回答は20点といったところですね。残念ながら落第点です。」

「なんで!?」


 監視カメラの件で加鹿さんに電話をかけると、開口一番に言われた。三つ目のミッションは“オレの理想の女性を連れてこい”で、オレ達が出した答えは“秋由汐乃”だった。それが間違っていたというのか?


「いや、加鹿さん。オレの理想の女性は汐乃だ、汐乃以外はありえない! 他でもないオレがそう言っているのに、どうしてそれが正解じゃないんだ。」

「当の妹が聴いていることが分かった上で、よくそこまで熱弁できますね……」

 そう言えば、そこに汐乃がいるんだった。だが、恥ずかしいことではない。汐乃は兄からしても理想的な女性ということは堂々と言える。


「二つ目のミッションとは逆ですね。一見すると正解の結論にたどり着いたように見えても、過程が間違っていれば及第点はあげられないのですよ。」


 ………??

 “理想の女性は汐乃”という結論は合っているが、それを導き出す過程がちがっているということか? いや、オレ達がどんな過程を経てその結論に到達したかは、加鹿さんには話していない。何故それを……ふぎゃっ!



 そんな話をしていたら「さっさと本題に入れ」と言わんばかりに、一条さんに背中を蹴られた。


「加鹿さん、力を貸してくれ! オレはあの犯人を捕まえたい!」

「言われなくても、です―――」


 SIMPLEシリーズ THEお嬢様の真価を発揮する時が来た。


「この街の、自警団を動かしました――――」


 加賀暁は汐乃の親友であり、この街の中学校に通う一介の女子中学生である以前に、この街に住む人々・働く人々とつながる人脈を持つ加鹿家のご令嬢だ。街中の監視カメラを閲覧する権利と、自警団を動かす決定権を持っている。

 かつてそんなことをしていいのかと訊いたことがあるのだが、「法? 何をおっしゃるのですか。我々の社会を守るために法はあるのですよ」と頼もしいことを言われたことがあった。その時の加鹿さん、確か小4か小5だったのだけど、どんな小学生だよ!


「事件が起こった場所から半径5kmを封鎖しました。」

「封鎖?」

「歩行者は一人たりとも、その範囲から外に出しません。範囲内の駐車場もすべて押さえました。車を動かすことすら許しません。」

「相変わらずトンデモねえことしやがるな……」

 一体どれだけの人員を動かせばそんなことが出来るんだ。


「経済的な打撃も大きいので、そんなに長くは持ちません。」

「そりゃそうですよね!」


「毎週別の街が狙われていたことから、犯人はこの街に住んでいる者ではないと推測します。そのため半径5kmの中で行き場所もなくさまようしかなくなります。」

「でも、こちらも犯人の顔が分からないんじゃ?」

「なので、片っ端から手荷物検査をして例の黄色いジャンパーを持っている者をあぶり出します。」

「そんなことをしたら……」

「そう、犯人としては黄色いジャンパーを処分するしかなくなります。そこを抑えましょう。監視カメラの位置が把握されていることを逆手にとれば……」


 マジで、隙がねえなこのお嬢様は。

 敵のときはおっかなくて仕方なかったが、味方になった途端にこの頼もしさよ。


「分かった。監視カメラの少ない場所を見張ればイイんだな。場所を指定してくれ、加鹿さん!」

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