レティシアと『モンタント』

第29話 勘当されました


 建国記念日のパーティーから数日。

 普段は家族と夕食を食べるためにテーブルを囲うのだが、この日だけは見知らぬ少年が私の隣に座っていた。

 ちなみにお誕生日席は当主の父、私の向いの上座は母だ。


「初めまして。姉のレティシアよ」


 建国記念日でのパーティーでの振る舞いから、元々魔力のない私はルーシェンロッド伯爵家の後継ぎに相応しくないと親戚筋から非難が飛んできた。

 この手の人間は、例え詳細に事情を語ったとしても引かないだろうし、シェリンガムのような目つきで私を睨んでいた。

 あわよくば、自分の子供を後継ぎに据えようという目論見もあったらしい。


「初めまして。ニコラスです」


 そんな非難から逃れるために、父と母は他の子爵から妾の子として冷遇されていたという子を養子として引き取ることになった。

 そうして紹介されたのは、切り揃えた黒髪と赤い目が特徴的な妙に大人しい少年ニコラスだった。

 年齢は十、私よりも二歳若い。

 魔力が同年代に比べて桁違いに凄いらしく、それがまた冷遇されていたことに拍車をかけていたらしい。

 願わくば、このルーシェンロッド伯爵家で健やかに成長してほしい。


 前の家で厳しくテーブルマナーを躾けられたのだろう。

 恐らく同年代の少年よりも完璧なテーブルマナーで夕食を食べ終えた頃合いを見計らって父がナプキンで拭いながら口を開く。


「今日は引っ越しや挨拶で疲れただろう。早く休むといい」

「ありがとう、ございます」


 たどたどしくも、丁寧な敬語で言葉を返すニコラス。

 その様子を父と母は微笑ましく見つめていたが、なんとなく私は不安のようなものを覚えた。


 日本の歴史を紐解けば、親同士の取り決めで養子縁組が決まることもあったという。

 家や世情など、どうしようもない理由があることは分かっているがそれでも前世の価値観から、ある日突然親元から引き剥がされたニコラスには同情してしまう。

 まだ親に甘えたい年頃で、生意気盛りのはずなのに大人しい。

 細い手足、笑顔を浮かべない顔と青白い肌が私の知る“子供”から離れているからそう思ったのかもしれない。


 ニコラスの部屋は私の隣にあった空き部屋が割り振られた。

 私の部屋とは違い、明るめの内装になるように家具を整えた甲斐あって子供にも親しみやすい部屋になったと思う。

 部屋に案内してもニコラスは静かに部屋を見つめるだけで、特別なにかリアクションが返ってくるわけではなかった。




 部屋に戻り、寝支度を整えてから椅子に腰掛けて紙を取り出す。

 今の私の部屋のなかは煩雑としていて、隅には木箱が積まれている。

 ニコラスを養子に迎え入れた以上、両親の血を継いだ私がいると色々と不都合。

 対外的にも家を継ぐのはニコラスと証明するために、近日中に私は家を出ることになったのだ。


「うーん、気がかりっちゃ気がかりだけど私にできることはないかな」


 ある程度、親から仕送りがもらえるとはいえあまり額は期待しないほうがいいだろう。

 成人すれば仕送りそのものを貰うこと自体、世間体から見てもまずい。

 ニコラスが将来どれほど伯爵家当主の座に固執するか分からないが、彼がデビュタントに出る前にはお互いのためにも繋がりを絶っておきたい。


「それよりも、だ。タイトルをどうするかが問題だよなあ」


 義理の弟のことも気がかりだが、新作の官能小説を書き上げたはいいが良いタイトルが閃かないのだ。

 タイトルは、読者がどんな作品なのか想像しながら購入を決断させる大事な要素だ。

 ジャンル、作者、出版社、そしてタイトル。

 それらを指針に本を吟味し、購入するのだが……。


「娯楽小説そのものが馴染みのない世界。捻ったタイトルよりも分かりやすい方がいいか」


 ジャンル分けという概念もまだ浸透していない世界だ。

 恐らく短いタイトルでは読者も購入するかどうか判断に困るだろう。

 ならば、いっそここは思い切ってあらすじも兼ねた長文タイトルの方が好ましいはず。

 幸か不幸か、表紙は絵も何もないから長文タイトルをつけたとしてもイラストとのバランスを考慮する必要がない。


 昨日書き上げた官能小説は、これまで些細な誤解からすれ違っていた幼馴染が結ばれ、初夜を迎えるという純愛系の小説だ。

 うん、タイトルは『生意気だった幼馴染と俺は相思相愛だった件について〜新妻が可愛すぎて夜も眠れないんだが?〜』でいこう。


「……プライドは捨てるのよ、レティシア。『分かりやすい』に勝る購入動機はないのよ」


 ほんの少しだけ、もっとマシなタイトルがあるのではないかと思ったが、下手に伝わらないよりはいいはずだ。

 湧き上がった葛藤に蓋をしてタイトルを書き上げ、封筒に入れてから封蝋を施す。

 明日の朝、引っ越しの準備を終える前にアランに送ろう。


「ん? 何かあったのかしら」


 そんなこんなで今日やることを終えて、そろそろ明日に備えて寝ようと思った矢先、微かに隣の部屋から悲鳴のようなものが聞こえてきた。


 ニコラスの部屋に通じる壁に耳を当てても、特に物音はしない。

 しばらくして気のせいかと思ってほっと胸を撫で下ろした瞬間、また聞こえてきた。


 部屋の扉を開け、そっと廊下を覗く。

 人の気配もなく、月明かりがぼんやりと照らしているだけ。

 やはり静かでいつもと代わり映えはない。


 けれど、何か虫の知らせのようなものを感じて、気がつけばニコラスの部屋の前に立っていた。

 彼にとって私は赤の他人。

 そんな人間に話しかけられても迷惑かもしれない、と考えたがそんなことを気にしていたら人間は一生孤独だ。

 迷いを振り切って、部屋をノックする。


「ニコラス、起きてる?」


 返事はない。

 杞憂であることを祈りながら、部屋の扉を開けてそっとなかを覗く。

 寝ていたなら、起こさないように部屋を後にするつもりだったが……。


「…………。」


 ベッドの上で静かにニコラスが座っていた。

 ぼんやりとした瞳で部屋を見つめている、その頬を涙がぽろぽろと溢れていく。

 その姿はあまりにも痛ましく、胸を締め付けられるような気持ちになる。


「嫌な夢でも見たの?」


 コクリとニコラスが頷く。

 どうしたものか頭を悩ませて、とりあえず自分が幼い頃親にして欲しかったことを思い出しながらニコラスのベッドに腰掛けた。


「それじゃあ、嫌な夢を忘れられるように面白いお話をしてあげよう」

「おはなし、ですか?」

「そう、とっておきのお話だよ」


 ニコラスの頭を撫でながら、私は頭の中で素早く物語を組み立てた。

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