第18話 アランとのデート


 アランに連れてこられたのは貴族御用達の仕立て屋さん。

 店員とも顔馴染みなのか、一言二言交わすだけであれよあれよとドレスを店の奥から引っ張り出しては私にあてがっていく。


「あの、アラン様。さすがにこんなに沢山のドレスをいただくわけには……」

「むむ、レティシアさんはどれも似合うからな……うむ、水色がいいな」


 紅茶で汚れたドレスの代わりに私に渡してきたのは水色のローブ・モンタント。

 胸元にフリルのリボンがあしらわれたドレスだ。


「汚れたドレスはクリーニングに出して屋敷に届けてくれ」

「かしこまりました」


 これはお礼に何を贈るか父と相談する必要があるな、と高価そうなドレスに腕を通す。

 「お似合いです」という店員の世辞なのか本音なのか判断し難い言葉に微笑を返してアランの元に戻れば、これまた賛辞の嵐。

 初対面の頃の横柄な態度は何処へやら、ビジネスパートナーとなった相手には礼儀正しく親しげに振る舞う彼には苦笑いしか出てこない。


「そういえば、昼食もまだだったな。お勧めの店があるんだ!」


 こっちこっち、とはしゃぎながら歩き出すアランの背中を呆れながら追いかけて、辿り着いたのは一軒の小洒落たレストラン。

 この店もアランの傘下なようで、店主は大変にこやかな笑みを浮かべながらメニューをテーブルに置いていった。


「このお店はオムレツが大人気でね、かくいう僕の好物でもあるんだ」

「折角ですから、私もオムレツをいただきますわ」


 そうして給仕が運んできたのはとろとろのオムレツ。

 黄金色に輝く卵と赤いケチャップの対比はなんとも美しい。

 一口掬って口に運べば、魅惑の味が口に広がる。


「まあ、美味しい……!」

「そうだろう、そうだろう!」


 店内は昼時を少し過ぎているとはいえ、座席に空きが目立たないほどの客の入り。

 人気店なのは間違い無いだろう。


 喋るのも忘れるほどにオムレツを完食して、ナプキンで口元を拭いながら食後の紅茶を啜る。

 食事中は喋らない方がいいとはいえ、少しがっつき過ぎたかもしれないと反省する。


「気に入ってもらえてなによりだ。それじゃあ、食後の紅茶でも楽しみながらこれからについて話そう」


 紅茶を楽しんでいたアランは、カップをソーサラーに戻して口を開いた。

 私は彼が本の話をしたがっているとすぐに気づいて、姿勢を正す。


「はい。まずこの前、お手紙でも話しました通り、『栄光の騎士王アーサー・ペンドラゴン』はシリーズ構成にします。第一部、アーサーが王を目指すところまでは既に書き上がりました」

「なるほど、かなりの長編になるんだね。手紙にあった挿絵を入れたいという件だが、僕の伝を使ってもさすがに絵を描ける人は手配できなかった」

「アラン様を持ってしても画家は見つからなかったんですか……」


 私の言葉に、アランは逡巡した様子を見せると言葉を選び始めた。


「画家はいるにはいるのだが、風景や人物以外の……あー、創作物の絵を描いてほしいと言ったら断られてしまったんだ」

「断られた……覚悟はしていましたが、娯楽に対する風当たりは強いですね」

「王政府の認可を得ずに出版してるからな……法的保護を受けられないという点でも契約を渋る画家が多い」


 この世界、前世の発展した世界とは違って『言論の自由』が保障されていない。

 政府や貴族にとって都合の悪い文章、絵、言説は弾圧される。

 その最たる例が本だ。

 技術のみが記された本だけが出版を許され、法的な保護の元世に出回っているのだ。


 私が出すような本はいわゆる『闇本』のような扱いで、これによって犯罪に巻き込まれても法律の庇護を受けられない。

 政府の言い分によれば、『法律を使ってまで保護する価値を見出せない』すなわち法益がないのだ。


「印刷の関係上、ある程度抽象性のある絵が好ましいのですがそれも難しそうですね。絵は諦めましょう」


 子供向けとして考えていただけに、ある程度文字の意味が分からなくても意味が伝わる挿絵が欲しかったが、贅沢は言うまい。


「そういえば、その……アレはどうなっている?」

「アレ? あぁ、あれですか」


 アランの言うアレとはつまり、成人向け小説の原稿のことだろう。

 この世界でも親しめるよう、比較的可読難易度の低い隠語を用いた官能小説なら既に完成している。

 親やメイドの目を掻い潜りながら執筆すると言うスリリングさも相まって、あのような執筆経験を出来たのもいい経験だった。


「勿論、完成しております。屋敷に戻りましたら、直ぐにでも郵送しますわ」

「そ、そうか……! いやぁ、実に楽しみ、げふんげふん。世を賑わせそうで楽しみだな」

「その小説ですが、著者名の変更をお願いしたく……」


 前世ではジャンルによって著者名や出版先を変える作者が居たらしい。

 読者からのブランドと認知を手放すのは惜しいが、娯楽用の小説が少ないなか、アンチが集中するのは避けたい。

 それと、『レティシア』が書いたほのぼの小説と思って手に取ったら官能小説だったという悲惨な未来は避けるに限る。


「なるほど、確かに名前は変えた方がいいな。それで、名前は何にするんだ?」


 名前を変更することは決めていたが、どんな名前にするか考えていなかった。

 どうしようか考えて、ふと今着ているドレスが目に入る。


「そうですねえ……『モンタント』でどうでしょう?」

「その意味は?」

「『昇る』『上がる』『高まる』だそうです」


 成り上がるという願掛けも併せれば、いい名前のような気がしてきた。


「そうか、ならばその名前で行こう。それで印税の件だが、今回はいい加減に受け取ってくれ」

「あら、寄付に何か問題でも?」

「君の父親からの圧が凄い」

「まあ、それは大変失礼しました」


 私が知らぬ間に父とのやり取りがあったようだ。

 思えば、お茶会が始まる前にも親しげに会話をしていたから、親交があったのかもしれない。


「そういう話でしたら受け取っておきましょう」

「そう言って貰えると助かる。本だが、来月の下旬には出せそうだ」

「随分と早いペースですね」

「需要はあるんだ。卸先も目処はついている」


 心底嬉しそうに紅茶に砂糖を落とすアラン。

 既にどうやって売るのか算段があるようで、クルクルと回すティースプーンは彼の上機嫌さを現しているようだ。

 こうして見ると、彼は貴族というよりも商人が向いているような気がするから不思議だ。


 会話が途切れ、ぼんやりとこれからの予定を立てる。

 屋敷に帰ったら執筆だ。

 続編のプロットを練って、新作の構成も考えて……。


 そんな取り留めもないことを考えていると、アランが目を細めて呟く。


「レティシアさんは書くのが本当に好きなんだな」

「顔に出てました?」

「ああ、僕とデートするよりも楽しそうだった」


 そう言って拗ねたように紅茶を飲み干したアランに私は苦笑いを浮かべるしかなかった。

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