3.「妹へのプレゼント」
5月4日 月ようび
「汐乃は、我が家に来ています。心配しないで下さい。」
朝、汐乃が書置きを残して家からいなくなっていたことに右往左往していたら、加鹿さんから電話がかかってきた。
「お
その“親友”の定義はちょっと重すぎやしないか?
「事情は汐乃から訊きました。今現在、汐乃を哀しませているものはお義兄さん……貴方です。分かっていますか?」
「ハイ。」
「とは言っても、貴方を再起不能にして海底に沈めたとしても、それはそれで汐乃が哀しむので……緊急避難として、数日は我が家で預かることにしました。ちょうど大型連休の最中ですからね。」
思いとどまってもらって良かった。二作連続で海に沈められて死ぬ主人公になるところだった。
「加鹿さん、一つ訊かせてくれ。汐乃はオレら兄妹の事情を以前から知っていたのか?」
なんとなくそんなカンジがしたので聞いてみた。
昨日の汐乃のリアクションからすると、汐乃は昔からオレら兄妹の血がつながっていないことを知っていたとしか思えないのだ。
「はい。汐乃どころか、私も、汐乃と仲の良い友人は全員当たり前のように知っていたことと思われます。」
「は?」
「汐乃は普段から当然のようにそのことを話していたので……むしろお義兄さんがそれを知らなかったことに驚いたくらいです。」
えー……知らなかったの、オレだけなのかよ。
「そもそもですよ。赤ん坊のころに貴方と出会った汐乃はともかく、貴方が汐乃と出会ったのは4歳の頃ですよね。ご両親が再婚されたのは、貴方が5歳になる年齢だったと聞きます。」
「はい。」
「どうしてそんな重大なイベントを記憶していないのですか? 4~5歳なら、ちゃんと自分で考えて、自分でモノを喋られる年齢ですよ? 実は途中で主人公が入れ替わっていた、みたいな
遠くのほうからかわいい妹の声で、「暁ちゃん、その辺りにして」という悲痛な声が聞こえた。良かった。昨晩の様子だと心配だったが、加鹿さんと話せたことで汐乃もちょっと元気になれたことが分かる。“親友”ってすごいんだな。
「加鹿さん、汐乃はそこにいるんだな? 会いに行ってイイか? もう一度汐乃と話がしたい。」
「駄目です。今はまだ会わせる気はありません。電話で話すのももちろん駄目です。」
「“今はまだ”と言ったな、時期が来るのを待つのか?」
加鹿さんはしばらく考えたあと、「こちらも作戦会議をするので、30分後にもう一度電話します」と言って電話を切った。
◇
「誰? 」
起きているのかすら分からなかった一条さんだったが、オレが部屋で加鹿さんと電話しているのをずっと聞いていたみたいだ。
「
加鹿さんと汐乃は別の小学校だったが、小4のころに病院で会ったことで意気投合。その後も連絡を取り合って、中学受験の際に汐乃が加鹿さんと同じ中高一貫のお嬢様学校に行くことを決めたほどだ。
ウチのような一般家庭からお嬢様学校に通っているようなにわかお嬢様とちがい、加鹿さんは生粋の純粋で粋美なお嬢様だ。汐乃の友達には何人か会ったことがあるが、あれほど「お嬢様だ!」って人間をオレは見たことがない。
「SIMPLEシリーズ THE お嬢様ってカンジ?」
「シンプ……? 何だ?」
一条さんが突然ナゾの言葉を言い出した。
「日本を代表するゲームシリーズで、一つのテーマに特化したゲームを作るシリーズだよ。『THE 麻雀』とか、『THE クイズ』とか、そんなカンジに純粋にそれだけのゲームを出しているの。」
「あー、確かに加鹿さんは『THE お嬢様』ってカンジだな。」
「ちなみにSIMPLEシリーズには『THE ゾンビVS.救急車』とかもあるよ。」
「それのどこがシンプルなんだよ!」
そして、加賀暁を語るに欠かせないのが―――
彼女は 秋 由 汐 乃 を 愛 し て い る と公言していることだ。人間としても、友人としても、恋愛対象としても、性的な対象としても、愛していると堂々と言っているのだ(ただし、汐乃本人には言っていない)。
「女のコなのに、女のコが好きなの?」
「性的マイノリティの割合は一説によると11人に1人くらいいるらしいし、それなら左利きの割合とあまり変わらない。」
駅の改札など、現在でも左利きだと不便に思うことは多いが、もっと大昔には左利きは恥ずべきものとして迫害された時代もあったらしい。現代では左利きだからといっても差別されないように、同性愛者だからといっても何とも思われない時代もその内に来るんじゃないかと思う。
「加鹿さんは汐乃が望まないことは絶対にしないし、汐乃本人が望むのなら相手が誰だってオレが何かを言うことでもない。そこは問題じゃないんだが……」
「だが?」
「あの人、どうやらオレのことが大嫌いらしくて。ことあるごとに嫌がらせをしてくるんだよ……」
自分で説明していて合点がいった。
昨晩、汐乃はオレと結婚することが夢だったと言った。加鹿さんは汐乃を愛していると公言している。ならば、加鹿さんがオレに嫌がらせをしてくるのも当然だ。
これまでは汐乃がこちらにいてくれたから何とかなったが、今は汐乃が加鹿さん側にいる。どんなヒドイ嫌がらせをしてくるか想像するのも恐ろしい。
◇
とりあえず、リビングにいた母さんに、汐乃が加鹿さんの家にいることを説明する。加鹿さん宅とは家族ぐるみの付き合いなので、母さんも特に心配はしていないようだった。
しかし、その母親様がトンデモないことを言い出した。
「そもそもの話なんだけどさ、準稀は汐乃と結婚したくないの?」
「はい!?」
「仲の悪い兄妹ならともかく、アンタ達は昔からムチャクチャ仲が良いじゃない? いつもいつも汐乃はかわいいかわいいかわいいって言ってるくらいじゃない?」
あれ……ひょっとして、これって……
「母親の贔屓目を除いても、汐乃くらい出来た女のコなんていないと思うよ。」
「ちょっと待て! 母さんは、汐乃の味方なのか? 普通こういう兄妹モノって、両親が哀しむからやめろって流れになるんじゃないのか?」
「私は大賛成だよ。もちろん、準稀に他に好きなコがいるとかなら無理強いできないけど。」
そう言えば、汐乃は「オレら兄妹の血がつながっていないこと」を昔から知っていたらしい。
「汐乃は、いつから知っていたんだ?」
「4歳の頃かな。幼稚園でね、妹はおにいちゃんとは結婚できないんだよって誰かに言われたみたいでね。ずっと泣き止まなかったから、大丈夫! ウチの兄妹は血がつながっていないから結婚できるぞ! ってガッツポーズで教えてあげたの。」
「そんなフランクに明かすような話じゃねえだろ…」
「私もね、おにいちゃんと結婚したいなんて言っているのは子供の頃だけだと思ってたんだけどさ……あのコ、本当にアンタのこと好きなんだよ。4歳の頃から今の今まで、ずっとアンタのことが好きなんだよ。そしたら、母親としては応援しないワケにはいかないじゃない?」
なんということだ……外堀はとっくの昔に埋まっていたのか。
汐乃がオレの「結婚しよう」をいちいち全部覚えていたのも、今の話を聞くと印象が変わる。昨日の時点ではサイコっぽくて、ちょっと怖いと思っていました。ゴメンナサイ。
「ちょっと、考えさせてくれ」と言って部屋に戻る。
――――準稀は汐乃と結婚したくないの?
母親のその言葉を反芻する。
世界一かわいいウチの妹。
しかも、その妹はオレのことが好きらしい。両親も反対していないどころか背中を押しているほどだ。
「オレも汐乃が好きだ」と認めてしまえばすべて丸く収まる気もする。
だが、だが……
何かが引っかかる。
オレの中で、何かが、決定的な何かが噛み合っていないような感覚がするのだ。
秋 由 準 稀 と し て 、そ の 選 択 肢 は 選 ん で は い け な い という気がするのだ。
◇
きっちり30分後に加鹿さんから電話が来て、要件を告げられる。
「何だって?」
「汐乃を返すに相応しいかどうかを試すため、こっちが指定した三つのものを集めてもらう―――だってさ。」
「お、RPGっぽくなってきたな。○○と××と△△を集めると、ラスボスの城に行ける橋がかかる的なやつだ。」
他人事だからか、楽しそうだな一条さん。こちらは家庭崩壊の危機だっていうのに。
「んで、何を集めるの?」
「まず一つ目は、汐乃へのプレゼントだってよ。」
とりあえず街に出て、何を買うか考える。
「妹ちゃんへのプレゼントってのは、何でもイイってことじゃなくて、何をあげると喜ぶか考えろってことかな。」
「汐乃にあげると喜ぶものか……一条さんだったら、何が嬉しい?」
「私だったらゲームソフトだけど、妹ちゃんの趣味って何?」
汐乃の趣味か……
ゲームもやらないことはないが、一緒に遊ぶというより「ゲームを遊んでいるときのおにいちゃんを見るのが好き」と、オレ一人が遊んでいるのを横から見ているような妹だ。
「アイツが特に好きなのは、アイドルかなぁ……」
「イケメン好きなんだ。意外。」
「あ、いや、ちがう。女のコのアイドルの方だ。ヘプタスロンが特に好きで、ライブのブルーレイとかよく観てる。」
「へー。妹ちゃんこそアイドルみたいな見た目なのにね。いっそのこと自分がアイドルになっちゃえばイイのに。」
恐ろしいほどの人見知りだから、それは無理だろうな……
歌はともかく、ダンスとかを踊る運動神経もないし。
「つーと、アイドルグッズ? ブルーレイとかCDとかって結構高いから喜ぶんじゃない?」
「ブルーレイはこないだの誕生日にプレゼントしたからなぁ。」
一番喜ぶのは菱川さんのサインとかだろうが、汐乃には菱川さんがオレとクラスメイトだって話はまだしていないし、クラスメイトとはいっても話したことはほとんどないんだよなぁ。
「定番なのは、新しいスマホとかかな。」
「それも中学受験に合格したお祝いだってんで、買ってもらったばかりだな。」
とりあえず駅前のデパートの中に入っている雑貨屋なんかをまわってみる。うーん、こう考えると、妹のほしいものが全然思いつかない。
「部屋には結構ぬいぐるみが置いてあるな。ネコとか、ウサギとか。でも、そういうのって人に選ばれるより自分で選んだ方がイイよなぁ。」
「雑貨の類もそうだよね……誰に買ってもらっても同じものと言えば、本とかマンガとかかな?」
子供のころは少女マンガを好きで読んでいた汐乃だが、年齢が上がるとあまり読まなくなった。えっちぃ描写が苦手なので、恋愛を描いていそうなマンガやテレビは観られないのだ。
「じゃあ、男女の絡みが一切ない『男塾』とかどうよ?」
「どうよじゃねえよ。顔が見えないけど、一条さん絶対に半笑いだろ。」
「あとは食べ物とかかな……ん、ちょっと待って。その加鹿さんってコは正確には何て言ってた?」
「汐乃へのプレゼントを持ってこいって。」
「ちがうよ。正確に彼女が一言一句、何て言ってたかって話だよ。多分そこにヒントがあるんだ。」
「……確か、“汐乃が今一番ほしいものを届けてください”だったと思う。」
「あー、なんだ。じゃあ、もう簡単じゃん。」
ん? 何がちがうんだ? 同じ意味じゃないのか?
「妹ちゃんが、今一番ほしいのは、おにいちゃんからの愛してるって言葉だよ。」
……
…………
「ちょっ、ちょっ、待てよ。」
「何? キムタクの真似してんの?」
「一条さん、汐乃の気持ちを知ってたのか?」
実は、昨晩の出来事については一条さんには何も言っていなかった。家族の大事な話だし、妹の気持ちだし、そこは内緒にしたまま家出のことだけ伝えておいたのだ。
「そりゃ分かるでしょ。どうせ、本当は血がつながっていない兄妹で、妹ちゃんは本気でおにいちゃんのことが好きだったのに、兄貴はクソ鈍感だからそれに気付いていなかったみたいなことでしょ。」
「オマエ、透明人間だけじゃなくてエスパーでもあるの!?」
思わず“オマエ”呼ばわりしてしまった。
「妹ちゃんの目を見りゃ、ガチなことくらい誰だって分かるよ。多分、おにいちゃん以外の全員は気付いていたと思うよ。」
「そう言えば……加鹿さんも、それは前提で話していたな。」
「んでもって、両親も妹ちゃんを応援していると来たら、血がつながっていないのかなって思うよ。私はチラッとしか見ていないけど、おばさんと妹ちゃん全然似ていないしさ。」
何この人、ホームズなの? 名探偵タイムなの?
「あー、最初に気付いたのは、初めて私が部屋に来た時さ。アンタがトイレに行ってる間に妹ちゃんが部屋に入ってきて、脱ぎ捨ててあったアンタのシャツを拾い上げてギュッと抱えてたからさ。」
……ふむ、割とよくある妹の仕草だと思っていたのだが、一般的な妹は兄の脱いだシャツを抱きしめたりはしないらしい。知らなかった。
「まぁ、だから私は最初から“妹にしてはおかしい”とは思ってたワケよ。誰だって気付く。この作品には名探偵はいないんだ。」
◇
もう隠してもしょうがないので、昨晩の顛末をすべて一条さんにしゃべっておくことにした。あまり人が来ない北公園に移動して、思い出せる限り、汐乃との会話を聞いてもらった。
「あー。そりゃ、99%アンタが悪いわ。」
「そんなにか!? 9割バッターなのか、オレ!?」
「妹ちゃんの落ち度は、0.017%くらいかな。」
「SSRの提供割合みたいな低さ!」
「理論上は5890連ガチャで出るはずだからがんばれ。」
そんな話をしながら、オレの何が悪かったのかの教えを乞うてみる。
「要はさ、妹ちゃんからしてみれば“お兄ちゃん”というより“許嫁”みたいな意識だったんだろうね。」
子供の頃にかわされた約束。
既に定められた運命。
「アンタも言ってたじゃん。女のコは少女マンガみたいな話が好きだって。子供のころからの結婚の約束とか、運命の人とか。ずっとそれを夢見てたんだよ、あのコは。」
それをオレは不用意に踏みにじってしまったのか。
「私からすると、“約束をしたこと”自体はしょうがないと思うんだよ。今回のケースは無自覚だったとは言え、人間の気持ちなんて1つの選択肢で変わっちゃうものじゃん。」
「あぁ。」
「どうしてもグッドエンドに行けないから攻略サイトを見てみたら、ここの選択肢を1つでも間違えてたらそっちのルートには行けない仕様だみたいのしょっちゅうあるしさ!」
「何の話してんの?」
「まぁ、ともかく……“子供の頃にした約束”が叶えられないことはしょうがないと思うんだよ。人間、考え方なんて変わるもんだしね。」
「そうだな。」
「私、だから幼馴染ヒロインってあんま好きじゃないんだよね。お嬢様の方が好き。」
「何の話してんの?」
「だからね、妹ちゃんが本当に哀しんでいるのはそこじゃないんだよきっと。でも、私からそれを教えてあげるワケにはいかない。それはアンタ自身で気付かなくちゃいけないんだ。」
「あぁ、それでイイ。」
メタクソにボロクソに貶されながら、一条さんは割と真剣に“オレら兄妹のこと”を考えてくれているんだなと思った。オレに対しては部屋に置いてもらっている負い目があるのかも知れないが、汐乃についてもちゃんと心配してくれている。
やっぱり、悪いヤツではなかった。
彼女がいてくれて助かったと思う。オレ一人だったら、この事態はちょっと受け止めきれなかっただろうから。
「加鹿さん、分かったよ。汐乃が今一番ほしいもの。」
時刻はそろそろ正午になろうとしている。
一つ目のアイテムを手に入れた(?)オレ達は、加鹿さんに電話をかけた。
「汐乃、今もオレはオマエのことばかり考えている。昨日も一昨日もだ。オレにとって、オマエは世界で一番大切な人なんだ。」
そう言うと、電話の向こうで妹が悶えている声がかすかに聴こえた。対照的に加鹿さんは非常につまんなさそーーに、吐き捨てるように言った。
「はい、正解です。100点満点を差し上げましょう。貴方にしてはよく気が付きましたね。誰かの入れ知恵ですか?」
「誰かと協力しちゃいけないルールじゃないだろう。」
ウソは言いたくなかったので、話を誤魔化しておいた。
「まぁ、良いでしょう。こちらも街中の監視カメラから貴方のことを見ているので、貴方が午前中ずっと一人で走り回っていたのは見ています。」
何この人、こわい。
いつの間かオレはとてつもなく巨大な何かを敵に回しているんじゃなかろうか。
「では、次のミッションです。」
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