第35話 修羅場


 突然やってきたセシルの料理に舌鼓を打っていると、家の扉がまたも叩かれた。

 なんだか今日は来客が多い一日だ。


「レティシアさん、いるかい?」


 雨音に混ざって聞こえてきたのはアランの声。

 とりあえず雨が降っているから外に放置するわけにもいかず、扉を開けて中に招き入れる。


「アラン様、少し待っていてくださいね。タオルを持ってきます……」

「いや、レティシア。俺が乾かそう」


 タオルを取りに戻ろうとした私を、セシルが止める。

 彼がアランを睨むと、アランの服が一瞬で乾くと同時に「熱っ!?」と悲鳴が響いた。


「き、君はセシル・サンガスター……っ!? 何故ここにいる!」


 そういえば二人は旧知の仲だったことを思い出す。

 驚くアランをセシルは鼻で笑って腕を組む。

 セシルの方が背が高いので、アランは見上げる形になっていた。


「いかにも俺がセシル・サンガスターだが、何か文句でもあるのか?」


 セシルは冷たい声でアランに告げると、彼の身体の向きを強引に変えてぐいぐいと押し始めた。

 無表情のまま、セシルは私に話しかける。


「レティシア、まだ食事の途中だろう。来客はさっさと追い返して食事を再開するべきだ」


 足を突っ張りながらアランが、くわっと目を見開く。


「な、な、なっ、食事だとっ!? ニコラス以外にも警戒しないといけない男がいたなんて!」

「僕がなにか?」


 家の扉がガチャリと開き、姿を現したのは私の義理の弟ニコラス。

 雨合羽が大変よく似合っている。


「「「……………………。」」」


 そして、三人の男達は互いの顔を見つめた。

 流れる沈黙には何故か威圧に似た何かを感じる。


 やがて、三人は同時に口を開いた。


「あねさま、この男たちとはどういう関係なんですか? ていうか、この冴えない男はだれ?」

「前々から思っていたが、レティシアさんはもう少し交友関係を考えた方がいいと思うぞ? セシルなんて何考えてるか分からない男はやめた方がいい」

「アランと関わるのはよした方がいいぞ。それとそのチビは危険な雰囲気を感じる。悪いことは言わないから早く関係を断つべきだ」


 三人同時に喋ったので何を言ったのか聞き取れなかった。

 聞き返そうにも三人とも興奮している様子だったので、火に油を注ぐだけのような気がして無言を貫く。


「あねさまの優しさにかこつけて家に上がり込むなんて図々しいですね。不法侵入で訴えましょうか?」

「裁判所に訴状を提出できるのは十四からだぞ、ニコラスくん。というかセシル、君はレティシアのことが嫌いとか言ってただろう。どういう風の吹き回しだ!?」

「うるせえ、レティシアの家で騒ぐなんて非常識だぞ」

「「な、名前呼びしやがった……っ!」」


 ヒートアップしていく三人はとにかく放置しよう。

 仲裁してもすぐには鎮静しないだろうし、こういう場合は気が済むまで騒がせておくに限る。

 事実、三人は私がいなくなっても気付く様子はなかった。


「おじさんはともかく、そこのセシルとかいう男は僕のあねさまとどういう関係なんですか!?」

「おじさんっ!? ニコラス、撤回しろ。僕はまだ十六だ!」

「うるさいぞ、アラン。レティシアとは……そうだな、心友ソウルメイトと言ったところだ」


 うん、冷めてもセシルの料理は美味しい。

 セシルはとっくに食べ終わって、皿は空っぽになっていた。

 私が昼食を食べ終えてもまだ三人は落ち着く様子はない。

 玄関先で互いに一定の距離を保ちながら睨み合っている。


「これは認知が歪んだ男の発言ですね。おおかた、あねさまがちょっと微笑んだからって勘違いしたんでしょうね。残念、あねさまの心は弟の僕のものです!」

「ニコラスは相変わらず気色が悪いことを言っているなあ……勘違いが許されるのは八歳までだぞ?」

「この時ばかりはアランに賛成だ。そもそも、義理の姉弟は法律上結婚できないぞ」


 あの三人は一体何を口論しているんだか。

 少し声のトーンが落ち着いてきたので、あともうちょっと放置すれば冷静になるはずだ。

 今のうちに皿でも洗おうかな。


「あれ、あねさまどこいった?」

「はっ、レティシアさん!」

「レティシア、皿なら俺が洗ったのに……」


 ようやく三人が落ち着いたのは皿を洗い終えた頃で、皿の水気を拭き取って乾燥させている時だった。


「落ち着きました?」

「レティシアさん、僕はいつだって冷静だ」

「あねさま、僕とこの有象無象の男どもを一緒にしないでください」

「レティシア、この騒がしい連中は追い出すべきだと思う」


 先ほどに比べれば落ち着いた様子。

 これならまともに会話できるはずだ。


「とりあえず。ニコラス、自己紹介なさい」

「はい、あねさま。僕はニコラス・フォン・ルーシェンロッドと申します。ゆくゆくはルーシェンロッド伯爵家を継ぎます。以後、お見知りおきを。ちなみに、この家の合鍵を持っています」

「私の弟です。まだ十歳なので、粗相があるかもしれませんが何卒ご容赦を……それとニコラス、合鍵の話はしなくてもいいのよ」


 唇を尖らせたニコラスは後で説教するとして、アランは二人とも知っているので省くとして次はセシルか。


「ニコラス、こちらの方はセシル・サンガスター様よ。サンガスター男爵家のご令息で、あなたもいつか社交界でお会いになるかもしれないから失礼がないようにしなさい」

「あねさまとはどんな関係なの?」


 ニコラスは私の顔を見上げながら尋ねる。

 どんな関係なのか頭を悩ませたが、適切な語句が思い浮かばなかった。


「……ともだち、でいいですか?」

「構わん」

「友達よ」


 ニコラスはふーん、と興味なさそうに答えたが、セシルを見る視線は鋭い。

 相変わらず人見知りが治っていないようだ。

 背が高い分、怖いのかもしれない。


「僕とレティシアさんはパートナーだ」

「だれも聞いてないよ、おじさん」

「“ビジネス”パートナーだろう、アラン。事実を歪曲するのは責任ある貴族としてどうかと思うぞ」


 またも口論が始まりそうな気がしたので、とにかく三人がここに来た目的だけでも聞き出そうと口を開く。


「それで、三人は何の用があってここに?」

「「「……特にない」」」


 この三人、帰ってくれないかなあ……!?

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