第19話 アンチからのファンレター二通目


 マクシミアン家でのお茶会から一ヶ月後、私は相変わらず自室にて執筆活動に勤しんでいた。

 『アーサー』シリーズはひと段落ついたので、今は大人向け恋愛小説の題材になりそうな社交界のドロドロを紙に書いている。


 父から聞いた話では、シェリンガム公爵はお茶会での出来事で顰蹙を買ったそうだが特にお咎めなしに落ち着いたそうだ。

 ルーシェンロッド伯爵家として令嬢に無礼を働かれたことへの詫びを求めたそうだが、王家が介入してきたことで断念。

 代わりに、マクシミアン公爵家が謝礼を支払ってきたのでこの件はそれで手打ちにせざるを得なかったそうだ。

 この件で一番損をしているのはマクシミアン公爵家だ。

 なにせ、政敵であるルーシェンロッド伯爵家に謝礼を出す羽目になったのだから、これを機に敵の台頭を許しかねない状況に陥っている。

 最も、その状況を生み出したのは他ならぬシェリンガム公爵家なのだが。


 ふむ、そういえば前世で読んだ官能小説に『夫の失態を挽回するため妻が部下や上司、取引先と肉体関係を結ぶ』という寝取られものがあったな。

 貴族社会のドロドロを描きつつ、ダークで官能的な小説でも書いてみるか。

 構想が練り上がって来た時、部屋の扉が叩かれる。


「レティシア様、アラン様よりお便りです」


 リディが手紙を持ってきてくれたらしい。

 部屋の中に入ってきたリディを労いながら、以前から約束していたアーサー王シリーズの原稿を渡す。


「返信を書き終わるまで待たせているのも悪いから、これを読んで意見を聞かせてちょうだい」

「かしこまりました。御拝読させていただきます」


 うきうきとした様子で原稿を受け取ったリディは自室に置かれた椅子に座り、目を通し始めた。

 最初は『使用人が座るなんて』とゴネたが、落ち着いて読んで欲しいと伝えたら素直に座るようになった。


「ファンレターかしらって……またセシル・サンガスター」


 リディから受け取った手紙は一通。

 差出人は丁寧な大人のアンチくんことセシルくん。

 封筒を開封すると、やはり香るのはウッディ系のもの。

 前回とは別の香木を使っているようだ。


「内容は……うーん、とっても丁寧」


 私からの手紙を受け取ったこと、私の新作である『カリバーン』を買って読んだことが丁寧な文体と綺麗な文字で書かれていた。

 前回の『塔の王女と無名の騎士』とは違って、内容に関してその時自分がどんなものを感じたのか綴られていた。


 『カリバーン』は己の出自を知らぬアーサーが、戦いを通じて力を持つことを苦悩しつつも正義について考えるという王道なストーリーだ。


「凄い熱量ね。便箋の裏にまで書いてる」


 通常、便箋の裏には模様が印刷されていない。

 表にだけ書くか、両面印刷の便箋を使うのが好ましいとされているが、これを書いたセシルはそんなことも考えなかったほどにペンを走らせたらしい。


 あの、お茶会で嫌悪を剥き出しにしていたセシルが。

 マナーを忘れるほど情熱的に書き綴ったなんて。

 ああ、これは作者冥利に尽きる。


「ん? 二枚目もあるのね」


 もう一枚の便箋を取り出すと、そこには前回と同じく『本にする価値はない』というような内容が書かれたものが。

 どういうことかと考えて、ようやく合点がいった。


 恐らく、情熱的な方の便箋は廃棄予定だったのだろう、紙の端にはインクを拭いとったような跡も見受けられる。

 それに対してもう一枚は、特に汚れもなく表一面で文が纏められていて香りも強い。

 セシルの意外な一面を見て、思わず私はクスリと笑ってしまう。


 さて、どんな風に返信しようか。

 ここは敢えて何も知らないフリをして返信してみよう。

 便箋に少しだけ香水を付けておこう。

 彼は気づいて怒り狂うだろうか、それとも羞恥心で顔を赤くするだろうか。

 いつになくパーフェクトに封蝋を施した封筒には『我が親愛なる読者、セシル・サンガスターへ』と書いておく。


 頃合いを見計らって、原稿を読み終えたリディが話しかけてきた。


「『円卓の騎士』を読み終えました。大変素晴らしゅうございました。個人的見解を申し上げますならば、騎士ガウェイン卿のアーサー王への忠義と奥方様への愛、そしてご兄弟への深き家族愛に私の胸が張り裂けんばかりです」

「まあ、気に入って貰えてなによりだわ」

「レティシア様の原稿を目にできた幸福を神に感謝いたします」


 今日もリディは大げさだ。

 そのうち私が一文字書き出すだけで泣き出すんじゃなかろうか。


「お母様はランスロット、リディはガウェイン、サリーはアーサー……当然だけど人ごとによって推す騎士は変わるのね。興味深いわ」

「旦那様はペリノア王を推しておりました」

「お父様はニッチねえ……」


 ペリノア王はアーサーの義理の父親であり、王妃グィネヴィアの父親である。

 アーサーの後見人となる人物であり、軽い理由でアーサーに決闘を挑み、聖剣カリバーンを叩き折った人物だ。

 私の作品では少しコミカルな性格になっているが、アーサーの良き理解者として描いている。


 ちなみにアランは泉の貴婦人ヴィヴィアンらしい。

 理由は人ならざる者との隔意に胸がときめくそうだ。


「この手紙を出しておいてちょうだい」

「かしこまりました」


 セシル宛の手紙をリディに託し、私は再びペンを握って紙を取り出す。


「さて、書きますか!」


 書き出すのは、夫の失態を拭い、領地経営を建て直すために肉体関係を結ぶ貴婦人。

 身体だけと始めた関係にのめり込む貴婦人の苦悩と快楽に堕ちていく様を事細かく描写していく。

 夫は貴婦人の不貞を知りながらも、保身のために目を瞑り、やがて己の知らない妻の背徳的な姿に興奮を覚えていく。

 そうして、歪で歪んだ閉塞的な三角関係を作り上げた。

 一冊完結型の、ライトに楽しめる不倫寝取られものだ。

 タイトルは『淫欲の果てに堕ちゆくカラダ』

 副題をつけようかと悩んだが、文庫サイズに副題は長すぎるのでカットした。


「ふー、完成! 我ながらなかなかシコリティが高いわね」


 書き上げてから思ったのだが、次はソフトなSMものを書いてもいいかもしれない。

 まったくどうして創作意欲というのは尽きないのだろうか。

 書けば書くほど次のアイディアが浮かぶ。


 完成するまでは辛い。

 けれど完成した原稿を見たときの感動はやはり何物にも変え難く。

 さらに貰ったファンレターほど舞い上がる時はない。


 つくづく、私は創作が好きなのだ。

 きっと死ぬ最期の時ですら『書きたい』というこの欲求を抱いているのだろう。

 人はきっと私を『生粋の狂人』と呼ぶだろうが構うものか。

 物語を創ることこそが私の生きがいにして人生。

 


「さて、新作の構想でも練りましょうか。ソフトSMなら恋人関係からスタートした方がスムーズね……」


 結局、私はリディが夕食が出来たと呼びに来るまでずっと執筆活動に勤しんでいたのだった。

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