4.「妹からのプレゼント」

「あれ? 準稀、今日は外で食べるから昼ゴハン要らないって言ってなかった?」


 自宅に帰るなり、母親に声をかけられる。

 普段なら、かわいいかわいい妹が玄関まで迎えにきて「おかえりなさい」って言ってくれるのに。毎日朝晩の2回は欠かさず撮ってきた妹の写真も、昨日の夜と今日の朝は撮っていない。連続試合出場記録が途絶えてしまった。


「あぁ、外で軽く食べてきたから大丈夫。それよりかは今は汐乃だ。」

 今日は一日ずっと外を歩き回ることになりそうだったので、オレと一条さんは街中をうろつきながらサンドウィッチと野菜ジュースをっていた。しかし、二つ目のミッションのためにまた自宅に戻らされたのだ。


 すると、母親がこんなことを言い始めた。

「そういや、アンタが帰ってきたときと出かけるとき、必ず汐乃が玄関まで来て“おかえり”とか“いってらっしゃい”って言うじゃない?」

「あぁ、言ってるな。」

「アレって、準稀と結婚できると知った4歳のころから夫婦の真似事で始めたんだよね。その時は私達もそんなことしてたから。」


 自分達も夫婦になれると思ったから、一番身近な夫婦のマネをし始めたのか……そして、そんなものを習慣にして、今の今まで続けているとは。それは、もはや、何というか……


 ◇


「さて、どうしたものかな。」

「その加鹿さんってコの言葉、また正確に一言一句思い出してくれる?」


 これまで汐乃からもらったもので、貴方が一番うれしかったもの――――これを持ってくることが加鹿さんの二つ目のミッションだった。なので、とりあえずオレの部屋に戻ってきたのだが。


「一つ目の正解が“オレの言葉”だったんだから、単純にプレゼントってことじゃなくて、もっと抽象的なものかも知れないな。“笑顔”とか、そんなの。」

「でも、それだとって決められなくないかな。どうせアンタのことだから、汐乃の笑顔も、怒った顔も、泣き顔も全部かわいい!とか言ってるでしょ。」

 ……はい。

 しかし、「オレが一番うれしかったもの」という設問は何だ? それを決めるのはオレであって、加鹿さんではないだろう。例えば、テキトーに「先週作ってくれたナポリタンが一番うれしかった」とオレが答えたとして、それを加鹿さんが否定できるのだろうか。


「ねぇ、ちょっと提案。」

「何だ?」

「次、その加鹿さんってコに電話をかけるときはハンズフリーでかけてくれない? そうすれば、私も加鹿さんが話しているところを聴けるから、どういう意図で言っているのか見えてくるかも知れないし。」

「どういうことだ……?」

「このイベントミッション、単純なクイズじゃなくて……何かねらいがあると思うんだよね。」



 とりあえず何も思いつかないので、部屋中をひっくり返してこれまで汐乃からプレゼントされたものを並べてみることにした。


「一緒に風呂まで入っておいて今更だけど、大丈夫? 私には見せられないものが出てきたりしない?」

「そんなものは出てこないから大丈夫だ。」

 ウソは言っていない。

 そういうものは基本、パソコンの中にしか入っていないからな!



「私は一人っ子だからよく分からんのだけど、兄弟姉妹ってそんなプレゼントあげたりするものなの? 姉妹だと、お下がりで服あげたりする印象あるけど……」

「ウチも誕生日とかクリスマスとか合格祝いとか、そういうイベントの時だけだぞ。あ、これは一昨年の誕生日に、汐乃が編んでくれたマフラーだ。」

「お、プレゼントの定番。これはどのくらいうれしかったの?」

「フリーキックだけでハットトリック獲った時くらいうれしかったな。」

「もっと一般的な表現で説明してくれ。」

「もったいなくて一度も使わずに部屋に飾っているくらいうれしかった。」

「意味ねえ!」


 汐乃が作ってくれた手作りの雑貨。

 小さいころに描いてくれた絵。

 修学旅行のお土産に買ってくれた扇子―――どれもうれしかったので、一番なんて決められない。


「あとは、手作りのお菓子とか、料理とかも作ってくれるのうれしかったな。」

「妹ちゃん、あの見た目で編み物も料理も出来るとかチート性能かよ。前世でどんな徳を積んでいたら天から万物を与えてもらえるんだよ。」

 加鹿さんと同じ学校に通うためにムチャクチャ勉強したとは言え、通っている学校も相当レベルの高い学校らしいしな。ウチの妹は完全無欠なのだよ! ガハハ!



「しかし、料理だと一番って決めにくいよな……選んでもらった服とかは、“もらったもの”に入るか?」

「う~ん、本来は微妙だけど今回はありえるかなぁ……ん? なんだこれ?」

 クローゼットの中を引っかきまわしていたら、一条さんが中からあるものを見つけた。


「これ、バットじゃん! 金属バットだ!」

「……そんなにテンション上がるものなのか?」

 オレとしては見慣れた、否、見飽きた、否、もう見たくないと思ってクローゼットの奥底に封じ込めていたものだった。アレから半年が経ったがまだ直視できない。練習球も出てきたが、グローブはどこやったっけ。


「やっ! はっ! ほっ!」

 振り返ると、一条さんがバットを振り回していた。男子はともかく、棒を持つとテンションが上がる女子なんて初めて見た。この部屋はあまり広くないから、思いきり振ったりはしないで欲しいんだけど……あれ? あっ!??


「待て! どうして、その金属バットはオレに見えるんだ!?」

「ん? あれ、これって見えてるの?」

 一条さんの姿は透明だから見えないが、さっきから金属バットは宙に浮いてブンブンと振り回されているのが見えていた。オレ達は一条さんの“能力”を勝手に「触れたものすべてを透明にする」くらいに思っていたが、考えてみれば彼女と一緒に風呂に入った際、湯舟のお湯は透明にならなかった!


「私自身には透明になったものも見えるからちがいが分かんないんだけど、何か法則があるのかな……」

「服とか、財布とかは透明になってるんだよな。食べ物もそうだ……無機物と有機物とか、そういうちがいでもなさそうだし。」


 しばらく考えていたが、答えは出てこないし、それ以上に気になることが出てきてしまった。


「一条さん、野球観たことある? そんなアクロバティックなフォームでバット振る選手はいないと思うぞ。」

「えー、ディディーコングはいつもこうやって振ってるよ。」

「金属バットってスマブラオリジナルのブキじゃないからね!?」

 しかし、どんなゲームでもテクニカルなキャラを使うなぁ一条さんは。


 「ちょっと貸してみて」とバットを受けとり、脇をしめて、首を動かさず、体全体でバットを振るイメージを付けてもらった。


「あれ? 向き、逆じゃない?」

「あぁ……オレは左バッターだったからな。鏡に映ったつもりで見てくれ。」

「野球やってたんだ?」


 ………


「それも、結構真剣にやってたんだ?」

「あぁ、昔の話だよ。随分前にもうやめたし、部屋にバットがあることも忘れてた。」

 ウソではない。高校生活の3年間の中で「半年前にやめた」というのは、もう取り返しの効かない期間だ。今更再び野球を始めようとは思わない。


「でも、これ……大切なものだったんでしょ。ゴメン、ついテンション上がっちゃって。」

「イイよ。オレはもうそれを振ることはないからさ。一条さんが欲しいなら、あげてもイイよ。部屋の中では振り回さないで欲しいけど。」

「ホント!? やったー、もらうもらう! もう返さないかんね!」


 これでイイだろう。

 もう触りたくないとクローゼットの奥底に封じ込めておくよりか、喜んでくれる人のものになった方が……ん?


「お、おい……!」

「うん? どうしたの?」


 徐々に、徐々に、その金属バットが消えていった。

 いや、これは……


「バットがなくなったぞ……?」

「え? 私には見えたままなんだけど……」


 透明化だ―――!


 この現象が起こったタイミングを考える。

 「プレゼント」―――奇しくも、汐乃がオレにくれたものを思い出している最中だったから、オレも軽い気持ちで一条さんにそれをプレゼントした。


 一条さんが触れたものすべてが透明になるのではなく、一条さんの「所有物」になったものすべてが透明になるのか――――


 ◇


 一条さんの“能力”についての解明は進んだが、加鹿さんのミッションは依然として進みそうにない。今までに汐乃がオレにくれたものに優劣なんか付けられるワケがないのだ。


「ひょっとして、生まれてきてくれてありがとうみたいな話か。」

「そういうのって父親の台詞じゃないの?」


 父親か……

 汐乃を産んだ母親は亡くなっているそうなので、汐乃が生まれたときのことを知っているのは父さんだけになる。ちょっと話を聞いてみる価値はあるかな。



 リビングに行ってみると、都合よく父親だけがいた。母さんがいると話をややこしくしそうなので助かる。ちょっと父さんに話を聞いてみる。


「なぁ、父さん。父さんは汐乃からもらって一番うれしかったものって何だ?」

「なんだその質問は。」

「いや、オレにもよく分からないんだ。何かのヒントになるかも知れないから、父さんの意見が聞きたい。」

「やっぱり、自分で中学受験をしたいと言い出して、ちゃんと合格したことかな。あまり自己主張をしない子だったから、ちゃんと自分の考えを持った人間に育っていると分かってうれしかった。」


 ……クソマジメと言われることの多いオレを育てた父親なので、そのオレも呆れるほどのクソマジメ回答だった。


「そうだ……父さんは、どう思っているんだ? オレと汐乃のこと。母さんは汐乃の味方だって言っていたけど。」

「別に母さんも、オマエの味方じゃないワケじゃないぞ。」

 それは分かっている。

 兄と妹、両方の幸せを考えて母はああ言っていたのだと思う。


「こういうこと言うのはアレかも知れないが……母さんとちがって、父さんは汐乃が生まれたときからずっと一緒なんだろ? 汐乃が兄貴と結婚するだなんてイヤじゃないのか?」

「……準稀、初めてお前に会ったとき。お前はまだ4歳の子供だったんだ。」

「あぁ。」

 そんな昔のこと、オレは覚えていないけど。


「その頃の俺は妻を亡くしていてな。生まれたばかりの汐乃の世話を、一人でどうやってしていけば良いのかって絶望していたんだ。」

 亡くなってしまった汐乃の母親。


「母さん……あぁ、お前の母さんのことな。母さんが“こういうときは助け合って生きていくもんだ”って言って、随分と世話してくれたんだが……母さんも母さんで仕事があるからずっと付きっきりってワケじゃなくてな。」

 そりゃそうだ。

 母さんの仕事は在宅でできるとは言え、赤ん坊の面倒を見ながら出来るもんじゃない。


「そしたら、当時4歳のお前が汐乃の面倒を本当によく見てくれたんだよ。」

「……」

「4歳のときだけじゃない、5歳のときも、6歳のときも、7歳のときも、その後もずっとお前は汐乃の面倒を本当によく見てくれた。汐乃をしっかり育ててくれた。」

「育てたのは、父さんと、母さんだろ。」

「昨日、お前は俺に“正しいことと正しくないことを自分の頭で考えられるようになれたのは父さんのおかげだ”と言っただろ。それを汐乃に教えてあげられたのはお前のおかげなんだよ。」

「オレは何もしていない。」

「そうかも知れない。でも、汐乃があんなにまっすぐに育ったのは、準稀、お前の背中を見て大きくなったからだと思っている。」


 そんなの、そんなの、特別なことでもなんでもない。

 兄貴なんだから、妹に恥じないように生きる背中を見せるのは当然のことだろう。


「だからな、俺は汐乃の父親として思うんだ。愛する娘にふさわしい男は、秋由準稀のような男なんだろうなって。」


 ◇


「おじさんは何て言ってた?」

 部屋に戻ると、一条さんから訊かれる。


「父さんも、オレら兄妹の結婚に賛成だってよ。」

「えーっと……もらって一番うれしかったものを訊きに行ったのではなかったっけ?」

 そうだった。すっかり忘れてた。

 あまりにいろんなことがあって、頭がグルグル回ってしまう。


「確か、中学受験をするって言い出したのが一番うれしかったって言ってた。」

「は?」

「自己主張しない子だと思ってたから、ちゃんと自分の考えを持った子に育ってうれしかった―――みたいな話。」



「あ――――」

 そういうことかと、一条さんは言った。


「ねえ、お兄ちゃんとしては妹ちゃんのどこが好き?」

「妹の好きなところを列挙すると1054個くらいあるんだが、全部付き合ってくれるか?」

「試しに一つを聞いてみようか。1013番目を開けて。」

「左足の薬指の爪の形が丸っこくて好き。」

「こわいこわいこわいこわい! 妹の身体の全パーツを把握してんの、この兄貴!」


 というワケで、「外見以外」「汐乃が成長して得たもの」といった絞り込み条件で1054個の中から検索していく。その結果、オレがたどりついた答えは……



「加鹿さん、二つ目のミッションも分かったよ。」

「はい。それでは教えてください、これまで汐乃からもらったもので、貴方が一番うれしかったもの――――」


「正義感の強い子に育ってくれて、ありがとう。」


「正しいことと、正しくないことを自分の頭で考えて、」


「間違ったことはしない子に成長してくれてありがとう。」



 しばしの沈黙のあと、加鹿さんがやっと口を開く。

「70点というところですが、及第点は差し上げましょう。」

「100点満点じゃないのか?」

「“方向性は合っている”くらいで70点を差し上げた激甘採点に感謝してほしいくらいです。」


 まぁ、イイや。これで三つの内、二つをクリアしたぞ。


「三つ目のミッションを申し上げる前に、少し確認しておきたいことがあるのですが、よろしいですか?」

「あぁ、ここまで来たら何でも来い!」

「今現在、貴方にはお付き合いされている方はいますか?」

「いない。」

「では、貴方が一方的に恋愛感情を抱いている―――俗にいう“片想い”をしている方はいますか?」

「いない。」

「性志向―――漢字は性指向でも、性嗜好でも構いませんが、貴方が恋愛感情を抱く相手の性は女性でよろしいですか?」

「あぁ。」

「“女性が好き”だと言っても、極端に幼い女児しか愛せないペドフィリアだったり、逆に極端に年上の老女しか愛せなかったりしますか?」

「しないです。」


 てゆうか、何だよこの質問。

 人のプライベートな箇所をガシガシに暴こうとするんじゃない。


「良かったです、前提から間違っていたら三つ目のミッションが成り立たないところでしたからね。」

「はぁ。」

「それでは、三つ目のミッションです―――」



「貴方の理想の女性を、ここまで連れてきてください――――」

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