5.「理想の相手」

「貴方の理想の女性を、ここまで連れてきてください――――」


「ナンパでもしてこいってことか?」

「それでも構いませんし、例えば芸能人が理想なら実際に連れてくるのは難しいでしょうから写真でも構いません。アニメキャラが理想だったら画像でも構いません。」



 通話が切れたところで、ハンズフリーでずっと会話を聞いていた一条さんが口を開く。

「なるほど、この三つのミッション……どうもチュートリアルっぽいな。」

「チュート……?」

「ゲームの序盤とかでプレイヤーに強制的にやらせるイベントで、ゲームの基本的な操作とかシステムを理解させるためにあるんだけど―――」


 あぁ、確かにゲームの最初に操作説明みたいなのがあるな。あれがチュートリアルって言うのか。


「例えば、あのアイテムを取ってこいとか、街外れのじいさんに会ってこいみたいなイベントでも、本当にやらせたいのはアイテムとかじいさんとかじゃないんだよ。その過程で、“ジャンプ”を使わないとたどりつけなくなってるとか、お店で買い物しないといけなくなっているとか。」

「つまり、この三つのクイズも、単にクイズをやらせたいんじゃなくて、これを通じて何かを学ばせたいということか?」

「そゆこと。」



 一つ目の設問は、“汐乃が今一番ほしいものを届けてください”だった―――

 正解は“オレからの愛してるという言葉”。


 二つ目の設問は、“これまで汐乃からもらったもので、貴方が一番うれしかったもの”だった―――

 正解は“正しいことと、正しくないことを自分の頭で考えられる子に育ってくれたこと”。


 そして、三つ目が“貴方の理想の女性を、ここまで連れてきてください”―――



「何だこれ、どういうことだ?」

「三つ目のミッションだけ、妹ちゃんが絡んでいないんだよね。普通に考えると、お兄ちゃんが女を連れてきて妹がお兄ちゃんへの恋を諦めるみたいなミッションっぽいんだけど……」

「さっきのゲームのチュートリアルの話を踏まえると、真の目的はオレの方に何かを気付かせることなのかも知れないのか。」


 ◇


 人生初ナンパでもすることになるかも知れないので、しっかりと歯を磨いてまた街に出る。もちろん一条さんも一緒に。


「そういやさっきしれっと言ってたけど、アンタってカノジョとかいないんだ。モテナイの?」

「うるさい。まぁ、好きでもない女性に告白されても付き合うのは失礼だと思っているから、別にモテなくても構わないが。」

「今の一文に、どうしてモテナイのかが凝縮されてる気がするわ……」


 どういう意味なのか分からんが、失礼なことを言われた気がする。


「まぁ、アンタに本当に魅力がないワケじゃないとは思うよ。クソマジメなのを欠点と捉える人もいれば、長所として捉える人もいるだろうし、そういう人にアンタの魅力が知られていないだけで。」

「お、ありがとう。」

「クロスレビューで言うなら、4点・5点・8点・4点みたいな男だよね。」

「よく分からんが、褒められていないことだけは分かる!」



 街中をブラブラ歩いてみる。

 年上も年下もたくさんの女性が歩いていて、確かに「キレイだな」とか「かわいいな」と思う女性はたくさんいる。しかし、“理想の女性”というのとはちょっとちがう気がする。


「オレ、そもそもが“恋愛感情”みたいなものがよく分からないんだよな……」

「今まで好きになったコとかいなかったの? 一緒にいて楽しいなと思ったり。」

「女と二人きりになる機会がそもそもないからな。」

「あー。」

 野球部の連中とつるんでいれば、自然と行動も“男だけでのグループ”が中心になる。教室で女子と話すときも、大勢の中で話すだけなので二人きりで話すようなことにはならない。


「でも、別に女性耐性がないってワケじゃないよね。私ともフツーに喋れるし。」

「……」

 そうだ、コイツ女だった。

 初日こそ一緒に風呂に入ってドキドキなんてしまったが、コイツと喋っていると「同い年の女子と喋っている」というカンジがしない。どっちかというと「妹と喋っている」感覚に近いのかも。


「あ、そうか。汐乃とは二人きりで喋ることも多いな。アイツは口数は多くないが、表情がコロコロ変わるから一緒にいて楽しい。」


 ◇


 あてもなく駅ビルを散策していると、レコードショップの前を通りかかった。大きなスペースを使って特集されているのは、先週リリースされたヘプタスロンの新曲だった。汐乃が鼻唄でうたっていたのはコレだったのか。


「そういや、妹ちゃんはヘプタ好きなんだよね。誰推しなの?」

「菱川なぎさだ―――」


 菱川なぎさ―――

 天才子役出身で、演技も歌もダンスもグラビアもバラエティもラジオもエッセイもこなすスーパーアイドルだ。そして、オレのクラスメイトだ。まだほとんど喋ったことないけど。


 “理想の女性”か……菱川さんなんかはよくそう言われることが多いのだが、オレからすると菱川さんは“理想のクラスメイト”なんだよな。視界の隅っこでクスクス笑っているのを眺めると、グッとくる、そんな距離感の女性だ。


「ふーん……じゃあ、アンタはヘプタでは誰が好きなの?」

「……菜々香かなぁ。」

 自然と答えた。答え、られたと思う。

 そこに何かの意味を勘づかれない程度には。


「あー、菜々香っておっぱい大きいもんね。」

「そこじゃねえよ!」

 初日に一条さんのを思いっきり触ってしまっているので言いにくいが、オレは女性の胸にはさほど興味がない。いや、そりゃゼロじゃないですけど、胸の大きさがイコールで女性の魅力とは思っていない。


「では、非常に紳士的な秋由準稀さんからすると、菜々香のどこが好きなの?」

「顔、かな。」

「ちっとも紳士的じゃねえ!」


「あと、黒くて長い髪の女のコが好きなんだよ。」

「あーーーー、まぁアレは憧れるよね。正統派ってカンジがするし。」

「ウチの妹なんかもそうなんだけど、長い髪のコっていろんなアレンジするだろう? シンプルに二つにおさげにしたり、三つ編みにしたり、ポニーテールにしたり、毎日いろんな表情に変わるのが好きなんだよ。」

「……」

「だからオレ、毎日欠かさず妹の写真を撮っているんだ。」

「マジで怖いな、このお兄ちゃん。」



 特に収穫はなかったので、オレ達は駅ビルを出て、そこそこ人通りの多い路地で休む。さっきから女子中学生のグループが何組か通りすぎている。女のコ同士がキャッキャッと楽しそうにしているのは、非常に癒される。


「“理想的”って言うくらいだから、単純に見た目だけの話じゃないんだよね。性格とかはどんなコが好き?」

「そうだな……テンション高くて暴れまわる女より、大人しいコの方が好きかな。」

「暴れまわる女?」

「棒を持ったからって部屋の中でも構わずブンブン振り回すような女。」

「そんな女、いないでしょ。」

 ……前回を読み返した方がイイか?


「あとは、家庭的なコがイイかなぁ。料理が好きだったり、お菓子作りが好きだったり、編み物をしたり。」

「はぁ……」

「カメラを向けた時に、全力でピースするよりも、ちょっと照れてはにかむようなコが好き。」

「……」

「家に帰ってきたときには“おかえりなさい”、出かけるときには“いってらっしゃい”と言ってくれて……」

「アンタ、もうそれ分かって言ってるよね?」


 ハイ。分かっていました。

 本当はもっと早く、“一緒にいて楽しい”の辺りで気付いていました。でも、口に出すと確定してしまうみたいで躊躇していました。



「アンタの、理想の女性って――――」


「妹ちゃん、なんだね。」


 ◇


 往来なので声には出さないが、心の中では「うおおおおおおおおおおお!」と叫びながら転がりまわっているイメージだ。通りすがりの女子中学生達が「なんだあれは」といったカンジに距離をとる。


「加鹿さんの! 狙いはっ、これだったのか!?」

 昨晩、兄と結婚したいと言った妹を拒絶しておいて、兄は兄で“妹のような女性”を理想だとのたまう。そのことにすら気付いていなかったオレに気付かせるために、わざわざこんなミッションを課してきたというのか!


「う~ん……なんか、しっくり来ないな。」

 しかし、一条さんがブツブツとつぶやいている。


「いや、これはゲーマーとしての勘でしかないんだけどね。それに気付かせるためだったら、三つ目のミッションだけで良くない? 一つ目のミッションと、二つ目のミッションにもちゃんと意味があるとしたら、まだ何か他の意味があるような……」



 とは言え、三つ目の答えはコレしかないだろうというのは一条さんも同意してくれたので、さっさと加鹿さんに電話をかける。


「加鹿さん、分かったよ。オレにとっての理想の女性は――――」

「はい。」


 その瞬間、


 ブツブツとつぶやいていた一条さんの息が止まった。

 彼女が見ているものが何なのか、彼女が透明人間でなかったら、オレも気付けたかもしれなかったのだが。



「硫酸……?」


 ――――――!!


 黄色いジャンパーを着た男が、女子中学生くらいの三人組の後ろを歩いている。その男は右手に何かの容器のようなものを持っていて、顔にはゴーグルとマスクを着けていた。男に声をかけられた三人は、何かと振り返り……


「顔を守れっ!!!」


 オレが叫んだときにはもう遅かった。

 男は容器に入っていた液体を、真ん中の女のコに叩きつけるようにぶちまけた。きゃああああああと、本人達からも周りからも悲鳴が上がる。男はその隙に走って逃げだしたが……まずは女のコ達だっ!


「大丈夫か!? どこにかかった!?」

 走り寄って見てみると、その真ん中のコは顔を抑えて半狂乱に叫び続けている。左右にいた二人も服にかなりかかってしまったようでパニックになっている。


「水! 水で洗い流さないと……!」

 しかし、ここは路地だ。周りに都合よく水道なんてない――――


「自販機! 自販機があるぞ!」

 この声は……一条さんか!

 現場はパニックになっているので透明人間の声なんて誰も気にしていない。


 ポケットから財布を取り出し、声のあった方に投げつける。

「この財布は!ミネラルウォーターをありったけ頼む! いくらかかってもイイから!」



 硫酸がぶちまけられているであろう地点から三人をなんとか移動させて、左右の二人には液体がかかったと思われる服をすぐ脱ぐように言う。真ん中のコは―――かなりマズイ。

 どこからかミネラルウォーターのペットボトルが次々と転がってくるので、それをひねり開け、思いっきり彼女の上からドボドボとかける。顔だけじゃない、目に入っていた場合は更にヤバイ。とにかくかけ続ける。水をかけ続ける。


 オレも、そのコも、海に入ったかのようなビショビショになりながら……流石にそれが何分も続くと落ち着いてきて、周りの状況が見えてきた。



「すみません、女性達で囲んで周りから見えないようにカーテンを作ってください。恐らくかけられた液体は硫酸です。今すぐ服を脱がないとマズイ、脱いだ後はオレのシャツを着てイイから!」

 羽織っていたシャツを脱ぎながら、集まってきた女性達に頼む。あとは救急車を呼んで、それまでなるべく水をかけ続けることを頼んでおいた。


「あの……あなたはどこに行くんですか?」

「オレは、犯人を追います!」


 脱いだシャツの胸ポケットから落ちたスマホを拾い、全力で走り出す。しかし、現場からヤツがいなくなってから既に数分が経ってしまっている。どっちに行ったのかも分からない―――



「その十字路を右です―――」

 手に持ったスマホから、加鹿さんの声が聴こえた。ハンズフリーでずっとつながっていたのか……そうか! 街中の監視カメラか! 加鹿さんは監視カメラでオレのことを追っていると言っていた!


「加鹿さん、黄色いジャンパーの男だ! どっちに行ったのか分かる?」

「任せてください。」


 走る、走る、曲がる、走る、曲がる……数分前に男が通った道を全速力で追いかける。


「いたぞっ!」

 その道の先に黄色いジャンパーを着た男がいた。男が右に曲がる。

 70mくらいを一気に走り、右に曲がる……いないっ!


「加鹿さん! 次はどっちだ! どっちに行った!?」

「………消えました。」

「は?」

「今、お義兄さんがいる道には監視カメラが付いていないのですが……そこから先、どの道にも男が出てこなかったのです。」


 ということは、この付近にいる!?

 と思ったが、人が隠れられるような場所はないし、入れるような場所もない……


 そうか。


「黄色いジャンパー……なんであんな目立つ色の服を着て通り魔なんてしたのかと思ったが。」

「黄色いジャンパーにしか目が行っていなかったため、それを脱がれると消えたように見つけられなくなるということですね。これは監視カメラの位置も把握されていると思った方がよろしいですね。」


 ちっくしょおおおおおお!


「オレのせいで、オレのミスだ! くそっ! くそっ!」

「おにいちゃん!」


 怒りのあまり地団駄を踏んでいると、スマホから愛する妹の声が聴こえた。


「おにいちゃんのせいなんかじゃないよ。悪いのは犯人で……おにいちゃんが責任を感じるようなことは何も、ないよ……」

「汐乃……」

「だからさ、危ないことはもうやめて……おにいちゃんが犯人を追いかけて走ったとき、私、すごくこわくて……」


 少し涙ぐんだような声。

 また、オレは妹を泣かせたのか。でも、


「ゴメンな、汐乃……三つ目の答え、分かったよ。」

「……」

「オレにとっての理想の女性は、オマエだったんだな。オレ、そんなことにも気付いていなかったよ。」

「……」

「そして、もう一つゴメン。オレの方は、オマエの理想にはなれない。」

「……」


 父さんは「汐乃にふさわしい男は、秋由準稀のような男なんだろう」と言ったが、オレはそうは思わない。オレは汐乃が望むことを言えないし、汐乃が何を考えているも分からない、昨日も今日も泣かせてばっかだ。


「でも、オレは犯人を許せない! この街でこんな事件を起こしたヤツを野放しにはできない! ヤツを追いかける、オレはそういう男なんだ。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る