第229話 おっさん、砦に行く
風の中に含まれるステアの微かな血の匂いを追いかけて街道を急ぐ。
一日ほどバイクを走らせただろうか、俺の腰につかまっているジェフの手の力が抜ける。
俺は慌ててブレーキをかける。
片手を後ろに回してジェフの襟首を捉えた。
「おい、しっかりしろ」
「腹減った」
「そいつは気づかなくて悪かった。野営しよう」
俺はコンクリーブロックでかまどを作り、食事の支度を始めた。
ジェフの為にレトルトの雑炊を鍋に掛けてやり、俺はブラッドソーセージを焼いた。
「こんな薄い食事じゃ力が出ない。そのソーセージを一つくれ」
俺の承諾も聞かずに、ジェフは激辛のブラッドソーセージを食って喘いだ。
「言わんこっちゃない。これは激辛だ。それにブラッドソーセージは癖があるからお勧めできない。食うならこの魚肉ソーセージにしろ」
「水、水ぅ」
「ほれ、牛乳だ。辛さが和らぐ」
ジェフは牛乳をがぶ飲みして、一息ついた。
「うめぇ。魚肉ソーセージうめぇ」
「そうだろ」
「弟にも食わしてやりたかったな」
「見つかったら食わせてやるよ」
「弟はさ。食い物を食べる時に、半分こって言いながら自分は小さいのを取るような奴なんだ」
「それは助けてやらないとな」
「おっさんはさ。兄弟がいる?」
「ああ、悪の道に走った馬鹿な兄貴がいたよ。今、捕まって善人になる為の修行中だ」
「兄弟が離ればなれになるって悲しいね」
「そうだな。悲しい」
悲しいと言いながら、俺は少しも悲しくなかった。
俺ってこんな薄情な奴だったか。
兄貴が馬鹿やって愛想をつかしたのかもしれない。
きっとそうだ。
気にする事もないな。
「明日も飛ばすぞ。食ったら、早く寝ろ」
「うん」
朝になり出発しようとしたら、スクーターが壊れた。
昨日むちゃしたせいだな。
そりゃ、一日中走らせればこうなるよな。
魔力通販で新品を買ったが、車の方が良いのか。
車でも同じ事か。
半日で交代してスクーターを休ませよう。
アイテムボックスに入っている間は休ませられないから、野営の時に出しておけばいいか。
「よし、出発だ」
「おう」
血の匂いを辿ってひた走る。
途中、水場とトイレがあった。
そのトイレの近くに、下着を裂いて血で文字が書かれている物が落ちていた。
それには砦と書かれていた。
砦に向かっているのだな。
「そう言えば、刃物はどこに隠しているんだ」
「それね。血の文字を書くのに使ったのは針だと思う。工作員の七つ道具の内の一つさ」
「インクは持ってなかったのか」
「持ってるはずだけど、取り上げられたのかな。針は髪の毛に隠しているから」
「なるほどね」
近くの村に立ち寄る事にした。
「畑仕事中に悪いな。この近くの道を行ったら砦がないか」
「ああ、それなら、エクセビオ砦だろう」
「遠いのか」
「いや、山の上に建っているから、登るのに少し骨なだけだ」
「ありがとよ」
山が近くなってきた。
スクーターが登れる勾配なら良いのだが。
エンジンから変な臭いがしだした。
オイルが焼けたのだな。
勾配が急なのがいけないらしい。
「ここからは歩きだ。靴を出してやろう」
「へへっ、靴をくれるのか」
「歩き易いぞ。靴擦れ防止に蝋を塗ってやる」
ジェフは運動靴が嬉しいのか盛んに飛び跳ねた。
山に登り慣れてないのはすぐに分かった。
ペース配分を間違えて途中でダウンした。
山と言っても丘みたいな山なのにな。
確かに道は険しい。
俺達が通っているのは村人しか知っていない抜け道だ。
野菜を運ぶ為に使っているらしい。
「湿布を貼ってやる。ここからは背負ってやろう」
「いいよ、歩く」
「無理するな」
「でも」
「じゃ、ゆっくり来い。俺は先に行って偵察してくる」
「悔しいけどそうするよ」
俺はジェフを置いて、道を駆けあがった。
砦は山の天辺に建っていた。
砦の中から、ステアの微かな血の匂いがした。
ここにも手掛かりが残されているらしい。
砦の見張りに見つからないように行動して、砦を調べる。
俺だけなら登れそうだな。
俺はジェフを待つ間、侵入の計画を立て始めた。
侵入は夜の方が良い。
ヴァンパイヤの変身能力は、ジェフにはなるべく見せないでいこう。
手の爪をかぎ爪に変形すれば、砦の壁も登れるに違いない。
一人で中に入ったら皆殺しにしよう。
その方が後腐れがない。
「はぁはぁ、追いついた」
「中には俺一人で入る」
「えっ、俺は一刻も早く弟に会いたい」
「お前が砦の壁を登れるのなら、同行を許可する」
「道具を貸してくれよ」
「無理言うな。諦めろ」
ジェフは渋ったが、現状ではどうしようもないのが分かったのか、最後には諦めた。
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